幼馴染が主人公っぽかったので俺はライバル枠に収まることにする 作:アウグスティン
時系列としてはゲームのストーリー終了後になります。
VSグルーシャ1
連日雪続きのナッペ山にも晴れの日はある。今日はそんな珍しい日だった。
積もった雪に反射する眩しい日光に目を細めつつ、グルーシャは仕事場であるジムを目指していた。
ザクザクと夜のうちに積もった雪に足跡が残る。彼の後ろでは楽しそうにアルクジラが駆け回り、足跡を消しては遊んでいた。マフラーで緩んだ口元を隠すように持ち上げる。
しばらく歩けば全面ガラス張りのとんでもない建造物、ナッペ山ジムが見えてきた。
「ああグルーシャさん、おはようございます。お客さんが来てますよ」
ジムへと続く道の雪掻きをしていたスタッフの一人が、持っていたシャベルを雪に刺し、言う。
「客? こんな朝早くから誰が来てるんだ」
グルーシャは不思議に思った。覚えている限りでは来客の予定はないはずである。
抜き打ちでポケモンリーグの人間が来ているにしても、さすがにジムの営業開始前から訪れるようなことはしないだろう。
「ほら、あのチャンピオンランクの子ですよ」
なるほど。と合点がいく。
グルーシャの頭に思い浮かんだのは一人の子供の顔だ。
先日最強のジムリーダーである彼に勝利し、そしてポケモンリーグをも踏破して最年少チャンピオンランクの肩書を勝ち取った子。
『またおいで』などと言ったのはグルーシャであるが、まさかこんな時間から来るとは思ってもみなかった。
あの子もたいがいに変わり者なのかな。
と、見知った他のチャンピオンランクの顔が脳裏をよぎる。
あまりにもキャラが濃い。
ともあれグルーシャにとっては大切な、数少ない知人でもある。
少し気分を高揚させつつ自動ドアを潜った。
「ひゃー、手がちべたい! こんな体が冷たくって寒くないのかー、うりうりうり〜」
危うくそのまま帰るところだった。
冷静に考えてみれば、時間や都合を無視していきなり現れるようなチャンピオンランクの来客だ。こいつに決まっている。
頭に手を当ててため息を吐き、ユキワラシに頬ずりしているその男に声をかけた。
「何しに来たんだ?」
「あれ、グルーシャ? こんなとこで奇遇だな。どうしたんだ」
「ここはぼくのジムだし、用があって来たのはあんたの方だろ」
あいも変わらずのとぼけた様子で客人、レトは首を傾げていた。
「オモダカさんの使いで来たんじゃないか?」
特にそんな話は聞いていないが、可能性として一番高いのはこれだろう。
意外、でもないがレト自体はナッペ山で度々目撃されているらしい。だがそれは野生のポケモンや、雪山すべりが目的であり、彼がジムへと訪れるときは大方リーグ関係の仕事が理由だった。
なので今回の訪問もそういったものなのだろう、グルーシャはそう考えたが、口を開いたレトは完全に想定外な訳を語った。
「そうだそうだ。お茶しにきたんだった。お土産と土産話持ってきたよ」
「は?」
どこから突っ込めばいいのだろうか。
まずそもそも一緒にお茶するような仲ではないし、よしんばそうだとして事前連絡無しで来られても困る。
「仕事あるんだけど」
「手伝うよ。何するんだ、挑戦者ぶっ倒せばいい?」
「違うから。データを送るからこれ倒してきてくれる」
「任せろ! 即行で終わらせてくるよ」
だがその手のことを言われて、引き下がるような人間ではないことをグルーシャは知っている。
諦めて面倒をレトに押し付けることにした。
■◆■
ジムリーダーの仕事は多岐にわたる。その中で最も有名なのはポケモンリーグへ挑む者の壁として、その腕を試す関門のような役割だろう。
しかし実際、最難関のジムとして知られるナッペ山ジムへ訪れる挑戦者はそう多くない。
したがってグルーシャの主な業務は治安維持。一般トレーナーの手に余るポケモン関連の事件事故を解決することであった。
そんなわけでレトへテラスタルにより暴走したポケモンのうち、反応の強かったいくつかへの対処を押し付けたことで手持ち無沙汰になるグルーシャ。
急ぎでもなく、そう数も多くない事務仕事に手をつける。
正直なところ、グルーシャはレトが苦手だった。
あのマイペースな性格はもとより、他二人と異なってジムリーダーやポケモンリーグに興味を示している点がグルーシャには都合が悪い。
実力もあり、現チャンピオンであるオモダカの覚えもいい。リーグは常に人手不足なのでレトが希望すれば、すぐに採用されるだろう。
そうなったらあるいは、立て続けに三度敗北したパルデアリーグ最強のジムリーダーである自身が降ろされ、代わりにレトが立てられる、などということになるかもしれない。
順当に考えればジムリーダー、あるいは四天王に据えられるとして、人の二倍位リーグの仕事をしているとある社畜男の業務を引き継ぐという形になるのだろうが、ジムリーダーであることを心の拠り所としているグルーシャには、十分恐ろしい存在だった。
■◆■
「ただいまー。次何すればいい」
あっけらかんと、戻ってきたレトはそう言った。
時間を確認する。想定していたよりも遥かに早い帰りだった。
スマホロトムを確認すると、レトに渡したテラスタルポケモンの反応はすべて消えている。まざまざと見せつけられる実力差に眉をひそめた。
「もう任せられるものはないよ」
「じゃあ終わるまで待ってるから、手が空いたら呼んで」
そう告げると、出しっぱなしだったグルーシャのアルクジラを構い始めるレト。
懐いたアルクジラに複雑な感情を抱きながら、仕事を再開する。
「ポット借りていい?」「いいよ」「お茶置いとくね」「ありがとう」「アルクジラ餌付けしていい?」「ダメ」
そうしてしばらく、元々多くもない業務が尽きた。
手を止めて机を片付け、レトへ呼びかける。
「ほら、終わったよレト」
「ようし。それじゃ話そっか。グルーシャも興味あると思うよ」
「へえ。こおりタイプの面白いポケモンでも見つけた?」
「……、…………。アレの話はまた今度ね」
「アレ?」
「やったのは俺じゃないから」
「あんた何やらかしたんだ……」
「俺じゃないから。言い訳じゃなくてほんとに俺じゃないから。ちゃんと止めたから。ともかくこれは置いておこう」
とりあえずオモダカさんには報告しておこう。最低限のホウレンソウが出来るグルーシャはそう決めた。
■◆■
レトが話し始めたのは確かに興味のある話題だった。
友人であるあの子の話だ。
あの子はどうやらポケモンジムに挑む傍ら、他にも様々なことをやっていたらしい。そのうちの一つについて、レトは語った。
パルデアの各地に生息しているヌシと呼ばれる強力なポケモンたち、それらを打ち倒し、その力の源であるひでんスパイスを集めたのだと。
「あの子、そんなことしてたんだ」
「すごいよね。それで集めたひでんスパイスで見事! マフィティフは復活! ハッピーエンドだ」
なるほど、面白い話だった。
後遺症が残るほどの大怪我をしたが、みんなで頑張ってそれを治療する。
未だ後遺症を引きずるグルーシャ、優しい彼はモヤモヤした気持ちを抱えながらも、自分とは異なり乗り越えることができた冒険譚を素直に讃える。
「で、はいこれお土産のひでんスパイス」
コトン。とピンク色の粉が入った小瓶が机に置かれる。
「人間が食べても大丈夫なのはあいつらが検証してるからさ。スキー? スノボー? スケート? 忘れたけど何かで怪我したんでしょ。あげる」
「え?」
「治るといいね」
予想外の話の流れに困惑するグルーシャ。
「どうしてこれをぼくに?」
思わず口をついて出たのはそんな言葉だった。
他の目的でもあるのか、と。
「あれ、要らなかった? やっぱ自生してるスパイスとか口に入れたくない?」
「……。人生で一番無駄な数秒だった」
「そこまで言う!?」
自分に擦り寄ってくる理由なんて、いくらでも思い浮かぶ。
だがその尽くが、レトにとっては的はずれなものなのだろう。
仕事で数度会った。チャレンジャーとして、リーグの使いとして、様々な立場でやって来るレトを迎えた。曲がりなりにも有名人であるレトの話も何度か耳にした。
プライベートだとこういう人間なのか。
「そんな嫌だった、これ?!」
「ありがたく頂くよ、レト」
「……おー」
小瓶を手に取る。
「じゃあ俺はそろそろ行くから。またスパイス見つけたら持ってくるよ」
「今度来るときは先に連絡を入れてほしいな。ぼくも何か用意しておくから」
「あー、忘れてた。次は気をつける」
ぐいっとお茶を飲み干し、レトは部屋を出ていった。
小瓶の蓋を開けてみる。指先に少し取ってスパイスを甜めた。
「あま」