【本編完結】慟哭の龍【挿絵有り】   作:ロウシ

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第二話:囚われた陰

 

1.

 

 

 闘技場に向かって、姫川が顔から落ちた。

 覚吾は蹴り足を綺麗に振り抜いていた。

 見事な軌跡を描いていた。

 振り返った姫川が覚吾を意識した逡巡、意識から動作の間を縫った、完璧なタイミングでのヒットであった。

 『玄腿(モンスター・フット)』の最大威力の蹴りが、余すことなく姫川の頭部を貫いている。

 姫川がなんらかの技術を用いて、いくらかダメージを流せたとて、脳震盪は免れないだろう一撃。

 側から見ているものにとり、決着を悟るには十分すぎる一撃である。

 しかし、地に突っ伏した姫川は、素早く身を翻した。

 覚吾が着地するのと同時に肘を曲げて力を溜め、反動で思い切り身を遠ざけた。

 覚吾を正眼に構え、両足で、ふわりと着地する。

 羽を休ませる白鳥のように、優雅な動きであった。

 覚吾を正面に見据え、表情は澄んでいた。

 両眼ともにしっかりと焦点が合っている。

 ダメージを感じられない素振りであった。

 対して、覚吾は鮮血を滴らせていた。

 頭部からだ。

 覚吾の、左瞼の上が、切れている。

 カウンターであった。

 打ち下ろしの蹴りが飛んできて、刹那の間に回避が不可能と判断した姫川は、カウンター気味に自身の右手を覚吾に向かって放っていた。

 手刀の形で伸びたその指先が、覚吾の瞼を掠め、切ったのである。

 

 歓声が上がった。

 これで、傍目には覚吾の方が、いくらか押されているように見える。

 一見して五体満足の姫川と、瞼を切られて瞳に血が滴る覚吾では、見目のダメージははっきりと違う。

 あくまでも精神的な話であるが、それは立ち合う者同士の心理にも軽微な影響を及ぼしていく。

 覚吾が指先で血を拭った。

 瞬間、姫川は距離を詰めた。

 まっすぐ入るように見せて、覚吾の目の前に迫ってから、横に動く。

 覚吾の視線が姫川を追いきれていない。

 目に血が入ったこと、急激な横への動き、反射的に拳を出していたことと並行して起こる、軽いパニック状態である。

 姫川の姿を見失い、拳に引っ張られて顔を正面に突き出す覚吾の顎下から、見えない打撃となって姫川の足が昇ってくる。

 覚吾の顎がはね上げられてのけぞり、尻から闘技場に落ちた。

 

 丹波文七は、よしっ、と心中で拳を握った。

 帰ってきたキー坊と刃牙がモニターを見て、尻餅をつく覚吾に驚いていた。

 

 覚吾は立ち上がらなかった。

 仰向けに倒れたまま、天井から注ぐ照明の眩しさに目を細めた。

 追撃がない。

 それを、知っていた。

 

 姫川が追撃しない。

 違う──

 追撃できないのだ。

 

 まだ、脳が揺れている。

 焦点こそ合っているが、まだ、脳からの指令が身体の隅々に行き届いていない。

 この状態で、功を焦って追撃に飛び込めば、逆に覚吾に打ちのめされている。

 勝負を決めにいくより、身体を、脳を休めるべきだと姫川は判断したのだ。

 そして、それは正しい。

 日下部覚吾の寝技の強さは尋常ではない。

 なんなら、覚吾は寝そべった状態からでも朦朧拳が使えるかもしれない。

 姫川が飛び込んでいれば、なすすべなく極められて、負けていただろう。

 寝技に限定するなら、両者の間にはそれほどの技術差があった。

 姫川は驕らない。

 ありのままを評価する。

 そうして導き出された結論を、ありのままに受け止める。

 自らが劣っている、という事実を受け入れて、決して心の澱みにはしない。

 そんなものは、勝ち負けにはあまり関係がないからだ。

 自分は、筋力では松尾象山より劣る。

 当然、体重でも劣る。

 正拳突きや蹴りの威力でも劣っているだろう。

 しかし、だからといって、未だ自身が松尾象山に勝てぬ理由は、それではない。

 そんなものは枝葉に過ぎない。

 拳の強さも、疾さも、所詮は相手を倒すための道具に過ぎないのだ。 

 強い方がいいのは間違いないが、大事なのは持ちうる武器をどう扱うかである。

 ある程度実力が近ければ──の前提はあれど、人対人の勝敗を決めるのは、()()()()()()ではない。

 

 姫川は驕らない。

 指先に、気づかれぬほど軽微な力を込める。

 軽く、曲げてみる。

 思ったように曲がる。 

 思った通りに動く。

 足に、力が入る。

 足の裏に、自身の体重が乗ることを確認する。

 

 覚吾がゆっくりと立ち上がった。 

 眼に入る血を拭い、姫川を見据えた。

 前傾になっている。

 攻撃的な姿勢である。

 機先を制するべく、距離を詰めたのは姫川であった。

 優雅な足取りで、早足の速度で一歩、大きく踏み込んだ。

 日下部覚吾を相手に、距離を取るのは愚策である。

 本家本元の『幻突』を自在に使う覚吾を相手に距離を取れば、たちまちのうちに蜂の巣にされてしまう。

 

 覚吾が迎え撃った。

 姫川が、覚吾の目元を擦るように、人差し指を薙いだ。

 先のカットもあってか、覚吾は眼への攻撃を警戒している。大袈裟に踏みとどまって、上体を逸らしていた。

 その動きに、ぐん、と前に出て、姫川が追いつく。

 覚吾と姫川の顔が、あと一〇センチでキスできる距離にまで近づいた。

 覚吾の体勢が崩れている。

 観客の中に、この動きに見覚えがあるものがいた。

 正面から行くと見せて、超至近距離から、掬い上げる軌跡を描く、後頭部に向けてのハイキック。

 姫川の規格外の柔軟性と関節の可動域、スラリと長い足だからこそ成立する必殺の一撃である。

 姫川はあれをやろうとしているのだ。

 

 しかし、覚吾はこれを、腕を立てて容易く受けていた。

 姫川が目を見開く。

 予見した未来と違う現実──

 なぜ──ッッ!?

 

 疑念を払う暇もなく、姫川の身体がくの字に曲がった。

 激痛があった。

 腹に、火のついたマッチの束を投げ込まれたような熱さが滲んでいく。

 日下部覚吾の手刀が、姫川の脇腹に突き刺さっていた。

 

 

2.

 

 

 打たれていた。

 姫川勉が。

 先の見切りの精妙さが、すっかり霧散していた。

 面白いように当たっている。

 逆に、姫川の反撃は、覚吾には容易く受けられている。

 そう、受けられているのだ。

 朦朧拳を使った、幽玄の躱しさえ使っていない。

 姫川が、覚吾の視線や意識の動きの外に出る。

 しかし、死角であるはずの角度、高さ、タイミングを併せ持つ姫川の拳や蹴りは、あっさりと捌かれては姫川の隙となっていた。

 覚吾は、姫川の動きを完全に見切っている。

 しかし、なぜ、これほど急に?

 

「『陰』を掴まれとる」

 

 キー坊が言った。

 加藤清澄や刃牙が、キー坊に振り返った。

 

「覚吾は、あのおニイちゃんの『陰』を掴んどるんや。だから、どう動いても追いつかれとる。逃げられんで、こりゃあ」

 

 陰を掴む──?

 刃牙が疑問を投げた。

 つまり、とキー坊は続けた。

 

「その人間の本質──精神や魂の『軸』のことや。覚吾は他人の『陰』を掴んで自身の『陰』と結びつけるワザを持っとるんや」

 

 キー坊が言うには、覚吾はそのワザの深度を『相手の陰を掴む』段階に留めて使っているという。 

 加藤が冷や汗を掻きながら聞いた。

 

「な、なんだそりゃ……じゃあ、もう、姫川のヤロウは覚吾のパンチを捌けねえのかよッ!?」

「少なくとも、意識の外に出るのは無理やで。あれを破るには己の中の『陰』を断ち切るしかないんや」

「なンっ……だよそのオカルトはよォ!? どーなってんだてめえンとこの流派はッッ!?」

「ワシの流派は灘神影流やっ! まあつい最近は、幽玄の流れも汲んどるがのぉ」

「区別つかねーよッッ!! オカルトがすぎんだろテメーらはよォ!!」

 

 加藤の怒号に、キー坊はむっと表情をこわばらせた。

 わあっ、と会場が湧いた。

 悲鳴のような声も混ざっていた。

 

 

3.

 

 

 負けたくない──

 それは、姫川を姫川とカタチ創る、魂の叫びであった。

 姫川勉という、美麗衆目の男子の皮を、一枚一枚剥ぎ取った際に、最後に残るものである。

 姫川は完璧主義である。

 あらゆることに、美しさを求めている。

 勝つことにも、勝つ過程も、美しくあるべきだと思っている。

 だが、それは程度の差はあれど、誰もがそう想うことだ。

 ──美しく勝ちたい!

 ──鮮やかに勝利したい!

 誰もが、そうなることを夢見た上で、現実の世知辛さに打ちのめされる。

 姫川勉だって、そうだった。

 美しく勝てる。

 美しく振る舞える。

 その過程すら美しく──

 それが通じるのは、ある程度の相手まで。

 松尾象山──

 まず、通じない。

 藤巻十三──

 嫉妬するほどに、彼の執念は美しい。

 丹波文七──

 振り切った野生の解放は、自分にはできそうにもない。

 彼らにだって、勝つことは、あるいはできるだろう。

 しかし、万全の彼らを相手に、美しく勝つことは至難の業である。

 まだ、自身の武が、その段階にない。

 未熟──

 その未熟さが剥き出しになる相手が、ここにいる。

 日下部覚吾。

 『拳聖』と謳われる男。

 今この瞬間に、並々ならぬ決意を秘めている。

 それが何かはどうでもいい。

 覚吾の過去になど興味はない。 

 だが、決意の骨子が過去にせよ哲学にせよ、覚吾の想いはある言葉に要約できる。

 

 『負けたくない──』

 

 これだけだ。

 つまり、これは、負けず嫌いvs負けたくない男の戦いにすぎない。

 ならば、いつも通りの闘争だ。

 何も変わらない。

 おそらく、己の動きは覚吾に見切られているのだろう。

 いや、見切られている、というのとは、少し違う。

 姫川勉という存在を、日下部覚吾が引っ張っているように思う。

 姫川勉に鞍をつけ、日下部覚吾が騎乗している、あくまで一方的な関係に近い。

 つまり、日下部覚吾もまた、姫川勉からは逃れられない位置にいる。

 手を出せば、届く。

 今、急所だけは、手で庇っている。

 そのままでは負ける。

 攻撃できないからだ。

 だから、やることは、ひどく単純だ。

 美しくなくとも──

 姫川は笑った。

 静かに、微かに、口角を持ち上げた。

 どこかで、松尾象山の声がした。

 らしくもないことを──

 そんなことを呟いているらしい。

 いいんですよ、それは。

 姫川は拳を握った。

 

 負けるぐらいなら、美しくなくともいい。

 迫り来る覚吾を前に、姫川は微笑した。

 

 打ち放たれた覚吾の拳が胸を撃ち抜くのに合わせて、姫川の拳が覚吾の喉仏に振り抜かれた。

 

 

4.

 

 

 静かな殴り合いが始まった。

 覚吾が拳を出すのと『同時』に、姫川が拳を出している。

 歓声のひとつ、起こらなかった。

 違った。

 今まで、さまざまな試合で殴り合いがあった。そのどれもが観る者の心を震わせる感動があった。

 しかし、この殴り合いが潜める感情は、如何にも虚無的で、暴力的であった。

 血飛沫が飛び、お互い、相手を破壊するために拳を振るっている。

 やっていることは今までと同じはずなのに、これは、これではまるで、殺し合いである。

 陰惨な雰囲気が漂っている。

 その陰惨さに圧倒されて、観客も格闘士たちも、声を出すことが憚れていた。

 

「…………ッッ!!」

 

 加藤清澄が息を呑んだ。

 範馬刃牙が、苦心に顔を歪めた。

 宮沢熹一もまた、姫川を殴る覚吾の眼に、怒りと哀しみが滲んでいるのを感じ取って、苦々しく唇を噛んだ。

 

 

5.

 

 

 均衡が崩れていく。

 姫川の拳が深く入り始めていた。

 逆に、覚吾の拳や蹴りが、届かなくなってきている。

 姫川が躱しているのではない。

 姫川に届いていないのだ。

 

「リーチ差かッッ!!」

 

 愚地克巳が言った。

 その通りであった。

 姫川と覚吾の身長差、手足の長さによるリーチの差がある。

 姫川の方が、ゆうに拳ひとつ分以上、リーチが長い。

 だから、殴り合いを重ねる中で、姫川は少しずつ、ほんの数ミリ単位で、覚吾との間合いを広げていたのである。

 近すぎれば、姫川は拳を振りきれないが、その分腰を入れて踏み込めば、姫川の拳が深く入る。

 深く入る分、リーチ差故に少しだけ間が空く。フットワークとも呼べない足運びで、姫川がその幅を調節する。

 そうして徐々に、覚吾との間合いを広げていったのだ。

 姫川の拳が十分に届く範囲、その長さは、覚吾の拳では届かない。

 先に、姫川の拳が当たり出し、今や、姫川の拳は深く入っているのに、覚吾の拳は浅くしか入っていない。

 見切り──姫川は暴力的な陰惨さの中でも、冷徹に勝つために試合を運んでいた。

 

 ずどん、と姫川の前蹴りだけが、覚吾の腹筋に刺さった。

 覚吾が吐瀉物を吐いて、身をかがめた。

 ちょうどいい位置に落ちた顔に向かって、姫川は綺麗な正拳突きを放った。

 トドメの一撃──そのつもりだったろう。

 

 しかし、拳を放ったその瞬間、姫川の意識が途切れていた。

 

 全く、モーションの消えた覚吾の右の回し蹴りが、間合いやタイミングを無視して放たれて、姫川の左のこめかみを穿ったのであった。

 

 

6.

 

 

 その蹴りに、刃牙は見覚えがあった。

 鬼喰島の、真魔流体術師範安藤夢二の蹴りだ。

 見ることもできず来ることもわからない、回避も防御も不可能な『見えない蹴り』。

 

「『玄腿蹴(モンスター・シュート)』やっ!!」

 

 キー坊が叫んだ。

 キー坊自身がかつて鬼喰島で、日下部覚吾の別名たる竹神栖鳳から味わった『見えない蹴り』こと「ゴースト・フット」による苦い記憶は、イヤというほど身体に残っていた。

  

 姫川が前のめりに倒れゆく。

 意識が飛んでいる──

 その姫川に向かって、覚吾は拳を出した。

 

「なにっ!?」

「なっ、何をする気やっ!? 殺す気かあーっ!!!?」

 

 加藤が唖然と口を開き、キー坊がまた、叫んだ。

 

 覚吾が放ったのは、両の手で同時にフックを放ち、相手の頭を左右から挟み潰す幽玄の技、『双手穿孔拳』であった。

 下手をせずとも人を殺せる殺人技である。

 それを、覚吾は、倒れゆく姫川に向かって、躊躇なく放っていた。

 

 

7.

 

 

 細胞に刻まれていた。

 想いが、意志も無いのに身体を動かすことを、人は奇跡と呼ぶ。

 ならば、姫川の動きは奇跡であった。

  

 前に出た。

 姫川が。

 『双手穿孔拳』に割って入るように、ど真ん中の正面に向かって踏み込んだ。

 覚吾の顔を、左掌で包んでいる。

 そのまま、ぐん、と勢いよく、真下に向かって突き飛ばした。

 

 最大最強の一撃に対するカウンター。 

 姫川勉が、細胞レベルで己に刻み込んだ見切りが結実した一撃であった。

 

 覚吾の両足が離れた。

 身体が、地面と並行な向きで、ふわりと浮いた。

 

 その瞬間、恐ろしいことが起きた。

 覚吾の身体が沈んだのである。

 姫川の力では無い。

 自らの意志で、両足が、明らかに物理法則に逆らって下に落ちた。

 両足が闘技場に着くと、ずん……と地鳴りがなった。

 つまり、それは()()()()()()()()()()()()()()()()であった。

 

 姿勢も不確かなまま、ゼロ距離からの『幻突』が腹に炸裂し、姫川の身体を打ち上げた。

 そのままの姿勢で、飛び、落ちて、姫川は地面に倒れ伏した。

 

 そこに、覚吾はまた、追撃を仕掛けんとしていた。

 

「勝負ありッッ!! 勝負ありだあッッ!!!」

 

 太鼓が打ちならされた。 

 二度、三度と、覚吾を戒めるように、早いテンポで轟いた。

 

 それを聞いて、覚吾がようやく構えを解いた。

 

「タンカだッッ!! 早くッッ!!!」

 

 審判が闘技場に飛び込んで、姫川に駆け寄った。

 タンカに運ばれる姫川が、闘技場から去るまで、覚吾は冷徹な──哀しみを秘めた目で見送っていた。

 

 拍手はなかった。

 試合の内容は、特段、悲惨とは言えない。

 真っ向から殴り合って、駆け引きがあって、姫川が負けた。

 ただそれだけのこと。

 

 だというのに、観客たちは悲惨な光景を目にしたが如く、固まってしまっていた。

 

 静寂の中を、ふらふらと、覚吾が退場していく。

 

 その背中は、冷たく、救われなく、寂しさを纏う小さな背であった。

 

 

 一回戦第十三試合:勝者、日下部覚吾

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

0.

 

 

 死ぬべきだった。

 アフリカで、貧困の地で、独裁者に暴力で立ち向かい、及ばなかった。

 

 ベッドに寝かされ、今、まさに、心許していた友に毒を打たれようとしている。

 友は、医師だ。

 逆らう私の存在を疎ましく思った独裁者に、私を殺すように脅されている。

 

 私は、

 

「殺していいですよ」

 

 そう言った。

 心から。

 私は疲れていた。

 あらゆることに。

 

 身につけた殺人術を、存分に振るう場を求めて戦地に赴いた。

 現世に存在する地獄に踏み入って、正義と救済を建前に存分に暴力を振るった。

 

 しかし、私の心は疲弊していた。

 

 貧困に喘ぐ『弱き民』──

 虐げられる『弱き民』──

 人としての尊厳も権利もなく、踏み躙られる彼らを救えぬ己を恥じていた。

 暴力を振るいながらも、根本的な解決は何ひとつ成さない己の拳が、ひとり人を殺すたびに、ひどく小さくて無意味なものだと訴えてくる。

 

 疲れていた。

 今の世に、武術の生きる場はないと実感した。

 武より、もっと簡単に、銃は人を殺せる。

 そして、武で殺そうが銃で殺そうが、膨れ上がる増悪と循環する怨嗟に違いはない。

 

 今の世に、幽玄真影流は必要ない。

 

 私の結論はそれであり。

 ならば、幽玄真影流と歩んできた己の命は、ここで潰えるべきであった。

 

 私は目を閉じた。

 闇に、己を溶かす。

 死を受け入れんとしていた。

 

 だが、『その時』は、一向に訪れなかった。

 

 死の代わりに訪れたものは、人ならぬ瘴気であった。

 目を開いた私を、ただならぬ妖気を纏った『白い男』が迎え入れた。

 

 ベットのすぐそばに、その男は立っていた。

 

「幽玄真影流の、日下部覚吾さん?」

 

 流暢な日本語であった。

 白人であった。  

 二〇は超えているようで、まだ一〇代後半の瑞々しさと、溌剌さを発している男であった。

 私は、「はい」とも「いいえ」とも答えなかったが、男は私を見て、不気味に唇を歪めた。

 この世あらざる魔の化身のようであった。

 

「初めまして。忌憚なく話すために結論から言うと、私はこの独裁政権の真の黒幕です」

 

 あはっ、と笑った。

 瘴気が、口から漏れていた。

 

「私、最近ヴィゾームという会社を立ち上げた、代表のゴーネンと申します」

 




次回、一回戦第十四試合:愚地独歩vs宮沢尊鷹 開始ィィッッ!!
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