シン・ウルトラマン 夕陽に咲く花 作:へびのあし
カラフルな色彩。
歪み、流れる光の渦は、まるでマーブル模様の川の流れのよう。
ここを訪れるのは、いったい何度目だろうか。
神永新二は、目の前の銀色の存在に手を伸ばした。
「今晩は。」
「おや、今の時刻は夜なのか。」
「ええ。」
リピアー。自身の脳内へ膨大な情報を遺して逝った、異星人。
彼には光粒子サインのメカニズムを教えてもらったこともあるし、特に警戒すべき宇宙の生命体についての情報を共有してもらったこともある。
そして、今欲しい情報は……。
「
「……。」
「そしてそこは、惑星級の生命体が人類を襲い、それに対抗するために禁断の生物兵器を創り出しさえした危険な世界。」
リピアーはただ沈黙している。
この情報を共有したのは、今回が初めてではない。しかし、今は別に引き出したい情報があった。
「心当たりがあれば、教えて下さい。」
神永新二は、問う。
宇宙を股にかける戦闘員に、答えられぬ道理などないと知って。
「向こう側へ着いた時のため、備えるべきことは何ですか?」
「…………。」
リピアーの沈黙は、長くは続かない。それを承知しているからこそ、神永は落ち着いていた。情報の処理中なのだろう。いつものことだ。
神永は、ジャックの言葉を思い出していた。
『きみたちの住む地球は、別の宇宙の人類が作り出した仕組みによって搾取されているね。』
そう。
これこそが、この世界の謎。
ウルトリウムを吸い尽くすエネルギーの穴が空いていたのは、別次元の世界がこの宇宙への橋を作ってしまったから。
間違いなく原因はそれだ。
“別の宇宙の地球人“
その彼らの宇宙とは、惑星級の生命体———スフィアが暴れ回っているため、人類は常に生存を脅かされていた。無機物、有機物構わず融合して巨大化、暴力化して破壊の限りを尽くす。そんな危険極まりない存在に対して、人類はついに禁じ手のカードを切った。
ギジェラ。そして、ガタノゾーア。
それはつまり、不老不死の効能を持つ麻薬のお化け花。そしてそれを頼みとした、暗黒の悪神の開発。
これらは確かな抑止力として、スフィアを始めとする生命体の攻撃を正しく休止させた。
それほど切羽詰まった状況に陥っており、そして見事に対処してみせた人類たち。彼らには同情こそすれ、称賛を贈ることは出来ない。なぜなら、彼らの異様な科学力は、時空を超えて別の宇宙を滅ぼそうとしているのだから。
ギジェラ。ガタノゾーア。
これらの危険極まりない存在を封じるため、彼らは何を使ったのか?
そもそも、それほどまでに強力な存在を手懐けておくことが可能なのか?
答えは否。通常の方法では、それは実現不可能だ。
————時空を超えたエネルギーの搾取。
何をどうやったのか彼らは空間に穴を開けることに成功し、それは別宇宙への道を開いた。お風呂の栓を抜けばお湯が抜けるようにエネルギーは奔流の如く流れ始め、それを使用した人智を超える化学兵器によって悪神をも制圧することに成功。代償にこちら側の人類は地球諸共滅亡寸前だ。
どうしてくれる。
そう言って一発殴ってやりたいのは山々だが、そんなことをぐだぐだ言ってる間に、こちらはあっさり滅亡する。
そしてそれを回避するために、どうにかどこかの宇宙へ飛ぶ必要がある。
全ての人類が、移動できる先を探さなければ。
そう。こちらの世界で、科学者という科学者たちが結集して死に物狂いで頑張った結果、出た結論は一つ。
“穴の向こう側”へ飛ぶのがもっとも安全だ。
いや、むしろそれ以外はリスクが高過ぎてとても実行に移せない。より安全で人類の移住の成功の可能性が高そうな宇宙を探しもしたが、次元を超えた移動は非常に危険なのだ。
そう。皮肉なことに我々地球人は、自分たちを滅亡させた側の宇宙へ行って受け入れを要求しなければならないのだ。
人類は一度ウルトラマン化する。
そして、別次元の宇宙に移行する。移行したのち、その地球に降り立つ。
そして、全てが終われば人の姿に戻る。
……神永新二がそれを実行した時にどうなるかは、まだ分からない。何せ、幾度となくウルトラマンへ変身した経験を持つ、例外中の例外と言ってもいいサンプルなのだ。また、浅見弘子も予測不可能サンプルに入っている。彼女は一度巨大化を経験済みである稀有な人類のうちの一人だ。……が。それはそれとして。
とにかく。
彼は知っておきたかった。死んだリピアーの肉体は、きっと今もどこかにある。
真に神永新二が望んだ時、きっと応えてくれる。
そう、信じてる。
「向こうの宇宙には、メフィラスのような知能犯は少ないかもしれない。しかし、あの地は闇に包まれている。スフィアや、ギジェラ、ガタノゾーア……あれらの出鱈目さには、私でさえ手を焼かされるほどであり……。」
ここまで言って、リピアーは一度口をつぐんだ。そして、再び喋り出す。その声は、どこか苦渋を感じさせるものだった。
「いや、この際はっきり言おう。きっと向こう側に住む人類は、きみの手を借りようとしないだろう。あまりにも絶望に慣れ過ぎていて、簡単に闇の世界へ突っ走る。彼らという人類の自立した選択を尊重するというならば、きみは単なるお節介だ。彼らはきみの手を乱暴に振り払いさえするかもしれないし、全ての努力は徒労に終わるかもしれない………。きみが備える意味は、ないだろう。」
「それでも。自分は人類を守る禍特隊として、それを知っておかねばなりません。」
「なるほどな。」
リピアーが、笑ったような気配があった。
—————やはり人類の思考は、興味深い。
彼の呟きが、空間に沁み広がる。
ややあってリピアーは、様々な戦闘の形態について、神永に伝え始めた。
圧倒的な破壊力を持つスペシウム光線、空中飛行などは、まだまだ序の口だ。テレポート。磁力操作の応用による念力のような技術。対戦相手によってエネルギーの分配を変化させ、単なるパンチやキックに特定の強化を施す方法。
これが宇宙を警備する光の星の戦闘員かと、神永は終始圧倒される。
圧倒されながら、とにかく真剣に耳を傾けた。
人類のため、自分に出来ることは何なのだろう。
常日頃から考えていることの、その答えの一部でも見つかりはしないかと願って。
♢
「ミツオ?!」
駒ヶ谷雅武は、並んでのんびりとお茶を飲んでいたはずのミツオが突如崩れ落ちたことに、一瞬頭が真っ白になった。
右手で弄んでいたコンピュータの演算ソフトと、左手でくるくる回していた飛行機の模型を放り出して彼女の肩を掴む。
黒いジャージから血が滲んでいるのを見てとって、ますます訳がわからなくなった。
「どうした!」
「……っ!ガーくん、逃げ………」
一体何故。
疑問が頭をぐるぐる駆け巡る。
どうした。何があった。今日一日の自分たちの行動を振り返ってみよう。ドラキュラスを画面越しに軟禁。彼の部屋へ入室するロボットを遠隔操作して食事を運ばせたり、電話越しに話し相手になったり。
すなわち、最低限の警戒をしながら、いつもの仕事————例えば暗号を解いたり、学者の投書へ返事をしたりなど————をして過ごしていた。
なんの問題があるだろう。監視対象であり、同時に今地球上で最も危険な存在であるドラキュラスは隔離部屋に隔離されている。何より、吸血対策は徹底ずみだ。雅武たちの体はウルトリウムと呼ばれる物質で内容物を交換されているため、血を奪うことは不可能。全身アポトーシスを起こす兆候を逐次把握するための検査も怠っていないため、少なくともミツオの現在の健康管理は万全のはずだった。
そして、今の自分たちの表皮の硬さ……これを鑑みて、ミツオの肩から血が滲んでいるということの異常性を理解できない雅武ではなかった。
と、背後に尋常ではない気配を感じ、反射的に振り返る。
そこには、当然のように、ドラキュラスが佇んでいた。
手には、小さな機械。
目を見開く雅武は、ようやく自らの危機を認識した。ガタリ、と椅子を蹴って立ち上がる。どうやって隔離部屋から逃げ出したのか、という疑問は置いておく。それ以前の問題だった。あれは、まずい。向けられてはならない。何としてでも避けなければ、きっと自分は戦闘不能になる。
「……っく!」
横っ飛びに飛んで避けようとするも、雅武より遥かに運動神経の良いミツオが当たった攻撃だ。結果は分かりきっている。
せせら笑うようなドラキュラスの感情が、能面のごとき無表情に現れたような気がした。機械を作動させたドラキュラスの手元で銀色のフラッシュが焚かれ—————
♢
「何だと!」
田村は絶望に染まり切った表情でその言葉を発した。
“ドラキュラスの脱獄“
悪夢のような状況だった。
目の前の禍威獣———コダイゴンと呼称することとなった———は未だに制圧できていない。
自衛隊に攻撃許可が下り、およそ5000度の火炎攻撃が予想される両手部分に即席の冷凍弾と爆撃のコンボをお見舞いしたが、指先部分の先端が千切れただけで終わった。自衛隊のみでアレを止めることはきっと可能だが、一刻も早い武器の補充が待たれることに変わりはない。
未だ動きのない外星人グロテスも不気味だった。まるで腕を組んで状況を静観でもしているようだ。
そうだ。コダイゴンもおかしかった。建物を派手に破壊するばかりで、決して人間を攻撃することがない。自衛隊の航空機や戦車を一切狙わず、ただ同じ方向を向き続けている。どんなに爆弾を受けても、やられっぱなしで反撃しない。
嫌な予感はしていたのだ。
この状況には、奇妙な既視感があった。
そう——————まるで、時間稼ぎをしているような。
「今すぐにドラキュラスを捜索する!奴の拘束が最優先だ!」
血相を変えて叫ぶ田村。
寒気に全身が鳥肌立つ。今からきっと、想像だに恐ろしいとんでもないことが起こる。
止めなければ。自分たちが、阻止しなければ。
最悪を、回避しなければ。
自分の声に応えて、周囲の人間が立ち上がる。前線の指揮権は今、自分にある。田村がその責任を受けて細かな指示を開始しようとした、その時。
場が、静まり返った。
「—————あれは?」
誰かが、囁いた。
その一言は、よく響いた。
応えようとする人間は、いなかった。
答えるまでも、なかった。
——————人類、ウルトラマン化計画。
否。
『人類、生物兵器計画』
かつてドラキュラスの想い描いた願いが、具現化した。
闇夜に聳え立つ黒い影が二つ。かつて山を築き、踏み鳴らした足跡が湖となったという伝説、ダイダラボッチ。否が応でも思い出す。銀色のボディを持つ人型の兵器は、まるで意思を抜き取られた人形だった。
「あれは……。」
「なぜ、彼らが……!」
間違いない。御堂ミツオ、駒ヶ谷雅武。
PPが生み出した天才児たち。彼らは、ドラキュラスの監督役として、施設に駐在していた二人組。
ドラキュラスが脱獄した今、彼らがここにいる意味は明白だった。
「っく。なんということだ!ドラキュラス収容施設と連絡が取れない……!」
焦る防衛陣を嘲笑うかのように、ゆっくりと、何かに操られるように彼ら二人は攻撃体制を取る。
成功だ。
ドラキュラスの賭けは、成功した。この実験は、まもなく完了するだろう。
命の危機を感じたか。
それとも、何か別の意図があったのか。
今までまともな攻撃をしようとしなかったコダイゴンが、初めて堅固な臨戦体制をとった。
スラリと刀剣を構え、居合道の達人の動きをそのままコピーしたような、逆に不自然なほどに均整の取れた動作で、それは二体の人型生物兵器へと襲いかかる。
勝負は一瞬だった。
コダイゴンは、蹂躙された。
銀色の影の、片方が動く。突き出した拳、その掌底一突きで、コダイゴンの胸は貫通した。
すぐさまもう片方が追い打ちをかける。鈍重な蹴りの一つで、コダイゴンの頭部は霧散した。
ゆっくりと、彼らは鏡写しのように、腕を十字に構える。
「あ、れは……」
「スペシウム光線?!」
息を呑む者がいた。
まさか、と呟く者がいた。
そしてそのまさかの懸念は、瞬きの間に現実と化した。
エネルギーを充填されて放たれた白い光線が、コダイゴンを貫く。一瞬熱で赤く光った金属が、次の瞬間空気中に蒸発した。
瓦解した野球場に、佇む影は二つ。
いつの間にやら退散していたらしいグロテスの姿はとっくにない。
コダイゴンは原子にまで分解された。
「—————終わりだ。」
誰かが呟いた。
泣き出しそうな、呆然としたような。そしてその言葉は、正しすぎるほどに正しかった。
文字通りの、終焉。
地球は終わる。
リピアーが守り、ジャックが守り、全人類が協力して存続させようとした、宇宙の片隅の星。
「……ゼットン二代目が来る。」
冷静にそう言ったのは、後藤洋太だった。
それは絶望の言葉だった。
しかし彼の表情だけは、いつも通り平静だった。誰もが泣き出しそうな顔をしている中で、彼だけが落ち着いていた。
「滝さん。国際会議に応援を呼びかけてください。」
「う、うん…」
「しっかりして下さい。それでも幾度も地球を救ってきた映えある禍特隊の一員ですか?」
後藤洋太の目は、まるで太平洋の凪のように広く、平らかだった。
まっすぐに夜空を映す暗黒が、ふいに海を映して地平の果てまで開けた青色のように錯覚させられる。
茫然自失していた滝明久が、怯えながらも彼の目を見つめ返す。後藤はひどく静かな声で言った。
「ジャックから伝言を受けています。“ゼットン自体の対処はこちらで何とかする。ただし今回、
「いつの間に…?」
「秘密です。ジャックが、秘密にしろと言いました。」
「は、はあ……。」
戸惑いながらも、何かを決意した滝が通信機器へと向きあった。
それを見届けると今度は、後藤は残りの二人へと向き直る。
「船縁さん。それから、田村班長。」
「…………。」
「僕は、知っていることの全てを正直に話すことが出来ません。何故なら僕が、ジャックを裏切り、人類を文字通り破滅させかねないリスクを犯すことは絶対にないからです。」
後藤洋太は、外交官だ。
外星人と交渉するために選ばれた人材だ。
自星に黙って秘密裏の取引を進めることは、外交官として、本来絶対にあってはならないこと。
しかし、本当にそうすべきだと。
計り知れない罪を背負ってでも、それをすべきだと思ったならば。
人間は、それを躊躇いなく実行してしまう心を持っているのだ。
だから。
「信じて下さい。」
彼は“誠実”をも武器にする。
目的のためなら、あらゆる手を尽くす。
「僕は人類の存続を諦めてはいません。」
心からの言葉だ。
この瞳に宿る強い光を見た仲間は、信じるだろう。
そうでなくては困ると、後藤洋太は思う。
何故なら、彼自身は強く信じているのだから。
「………よく分かった。」
「………私も。絶対に、人類の未来を諦めてなるものですか。」
後藤洋太は明るく笑う。図太く生きてきた彼の表情は、窮地に陥っても揺るがない。
そして班長の田村や、ひ弱そうに見えて案外芯の強い船縁も、決意を浮かべて頷いた。
まだまだ、為すべきことがある。
それぞれの想いを胸に、彼らは動き出す。
バット星人は不参加です。
通信妨害兵器へ生まれ変わりました。
“bat jam boys(バット・ジャム・ボーイズ)“のネーミングに関しては、とりあえず元ネタであるバット星人の、ダボッとした不恰好な滑稽さがイメージできる表現になればいいなと……特に深い意味合いはないんですが……。