シン・ウルトラマン 夕陽に咲く花 作:へびのあし
『………ふふふ。残念だったね、ナックル。さあ———
———お前の負けだよ。』
突然の念話に、ナックルは宇宙船の中で訝しげな表情をした。
『何を言って……っ!』
バアン、ッと派手な音が鳴り響いた。慌てたナックルが振り向くと、ジャックから奪い取ったブレスレットが、勝手に浮遊して、宇宙船の中枢を破壊したところだった。あっという間に煙を上げ、狂い始める計器類。
ナックルは、ありえないと目を見張った。
ジャックはエネルギーを消耗している。しかも、エネルギーの流れを阻害する特殊効果を持った拘束具で縛られた状態である。万が一にも不可能なはずの遠隔操作……しかし、それが今起こったのだ。
何が原因かは全くもってわからない。
しかし、これによってナックルが故郷へ帰る手段がなくなってしまった。
なぜならば、彼はこの宇宙船の機能を使い、時空を捻じ曲げて移動を行うつもりでいたからだ。しかも、移動ができないということはつまり、ナックルにとっての餓死を意味する。故郷においてのみ生産可能な栄養素を、彼は生命維持に必要とするからだ。
しかし、そこは百戦錬磨のナックル。
すぐに落ち着いて、今自分がすべきことを認識した。そう……
『ユト。今すぐに、お前を殺す!』
『おおっと。熱烈だね。』
『お前は死ぬ!なぜなら、ば!その余裕が、あだにな、るからだ!』
きっと、今ごろ宇宙船の中でブレスレットに追われているのだろう。必死の念話が伝わってくる。
そして……
ジャックの目の前に、銀色の影が現れた。
「このバカ弟子め。」
「……有難う御座います。」
銀色の影は、ジャックの拘束具へ向けて手をかざす。…が、カタカタと揺れただけで銀の鎖は千切れることはなかった。一瞬の判断で念力による切断を諦めた彼は、何やら量子化して自身のサイズをおよそ百万分の一の大きさへ縮小。拘束具のコンピュータ内へ侵入して、解除を試みる。
宇宙の秩序を脅かす悪人をとらえるために作られたこの複雑怪奇なシステムは、例え中身を熟知していても解除が困難な仕様となっている。しかし、彼はいわゆる普通の知的生命体ではなかった。光の星における天才、恒点観測員の異端児、その所業には一時期危ういものがあり、一度は自身が罪人として追放されかかった過去を持つ。つまり、こんなものの解除、彼にとっては朝飯前以外の何者でもないのだ。
パリン、と音がして、拘束具の外れる音がした。
ジャックはふう、と息をついた。ここまで予定通り。まだ体中のあちらこちらが傷ついているし、巨大化に伴うエネルギーの消耗もまあまあある。しかしまずは、アレだろう。
自由の身になった、と喜ぶべきだ。
と、思ったのだが。そうする暇も無く、その人はジャックに向けてゼロ距離からの光線技を放った。
「うぇええっ!?」
慌ててバリアーを張るも、あっけなく砕けて弾き飛ばされる。
「なっ!何やってるんですか師匠……っ!?」
宇宙には重力がない。よって、一方向へ力を加えると、ほとんど減速なしですっ飛んでゆく。
ジャックが自身の力で重力場を操作すれば話は別だが。
慌てて戻ろうとそちらを見やると、おかしなことに気がついた。
(あれ、師匠も飛ばされてる…?)
なるほど、と合点した。ようやく冷静になった、とも言う。
思考が追いついてきて、先ほど自身を助けた人物の奇行の理由を理解できた。
(そういうことですか。いやはや、落ち着きのなんと大事なことか。“泰然自若”というものを目指してみようかな。)
次の瞬間。
ドカーンッ!と自爆したナックルの宇宙船を見て、(やっぱりナックルは厄介なやつだね。)とジャックは笑った。ずっとあのまま宇宙船のそばにいれば、巻き込まれて瀕死の重傷を負っていた可能性が高い。
弾き飛ばされたことにより、命を救われた。
ちょっと冷や汗をかいたのは秘密である。
♢
『この馬鹿弟子め。』
ジャックの意識の奥深く、ずっと底の方に沈んだままこの声を聞いたとき、ヒナはいよいよ来たか、と思った。
ああ良かった、と安堵することはない。
むしろ、ものすごく身構えた。
その理由はといえば、それはジャックが嬉しそうに語ってくれた昔話による。
以前「ジャックが恒星で焼け死にそうになったことがある」と禍特隊メンバーに話したことがあるが、そのエピソードは決してジャックが不注意でぼんやり燃える星に突っ込むうっかりやだったことを示す物語ではない。
彼女は『恒星に突き落とされた』のである。
誰に?
ジャックが、“師匠”と呼ぶ存在に。
光の星を、一度は罪人として追い出されたこともあるらしい。ジャックに勝るとも劣らない異端の天才児。本職は惑星や星間宇宙の環境変動を調査する仕事…らしいが、たくさんの(有用過ぎて逆にアブナイ)機器の開発ばかりしている。
昔色々犯した失敗から学んで最低限の警戒体制を自分で構築するようにはなったらしい。具体的には、例えば自身が開発した遠隔操作可能のブーメランナイフを頭に取り付け、その技術力を中夜狙う輩から身を守っているとか。ようは光の星での変人なのだ。
彼の開発する作品はすごい。
ジャックのウルトラブレスレットも、彼が作ったもの。まだ一度も地球上でその真価を発揮したことはないが、それはもう非現実的な性能を誇るらしい。自由自在に変形し、武器にも防具にも爆弾にも光線にも、やろうと思えば鏡や歯ブラシやコップにも、使用者の念じたとおりのものになるという。
無論、その分エネルギーの消耗が激しいので多用は出来ない“切り札”なのだそうだが。
…そして。
それだけのものを作るとなれば、技術を譲る相手も選ばねばならない。
宇宙の秩序を乱す星人が、天体を木っ端微塵にしたり、原生生命体を服従させたりするために技術協力を求めたら?または、力を持たない者が大勢、軽い気持ちで技術を買って行ったら?無論、彼ら自身にも災いが降りかかる事態になろう。
そのようなことになれば、光の星の住民としても見過ごせない事態となる。
故に、彼は篩にかける。
独自の基準を持って、技術を渡すかどうかを決める。
————それが、『恒星に放り込む』なのだ。
本気で命の危機にさらされるリスクを取るのか、どうか。そして、技術を安全に保持できる程度の力を持つか、どうか。
まずはそれが一つ。
ギリギリの試練を与えて、それでも了承するかでその本気度と力を測る。まあ、ほとんどの場合は死ぬことはないのであまり重要な観点ではないかもしれない。
そして、次。
瀕死の重症を負った星人の体を拾って徹底的に調べ上げ、邪な思念や怪しい点、不安要素がないかを確認する。脳波の類を操って自身の思念をたばかるような真似は、絶対に出来ない状況で、だ。
最後に、大量生産すべきでないと判断された技術(彼の作品の場合はほとんどが当てはまる)に関しては、徹底的に特定個人専用の製品とする。つまり、持ち主(と開発者である彼自身)以外には使えない設定にして盗難を防ぐ。
(……怖い。ふつーに、怖い人だよぉ。)
本当にどうしてだろうか、ジャックは、彼を師と仰いで尊敬していると断言する。
会うたびに、やれ強くなれ、やれ素手で流星群の滝を斬ってみろ、やれ突っ込んでくる宇宙船を避ける練習をしろ、万が一にもウルトラブレスレットの保持者が盗難に遭ってはならないのだと、追いかけ回してくる恐ろしい人だと、そう語るその口で。
楽しそうな口調で話すジャックの気がしれない。…いや、楽しそうな口調だからといって、本当に楽しいのかはよくわからないのだが。
なにゆえ、ヒナが緊張しているのか。
それはもうわかりきっているだろう。
ナックルを出し抜くための『ジャックの策』とは。
わざとナックルに負けてみせ、禍特隊の皆に撹乱を任せ、実質神永新二と滝明久のみが関わる秘密裏の作戦を決行した。彼らが何をしたのかネタバラシすれば、光粒子サイン、すなわち宇宙の電報のようなものを使って、メッセージを発信したのだ。宇宙の彼方から恒点観測員を呼び寄せる、助けを呼ぶためのメッセージを。
ジャックがやれば、ナックルは気づいただろう。
しかし、人類はこの技術を有していなかった。そう、昨日までは。神永新二がウルトラマンの記憶を受け継いだことは、まだ知られていない。
故に、呼び寄せた。
恒点観測員、所長。ジャックが地上でトランプ占いをして勝手に決めたコードネーム————ウルトラセブン。
つまり、今までのこれは全てジャックが招いた事態だ。
わざと捕まり、一瞬とはいえブレスレットを盗まれた。
さあ、いったい、ヒナたちはどうなってしまうのだろうか。
————ボクのそばにいてくれる?ヒナちゃん。
ブラックキングと会敵する直前の念話で、ジャックはそう言った。
————わざと、色んな人に頼る作戦を練った。でも、これだとやっぱり、どうしても成功確率が低くなる。…ようはね、ボクは、不安なんだよ。
————そばにいてくれるだけでいい。何もしなくていい。ただ……ボクを見捨てないで。
ヒナはぶっきらぼうに、当たり前よ、と返した。
『美しいものを破壊から守り、美しいものを新たに作り出すこと』
あの日の誓いはいつも胸にある。
宇宙人などに言われずとも、決してこの世界から目を離したりしない。
作戦の要、その成功と不成功は、ヒナの働きに何の関係もないかもしれない。
ただ、見ているだけ。それでもいい。
ジャックの心は、絶対に地球人と等しくはなり得ない。光の星から地球破壊の指令が届けば、躊躇いながらも必ず実行するのだろう。
ただ、ジャックの分離された二つ目の心に新たな何かが産まれはじめていることも確かなのだ。
見ているだけ。
それで、何かが変わる。
美しいものが、構築されてゆく。
『人の想い』
悩み、苦しむ。温かみを必死に求める人の心こそ、美しいと言えるのではなかろうか。
……たとえそれが、信用ならない宇宙人のものだったとしても。
『ヒナちゃん!後生だからちょっと代わって!』
『え?何が……って、わわ!』
♢
暗転。
パッと視界が開けて、宇宙という闇が広がる。
……とか思ったら、目の前に、ウルトラセブンの顔があってギョッとした。
「ユト!」
「あのう、私……ヒナです??」
「む。」
銀色の巨人の顔に、表情をつくる機能はない。それにも関わらずものすごい圧を感じて、ヒナは怯えた。
「ユトは、逃げたな?」
「…はい。」
「まあいい。」
何が?!
と思う間も無く、ウルトラセブンはずいと顔を近づける。
「ブレスレットを盗まれるとはいったいどのような了見か、わかっているだろうな?」
「そ、そのう…これには、いろいろ理由があるそうでして!」
「どうせ大した理由ではあるまい。」
「そ…そうかも?」
ヒナが知る限りでは確かにロクな理由がない。何せ、『人に頼るという経験は面白そうだから。(意訳)』ぐらいしかジャックの意思を聞いていない。やろうと思えば、もっと上手く確実な撃破だって、出来ただろう。まあ、それで世界の命運という重い荷を背負わされた人類側は複雑な気分になるが。
内心冷や汗をダラダラ流しながら、ヒナはあはは…と乾いた笑いを漏らす。
その時、ジャックがヒナに呼びかけてきた。
(ヒナちゃん!話をそらすんだ!”相談したい重要なことがあります“って!)
「あ、あの!相談したい重要なことがあるそうです!」
「それもどうせ大したことではあるまい。」
「いえ!ものすごく重要なことだそうです!」
「……………仕方ない。なんだ?」
(よっし、食いついた!いいぞ、そのまま行くんだ!)
(言われずとも!)
ヒナは、必死になってウルトラセブンに話しかける。訓練、鍛錬などと称して酷使されるかもしれない体はジャックのものであると同時に、ヒナのものであるのだ。自分の体が死ぬような目に遭うのを黙って見過ごすわけにはいかない。
ジャックに脳内で指示を受けながら、ヒナは語り始める。
————人類の歴史の核心に触れるほどの、重要なことを。
「人類には、巨大化の技術が実用化されていません。それどころか、レベルを下げた技術である、肉体変換すらもできない。もっと初歩的に、エネルギーを脳波で操ることもできない。おかしなことに人類は、プランクブレーンを認識できる知能を持ちながら、それをいまだに実用化できていないのです。」
「…ふむ。」
「原生生命体の発達には、ある程度決まった条件があります。脳回路を発達させるに十分なエネルギー環境などがその一例。そして、コミニュケーションと学問への深い思索を手に入れた時、生命体は飛躍的に成長を遂げるのです。しかし、人類は類稀なる例外です。」
「…条件は揃っているのに、発達が停滞しているということか?」
「そうです。ここ、数千年ほどの間ずっと。」
うーむ、とウルトラセブンは思考に沈んだ。
ヒナは、静かに畳み掛ける。
「恒点観測員としての所見を、ご教授願えないでしょうか。どうにも……いやな予感がするのです。」
ウルトラセブンは、しばらく沈黙した。
闇の広がる宇宙の、小さな一角。墨塗りの絨毯に転がるビーズのように美しく地球の存在する太陽系を、静かに眺める。
そして、言う。
「判断材料があまりにも少ない。さらなる調査がいるだろう。」
「予想で構いません。こちらも調べる努力をいたします。」
銀の瞳が、こちらをまともに向く。
「…これは私個人による、大雑把な予測に過ぎない。だが——————」
宇宙にあんなに沢山巨大化できる生命体がいるのです。
人類がそれを実現させられなかった理由を真面目に考えて、そして結局、作者にはよくわかりませんでした。
ということで、無理矢理こじつけます。
—————ゆで卵の作り方を理解する脳味噌はある。しかしこの星には、鶏が存在しなかっただけなのだ、と。