シン・ウルトラマン 夕陽に咲く花 作:へびのあし
夕暮れの街で、二人の少女が向き合っていた。
一人は、犬を連れた水色の和服姿の少女。もう一人は、真っ黒なジャージに身を包んだ、眼鏡の少女。
二人が佇むアスファルトの道路沿いには銀杏が一列に植えられていて、黄色い葉がひらひらと散り絨毯が出来上がっている。
傾いた太陽が、地面に長く暗い影を落としていた。
黒いジャージの少女が、おずおずと口を開く。
「ヒイさん…ですか?」
問われて、和服の少女は嬉しそうに微笑んだ。
「うん、こんばんはミッちゃん。…久しぶり…かな?」
にこり、と微笑んだ和服の少女ことヒナの姿に、ミッちゃんと呼ばれた少女がほっとしたようにため息をついた。彼女は御堂ミツオ。ヒナと同じ、PPのデザインチャイルドだ。
彼女の能力は『スピード演算』。数学者になることを期待され、実際にテロリストの暗号解読などに裏で著しい寄与をしていると聞く。
数学者……と言えば椅子に座って紙と鉛筆と箸しか持たない生活をしている人間をイメージしてしまうことも多いが、彼女に限ってはそうではない。日常生活の全てが数式に見えるという彼女は、スポーツも好きだった。ボールの描く放物線、ジョギングのときの自身の心音や呼吸音、そういうものの分析が楽しくて仕方ないらしい。
そんなミツオは、身体が小さい。一つしか歳の違わないヒナを、雲でも仰ぐように見上げて、尋ねた。
「あのう、大丈夫なんですか、ヒイさん。…せっかくこの街から逃げ出したのに、今度こそ捕まっちゃうかもしれないですよ?」
「ないない。私、今は人類最強のスパイだもん。」
「え……。」
一瞬の沈黙の後、ミツオはくすり、と笑った。
「…そうでしたね。ええ、ヒイさんは世界一凄い人です。」
「何言ってんの。ミッちゃんだって、世界最強の数学者でしょう。」
「最強…ですか?敢えて言うなら、最も優れた数学者、では…?」
「何でもいいのよ。誇りが持てれば。」
「…ええ、そうですね。」
ひとしきり笑っていると、ヒナの足元でうろうろしていた犬がワフッと吠えた。まるで、ヒナを急かすかのように。かつてヒナの腕に抱かれていたラブラドール・レトリバーは、すでにそこを逸脱するサイズになっていた。
ミツオがそれを見て、ふふっと寂しそうに微笑んだ。
「スミヨちゃん…でしたっけ。ずいぶんと、大きくなっちゃったんですね。」
「うん。年月が経つのってはやいよね。みんな、変わっちゃう。」
「…ヒイさんも、明るくなったように思えます。」
「あれ、私ったらそんなに暗かった?」
「……そうじゃないんですけど、でも以前よりよく笑っていますよ。」
ヒナは眉を下げて困ったように微笑んだ。
そして、ところで、と言って話を切り出した。
「ミッちゃんは今日、何してたの?」
「ジョギングですよ?いつも通り。」
ミツオが、何の裏表もない表情で答える。
しかし、ヒナはこれで終わらせる気がないようだった。
「いつも通り?」
「ええ。」
「楽しい?」
「もちろんです。」
「………本当に?」
え、と困惑した表情で固まったミツオに、ヒナは静かに呟いた。
「悩んでる、匂いがした。」
「………。」
静かに、風が吹いた。
「いつから…気づいてたんですか?」
「ランニングを始める前に、銀杏並木の葉っぱが散る様子を、寂しそうに眺めていたでしょう。その時から、変だなぁとは思ってた。でも、その時は周りのぎんなんの匂いが強すぎて何もわからなかったの。だから、確信したのは、今。」
「……つまり。根拠は、匂いだけじゃ———ただ鼻がいいからってだけじゃ———ないんですね。」
「もちろん。便利だけど、みんなが思うほどこれはスーパーパワーじゃないよ。嗅覚で感情を察されるなんてあんまり気分がよくないって思う人もいるみたいだけど、要は人より感覚が鋭敏なだけ。みんなのなんとなくに、ちょっと確信が加わるだけなんだから。」
ミツオは、ぎゅっと唇を噛んで俯いた。
「……お墓が。」
「…………。」
「レン兄が死んで、優兄の隣に、もう一個お墓が並んだんです。」
ヒナは、静かにミツオの独白を聞いていた。
「知っていました。十五才あたり、第二次性徴期をむかえるあたりで、その兆候は現れます。遺伝子検査だけじゃ誰が欠陥児かはっきりしないけれども、もうその頃になればわかることです。レン兄も周りも、何年も前から覚悟はしていました。…でも。」
ミツオは、小さく浮かんだ涙を拭った。
「全身アポトーシス。最後まで人類のために貢献したいといって薬剤自死を拒否したレン兄は、想像を絶する痛みと苦しみに耐えながら…それでも満足だと笑って死にました。……私は怖い。私はあんな風に死にたくないし、近づいてくる死の足音を前に、平然と笑っている勇気がない。ヒイさんや他の人みたいに強くない、臆病な自分が情けないです。」
「…ミッちゃん。まさか。」
「そうです。私にも同じ遺伝子欠陥がありました。つい最近、判明したことです。」
ふう、と息をついたヒナは、「やっぱり得た情報は正しかった」と誰にも聞こえないほどの小さな声でつぶやいた。できれば嘘であってほしかった、とも。しばらく唇を噛んでいたヒナは、静かに顔をあげて、もう一度口を開いた。
「…他の子は?」
「残りは二人です。ガーくんと、それから、」
「西寺ヒナ、つまり私。そうよね。」
「…はい。」
ミツオは、じっと俯いて自分の影を睨むように見つめた。
夕焼けの赤い空に照らされて、影が長く黒々と伸びていた。
「辛いよね。」
「……はい。」
「私がどうして笑っていられるのか、教えてあげようか?」
「え…。」
ミツオが、驚いたように顔を上げた。
ヒナはそんなミツオに、静かに微笑みかけた。
「私、ミッちゃんを誘おうと思ってた計画があるの。」
「………計画?」
「うん。地球の滅亡をとめるのよ。うまくいけば、だけどね。」
「はい?」
さらりと語られたあまりにも壮大な内容に、ミツオのスーパーコンピュータ脳がフリーズした。
しばしあって、ようやくミツオが我を取り戻した。
「…で、でもヒイさん。そんなこと言っても、PPは最重要国家機密に位置するから私はこの町から一歩だって出ることは叶わないですし、それに私に残された時間はあと三年くらいしかないって……」
「一年半後。これが太陽系のタイムリミット。そして、私の命もそこが限界。」
「…………へ?」
ヒナは、平然と言って、楽しそうに笑った。
「そ、そんなに死期が迫ってたなんて…」
「ね。因果な時代に生まれたなぁって思わない?最近はね、心からすがすがしいって、そう感じるの。地球は落日よ。宇宙人も、世界最高の物理学者も、もう間違いないって断言している。混乱を防ぐために秘密は守られてるけど、今のままじゃぁ人類は滅びてしまうって。」
ミツオの言葉を遮るように、とうとうと喋る。嬉しそうなヒナを見つめながら、ミツオは呆然と問い返した。
「…それは、事実ですか?」
「嘘をつく理由がないでしょう。無論本当よ。」
「……。」
ヒナは、ちょっと哀しそうに頬を歪めて、言った。
「だから、救うの。デザインチャイルドの意味って、もともと最初っからこうだった。なんにも変わってないし、これからも同じ。」
「ええ。そうですね。私たちは、人類に貢献するために生まれてきたんです。それが皆の存在意義…それはPPの仲間の絶対です。」
「………うふふ。そうよ。わかってるじゃない。」
ヒナは、泣き笑いのような、そんな声で言った。ミツオが驚いて目を上げると、ヒナは別に涙を流してはいなかった。
「————だから私はPPの友達を信頼しようと思った。」
銀杏並木に、秋の風が吹く。
ヒナは、穏やかに微笑んだ。ミツオと、互いの目を見つめ合う。
「ミッちゃん。」
「なんですか?」
「ねえ———
—————ウルトラマンに、なってみない?」
♢
……そして、一年の時が過ぎた。
♢
「おーやまあ、これは驚いた。」
十二月。冬も真っ盛りの公園で、二人の少女と、一人の少年、犬一匹、そして…中年のサラリーマンがジャングルジムに登って遊んでいた。
少女のうち一人は、雪の結晶の紋様の和服姿。もう一人は黒いジャージ。少年は飛行機乗りのようなツナギ。サラリーマンは無論のことスーツ。犬は特に服なし。
かなりシュールな光景だが、現実である。
少女二人の名前は、西寺ヒナ。御堂ミツオ。少年の名は、ガーくんこと、駒ヶ谷雅武。
そして中年サラリーマンの名は…
「はあ……あなたは全然、驚いてないでしょう?」
「そうだぜ。だっておじさんは———
————外星人:ドラキュラスなんだから。」
デザインチャイルド:
彼の能力は、『量子物理学者&異常な空間把握能力』
生まれつきの遺伝子欠陥のため、将来全身アポトーシスを起こして死ぬ運命にある。本人はそれを知りながら、全くもって気にすることなく日々を研究と趣味と遊びに没頭して過ごしていた……ところを、ヒナが引き抜いてきた。マイペースな人間だが、仕事は文句言わずにむしろノリノリで完遂するタイプなので、信頼性に関しては問題ない。
彼はミニチュアサイズの飛行機模型を片手で弄びながら、油断なくサラリーマン———なんの特徴もないスーツに身を包み、ネクタイを結び、髪をスプレーで撫で付けた格好である—————を全力で睨みつけた。
「いーや。驚いた。これは予想外の事態だ。まさか、禍特隊の追跡を撒いた直後に子人間に正体を露見されるとは。」
「……撒いたんじゃなくて、撒かせたんだぜ。あの人たちは。」
「なーるほど。そういうことか。」
うんうん、と頷くサラリーマンの表情は、どこか不自然に無機質だった。
ふいに、これまで黙っていたミツオが、緊張した面持ちで牽制をかける。
「それ、無駄ですよ。私たち、他の人とは違うんです。この場で血を奪うことは不可能です。それに私たちならば、あなたの分身の本物と偽物くらい簡単に見分けて、どこまでも追っていくことができますから。」
「ふーん。それは困ったことだ。」
いったい何をしようとしていたのか、サラリーマンはこそこそと背中に回していた手を下げた。
そこに、混み合ったジャングルジムの隙間にするりと身を潜らせ、男の目の前に現れたヒナがニコリと笑いかける。
「ある者曰く、地球人を脈絡なく襲い、カラッカラに干からびるまで血を吸い尽くす猟奇的外星人。またある者曰く、生きるために血液を必要とする、生まれながらのドラキュラ。………しかしてその実態は、ヒト型生物兵器を製造するために惑星カーミラから送り込まれた研究員。」
ヒナの朗々とした語りが続くにつれ、無言を貫くサラリーマンの圧が強くなる。
「星のルールを破って出奔した上に研究対象の人類にここまで追い詰められては、星に帰っても研究員としての生命は終わりでしょうね。今ならばまだ、私たちが誤魔化すことができます。生物兵器に関しては諦めてもらうしかないけれど、その代わりに地球での安住の権利を差し上げましょう。」
ヒナが慇懃にお辞儀をする。
その瞬間、ただでさえあまりよろしくなかったドラキュラスの纏う雰囲気が一気に険悪なものになった。
「へーえ。今まさに滅びに向かい続けるこの地球において、安住の権利と言ったのか?」
「無論。滅びはしません。私たちが止めます。」
少し向こうで、太陽系が滅びるという情報は流石に取得済みだったんですね、とミツオが呟く。ドラキュラスはそちらを横目で睨むと、ヒナに向き直って低く単調な声で問いかけた。
「どこに証拠がある?」
「私の体には、光の星の住人ユトこと、ジャックが共存しています。私たちは協力関係にあり、全力でこの太陽系を救うために動いています。」
「………ユトだと?」
ドラキュラスは動きを止めた。その表情にはずっと変化がないが、ずいぶんと仰天したようだった。
「ええ。大人しくお縄についていただきましょう。宇宙の秩序を乱す危険分子として処理されたくなくば、私の言葉に従ってください。」
「……なーるほど。はったりもいい加減にした方が良いと思うが。地球人よ。」
「ふむ。」
ヒナは一瞬黙ったあと、フッとため息をついた。そして、にこりと微笑む。
『————嘘だと思うのかい?今すぐにベータカプセルを起動してもいいんだよ。こっちは。』
ドラキュラスの目の色が変わった。そう、感じるほどの動揺が伝わってきた。
傍目には何事も起こっていないように思える。しかし、ヒナは確かに行ってみせた。証明してみせたのだ。彼女がもはや、ただの地球人ではないということを。
『地球人の機能では、念話は不可能だ。それは、カミーラにおけるほぼ全ての文明が禁じている“絶対数を超える生物兵器の開発と持ち込み”のルールを破ってまで地球へやってくるようなお馬鹿さんにも、容易に理解できることだと思うがね。』
『………光の星の住人は、私の…いいや、私たちの抱えている状況を理解しようという努力すらもしないのか。』
『知ってるよ。攻め込まれてるんだろう。カミーラ人が他星に移り住んで体液を吸いまくり、そこに原住していたとある生物を絶滅させたことを起因とする、
『……全てだ。』
『それは行幸。』
『…光の星人よ、そこまでわかっているならば、』
『それとこれとは違う。人類使用の生物兵器は従来の奴と強力さが段違いになる上に、本星がこの星を放置したことの責任をボクは取らなくてはならない……おおっと待った、そんなに殺気立つなよ。まあ落ち着いて。ボクもこのまま話を終わらせる気はないし、キチンとした話し合いの場を設けようとは思ってるんだ。』
『……………本当か。』
『この美しい水の星に誓って本当だとも。』
ジャック(&ヒナ)とドラキュラス以外には誰にも聞こえない会話が終了する。
そして、ヒナは満足そうに頷いて、他の二人に目配せした。
打ち合わせ通り。万事うまく行った。
「オッケー。じゃ、外交さんと総理に電話かけるぜ?」
駒ヶ谷雅武が、飛行機模型をポケットに仕舞って携帯端末を取り出す。
「ちょっとガーくん!人の名前くらい覚えてください!禍特隊・外交担当の後藤さんと山田総理大臣ですよ!」
「名前の有無なんかじゃ何も変わんないじゃねーか。」
「全然違います!」
真面目なミツオは頬を膨らませながら、自分も携帯を取り出した。
ドラキュラスは不満を隠そうともしていなかったが、大人しく連れ去られるしかないと観念したようだった。やがて彼らは公園を去り、冬の乾いた風がさらさらと吹くだけの静かな空間が残された。
<オリジナルキャラクター紹介>
外星人ドラキュラス:
故郷の星の危機を救うため、単身地球へやって来た。無謀な計画を立てて来たのは承知。結局あっさり捕まった挙句にジャックにいいように使われそうになっている。
万が一目的の地球人禍威獣化が一成功すれば地球は消されるため、人類にとっては迷惑極まりない奴。