シン・ウルトラマン 夕陽に咲く花 作:へびのあし
真っ先に現地に到着したのは、浅見弘子だった。
たまたま出張っていた先が現場の近くだったのだ。その次が田村班長、次がヒナ。その後その他のメンバーが団子で集合した。…ただ一人、神永新二を除いて。
「神永さんは?」
「今、ホントに手が離せないそうです。擬似的プランクブレーンに潜ってどうのこうの、とかで。」
「問題ない。その件は宗像室長から聞いている。」
すでに、自衛隊が集合している。
東京湾全域に灯りの使用禁止令が出ていて、あたりは冗談抜きに真っ暗闇。それはプリズ魔対策本部も同様だ。三重の遮光カーテンで密封されたテントの中で、パソコンやら何やら様々な機器類が作動しているらしい。
禍特隊が速やかに指揮権を受け取り、テント中央で情報収集とともに指示を飛ばしていく。
その中に、ヒナも溶け込んでいる。この半年、ヒナは神永新二に勝るとも劣らない『作戦立案』担当の座を確保し始めていた。
「…正体は大体掴んでいます。光禍威獣、とでも言いましょうか。熱や光を捕食する他、生物を原子レベルに分解して光エネルギーに変換する能力を持つため、非常に厄介です。これの弱点は極端な低温環境。よって何かしらの手段で凍らせて身動きを封じ、直後に私の光線技による熱膨張で爆散させるのが最適解と考えます。」
「滝、爆散させた時の被害計算はどうだ?」
「約10000平方メートルの建物が壊滅的被害を受けます。しかしこの状況では光はエネルギーに変換されることなく、ただの爆発の威力だけが問題だと考えられるため、それ以上の悪夢的爆発事故とはならないでしょう。」
「なるほど。」
「………野球場。」
突然浅見が顎に手を当てながら呟いた後、数秒の間があった。そして、班長の田村が目を見開く。
「…野球場か。…なるほど!野球場だ!」
光のない東京湾一帯。プリズ魔が他地域に移動するその前に、迅速に行動しなくてはならない。プリズ魔を誘き寄せるにしても、そして釣ったその先で禍威獣を仕留めるにしても。
田村班長は、リーダーとして宣言した。
「プリズ魔を球場で迎え撃つ。使用する球場とフリーザー攻撃の使用許可を申請し、速やかに排除するぞ。」
「「「「「了解」」」」」
各員がパソコンを閉じ、立ち上がって動き出した。
♢
自衛隊の動きは、実に迅速なものだった。
緊急事態により、野球場を丸々貸切状態に。冷凍弾を搭載した戦闘機が幾機も空を旋回し、闇の中で不気味なエンジン音を響かせている。
全ての準備は整った。後は、行動するのみ。
「…これで、本当に奴は現れるのだろうか。」
「ええ。理論上はそうなります。」
計算で割り出したプリズ魔の移動速度を鑑みると、まだ完全消灯区域から脱することはできていないはず。禍特隊の号令が掛かれば、すぐにでも対プリズ魔の罠が発動する。
鳴りっぱなしの電話機と溢れかえったメールボックスに必死に齧り付いていた班長の田村が、ついに顔を上げた。
「それでは行くぞ。照明、ONでお願いします。」
田村が、とある電話の向こうへ呼びかける。
まごうことなき劇的な瞬間。歴史的な一瞬。しかしそれはその重大さに対して、とても静かで呆気ないものだった。『照明、ON』と伝達が電波に乗ってさざなみのように広がっていく。
パッ、と。
野球場の全ての照明が、内側に向かって点灯した。
今まで真の闇だった空間が、真っ白な光の閃光に照らされる。固唾を呑んで見守ること、およそ十五分。
唐突に、「あれは何だ?」という誰かの囁き声が、沈黙を破った。
夜空の一角を、青白く染める。
羽根が。
薄闇に。
光が。
「プリズ魔だ…!」
恐ろしさ。否、その神々しさに、誰もが息を呑む。
天空に降臨する、クリスタルの生命体。途轍もなく巨大で、この世のありとあらゆるものを包み込む天使の如く美しい、半透明の翼。
それがゴウッと何かを吸い込むような音を立てた時、一斉に野球場のライトが点滅を始めた。消え入りそうに瞬くその様は、まるで風の前に立たされた蝋燭の炎のよう。
……そう、野球場全体の光が喰われ出したのだ。
「何と言うことだ……」
「本当に光を喰う生命があるなんて…!」
「あれの表皮の硬度はどれくらいなのだろう?」
「恐ろしく美しいぜ…もしも禍威獣じゃなかったら、俺はこいつを天使と呼ぶぜ。」
ざわめき始める、自衛隊。
テントの中から外の様子を観察しながら様々な感想を述べ合う彼らを、静かに見つめる少女がいた。
「————違うわ。」
黄色に紅の竹紋様が散らされた浴衣を纏い、髪の毛をきつく団子に纏めた少女、ヒナは、静かに呟いた。
「天使は、この世に存在しない。」
しばらく黙ってから、もう一度口を開く。
「それが降りてくる場所は、生と死との境目。決して、現世そのものには降りてこない。曖昧な存在なのよ。」
ヒナの言葉は、その場にいる自衛隊の誰かに向けられたものではないようだった。
何かもっと別のものに対して、反発心、素直ではない気持ち、そういうものを剥き出しに挑戦的な口調で喋っているようだった。
ヒナは、ふうっと息を吐いて、目を閉じる。
「でも、そうね。この世に降りてくる存在がいるとすれば……」
「白い悪魔……こいつは悪魔だ!」
また、自衛隊の誰かが喋る声が届く。お調子者の隊員が、少し茶化して周囲の緊張した雰囲気を和らげようとしたようだった。本来ならばヒナの待機場所まで聞こえてくるような音量ではないはずだが、ヒナの特別な聴覚の前では、これほどの距離はほとんど意味をなしていなかった。
「——————この世界に降りてくる唯一のものは、悪魔よ。」
そうして、ふっと微笑む。
ヒナは、しばし目を閉じると、呟くように言った。
「だから、人間は足掻くのよ。」
歌うようなその言葉が終わるか否か。
ザザーッという奇妙な音がその場に響いた。冷凍弾の投下だ。効果は敵面。プリズ魔はものすごい音を立てて、野球場のど真ん中へと落下した。
そしてそのまま、凍結されて地面に這いつくばる。
見事で手際の良い光景に、誰もが感嘆の息を呑んだ。自衛隊も、中々腕の良いパイロットが揃っているようだ。
そして。
ここで自衛隊の役目が終わるとするならば。彼らが手を組んで祈るとするならば。
これからは。
これから日本の国防を担当するのは。
「………さあ、力を貸して貰うわよ。」
闇夜に立ち上がったヒナが、左腕のブレスレットを掲げるような格好を取る。ゴウッと大風が吹くも、ヒナが揺らぐことはない。
彼女はずっと無表情だった。
まあ、周囲に人がいないのだから、当たり前のことだったのかもしれないが。
それでも、能面のような顔は、あまりにも……吹き荒れる強風に似つかわしくない凪ぎだった。
これから彼女が始めようとしていることは。
彼女が足を踏み入れようとしている領域は。
—————きっと、誰にも理解を求めようとはしていない。
ふっと、ヒナが目を閉じる。その瞬間だった。
“変身”
ピカッと閃くような光が、ヒナを貫くように落っこちた。
まるで落雷のごとき轟。
もうもうと立ち上る土煙。
プランクブレーンを介して、巨大な体躯がこの世に顕現する。
おぉ、とその威容を見下ろすのは、任務を終えて帰投しようとしていた自衛隊の飛行機乗りたち。
今や珍しくもなくなってしまった銀色の巨人が、天空に飛び立ち、冷凍弾でやられたプリズ魔の這いつくばる野球場へと到達する。
地面に降りたウルトラマンジャックは、値踏みするようにプリズ魔を見つめた。
『プリズ魔くん。憐れな子だね。強い兵器になれとの願いを一心に受け止めて、きみは誕生した。本能に任せて暴れ回った結果が、これだよ。……本当に退治されて、いいのかい?』
『…………。』
『ま、返事はないよね。ただの生物兵器なんだから。』
煌々と光る真っ白な眼が、プリズ魔の全身を捕える。そして彼女は、何のためらいもなく
これは作戦だ。
この危険極まりない生物兵器を、内側から破壊する。
無論、文字通りプリズ魔の懐へ入ってしまうわけので、手痛い反撃は食らうだろう。
そう。これは先にあちらが倒れるか、こちらが倒れるか、ギリギリの賭け—————
まあ、少し体調は崩すだろうな。
でも、結局はその程度。
……と、そのくらいの危機感しかない。いや、全て計算し尽くした上で、大丈夫だと判断しているのだ。これくらいの計算が出来ないようでは、この宇宙で原生生命体に関する調査なんて上手くいくわけがない。
体内に侵入者。
プリズ魔が生命の危険を察知して、声のない叫びを上げた。
生命を光へ分解するための特殊エネルギー光線が放たれ、一度は闇に呑まれた野球場が、乱反射する白銀の光に溢れた。
ジャックの体は、それをまともに浴びていながら、意にも介さない。
片っ端から分解して、光線を無力化してゆく。
そしてもちろん、攻撃を受けるだけではない。
まるでリピアーそっくりに、ジャックは、エネルギーを充填してゆく際の独特の格好を取った。
観測する側が呻き声を上げるほどに、でたらめなエネルギー増大速度。
これがもしもビル群の真ん中で出力されなどすれば、その一帯は文字通り灰燼に帰すことになるだろう。
しかしまあ、これくらいが生物兵器退治に求められる最低ラインであるわけで。
容赦はない。
する意味もない。
プリズ魔に向かって思い切り灼熱の熱波が放射され、夜に降臨したクリスタルの天使は、呆気なく爆発四散した。
♢
爆発の際の被害は、最小限にとどめられた。
というのも、野球場の構造はすり鉢型。暴風が吹き荒れても、瓦礫が吹き飛んでも、これはお椀の中でレモンを絞るようなもので、ある程度は観客席が防御してくれる。
自衛隊の航空機も十分に退避が間に合った。
もともと、現場から離れた場所に拠点のテントを設営していた。
最も疲弊したものは、ウルトラマンジャックことヒナを除けば、野球場の被害責任を追及される室長の宗像だろう。どんなに緊急で逼迫した事態だったとしても、全てが終わった後に『もっと良い対応ができただろう!』とか、『うちじゃなくてもっと別のところを使って欲しかった!』とか文句をつける人間はいるものだ。今頃彼は対応に追われてゲンナリしているに違いない。
…ただ。
ヒナの疲労も、見逃せないものだった。
プリズ魔まで至近距離(どころか体内に踏み込んでる)へ近づき、あの得体の知れない光線を浴びたらしい。ウルトラマンジャックの体だったお陰でことなきを得たが、身体の状況把握と治癒に、かなりのエネルギーを使ったことは確か。
熱っぽく、半ばぼんやりとのぼせたような表情で帰ってきたヒナは、テントに入るなり崩れ落ちるように椅子へ倒れ込んだ。
「…だ、大丈夫ですか?」
船縁由美の心配そうな言葉に、ヒナは「はい。全然大丈夫です。」とはっきり頷いた。しかし直後に「大丈夫じゃないね。三日くらいは休憩させておいた方がいいよ。」と真逆の言葉がその口から流れ出す。
「ちょっとジャック!黙って!…むむ!…………ボクの客観的な視点からの見立てを述べただけさ。ま、あとは人類の自立的思考と判断に任せるよ。」
何だこれは。
あまりにも奇妙なものを見てしまった、という顔で、禍特隊のメンバーは揃って無言になった。
ヒナとジャックの攻防は、すぐに終わった。
「っぷはあ!」
解放されたように、ヒナが息を吐く。
「ジャックの言うことは信じなくて大丈夫です!私の体のことは私が一番わかっています!それに私だって、無理をして体を壊せば元も子もないことくらい、重々承知しています!」
一気に捲し立てたヒナを前に、禍特隊のメンバーは苦笑いをした。
代表して浅見弘子が歩いてくると、ぽん、とヒナの肩を叩いた。
「そんなにカッカしなくても大丈夫よ。」
むう、とヒナが頬を膨らませて浅見の顔を見上げる。その表情は、どこか駄菓子をねだる幼い子供を連想させる。面倒見の良い浅見は、それだけで、愛しい妹を目の前にしているかのような不思議な気分になってしまった。
初めてこの少女を見た時、どうしたらいいか分からずにその姿を睨みつけることしかできなかった。ジャックの兄であるというリピアーに、自分が少しも惹かれていなかったといえば嘘になる。あえなく散ってしまった恋。諦めた一つの生命体の命。その縁者だという存在、取り憑くならば自分の体にして欲しかった。
悲しみや羨ましさや、その他のさまざまな感情。
浅見の心をぐちゃぐちゃにかき乱していたそれらは、ヒナと日を過ごすに連れて、だいぶ整理がついてきたようだった。
彼女は普通の少女であり。同時に、普通の少女ではない。
元公安の優秀な部員としてのスキルをフル活用しても、完全には解き明かせなかった彼女の生い立ち。しかし手がかりを掴むことはそう難しくはなかった。
『元スパイ』
自分と同じような境遇の者に、シンパシーを抱くのは普通のことではなかろうか。ましてやその相手が、何歳も年下の少女であるとするならば。
浅見は、のんびりした口調でヒナに語りかけた。
「大丈夫よ。禍威獣退治っていう一仕事終えたんだから、ちょっとぐらいのんびりしたってバチは当たらないわ。きっと事後処理を終えた後には順番に休暇が回ってくるだろうし、あなたも———
ドゴーン!!!
—————んもう!!今度はなんなのよ!!!」
「……なんかごめんなさい浅見さん。」
思わず拳を振り上げて絶叫してしまった浅見は悪くない。
あまりの豹変ぶりにちょっと引いている禍特隊のメンバー(彼らは同時に、一斉に鳴り出した携帯を見て緊急事態を悟ったところでもあった。)
浅見は気にせず、歯をギリギリと食いしばる。
…せっかく、みんなで禍威獣退治を喜べるところだった。安心して休めるはずだった。残業続きの毎日の中で、開放感に浸れる数少ない瞬間であるはずだった。
全てのストレスが一気に爆発した浅見がバッと振り返る。そして、解体されかかっていたテントの隙間から、夜の闇を睨みつける。
「………なんなのよ。アイツは!」
浅見は怒りのままに、にゅっと浮かび上がる不気味な影を指さして叫んだ。
「なんなのよ!!あの、グロテスクな豚みたいな野郎は!!!」
よく通る浅見の声が、静かな夜に響き渡った。
というわけで、あっさりとプリズ魔退場……。(※フラグではありません。)
結構強敵なはずなのに、相手が悪かった。
あのユト版ジャックを疲労困憊に追い込んだことだけは褒めてあげたい。きっと、グロテス星人に感謝されるでしょう!
《おまけ》
グロテスクとは:古代ローマを起源とする異様な人物や動植物等に曲線模様をあしらった美術様式(Wikipediaより)
浅見分析官は、落ち着けばきっとこう言い訳します。
私に他意はありません。もちろんヤツはグロテスクな豚ではありませんし、そんな品性のないことを言った覚えはありません。グロテスクとは、美術様式の一種なのです!