シン・ウルトラマン  夕陽に咲く花   作:へびのあし

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グロテス・コダイゴン

 

(…まずいぞ。非常にまずい。)

 

班長の田村は、内心物凄く焦っていた。無論、現場を預かる責任者として、そのような感情を表に出していい立場ではないのだが。

 

『———おい、現場の状況はどうなっている?グロテスクな豚、とか浅見分析官が叫んだのは聞こえたが。』

 

通信機器の向こう側から、上司である宗像室長の声が聞こえてくる。

田村は現場の代表として、それに答える。

 

「はい。その通りです。続け様に敵が、というよりもその、正体不明の外星人と思われるナニカが……」

『事態は一刻を争う。名称に頭を悩ます時間も無駄だからもう、グロテス星人、とかでいいだろう。』

「了解です。ではそのグロテスも、初めは月を背にして空中浮遊をしていただけなのですが、謎の怪光線を吐きまして。」

『それで?』

「野球場入り口に飾られていたマスコットキャラクター『コダイゴンボールくん』に直撃しました。」

 

なるほど、と宗像が呟くのが聞こえる。

映像は届いているはずなので、この後の展開が予想出来たのだろう。しかし報告義務を背負う者として、田村は最後までその言葉を続けた。

 

「そのコダイゴンボールくんが、およそ50mに巨大化して動き出しました。」

 

田村がその言葉を終えた途端、通信機器の向こう側で宗像が小さな呻き声を上げた。

……いったい何がこんなにまずいのか。

 

それは、現在進行形で起こっていることを見ればすぐにわかる。

 

『ふむ。ジャックを即刻回復させてヤツを始末するべき、なのだろうな。日本の国防を担う我々としては。』

「………もしもそれが可能なのでしたら。」

『ハァ、無理だな。第一方法がない。』

「それでは……」

『命じることはいつもと変わらん。』

 

宗像の、重厚で大山不動の響きを持つ声が、現場へと届けられた。

 

『平和友好の余地があれば攻撃するな。だが、我らに害なす存在がこちらの言い分を無視して暴れるというならば————

 

——————即時滅却せよ。』

 

 

 

剣を振り回し、ビルを破壊しながら、月に向かって咆哮を上げる。

これはもう、敵意ありとみなして良いのではないか。

 

「……田村班長、プリズ魔との交戦の直後にグロテスが現れたのは、偶然なんですか?」

「コンピュータが弾き出した結果は確かにそうだ。……が、本能が全力でそれを認めることを拒否している。想像だに嫌な予感がするが、はやり何か裏がありそうだな。」

 

ジャックが疲労困憊。

ヒナ自身は認めようとしなかったが、『変身しようとするならボクが止める』とジャックに言われて散々文句を言い、ついには糸が切れるように眠りについた。ジャックが無理矢理鎮静化したらしい。

『本当に、ギリギリのエネルギー状態に追い込まれてるんだ。これ以上変身したらボクの体に多大な影響が出る』とはジャックの言。

 

グロテスは、一体どうしてこのタイミングで現れたのか。

ジャックの倒れた隙を狙って、地球で暴れにきた。そう考えるのが一番シンプルだ。

…いや、本当にここまで単純でいいのか。そもそも情報はどこで漏れた。突如現れた外星人グロテスは、何の目的で現れた。……と、疑問がさらなる疑問を呼んでゆく。

事態は混迷している。

班長の田村は、しかし最善だと思う道を行くために班員へ短く指示を出した。

 

「浅見。官僚に怪しい動きがないか調査してくれ。滝、船縁。コダイゴンについてわかった情報は?」

「グロテスが発射した怪光線に、モールス信号のようにパターン化された波が検出されました。コダイゴンボールくん像は元々生物ではないことから、コダイゴンの動く条件は遠隔操作であると予想できます。……つまり、巨大化自体のきっかけはやはりベータカプセルであり、怪光線の役割は、無機物を操り人形化する指示系プログラミング情報の注入である可能性が高いです。」

「コダイゴンボールくん像は九割方が青銅で組成されているんですが、実は両手の部分には金メッキ、腰に下げた宝剣にはアルミメッキが成されているんです。おそらくアルミ部分は硬質化の反応、メッキされた部分は妙な熱反応が進んでいるらしく、高エネルギーが検出されています。両手からは熱光線を警戒した方がいいかもしれません。」

「わかった。核物質の心配は?」

「それはなさそうです。」

「……それは助かった。」

 

夜空に聳え立つ、二つの影。

グロテスと、コダイゴン。

禍特隊の目標は、そのどちらもに宇宙へお帰り頂くこと。

 

「……うぅ。俺たちに人類の命運がのしかかるの、いい加減にして欲しいんですけど。」

「仕方ないでしょう。そういう時代に生まれた私たちの因果ですから。」

「いやでも、これ本当の本当にまずい状況じゃないですか?だって、もしもグロテスが人間相手にあの光線技を使えると仮定すれば……!」

「そんなことは重々承知だ。おい、しっかりしろ、滝。我々には最善を尽くすことしか出来ないんだ。」

「……はい。」

 

頷きながらも、吐きそうなまでに青い顔をしている滝。

当然だろう。

 

彼のいう通り、今回は、本当の本当にまずい。

現在進行形で、明日地球が滅びてもおかしくない事態へと突入を始めている。

 

『人類の、生物兵器化』

 

これは、その文字が表す事実以上の悲惨な結果をもたらす。

人類が宇宙全体に対しての脅威となりうること。

その証明は、すでになされているのだ。

 

それを防ぐことが出来ると判断されたからこそ、人類は滅亡から見逃された。

……非常に際どいところで。

 

リピアーが命を捧げ、ジャックが人生の一部を捧げ、人類全体が脂汗を流して努力を重ね、今危うい均衡を維持している。崩れかけた吊り橋の縄を切断すれば、それの上を横断している歩行者の群は用意に奈落へと転落してゆく。

 

「グロテスが人類に光線を浴びせようとしなかったのは幸運だった。まだ話し合いの余地が残されているかもしれん。」

 

田村の言葉に、みなが頷く。

そして。気付いたのは浅見だった。

 

「ヒナちゃんが……!」

「なんだ……っ?!」

 

慌てて全員が振り向き————否、全員とは言えない。なぜなら、メンバーが欠けていたから。

 

西寺ヒナが。簡易ベッドでぐっすり眠っていたはずの、彼女が。

忽然とその姿を消していた。

 

「ワフッ!」

 

そして代わりにそこにいたのが、犬のスミヨ。そして、二人の見知らぬ人間。

片や、男。スーツに身を包み、優しげな柴犬を連想させる眼鏡のひょろひょろおじさん。

片や、女。同じくスーツに身を包み、豊かなパーマと柔らかな頬が天真爛漫さを際立たせている、小柄なおばさん。

 

彼らは何年も一緒に連れ立った夫婦のように。いや、実際にそうでなければあり得ないほどごくごく自然に寄り添って、夕闇の影に佇んでいた。

男が、ゆっくりと口を開く。

 

「私は、娘に会いにきました。」

 

一言聞いて、敵意がないと分かる声だった。まりで森に佇む樹齢千年の松の木が喋っているような、穏やかな語り口だった。

呆気に取られる隊員たちの前で、今度は女が口を開く。

 

「私たちは、娘をずっと探していました。」

 

やはり、敵意はなかった。海よりも深い愛情と、少女のような色褪せない若さだけが、そこにあった。

 

「「我々は、西寺ヒナの両親です。」」

 

覚悟を決めたような彼らの真剣な表情に、禍特隊のメンバーは言葉を失った。

無論、思考を止めたわけではない。

後藤洋太はいつものように飄々とした表情を崩さず、内心で様々な考えを巡らせている。

そして、浅見弘子。

彼女はとっくのとうに気付いている。

 

——————彼らは、スパイだ。

 

それも、凄腕の。

元公安所属、禍特隊へ引き抜かれた彼女が全力で警戒心を浮かべるのも無理はない。

 

消えたヒナ。

ドラキュラスの元へ進むコダイゴン。

闇に聳え立つグロテス。

そして現れた、ヒナの親を名乗る()()()()()()()()()()()二名。

 

謎が多すぎる。一度に起こっていることが多すぎる。

内心で頭を抱えているのは、誰もが同じだった。

 

 

 

 

 

「手短に説明します。」

と、その女———西寺まなと名乗った———は説明を始めた。

事態は切迫している。

出来るだけ説明は簡潔に、しかし分かりやすくすることが求められる。それは彼らも承知しているようだった。

 

「あの子は、デザインチャイルドです。人為的に作られた遺伝子は、当初予測されていなかった深刻な問題を抱えてしまいました。研究機関は責任追及を恐れて研究を凍結。しかし私たちは諦めることを許せなかった。あの子の出奔のどさくさに紛れて逃亡した私たちが、勝手に治療の研究を受け継ぎました。」

 

西寺緋色(ひいろ)と名乗った男が、その先を引き取る。

 

「そして、ついに治療薬が完成しました。あの子の寿命は長くて半年。しかし今ならまだ十分間に合います。」

 

緋色はそう言いながら、そっと妻の肩に手を添えた。

 

「今差し迫った状況なのは存じ上げております。しかし、どうか私たちの子供の命を救うため、病院へ運ばせていただけないでしょうか。」

 

深々と頭を下げた緋色。

まなも、続けて頭を下げた。

 

「対価として、私たちは今失踪中のあの子の捜索への全面的な協力を約束します。そしてこれから先の人生、私たちの全てを捧げて禍特隊の活動をサポートすることを誓いましょう。」

 

怪しさ満点の二人組。そして、後ろにくっついているヒナの犬。

そもそも、彼らはどうやって自衛隊の厳重な警備を掻い潜ってここにいるのか。

なぜ、たった今ヒナが失踪した事実を知っているのか。

不安な要素しかない。何もかもが信じられない。密かに警備部隊を呼ぼうかと携帯を握りしめた班長の田村だったが、それは浅見に止められた。

 

「この人たちの話は、おそらく全て本当です。」

「何……?」

 

浅見はくるりと彼らに向き直り、静かに言った。

 

「『生命の終わる時まで、嘘は取っておく。一億の真実に紛れ込ませてこそ、嘘は効力を発揮するのだから。』……でしたっけ。元公安の山崎翔太殿。お久しぶりです。」

「山崎翔太は死んだ人間だよ。もっとも、彼の戸籍も偽物だったようだけれどね。」

 

緋色は苦笑いを浮かべ、困ったように少し眉を下げて言った。

どこまでも穏やかに語る彼は、かつて素で犬を懐かせ子供を相手にそれと知られず情報を引き出していた人心掌握のスペシャリストだ。そしてそれは、まなも同様。昔は水越静香と名乗っていた。彼らは幼馴染でありながらライバル。互いに一歩も譲らぬ攻防を繰り広げ、裏の世界で実績を出し続けた。

ふっと煙のように消え失せた時も、彼らは重要な任務に就いているのだろうと誰も気にしていなかった。

 

そうか、と浅見は思った。

彼らはこうして生きていたのか。

 

浅見は、昔新人として挨拶をした過去を思い出していた。

あの頃は何もかもが一杯一杯だった。がむしゃらに働いていたし、失敗ばかりで何度も怒鳴られた。

そんな中、伝説的な人物を目の前にした時の自分の気持ちが分かるだろうか。

柄にもなく舞い上がった。疲れ切った心に穏やかな声が身に沁みた。思いやりに溢れたアドバイスは、浅見弘子という人間の胸の奥深くへしっかりと刻み込まれた。

 

ここで、まなが割り込んだ。

 

「あの子の追跡を撒く能力は、昔からずば抜けていました。しかも今は、よりをかけて上手くなっています。異星人の異能を武器にしているとするならば、私たちだけで到底勝てるものではありません。よって、私たちも武器を身につける必要があります。」

 

同意するように緋色が頷き、口を開く。

 

「人数。すなわち、複数の頭脳。それこそが私たちだけが持ちうる武器です。」

 

示し合わせたように、彼らは息を吸った。

 

「「浅見弘子さん、そしてこの———犬のスミヨを合わせた四つの脳味噌で、あの子を探します。手遅れにならないうちに、呼び戻したい。」」

 

勝手に『浅見を貸せ』と頼まれる無茶な状況にありながら、不自然さは全く感じなかった。

本当に、彼らの言っていることが最善であるように思えた。簡単に公安出身者を信頼するような人間ではない浅見でさえ、そうだった。

ヒナとは必要な人間だ。もちろん自分たち禍特隊のメンバー全員、ちょっと誰かが欠けたくらいで仕事ができなくなるようなやわな人の集まりではない。しかしそれは、ヒナが不必要だというわけでも、決してない。

 

ずっと頼っていた。

そうしたら、いつしか当たり前になっていた。

ヒナによる、ウルトラマンへの変身。

 

しかしそれが、どんなにありがたいものだったか。自覚しているようで出来ていなかった。

私たちは彼女が必要だ。消えた彼女にどのような事情があろうと。より良い結末を迎えるために、彼女の力が欲しい。

 

(そして何より。)

と、浅見は思う。

 

(彼女は、私たちが探しに来ることを織り込み済みなはず。)

 

そういう仲間の心の機敏でさえも計算に入れて、最適解の行動を取れる人だ。

さすがにヒナの両親のことまで知っているとは思えないが……まあ、細かいことはおいおい考えていこう。

 

“私が探し出す”

 

決意する。

人類を守るのは私たちだ。

 

浅見はかつて憧れた先輩スパイの二人へ向けて、握手の手を差し出した。

 

これからは対等ですよと、そんなちょっとばかし小生意気な気持ちを籠めて。

 

 

 

「…大丈夫?ジャック。」

 

——————大丈夫。万事問題なしさ。

 

黄色に紅の竹紋様が散らされた可憐な着物。その上に真っ黒な羽織を纏い、ヒナは夜風に吹かれていた。

彼女の表情は凍てついた氷のようで、しかし瞳だけがどこか物悲しげな色をしていた。

数分前まで体調が悪いと言って寝転がっていた、そんな素振りは微塵も見せずに、ヒナは確かな足取りで歩き続ける。まるで、先ほどプリズ魔と戦ったのが、そして奇妙な光線を受けて倒れたのが、全て夢だったのではと思わせるような……。

 

——————ヒナちゃんこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…ふふっ。おあいにくさま。私はスパイなのよ。どんなに取り繕ったって、結局仲間は騙すもの。もっと大事なものを守るためだって、きっぱり割り切って仕舞えば何も感じない。」

 

——————おや、辛そうだね?

 

「話聞いてた?」

 

ハア、とため息を漏らす。そして、ヒナは自分の足を見下ろした。最近、歩くだけで足の裏が針で刺されるような不快な痛みを感じるようになっている。

いよいよか、とヒナは感慨に耽る。

この痛みはいずれ全身に広がり、倦怠感、消化不良、頭痛、筋肉弛緩、ありとあらゆる体調不良が想像を絶する苦しみとなって自身に襲いかかる。

怖くはなかった。どうせ自分は死ぬ。

エネルギーの無駄になるからと、ジャックの力による治療は一切遠慮してもらっている。

 

ジャックが、自分の中へ融合を果たした運命の日。

ヒナはあの時、半ば自身に絶望していた。どうにかして地球を救いたくて、それでも小娘たった一人の力では大したことは出来ない。いっそのこと何も考えずに友達とお祭りに行って騒げるような、普通の子供として産まれたかったとさえ思った。

 

しかし、今は違う。

自分に特別な力を与えてくれたジャックに、心から感謝している。

ヒナは高台に上ると、まるで天の神と交信しようとする巫女のように手を広げた。

 

——————さあ、今宵がApocalypse(世界の破滅)の始まりの日。

 

人類よ、生き残れ!

足掻いて、足掻いて、存続してみせよ!

つくり出すことこそが、貴方達の得意技なのだから!

 

 

 

神か。天使か。悪魔か。

はたまた………ただの少女か。もしくは原子の塊?宇宙に蠢く数多くの生命体の一つ?

 

なんにせよ。西寺ヒナという存在はいた。

そして彼女は確かにこの夜、闇への扉を開いたのだ。

 

 

 

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