シン・ウルトラマン  夕陽に咲く花   作:へびのあし

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捜索

まるで、闇が降りたような空間だった。

人気がない。

と、そんな場所に灯りがついた。パッと舞台のようにさまざまな機械が照らされる。真っ白な壁。据え付けられた銀のコンピュータ。ウィーンと音が鳴ってドアが開いて、そしてそこに現れたのは二つの影だった。

 

そこは、光粒子サインの通信を実現するため、創設された施設だった。

 

気を失っている神永新二を背負った、ヒナ。

部屋に入るなり神永を床に転がしたヒナは、迷いなくとある機器の元へ向かった。通信傍受と、送信。複雑怪奇な操作を難なくやってのけ、あっという間に目的の情報をスクリーンに浮かび上がらせた。

 

『石化の技術は完成済みですね?』

『完成済みだ。』

『ブレスレットの効果発揮に関する補助もお願いしたいのですが。』

『了解。』

『決行は今日です。応援にきてください。』

『承知した。』

 

短いやり取りだが、これで十分だった。

通信の相手は、ウルトラセブン。ヒナの師匠であり、恒点観測員であり、そして研究開発が得意な技術者でもある。

 

ヒナは機器の電源を落とし、いまだ寝ている神永を背負って再び部屋の外へ出る。廊下で待っていたのは、総理大臣の山田龍之介だった。彼は、自分だけが外へ閉め出されたことに対して少し不満げなようだった。

 

「神永君を中へ連れ込む必要はあったのかね?」

「彼が目を覚ました時、もしも緊急の連絡事項があった場合に伝達できなければ困りますから。」

「なるほどな。」

 

山田は、獅子のように勇ましいボウボウの黒髪振ると、むう、と腕を組んだ。その眼光は鋭く、一国の総理大臣として堂々たる風格を備えている。

 

「……文句は言うまい。俺が持つものは肩書きのみであり、責任を果たすことだけが仕事なのだからな。」

「私はそうは思いません。実際、ジャックが情報解禁の許可を出した地球人は、あなた以外には後藤さんと宗像さんしかいませんから。」

「そうかね。」

「そうです。」

 

ふ、と含み笑いをした山田は、横目でギョロリとヒナを見つめた。

 

「で、……“石化“とやらは本当にうまく行くのだろうな?」

「もちろんです。ウルトラセブンが開発した技術ですから、ほとんど100%に近い信頼が置けます。」

「実際にウルトラマン化をこの目で確かめた俺でさえも、全人類ウルトラマン化計画は信じ難い。宇宙空間で生きられる体だけでなく、石化してエネルギーの消耗をゼロにするなど……だが。まあ、なんだ。ごちゃごちゃ言ったが、神の所業も、実現さえすればただの科学。」

 

山田は、低く静かな声で、最後にこう言った。

 

「俺はお前たちを信じよう。」

 

静寂が広がる。

ヒナが、凪いだ表情を柔らかに崩し、唇に笑みを浮かべた。

 

「ありがとうございます。」

 

ヒナが纏っているのは、初めて彼らが出会った時と同じ着物だった。

オレンジがかった黄色の布地に、蝶のように舞う紅の竹紋様が美しい。

人形のように整った目鼻立ちや、小さなえくぼ、団子に結った海苔のような黒髪、強く煌めく漆黒の髪。全てが同じで—————そして全てが異なっている。

 

彼女の後ろには、闇を背負ったように黒々と、影が垂れ込めている。

彼女は全てを慈しむがために、全てを裏切ろうとしている。

 

そう。

みな、疑問には思わなかっただろうか。

 

どうして彼女は、全人類ウルトラマン化計画を進めたのか?

もちろん、別次元の宇宙に飛ぶ時、生き延びる強さを持つ体を手に入れるためだ。一度は通過しなければならないプランクブレーンで、ウルトラマンの体を持たないものは生体反応を長く継続できない。移動したのちの宇宙で、もちろん生身の人間は生存できない。

 

—————では、なぜ逃げようとしている?

 

この世界を救うことはできないのだろうか。

別の宇宙に逃げることを考える前に、太陽系の崩壊を食い止める方法はないのだろうか。

 

答えは、()()()()

 

いや、もしかすれば出来るのかもしれない。ただし、この世界を救う代わりに、別の世界が崩壊する。その時点でこれは、ヒナにとって存在しない選択肢だった。

だから彼女は、決断した。

 

当初の予定より早く、地球を終わらせてしまうことを。

 

身勝手な決断だ。

それが正しいことなのかどうかさえ、分からない。

彼女は誰にも賛同されることを求めない。

彼女は地獄に堕ちることをも厭わない。

 

何を隠そう。

遠く宇宙からわざわざグロテスを呼びつけたのは、彼女。

コダイゴンの時間稼ぎを指示したのも、彼女。

ドラキュラスの脱獄に協力したのも、裏取引で人類を生物兵器として暴れさせるように依頼したのも、彼女。

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

心の優しい彼女は、全人類の運命の手綱を勝手に握る、悪魔になろうとしている。

 

山田が彼女の左腕を見ると、嵌められた無骨なブレスレットが、鈍い金属光沢を浮かべて輝いていた。

 

 

「—————神永さん。」

 

夕暮れの山の麓で、ベンチに座った少女が、隣の影に語りかけた。神永新二はこんこんと眠り続け、いまだ目を覚まさない。少し微熱があるようだ。誰の気遣いなのか、布団を被せるようにして黒い羽織を掛けられている彼は、静かな表情を浮かべていた。

 

ヒナは、寂しそうな微笑を浮かべた。

 

「私の中には、あなたの妹がいます。」

 

ヒナの脳内で、いつ何時どんな会話がなされていようと、彼女たち以外の人間はそれを聞くことが出来ない。ヒナがジャックに対して抱いている気持ちも、彼女以外には推し量ることができない。

仕方のないことではあった。ヒナは生まれつきの、スパイだった。幾重もの秘密のヴェールに隠された奥底に、彼女という人間は存在している。

 

「リピアーが神永さんを選んだように。ジャックが私を選んだように。私たちも、彼らの選択に敬意を払い、何かを望まなければならない。」

 

静かに着物の袂を揺らし、ヒナは立ち上がった。

少し悩んで、ヒナは神永の上に被せていた黒い羽織を剥ぎ取った。少し熱を出しているので、直接夜風に吹かせておいた方が心地よいだろうと判断したのかもしれない。なんにせよ、ヒナはその羽織を手に持って首を傾げ、ファサリと広げて最終的には自分で羽織った。

 

「そうですよね、神永さん?」

 

くるりと、ヒナが紅く染まった山の天辺を仰ぎ見る。

 

「——————美しいものを破壊から守り、美しいものを新たに作り出すこと。」

 

ひらりと枯れ葉が舞う。

くるくるっと生まれた小さなつむじ風が収まった時には。

すでに、ヒナの姿はその場からかき消えていた。

 

 

 

 

 

空が暗雲の垂れ込めるように光を失う。

まだ太陽は落ちていないというのに、まるで薄暗い夜とでもいうべき光景が訪れる。

グロテスが撤退し、コダイゴンが撃退され、そして……ミツオと雅武がふっと夜空の向こうに揺らめくようにその姿を消滅させた。

その後に起こったのは、日食でもないのに空が闇に覆われる、不可解な現象。そして。

 

「大変です!」

「ハッキングの攻撃です!ありとあらゆる電子機器が使用不可能になりました!一切の連絡が出来ません!」

「なんだって?!」

 

ざわざわと、次第に混乱を極め始める現場。

ヒトの心は弱い。

不安は簡単に煽られる。

精神はあっさりと恐怖に浸食される。

 

……しかし同時に、人類の強さは、極限状態において光り輝くものでもあるのだ。

 

「狼狽えるな。」

 

落ち着いた声が飛ぶ。

 

「我々は、この状況をなんとかしろと任されている。()()()()()()()()()。」

 

禍特隊の班長の言葉に、その場は一瞬で静まり返る。

 

「ゼットンの脅威を一度退けた我々だ。二度、同じことが出来ぬ道理はないだろう!」

 

目の色が変わる。

皆の心に、闘志という名の炎が灯る。

 

「今我々がしなければならないことは、山ほどある!各員、配置について己の職務を全うするように!!」

 

まだ、希望は潰えない。

 

 

 

 

陽は、落ちていない。

しかし、すでに暗かった。空は闇だ。

ざわりざわり……と葉擦れの音が静かに響き、揺れるような風が頬を撫でていく。

 

「おーい、起きてください。」

「神永さん!」

 

はっと神永が目を覚ました時。彼は、あまりにも見覚えのないその場所に酷く面食らった。山、だろうか。都会ではないことは確かだ。最低限の整備が施された道は、湿った黒褐色の土に覆われている。自分が寝ているのは、道の端に置かれたボロボロのベンチだった。

 

今の今までリピアーと会話をしていたのだが、突き放されるようにして覚醒した。

 

(確か自分は、ヒナから頼まれて、リピアーの情報を得ようと……)

 

そこまで考えて、ガバッと起き上がる。

かがみ込んで神永を揺さぶっていたらしい誰かと、見事な顔面衝突をしそうになって危うく止まる。

 

「っ!すまない。」

「——————ワン!」

「…………へ?」

 

反射で謝ったが、思わぬ返事に毒気を抜かれた。つぶらな黒い瞳。濡れた鼻面。もふもふの体毛。

…………犬だった。

もしや。この犬は。

 

「スミヨ?」

「ワフッ!」

「なぜ、こんなところに……。」

 

ヒナの飼い犬だ。何があって自分がこんなところにいて、犬に謝っているのか。疑問を浮かべたその時、誰かが堪えきれずに吹き出す音が聞こえた。

 

「くくっ!ナイスよ、スミヨちゃん!」

「あはは。それにしても、よく見つけたよ。」

「……ったくもう。こっちには散々苦労をかけておいて。」

 

勢いよく振り向けば、そこには三人分の人影があった。

一人は知っている。禍特隊でバディを組んでいる、浅見弘子だ。

もう二人は……知らない。どこかで見たことがあるような気もするが、記憶が曖昧で顔と名前が結びつかない。

 

状況が読めない。

思考を目まぐるしく動かしながら、とりあえずといった調子でただ無言で三人を見つめ続ける。

すると、浅見がため息をつきながら教えてくれた。

 

「こちらはヒナちゃんの両親、西寺緋色さんと、西寺まなさん。……昔の名前はそれぞれ、山崎翔太と水越静香。」

 

自分が目を見開いたのを、神永は感じていた。

公安では言わずと知れた、伝説のスパイだ。

気軽に会って話せるような人たちではなかったが、どこかで見かけたことくらいはあったのかもしれない。

 

……もっとも、今では自分が“ウルトラマン化した伝説の男”として語り継がれる側になってしまっているのだろうが。

 

(それにしても……どうして彼らがここに?)

 

「どうして私たちがここにいるのって顔してるわね。神永さん。」

 

図星だった。神永は黙って頷いた。

 

「失踪中のヒナちゃん探しているの。で、あの子の命が手遅れになる前に、この方たちが完成させた病気の治療薬を届けようってわけ。私たちが追いかけた先に、あなたが転がってたのよ。ちょうどいいから、今すぐに協力してちょうだい。」

「……なるほど。」

 

神永は知っている。

この太陽系は、もうすぐ滅亡するであろうことを。

そんな時、悠長に病気の治療薬だなんだのと言っても、ヒナがまともに対応するわけがないであろうということも。

 

——————しかし。

 

「神永さん。」

「………。」

 

西寺まな……どこからどう見てもただの気立の良い女性にしか見えない彼女が、低くしゃがんで神永と目線を合わせた。

 

「私たちは、ジャックと約束しました。」

 

約束。

この言葉を強調するように、彼女は言った。

そして、それだけだった。彼女の語りは、それで終わった。ただ、真摯に見つめ続ける。

 

神永は優しかった。

だから、折れるしかなかった。

無言で立ち上がる。そして、優柔不断な自分に呆れながら、彼らに協力するために歩き出した。

 





直接対峙した場合は理不尽の権化と化すウルトラセブンですが、お手紙のやりとりはキチンとこなします。文面は事務的、簡潔かつ丁寧。
LINEでは絵文字、顔文字一切使わない派のおじさんでしょう。
私は動物・植物の絵文字をたくさん並べて彩りを楽しむ派ですが(イカさんはびっくり、アザラシさんは御免なさいで使うと便利!)、みなさんはどうでしょう……?
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