【本編完結】慟哭の龍【挿絵有り】   作:ロウシ

76 / 102
一回戦第一〇試合:丹波文七vs柴千春
第一話:僕がやるしかないじゃないですか


 

0.

 

 

 日の昇りきらぬ時間であった。

 薄暗い灰の空に、地平の果てから顔を出した陽光の頼りない光によって、ようやく赤みが滲み出した頃である。

 泉宗一郎の道場であった。

 その庭の片隅にある井戸の傍で、丹波文七は水を浴びていた。

 空手衣のパンツだけを穿いていた。

 上半身は裸である。

 丹波文七の、傷だらけの肉体が剥き出しであった。

 その傷の数々が、文七の荒い呼気に合わせて、生々しくもひくひくと疼いている。

 薄く、冷気をその身に含める空気に反し、まるで世界を塗り替えるがごとく、文七の身体は異様な熱を放射していた。

 

 朝稽古の後であった。

 まだ暗い時間に起きて、近場の河川敷を走り、拳の状態で腕立て伏せを一〇〇回。

 その次に、姿勢はそのままに拳を開いて、五指から始まり二〇回ごとに指を一本ずつ減らし、親指まで通してトータル二〇〇回行った。

 文七の身体が熱を持ち、溜まった乳酸が水分を含んで筋肉を膨らませていた。

 その膨らみから水分が汗となって抜けるに従って、文七の肉体は放熱しているのである。

 

 放熱を手伝うように、文七は水をかぶった。

 頭から。

 冷たい水に、身体が冷え、脳が覚めていく。

 理性の目覚めであった。

 肉体を行使する際に発露する興奮が、しめやかに理性の中に息を潜めて行く。

 文七の熱と冷気とが溶け合い、文七の肉体を覆うように、白い蒸気が漂っていた。

 しかし、ひと間が空くと、文七の肉体が再び熱を帯びて行く。

 その度に、頭から水をかぶる。

 一行に、蒸気の量が減らなかった。

 仕方がない、と自負する。

 文七は、胎内から、熱が湧き上がって仕方がなかった。それはそのまま、丹波文七の抱えている想いの量感を示していた。

 

 最大トーナメントのことを、想っていた。

 徳川光成の使者から伝え聞いた、最大トーナメント。

 泉宗一郎と久保涼二と居合わせながら、そこに、松尾象山と姫川勉が参戦することを聞いた時から、文七の全身の細胞が泡立って仕方がない。

 姫川──

 こんなに早く、リベンジのチャンスがこようとは。

 先のトーナメントで、文七は姫川勉に敗れていた。

 最も、文七は姫川とやり合う前に、控え室に押しかけてきた、葵流の葵文吾とやり合って体力を消耗していたのだが──今となっては、文七自身がそれを含めて『あれはおれの負けだった』と納得している出来事である。

 最大トーナメントへの参戦を決定(キメ)てからのひと月、文七の様子は恋焦がれる乙女のようであった。

 走り込みの量が、必然と増えた。

 筋量鍛錬を、ついやりすぎていた。

 その忙しなさときたら、まるで、クリスマス・プレゼントを待ち受ける子供のようでもあった。

 

 待ち遠しい。

 多幸感が、不意に、脳内に溢れて止まらなくなる。

 幸福と興奮を制御できない。 

 それでいて、ふと、怖くなる。

 何に対する恐怖なのか──それを考えるだけで、身体が震えてくる。

 情緒が揺さぶられていた。

 まるで躁鬱のようである。

 こんな気分は、梶原に負けた時以来だろうか。

 日を超えるごとに、考える時間が増えていた。   

 それは無意識の思慮であり、止められなかった。意識せずとも、思考が想いとなって、それは言葉を超えて、文七の中で色と形を持ち始めるのだ。

 腹の底に、期待と恐怖をないまぜにした、煮えたぎるマグマが眠っているのが理解(ワカ)った。

 そいつらは自我を持ち、文七の肉体を突き破って、吹き上がるチャンスを虎視眈々と狙っている。

 だが、それらの想いも、色も、量感も、行き着くところはシンプルなものであった。

 

 勝ちたい──

 

 姫川勉に勝ちたい。

 松尾象山に勝ちたい。

 負けたく無い。

 もう二度と。

 負けないために鍛錬するのだ。

 勝つために、勝てなかった時以上に鍛錬するのだ。

 だから、文七の肉体は昂っていた。

 

 このひと月は、その熱に突き動かされていたといって過言ではない。稽古に真剣になりすぎて、つい、己の肉体を酷使しすぎていたが、文七の気構えに殉ずるならば、それでもまだ稽古が足りていなかった。

 泉宗一郎に何度も注意され、その度に戒めようとしても、到底抑えが効きそうにない。

 

 勝ちてェ。

 

 熱くて硬い、ごろんとものが、文七の尻から頭に突き昇って仕方がないのである。

 誰かを殴りたいという想いと、

 誰かに殴られたい、という想いが、ぴったり同量、自分の中で重複している。

 それらの原始の想いが、武術というフィルターを通して、『勝ちたい』という明確な目的化を果たしている。

 自分の心の同じ場所に、人ならぬ情念が渦巻いている。

 理性が、それを止めんとしている。

 相反する想いが混沌と鎮座している。

 それを紛らわすためにも、文七はいっそう、自罰的なほどトレーニングに励んだ。

 必要もないのに汗をかく日々があった。

 身体が、少しでも鍛錬を──負荷を欲していた。

 眠っている時でさえ、文七の肉体は異常な熱を発していた。

 だんだんと、煮えたぎったマグマが熱をそのままに固まって、獣の形になっていく。

 いつのまにか、『勝ちたい』という想いすらが、『ヤりたい』という想いに単純化されている。

 純粋無垢にして、凶暴な()()()が叫んでいる。

 日々、文七の理性を喰らって、文七の(はら)の中で、大きくなっている。

 獰猛なアイツが、理性を食い破りながら、日に日に丹波文七を侵食して、爪を立てて、肉体という檻を破ろうともがいている。

 そのような心地であった。

 

 あわてるな──

 文七は、優しく、己にそう言い聞かせた。

 口元に、隠しきれぬ獰猛な微笑を携えながら、震えて、必ず、そう言い聞かせてから眠りについた。

 

 この水浴びも、朝稽古のひと区切りというよりは、そうした文七の熱と昂りを抑えるための処置と言ってよかった。

 内なる獣に飴をやり、鞭を打つ行為に近い。

 調教であった。

 文七の想いは、昂り続ける熱は、そうでもしないと治らないのである。

 

 不意に──がらん、と音が鳴った。

 意識を引き、ぬいとめるように杭を打つ、硬い音だった。

 何の音だ?

 文七は顔に滴る水を、後頭部に向かって撫でるように跳ね上げた。

 冴えた目が正常な世界を捉える。

 心は静まっていた。

 そこに、気配が挿し込まれた。

 振り返った。

 泉宗一郎がそこにいた。

 袴を履き、手に、無地の白タオルを持って、文七に伸ばしていた。

 鳴ったのは、泉宗一郎の穿いている、下駄の音だった。

 態度はいざ知らず、いつもは柔和なその顔が、どこかこわばっているのを文七は察した。

 

「泉先生……」

「おはよう、丹波くん」

 

 慌てて、文七は頭を下げた。

 頭を下げつつも、隙のない所作を見届けて、泉宗一郎はにこりと表情をほぐした。

 文七はタオルを受け取った。

 顔と、上半身をそれで拭いた。

 水分はほとんど霧散していたために、あまりタオルは濡れていなかった。

 

「丹波くん」

 

 泉宗一郎は、もったいぶった口調であった。

 なんでしょう、と文七が返した。

 

「きみに、お客さまが来ているよ」

「おれに、客……ですか?」

 

 誰だろう、と文七は思った。

 自分に客人?

 この時期に?

 考えられるのは、FAWの誰かか。

 例えば、川辺だ。

 が、文七は即座に、脳裏でこれを否定した。

 川辺は文七はもちろん、泉宗一郎にとっても顔馴染みである。

 文七にとっては梶原年男と並ぶ因縁の最古参である。

 川辺なら、泉宗一郎はもったいぶった態度をするはずがない。

 宇多川論平や土方元であっても、やはりこんな慇懃な態度をとるとは考えづらい。

 北辰館の誰かか?

 しかし、北辰館のメンツも、多くは自分のことをよく思っていないはずだ。

 松尾象山や姫川勉だったとするなら、やはり、泉宗一郎のよそよそしさが不自然だ。

 

 じゃあ、誰だ──?

 その問いに、泉宗一郎はこたえなかった。

 答える必要がなかった。

 泉宗一郎の背後に、その男が歩み寄ってきたからだった。

 その男の顔を見て、文七の心が跳ねた。

 あまりにも不意打ちだった。

 その男は、自分のような男を訪ねる理由が、ない男だった。

 

「……あんたは」

「すンません、泉センセイ。居ても立っても居られなくて……出てきちゃいました」

 

 日本人であった。

 背の高い男であった。

 肩幅のがっしりした男であった。

 身体全体に厚みがある。

 垂れ目で、やや下膨れたような顔立ちで、唇が厚く、重心がきちんと大地に結びついている立ち姿であった。

 柔道衣を着ていた。

 黒帯を留めていた。

 裸足であった。

 短めのボサ頭を無礼講に掻きながら、その男は丹波を見た。

 

 その男は、日本人ならほぼ誰もが知っている男であった。

 新聞の一面を、なん度も飾った男である。

 格闘士のみならず、世間一般に有名な男であった。

 ともすれば、表格闘技界では大久保直也と並び、最強と呼んでいい男かもしれなかった。

 

「井野、康生……ッッ!?」

 

 その男は、井野康生であった。

 講道館柔道の使い手であり、言わずと知れた、オリンピック一〇〇キロ級金メダリストの、である。

 

 

1.

 

 

 井野康生と丹波文七が向かい合っていた。

 道場の中である。

 立会人として、泉宗一郎が座している。

 そう、立ち合いであった。

 

 井野康生の望みが、丹波文七と立ち合うことであった。

 

 

2.

 

 

 少し前。

 庭の場で、丹波文七と井野康生が睨み合っていた。

 自ずと、緊張感が薄く、ふたりの間に横たわっていく。

 突然の出来事に、しかし、丹波文七は言葉探す真似はしない。

 驚きはしたが、井野康生から発せられる『気』が、文七にその持続を許さなかった。

 文七の五感が、井野康生が自分に向ける想いを、巧妙に隠されていた()()を感じ取っていたからだった。

 ヤる気だ──

 井野康生は、この場でヤっていい、と言っている。

 無防備に見えて、立ち姿に隙がなかった。

 文七は井野の身体に視線を落としていく。

 柔道衣に、黒帯に、裸足だ。

 おかしいことであった。

 普通、他所の道場を客人として尋ねる時には、有段者であっても白帯を締めてくるのが礼儀だ。

 他所の道場に上がる時は、武人として、心構えは常に、戦いに向けていてもいい。

 しかし、見た目ぐらいは道場主に対する敬意を払わなければならない。

 これは、武道が今日に育ててきた礼儀の話だ。

 奥ゆかしい『侘び寂び』の話だ。

 その所作で、敵意のなさを教えるためだ。

 その装いによって、『この場では、道場主であるあなたが上です』という意志を、言葉にせず伝える術なのである。

 よその道場に上がり込む時、黒帯を堂々と締めてくるということは、敬意のそれとはその逆で、道場主に対する威嚇であり、敵意の表現なのだった。

 早い話が、「おれはこれから道場破りをやってもよいか?」と聞いているようなものなのだ。

 裸足──というのも、その敵意を増長させうる要素だ。

 靴を穿いた状態から始まる柔道はない。

 わざわざ庭先に、客人が、裸足で降りてくる理由は何か──

 答えはひとつ。

 つまり、井野康生の佇まいは、上から下まで臨戦態勢の現れであり、井野康生は丹波文七と戦いたいのである。

 

「心配しないでもらいたいんスけど……」

 

 井野が言った。

 

「ここじゃ、仕掛けませんから……」

 

 井野の視線は、文七に向いていた。

 現れてからずっとである。

 その視線を、丹波文七はまっすぐに睨み返した。

 

「用があるのは、おれかい?」

「そうっス。聞きたいことがあって──」

「聞きたいこと?」

「なんで、丹波さん……おれンところに、来てくンなかったんスか?」

 

 井野は語り出した。

 北辰館オープントーナメントの後、丹波文七が『選手狩り』をやっていたことを、同輩たちから聞いていた、と。

 丹波文七は、志誠館の片岡輝夫とFAWの鞍馬彦一に対し道場破りを行い、これを倒してのけた、と。

 井野は、文七はヤりあってはいないが、FAWの長田弘や伝統派空手の神山透のところにも顔を出しているということも知っていた。

 この鞍馬彦一、片岡輝夫、長田弘、神山透。この四人はいずれも、北辰館のトーナメントで上位成績を残している男たちだ。

 ベストエイト以上に残った選手で、丹波がその後に出会っていない男といえば、北辰館の人間を除けば古武術の畑幸吉と、日本拳法の椎野一重だけだった。

 文七の振る舞いは、格闘業界を震撼させていた。

 トーナメントで上位成績を残した者たちに卑劣な不意打ちを仕掛けて勝つ行いは、世間一般的に見て、行儀のいい振る舞いではないだろう。格闘士たちの間でも、丹波文七のやったことは、自らを不当に誇示するような横暴──無礼極まる行いだという見方が多かった。

 方々で非難の声が上がっていたのである。

 井野の所属する講道館においても、丹波文七の行いは卑劣だとする意見が多数派であった。

 だが、憤る同輩たちを尻目に、井野が思ったことは、文七への非難ではなかった。

 

 なぜ──丹波文七は、おれのところには来なかったんだろう?

 

 井野康生は、トーナメントの二回戦で長田弘に負けている。

 傍目から見れば、オリンピック金メダリストでありながら、所詮『見せ物』の──しかも、その業界でも中堅程度のプロレスラーに負けてしまった体たらくである。

 非難の声は、当然あった。

 井野自身は、その声は無視できた。

 井野は、試合の中で、何度投げても立ち上がってくる長田に、敬意を抱いてしまっていた。

 ただ投げられて、立ち上がるだけではなかった。

 対峙していた井野には、長田がプロレスラーとしての矜持を持って、井野に対して()()に挑んできているのがわかっていたからだ。

 

 だから、負けたこと自体は納得している。

 だが、それとは別に、井野は、自分が長田に実力で劣っているとは思っていないのも、事実であった。

 

 あの試合は、繰り返すが、井野の投げを、長田がひたすら受け続けるという展開が続いていた。

 世界一の投げを、こともなく受け続け、立ち上がり続ける長田を見て、井野に尊敬の念が生まれた故に、それ以上投げられなくなって、そこを突かれたから負けた試合なのだ。

 

 『あと、ひと投げされたら負けていた』

 

 というのは、長田のセコンドを務めたの梶原年男の弁であり、それには井野も同意していた。

 つまり、実力では、井野康生は長田弘に負けていないのだ。

 あくまで、井野が負けを認めたのは、長田の人間的大きさ──太さ的なものにであって、戦闘能力という点では井野は長田以上であるし、大会の選手陣の中でも屈指の()()であることに間違いはない。

 そこは、文七も十分に認めているところであった。

 元々、オリンピックで金メダルを取った男を弱いとは言えるはずもない。

 それも、全試合オール一本勝ちで、底知れぬ才気を見せつけた男を弱いと思えるはずもない。

 

「講道館だからですか?」

 

 井野の言葉は、意味深な響きを持って発せられた。

 

「おれが、講道館に所属しているから──丹波さんは、おれのところに来てくれなかったンですか?」

 

 文七には、それは『丹波文七が講道館柔道を敵に回したくないと思っている』と言う意味に聞こえていた。

 実際、その気持ちがなかったわけではない。

 講道館柔道は、今を持って日本を──というより、世界を代表する柔道の宗家である。

 柔術を柔道に改良して起こした男、嘉納治五郎が率いた講道館は、明治に行われた『警視庁武術試合』にて多くの古流、柔術の流派を破り、実績を積み、警視庁の認可を受けたことで主流派となっていった。

 故に、講道館柔道は、武的組織としてはもちろん、政治的組織としても強大な権力を誇っている。

 柔道の全国大会ともなれば、上位者の殆どが講道館から柔道を学ぶ警察官であることがザラなのである。

 敵に回せば、怨みを買えば、文字通り日本では生きていけなくなる──講道館とはそういう権力を持っている組織なのである。

 

 しかし、()()()()を想われているのなら、みくびられたものだと文七は思う。

 

 丹波文七は、自分は、講道館と同じく世界的に展開しつつ、警視庁で指導も行う空手道の北辰館に堂々と喧嘩を売る男である。

 梶原に復讐するために、テレビ中継されるプロレスリングに上がり込む男なのである。

 酒に酔った相撲取りに、不意打ち気味に喧嘩を仕掛ける男なのである。

 文七にとって、ヤりあうとなったら、相手のしがらみや、権力の強さはあまり()()()()ものだ。

 男と男が顔を突き合わせて、ヤりたいからヤる──それでいい。

 それはちょうど、男が、良い女と寝たいことに、特に理由がないのと同じと言える。

 だから、逆に、井野康生を襲わなかった理由などいくらでもあった。

 端的に言えば興味を惹かれなかったと言うことである。

 丹波文七の守備範囲に、()()()()()()()()の、健全なスポーツ・マンの井野康生がいなかった。

 ただそれだけのことである。

 

 それを伝えようと口を開くと、文七の機先を制するように、井野は言葉を被せてきた。

 

「丹波さん」

 

 なんだい、と文七は言った。

 井野は続けた。

 

「丹波文吉という男を知っていますか?」

 

 

3.

 

 

 前田光世──という、希代の柔術家が存在した。

 明治(一九〇〇年代初頭)から昭和にかけての頃の話である。

 講道館柔道を学び、ヨーロッパの各所で他流試合を行い巡った後、ブラジルに移住してグレイシー一族に柔術を教えた男である。

 出鱈目な強さを誇り、講道館時代は嘉納治五郎の直弟子にして、四天王と呼ばれた横山作次郎に師事を受け若くして頭角を現し、その強さから佐村嘉一郎や轟祥太と並び、『講道館三羽烏』の異名で知られていたという。

 他流野試合にて二〇〇〇勝無敗であり、公式記録では、生涯の負けはたったのふたつだと言われている。

 一九〇四年に講道館の使節としてアメリカに渡り、上述の経緯からブラジルの地を終の住処に定めた後、同地にて一九四一年に没している。

 内臓の病による病死とされているが、前田の死については、講道館の内外にてある噂があった。

 他殺説である。

 『前田光世は、日本からやってきた武術家に、毒を盛られて死んだ』という、荒唐無稽な暗殺説のことだ。

 曰く、前田は日本の武術の奥義をブラジル人に教えてしまったために裏切り者となってしまい、日本武術界から暗殺者を派遣されて殺された──ということである。

 

 それは、丹波文七も知るところであった。

 紆余曲折あり、それは、おそらく()()()()では事実であることも知っている。

 前田は死の前日に、日本から来た武術家──当時十代半ばであった、東治三郎に破れていることを知っている。

 

 東治三郎とは、「(あずま)製薬」の現会長である。

 東製薬とは、日本の大阪に本拠地を置く、日本で五指に入る製薬会社のことである。

 北辰館の姫川勉──その父である姫川源三が、この東製薬の社長である東陣一郎の弟であり、東製薬という会社そのものが、元は天皇家を守護する役割を担っていた柔術の流派──というより、そういう役職に就いていた由緒正しき一族の起こした会社であった。

 その一族が用いる菊式という術理の、タンスイとリオウという薬物を用いた術を、文七は姫川源三が磯村露風に対して実戦の場で使用(つか)うのを見ている。

 

 しかし、それは黙っていた。

 反応を見るに、井野康生は、どうやらそこまで知っているわけではない。

 東製薬と講道館の関係が、自分の発言で下手に拗れるのを文七は嫌った。

 何より、前田の死の遠因となった菊式の『秘聞帳』は、姫川源三対磯村露風の試合の後、東治三郎の目の前で、姫川勉が灰と変えている。

 丹波文七も、その場にいた。

 あの時、前田光世の死にまつわる因果は終わっているのである。

 だから、それを蒸し返す必要もない。

 だから、丹波文七は黙って、少し悪いと思いながらも、井野の言葉に耳を傾けていた。

 

 その中で、不意に飛び出した名前に、目を見開いた。

 

 丹波文吉──?

 聞いたことがない名前だった。

 だが、心が引き付けられて当然の名前であった。

 似ている。

 あまりにも。

 自分の名前に。

 一文字しか違わない。

 しかし、てんで覚えがない。

 

「何者だ、その、男は……」

「ン〜……その反応だと、丹波さんは知らないみたいっスね」

 

 困ったように、井野は頭を掻いた。

 どうやらカマかけのつもりだったらしい。

 が、アテが外れてしまったようである。

 

「実は、前田先輩がその武術者に負けた理由も、噂があるンですよ」

「なに……?」

「前田先輩は、日本から来た武術家とヤりあう先日に、日本人の武術家と命を取り合うような闘争(しあ)いをやっていたって……」

 

 それは、文七の知らぬ話であった。

 だが、妙なざわつきが、胸の中で疼いていた。

 文七の戸惑いを無視するように、淡々とした声で、井野は続けた。

 

「その時の相手が──『丹水(タンスイ)流』の、丹波文吉だったらしいンですよね」

 

 文七の心に、がつんと、岩を落としたような衝撃が走っていた。

 

 

4.

 

 

 井野康生の腹は読めた。

 先の言葉に、ある種の理解が及んだ。

 要するに、井野康生は死の前日の前日に、前田光世と死闘を繰り広げた『丹波文吉』は、丹波文七の祖父ないし近親者であり、文七は文吉と前田の因縁を知っていたからこそ、講道館所属の自分のところには来なかったのだ──と、そういう風に考えているのだと。

 

 文七は、当然、聞いたこともない話であった。

 そもそも、自分がこの道を歩み出したのは、高校生の時に喧嘩自慢の延長で挑んだ空手家の斎藤に敗れたからであって、『丹水流』などという流派は聞いたこともなかった。

 姫川源三が使用(ツカ)った『啖水(タンスイ)』は、あくまで菊式の術のひとつであり、流派そのものの名前ではない。

 しかし、あまりにも近すぎるワードであった。

 気のせいと断ち切るのは無理がある。

 

 井野は、更に語り続けた。

 

 嘉納治五郎が、内弟子にのみ語った生涯の強敵の名は、その丹波文吉の父である丹波久右衛門であった、と。

 語尾に、あくまでこれらは噂に過ぎない話であり、なんら確証のない話である、と付け加えた。

 

「仮に──」

 

 衝撃に揺さぶられ、文七は戸惑いを抱えたまま、井野に聞いた。

 

「仮に、その丹波文吉が、前田光世の死の遠因だとして──その丹波文吉が、おれの祖父だとして──あんたは、何をどうするつもりだい? 井野さんよ」

 

 にこりと、井野は笑った。

 えくぼの眩しい爽やかなつくりである。

 

「別に、うらみつらみじゃないですよ」

 

 井野は俯いた。

 黙した。

 言葉を探しているようであった。

 

「ただ……」

 

 ぽつり、とこぼした。

 

「どうなのかって、思ったんですよね」

 

 どうなのか、とは?

 

「つまり、丹波文吉は……丹波久右衛門は、強かったってことじゃないですか」

 

 講道館の裏の歴史。

 闘争の歴史を紐解けば、そんなものはいくらでも出てくるだろう。

 講道館が柔道の本流となるに従って、国民全般に親しまれるにあたって、『不要なもの』は削ぎ落とされるのが道理である。

 嘉納治五郎は、外国の格闘技にも造詣が深かったと言われている。

 柔術を先鋭化させるために、治五郎はボクシングやレスリングと言った、柔道外の体系も積極的に取り込み、嘉納治五郎が当初目指していた柔道とは、今で言う総合格闘技に近かったという研究もある。

 柔道が世間一般に浸透し始めた頃、投げ合いを主武器とした柔道の試合を観た治五郎は『これは、わたしが目指していた柔道ではない』という言葉すら残しているという。

 その、総合格闘技的柔道を求めていた嘉納治五郎が、生涯の強敵として名をあげるのが、『丹水流』の丹波久右衛門であり、前田に死闘を興じさせたのが丹波文吉と言うのならば、ふたりは講道館の裏の歴史とは切っても切れない関係であるし、ふたりが強者であることは疑いようもない話だ。

 

 だから、井野康生は興味を持った。

 井野の結論は、極めてシンプルな部分に着地する。

 

「真相を明らかにしたいンですよね。本当はどうなのか──っていう真相を」

 

 丹波文吉は、前田光世に迫る強さだったのか?

 『啖水流』は、講道館が鎬を削るほどの相手だったのか?

 丹波文七は、その力を継ぐ男なのか──?

 

「だったら、じゃあ、誰がやるんだとなったら……やっぱり、おれじゃないですか。講道館で、今、イチバン強いのって、たぶんおれなんだし」

 

 微笑を携えて、

 自負を漲らせて、

 井野康生は言った。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。