シン・ウルトラマン 夕陽に咲く花 作:へびのあし
ヒナちゃん。
ボクはね、原生生命体が大好きなんだよ。
だから、人質を取られると何もできない。
でもって、地球人を見捨てることもできない。
わかるかい?
詰み、なんだよ。
ああ、なんて面白いんだろう。ゾクゾクするよ。
”一個体“ で完結できないことを、他と協力して成功させる。
別にさ、無理やり一人で突っ込んで解決することだって、不可能じゃないさ。っていうか、普通はそうしてきたからね。わざわざ手分けするなんて、変わったこと、する意味があるかい?
実はね、ボクが原生生命体の頭を直接覗くのは、今回が初めてなのさ。
いつも、眺めてるだけ、観察してるだけだった。
”自分が“ やることじゃあなかった。
兄さんも、こういう感覚を味わったんだろうね。
なんて新鮮なんだ。他人に肩を預けるって、安心するよね。
ちょっとは理解できた。なぜに兄さんが、命を投げ打ってまで君たちを救ったのか。
ああ、ボクは今、最高に楽しいよ!
(……幸せだっていうのは、それはもうよくわかったけど。結局、私はどうすればいいっていうの?)
脳内で響くジャックの嬉しそうな声に辟易しながら、ヒナは尋ねた。
(さっきまでの話を聞く限り、ジャックはただブラックキングにやられて宇宙に連れ去られるしかないみたいなんだけど?)
まさか、とジャックは笑いながら答えた。
ボクがそんなに無能に見えるかい?
ボクがあらかじめ解決への一手すら打っていないと?
(いや、別にそうは思ってないけど……。)
大丈夫さ、とジャックは力強く応える。
ナックルの脅迫状にあった”某恒点観測所“とやらには面識があるのだ、と。
連絡を入れれば、そこの観測員がすぐに飛んでくる。そうすれば、もはやナックルに勝ち目はない。
無論、それをさせないようにナックルが見張ってるのは必定だけど、ボクの方が一枚上手さ。
(……そう。)
言い知れぬ不安を抱えながらも、ヒナは口を閉じた。
どうしてだろうか。
きっと大丈夫、という根拠のない感覚があった。
こういうのを、何と呼べば良いのだろう。
”信頼“
…とは、呼びたくなかった。信じても、頼ってもいない。いや、そんな感情を抱いてはならないのだ。
ヒナの命は、全世界の命運を握っていると言っても過言ではない。
簡単にどこの馬の骨とも知らぬ宇宙人に心を預けて、そして地球が滅びに向かったとすれば。
それは誰の責任だろうか。
少なくとも、である。その一端は、ヒナにあるのだ。
「
ジャックは答えなかった。
それは、わざと無視をしている、というわけではないような。むしろ、何かに思い悩んでいるような。軽々しい返事をしたくないからこそ、少し間が空いているような。そんな気が、したのだった。
『————ボクは…』
♢
現場に着いた頃、陽は西に傾き出していた。簡易テントを張った即席の司令所の中で、禍特隊は自衛隊に指示を出していた。
“まだ攻撃するな”と。
ひたすらに、待機を命じる。
被害が拡大していく中、焦るのは誰もが同じだ。しかし、どのような攻撃が有効か、わからない。
そして、一度攻撃をしてしまえば、それは外星人ナックルに敵対の意思を示すことになる。これはできれば後回しにしたかった。
今は、主に汎用生物学者の船縁を中心に、分析が続いている。
しかしあまり進捗は芳しくないようで……
「ああもう!何らかの電磁波結界みたいなものが作用していて、エネルギー攻撃を弾いてるっていうのはわかるんです!単純に皮膚も硬くて、破りにくいっていうのも!ただ、その隙間を見つける仕事となるともう、私の範疇じゃぁなくて…!」
「うーん、肝心の滝さんは今、国際電話中ですね。」
(…班長、私たち、本当にこれ以上何もしなくていいんでしょうか)
(問題ない。さっき“潜ってた”神永も、無事に情報を入手したからな。何だったか…“光粒子サイン”の技術だな。で、そうこうしている間に無事浅見の姿が消えた、と。)
彼らは監視カメラから隠れてこっそりと筆談を交わしながらも、表面上は……どころか、内心も不安で一杯だった。
「班長…このカオスな状況本当に大丈夫なんでしょうか?」
船縁の本気の不安げな問いかけに、田村は堂々と頷いた。
「ああ。全くもってダメだな!」
「え!?」
もはや清々しい。船縁が大きな肩透かしを喰らってずっこける。
田村が慌てて、足りなかった説明を継ぎ足した。
「だってそうだろう、ジャックの思惑ではうまくいってるのかもしれないが、俺たちは何もわかってない。結局、ウルトラマンという神に頼るしかなくなっている。宇宙の規模で見れば人類などほんの赤子であり、いつ捻り潰されてもおかしくない。……ま、だが、だからこそ希望がある。」
「き、希望……」
「むむ。おかしくなんかないぞ。その、ただ俺は言いたかっただけなんだ……赤子ならば成長できるではないか、ってな。」
「はあ、なるほど。」
班長の田村は、ふいに腕時計を見やった。他のメンバーも気がついたように会話を中断し、現在時刻を確認する。そして、示し合わせたように頷くと、一斉に立ち上がり、固唾を飲んで外を見つめ出した。
「…4時35分まであと3秒、2秒、1秒……くるぞ。」
息を詰めるような緊張の中。市街地の中心が、雷の轟くような閃光を放った。
ピカッ、と。
そして、現れる。
彼女。いいや、“彼女たち“ が。
銀色のボディ。
ビルより高い巨躯。
スラリと細い手足。
洗練された知性を感じさせる眼差し。
「頼んだぞ……ウルトラマンジャック、そして…西寺ヒナ。」
これは誰の言葉だったのだろう。
実際に声に出したのは、田村、一人だった。
しかし、より多くの者の心の声は、一致していたのではないか。
祈り。
そう…これは祈り、だ。
自身の有限性を自覚した時、ヒトは手を合わせて祈る。
頼って、頼って。そして、自分にできることだけを完遂する。
果たして、彼らの想いが届くのか。
『……………対象認識……光の星の住民、ユト……抵抗するなら…抹殺…します…』
『ただの生物兵器の癖に。よくしゃべるねえ。』
『(ちょっとぉ!あんまり挑発しちゃあダメだって!ジャックだって、無駄に怪我したくはないんでしょ!)』
『ふふふ…そうかもね。ナックルは…厄介だから。』
『(その厄介なナックルよりも、あなたの方が上だって断言してたじゃん! 私の体、無駄に壊したら承知しないよ!)』
『わかってるさ。だから、……安心して預けてよ。』
『(……いいわ。じゃあ、私はもう、黙るわね。)』
テレパシーによる念話。
地上の誰にも聞こえない意思の疎通により、すでに水面下の戦いは始まっている。
しかしまあ、わかりやすいのはアレだろう。
開幕の火蓋が切られる。
その合図として、ウルトラマンジャックは、ファイティングポーズをとった。
♢
殴る。蹴る。殴る。蹴る。突き飛ばす。倒れたところを蹴り飛ばし、踏みつけて、殴る、殴る、殴る……
言うなればそれは、一方的な蹂躙だった。
一切の慈悲もない。
抵抗を許さない。
……いや、違う。
「ジャック…っ!!」
ただただブラックキングにやられ続けるジャック。
彼女は、一切の反撃をしなかった。
出来ないのだ。
何の因果か人質を見捨てることができない性を持って生まれてきてしまった彼女は、ナックルの脅しの前に完璧な無力であった。
しかし、確かに目的を持ってそこにいる。その白く輝くクリスタルの目は、ずっと何かを待っているようだった。
投げ飛ばされて、あわや高層ビルを叩き壊すかという寸前、自身の重力場を操作して回避する。瓦礫の山となった市街だが、これ以上壊してなるものかという強い意志。
自らブラックキングの間合いに飛び込み、攻撃を受けて弾き飛ばされ、そしてまた戻ってくる。
いったいこのような行動に、なんの意味があるのだろうか。
『時間稼ぎ』
そう、時間稼ぎ、だ。
しかし、考えてみてほしい。時間稼ぎ、とは、必ず救いが来るという前提のもとで行われる行為。
もしも、救いが来なかったら…?
それは、ただの無駄な自己犠牲で終わるだろう。
あまりと言えばあまりに残酷な光景に目を背けながら、必死で援護策を探る船縁。
秘密回線で電話を繋げ、何事か英語で会話を続けている滝。
無表情でパソコンのキーボードを叩く神永。
ホワイトボードを占拠して、おかしな文字やら記号やらを大量にかき散らかしている後藤。
自衛隊の隊長と話をする田村。
行くところがある、とのみ言い残して失踪した浅見。
『——————とても惨めだ。とても滑稽だ。』
…彼らの姿は、全て見られている。
そして、その努力が無駄に終わるであろうことも。
『あなたたちは、失敗する。なぜならば、時間が足りないからだ。』
漆黒の背広の紳士が、無表情で呟いた。
『今この時、あの地球人六人は、敵になった。なぜならば、私の邪魔をしようとしているからだ。』
紳士は、真っ赤な夕焼け空を見上げて手を広げる。
『そろそろ、ユトを拘束しよう。なぜならば、弱った者を宇宙に連れ出すのは簡単。そして、それさえ実現されれば私の勝ちだからだ。』
彼———ナックルは、パチン、と指を鳴らす。
虚空に現れた赤い輝きを、掴み取って起動させる。
ハッハッハ、と不気味に乾燥した笑い声を上げながら、最悪の宇宙人が戦場に降り立った。
♢
『ユト。お前の弱点は、原生生命体を愛しすぎることだ。』
ブラックキングの攻撃が、やんだ。
目をあげると、静かな夕焼け空だった。どこぞでカラスが鳴いている。もうすぐに太陽も沈むだろう。
はぁ…と静かに長い息を吐いて、ジャックはナックルの顔を見上げた。
『……ねえ、気安く名前を呼ばないでほしいな。宇宙一のネチネチくっつき虫くん。』
ナックルは無表情ながらも、それが悪口であることを察して内心明らかに気を悪くしたようだった。
『これ以上の私への侮辱を許さない。なぜなら、お前の命は私の掌握下にあり、すなわち現在の上下関係は私の方が上であるからだ。』
『関係ないね。ボクときみとでは価値観がずれている。しかも、ボクが大人しくしていたのは、お前をこの場に引き摺り出すためなんだ。上下関係が上とか、意味のわからない勘違いをしないでほしいんだけど?』
ジャックは、ゆっくりと立ち上がりながら、小馬鹿にしたようにナックルを挑発する。
しかし、ナックルは平坦な表情を崩さない。
『いいや、お前は今すぐその無礼な口を閉じる。なぜなら、“計十六の四光年彼方の青い生命”という人質の存在を、今、私がお前に思い出させるからだ。』
『………。』
黙ったジャックを見下ろして、ナックルは満足したように頷いた。
『今すぐに、ブレスレットを外して渡せ。それがただのベータカプセルでないことは知っている。それがお前の変身道具であり、同時に武器でもあるのだろう。』
『よく知ってるね。』
『そしてお前は今の戦いでエネルギーを消耗しすぎた。人間と融合していることを鑑みれば消耗具合が少なすぎるようだが、そこは何がしかのトリックがあるのだろう。まあ、重要なのはそこではない。ベータカプセルの遠隔操作に必要なエネルギーが残っていないこと、それが確定すれば十分だ。』
ほら、と手を出したナックルを見つめ、ジャックはしばし躊躇った。しかし、催促するナックルに、もはやこれ以上の時間稼ぎは出来ないと悟ったのだろう。自身の左腕に嵌められていた金属の輪を外してのせた。
ナックルは、フフフッと無味乾燥に笑うと、パチン、と指を鳴らす。
夕焼け空の彼方から、彼に引き寄せられるように奇妙な乗り物が近づいてきた。
黒い飛行機のような機体が二つ、白い十字架のようなものを引っ張ってくる。
『あれが何かわかるか。ユト。私の邪魔をした愚かな者。』
空を見上げるジャックは、その物体を見て嫌な顔をした。
『罪人の拘束に使われる輸送機…かい。なかなか嫌な真似をするね。』
『その通り。そして、お前は詰みだ。なぜなら、もはやこれで時間切れだからだ。』
『……時間切れ?』
『お前のそばにいた地球人六人が、
『………知ってるよ。』
『そうだ。これくらいは周知の事実であるだろう。だがしかし、私もそれ相応に警戒するということを、彼らはわかっていない。破壊を行うためには幾多の工作が必要不可欠だ。故に、目立つ。滝殿は研究者としての人脈を、浅見殿は裏の繋がりでの人脈を生かし、どうにか外国の軍隊との提携を成功させようという魂胆だろうが、私には全てお見通しだ。』
『…………。』
『電話。監視カメラ。電子メール。……全ての電子情報は私の諜報範囲内であり、データは握らせてもらっている。それらを総合して処理した結果、彼らが私の機体に火を吹くのは早くても三時間後のこと。だから私がすべきことは、さっさときみを連れて宇宙のどこぞへ逃げてしまうのみ。つまり————
—————きみはもうお終いだ。』
静かな表情を変えないジャックに、ナックルは不気味な笑みを向ける。
もう一度ナックルがパチン、と指を鳴らすと、ブラックキングが動き出した。
ブラックキングが後ろからジャックを拘束し、持ち上げて、無抵抗の彼女を勢いよく宙へ放り上げる。
綺麗な放物線を描いて彼女が飛ばされた先には、先の拘束器具が浮かんでいた。
まるで十字架のようなそれに近づいた途端、ジャックの手足が無理矢理その形に合わせて開く。ピッタリと磁石のように吸い付けられ、自動的に手首足首に金属の輪がハマって、あっという間に身動きがとれなくなった。
『気分はどうかね?散々コケにしていた相手に捕まった心地は。』
『…………。』
『まあいい。お前はただでは殺さない。私の故郷の星についた時を覚悟しておくことだな。…ああ、忘れてはいないとも。禍特隊の六名は、いつか戻ってきてきっちり抹殺してやる。』
ナックルはジャックに笑いかけると、体の巨大化を解除して、呼び寄せた宇宙船に乗り込んだ。ブラックキングの巨大化も同時に解除され、街が唐突に静けさを取り戻す。
宇宙船とともに、ジャックを乗せた機体が発射する。
「ジャックーー!!」
(あぁ…船縁さん。)
地上から、悲痛な叫び声を聞いたような気がした。いや、彼女はきっと叫んだのだろう。
そういう、優しい人だ。
絶体絶命の状況で、しかしジャックは絶望していなかった。
いや、そもそもなぜ落ち込んでやる必要があるのだろうか。
悲観するには、それ相応の理由がいる。
やたらと『なぜなら〜』を連呼していたナックルを思い浮かべて、ジャックは薄笑いを浮かべた。
(ナックル。やはりお前は、なぜ光の星の住民が宇宙の治安維持を担当しているか、わかっていない。)
ジャックは、グングン大気圏を登ってゆく新鮮な感覚に身を任せながら思う。
(根本的な戦闘能力?頭脳?強い意思?……そう。その通り。)
心底愉快そうに、ジャックは笑った。
(全てボクたちが優っている。研究者や観測員ですら、宇宙の凶悪犯を一対一で倒す力を持っている。生まれながらのアドバンテージが、君たちの比じゃないのさ。)
—————まあ、相手がメフィラスみたいな実力者とかだったらさすがにボクも分が悪いけどね。
そう想いを巡らせて、ジャックは満足げに目を閉じた。
そしてゆっくりと一呼吸おくと、カッとその目に再びの光が宿る。
『………ふふふ。残念だったね、ナックル。さあ———
———お前の負けだよ。』
原作でリピアーは、ザラブに拉致されていました。
それも、あとから誰かが自分を追跡できるように用意周到な準備を整えて。
ユト(ジャック)も、何やら仕掛けを残して墓場へ突貫してゆくようですね。
つまり、兄妹なのです。