幼馴染が主人公っぽかったので俺はライバル枠に収まることにする 作:アウグスティン
『ヒトとポケモンは共にあるべき。貴方もそう思いますよね』
「はい!」
『ええ、貴方ならそう答えると思っていました。では後はお願いします』
「はい?」
■◆■
息を潜めてじっと隠れる。辺りからはコツコツ、と硬いものが歩き回る音が鳴っていた。逃げ込んだホームセンターの中を、我が物顔で散策しているのであろう怪物を思うと泣きそうになってくる。
ホラーやスリルとは違う本物の命の危機を前にして、私は口を両手で押さえてただ縮こまるしかなかった。
時折何かが崩れて音を立てる。
あの金属の怪物は、果たしていつまで隠れていれば立ち去ってくれるのだろうか。十分? 一時間? それともここに巣でも作られたり?
恐怖で時間の感覚も無くなっている中で、余りにも場違いな、能天気にすぎる声が響いてきた。
「もしも〜し! 誰かいませんかー!」
少し高い子供の声だ。声は続けて呼びかける。
「も〜しも〜し!」
大声で騒ぎ続ける少年。
可能な限り早く立ち去って欲しいという私の願いとは裏腹に、どうやら少年は辺りを散策しているようだ。
「なんか音……誰かいるのかな。こんにちはー、ハロー、オラー……あとなんかあったっけ?」
私は手元に置いておいた鉄パイプを握り締める。
こんなものが役に立つとはちっとも思わないが、それでも武器になるものがあるというだけで少しは気が紛れる。
そんなお守りを手に、私は意を決して隠れていた従業員用の控室から出た。
これ以上、あの少年に騒がれるわけにはいかない。
キョロキョロと慎重に周囲を見渡しながら声のする方へ歩を進める。
曲がり角から顔だけ出して覗き込む。
奇妙な格好をした少年だ。日本語を話していたが日本人のようには見えない。
彼はこちらに気がついたのか顔を向けると、また声を出そうとする。
慌てて私は指を立てて口元にあて、黙るようにジェスチャーで伝えた。少年も私の真似をしながら黙ってこちらへ歩いてくる。
「小声ならいいですか? って言葉通じてるのかな」
「大丈夫、わかるから静かに、すぐ隠れる──」
カンッ──カンッ──
入口側の通路から金属音がした。
少年の手を引っ張って反対に向かって走る。裏口か何かあるはず。ここを捨てることになってしまうけれど、留まって襲われるよりはマシだ。
そんな目論見は、始めからいた一匹目の登場で潰えた。
『ん? ココドラじゃないか。街中で二匹も……珍しい』
母国語なのだろう、謎の言語で独り言をこぼす少年。
その態度には微塵も緊張感がない。
この怪物の恐ろしさを知らないのだろうか。いや知らないんだろう。
大きな奴ばかり取り沙汰されるものだから、小型のコレがどれほどの力を持っているのかなんて、私だって直に見るまでは知らなかった。
子犬くらいの大きさのこの怪物目掛けて、轢き殺そうと突っ込んだトラックが軽く跳ね除けられて逆にスクラップにされた、なんて。
人伝に聞いたって信じられるものではない。
その時の光景がフラッシュバックし、意味がないという前提すら忘れて、私は無我夢中で握っていた鉄パイプを振り回した。
「わ、ぁぁあ──こ、来ないでっ……!」
「ちょっと君。そんなことしたら危ないって」
カプ、と振り回していた鉄パイプを小さな怪物が咥える。
重たい。びくともしない。
「離して! はな……きゃっ」
怪物が鉄パイプをもぎ取るように首を動かした。
それでグルンと天地がひっくり返って、私は葉っぱのように吹き飛ばされる。
背中から落ちて、肺の空気を吐き出した。痛みで悶える私のところへ少年が駆け寄ってくる。
「あぁもう、大丈夫ですか?!」
「けほっ……う、ぐ……に、逃げ、て」
二匹目は入口側から来た。
きっとこの少年についてきたのだろう。
だが恨んだ所でどうなるものでもない。怪物たちは鉄パイプを齧るのに夢中になっている。今ならばきっと。
あ、これなんだかすっごく物語のヒロイン。
馬鹿なことを考えて自分を誤魔化す。
それで少年はこの場を立ち去る、なんてことはなく、そのまま踵を返すと怪物らの方へ歩いていった。
本当に物語だったなら、この少年が不思議な力で全てを解決してくれるのかもしれない。でもそうはならない。
現実は物語のようにはいかない。
不用意に怪物に近づいていった少年は金属製の頭にペチンとチョップする。
……は?
「こらっ。そんな乱暴にしたら危ないでしょ」
「ココド?」
困惑した様子を見せる怪物。
少年は膝をついて視線を合わせると優しい声音で喋りかける。
「まったく。どうしたんだ? お腹でも空いて街まで出てきたのか?」
「ココ?」
「ココドラ」
「え? あ〜、産まれたばかりなのかな。ええとね、これはご飯の山じゃなくて俺達みたいな人間っていう生き物の巣なんだよ」
「ココド!?」
「うん。だから出来ればあんまり食べないでくれると助かる」
怪物達は頭を下げると、半分くらいの長さになった鉄パイプを小突いてこちらに転がしてくる。
呆然と鉄パイプを拾い、怪物と戯れる少年を眺める。
クソ重たい怪物を本当に子犬を持ち上げるみたいにして抱きかかえ、軽々と金属を破壊する力を込めた怪物が腕の中でバタバタと足を動かしているのに堪えた様子はない。
しばらくじゃれ合った後に怪物を解放する。
「親御さんによろしくね〜」
ブンブンと手を振って怪物達を見送る少年。
怪物の姿が見えなくなると、彼はこちらを振り向いた。びくりと思わず体が震える。
「そうそう。当初の目的を忘れるところだった」
「目、的?」
「変なこと聞くかもしれないけど……この荒れた街並みって前衛芸術ってわけじゃないよね?」
■◆■
「はぁ。異世界」
少年。もといレトと名乗った彼が語った話をまとめると──怪物をこの世界に送り込んだ邪神から、人間と怪物の橋渡し役として引っ張ってこられた異世界人だという。
「創造神」
「そうね。創造神」
面倒くさい奴だなこいつ。別に信徒って口振りでもないのに。
「それでこの世界では何が起こってこんなことに?」
「神様からは聞いてないの?」
「細かいことは気になさらないんだ」
といっても説明するようなことはほとんど無い。
怪物。レトの言うところのポケモンがこの世界にある日突然現れて、人間は彼らと上手くやっていくことが出来ずにこうして衝突を繰り返している。
基本的に、というかずっと人間は敗北を続けている。世紀末系ソシャゲくらいボコボコにされている。
「大変だね」
めちゃくちゃ他人事みたいな口調だった。
「う〜ん。でも話を聞く限りだとやっぱ一番の問題は食料事情だよな」
「それはまあそうだろうけど……そこはどうしようもなくない?」
今回街を襲ったココドラとかいうポケモンは金属を食べていた。
幼体は子犬サイズだったが、成体はかなりの巨体と聞いている。
そんな生物が何体もいては地球の資源が持つわけがない。
「こういうのってポケモンと一緒に出てきたりした?」
レトが大振りな果実を取り出す。
ブツブツした青色の果実だ。ちょっぴり気持ち悪い見た目をしている。
「うちの世界にあるふしぎ植物のきのみなんだけれど……どう」
「別に私は専門家じゃないから詳しくないけど……異世界産の植物なのよね。そんな話は聞いたこと無いかな。それが何か?」
「なんとビックリ! こいつは完全栄養食なんだ。肉食でも草食でも魂食でも無機物食でも、これさえ食べてればバッチリという、うちの世界が共存できてる理由の半分くらいは占めてる素晴らしい代物だ。しかもハーブ並みにモリモリ増える」
「それもポケモン?」
「いやこれはポケモンじゃない」
「どういう原理?」
「知らない」
得体が知れないすぎる外来種だった。
「たぶんアルセウスも困ったんだよ。いろんなポケモン創造ったはいいものの、食料どうしようって。それで生まれたんだと思う」
曲がりなりにも神がそんなに適当な調整をするわけないだろう。
と思ったがこの惨状の原因だった。
さもありなん。
「というわけだからこの廃墟を全部畑にしてくるね」
「ダメだよ?」
「くさタイプのポケモンと……あまごいやにほんばれができる子も欲しいな。ボスゴドラは帰っちゃったかな。手伝ってくれそうなんだけど」
「ダメだからね?」
こうして私の世界で一番苦労させられるガールミーツボーイは幕を開けたのでした。