シン・ウルトラマン  夕陽に咲く花   作:へびのあし

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ラファエル

 

随分と、最近のことのようだけれども。

案外と、昔のことのような。

 

『—————あなたは死なせない。私たちを…信じて。』

 

浅見は思いを馳せる。

あの時。

ジャックはどんな顔をしたのだろうか。

ナックルの襲撃に対抗するため、“秘密の指示書“なるものを鞄に滑り込ませ、浅見たちに仕事の一端を任せたジャック。

そんな彼女は、どんな思いで浅見の言葉を聞いたのだろう。

 

と、そこまで考えた時。閃きがあった。すでに色々試して、それでもヒナの居場所の手がかりがほとんど何も掴めていない時だった。

 

……もしかして。

 

あの時に貰って、依頼机の引き出しに仕舞い込んでいた“秘密の指示書”。

取りに行って封を開けてみれば、まさかのビンゴ。そこにあったのは、新たなる“秘密の依頼書”。

 

ヒナのこと。

ジャックのこと。

知りたいことはたくさんで、それなのに知らないことばかりで、浅見は悔しかった。それでも、この手紙を見つけた時。彼女らの思考の一端に触れたようで、嬉しかった。

 

賢いのか、バカなのか。

効率主義なのか、回りくどさをこそ重視しているのか。

両極端の狭間に揺れる宙ぶらりんな存在を、どこまでも愛おしく思う。

 

浅見は、世界全体を愛しているのだった。

 

だから—————

 

 

 

誰もが、戦っていた。

恐怖と。目の前の職務と。責任と。

 

わけがわからないままに、闇の中に放り出された人類。彼らの一部は恐慌をきたしていたし、一部はそうではなかった。冷静に働く者もいれば、茫然自失してただへたり込む者も。

 

ただ、一つ言えることは、例外なく全ての人が何かしらと戦っていたことだ。

 

「通信が復活しました!」

「USAの研究所が、ジャミング兵器の極小アンテナを逆使用した連絡機構を構築!各国に繋げるよう要請を発信しています!」

「こちらも考えていたことは同じだが……ふっ、わずかに先を越されたようだな。」

 

希望が見えてくる。

 

「しかしやはり問題が………各国、メール一通か二通ほどのメッセージの遣り取りだけでデータ量がキャパオーバーです。写真や、ましてや映像などもっての他。国際会議など開きようがない状態です。」

「問題ない。光粒子サインの技術の転用だ。」

「なるほど!すぐにこちらで……」

「あ、取り込み中すいませんが、その受信装置を宇宙へ向けてください!ウルトラセブンと通信するとかなんとかで……俺もよくわかんないんですけど、とにかく上からのお達しです!」

 

混乱の闇の中にも、一条の光が絶えることはない。そして。

 

「……ハア!?ウルトラセブン!?」

「はい、そうらしいです!書類と、ハンコと署名もついてます!」

「むう。」

 

——————彼ら全ての戦いを、超然と見下ろしている存在がある。

 

 

風に靡く黒髪に、閉じられた瞳。

高台に佇む、一人の少女。

 

「………結局仲間は騙すもの。もっと大事なものを守るためだって、きっぱり割り切って仕舞えば何も感じない。」

 

呟くように、独白を続けている。彼女の言葉は、風にさらわれて他人に聞こえることはない。

 

「さあ。……私はね、あなたが結構好きだったのよ。」

「ふふふ。おあいにくさま。」

「へえ、そうなんだ?」

 

誰かと、会話をしているような。いや、まさに。彼女は自分の中に存在する宇宙人と会話をしていた。

ヒナは、ふいにぴくりと眉を動かした。

 

「……そろそろのようね。」

 

ゆっくりと、振り返る。

 

「神永さん。」

 

人影が、()()

神永新二が、ゆっくりと木の陰からその姿を現した。ヒナは、ゆっくりと背後のフェンスにもたれかかった。

びゅう、と風が吹きすぎてゆく。そこには、磯の香りがふんだんに含まれていた。

普通の人には、まず感じ取れないだろう僅かな匂い。しかしヒナの鼻に掛かれば、これは易々と嗅ぎ取れるものだった。

 

神永新二が、ここまで登ってくるのも、知っていた。

匂いがあったから。

そして、音があったから。

 

大地に染み込む神永新二の足音を、ヒナが聞き逃すはずがなかった。そして、それを待っていたのも、ひとえに。

 

「お別れです。」

「………。」

「禍特隊の隊員の、他の誰も納得しないでしょう。けれど、神永さんならわかってくれます。私がしたこと。私がしようとしていること。そして——————責任の取り方を。」

 

予想通り。いや、予定通り。

神永新二は、何も言わなかった。無表情で、闇の中に佇むのみだった。

彼の瞳は、揺らいでいる。しかし、彼は制止の言葉を吐くことはない。なぜか?彼は理解しているのだから。彼女の計画は、もう後に引けない段階に来ていることを。そして、彼自身が同じ立場に身を置けば、同じことをしたかもしれないことを。

 

「私の体に取り憑くという行為自体が、僅かながらジャックのエネルギーを消費させています。これは良くない事態です。まずこの負担から彼女を解放すること、全てはそれから。」

 

ヒナは、薄暗い微笑みを浮かべる。

 

「私は今宵、“人類の存続“という目的以外、世界の全てを見捨てます。皆を騙し、躍らせ、そして今、最悪の兵器ゼットンを呼び寄せました。私はゼットンが持つ莫大なエネルギーを利用して人類を転移させ、さらに過酷な環境へ追いやろうとしているのです。」

 

——————私は悪魔だ、と彼女は言った。

 

「悪魔の末路は、幸せであってはなりません。」

 

それがどういう意味か、神永にはわかりきっている。しかし、彼は止めない。ヒナは、確信していた。

 

「私の命は、放っておいても長くはないのです。つまり、今宵限りに散らしてたとして、何の後悔もないということ。」

 

ぶわりと風が吹いて、ヒナの髪が宙に広がった。満面の笑みを浮かべたヒナが、トンッと地面を蹴る。呆気なく、彼女は決断した。

 

「さようなら。神永さん。後は託しました。」

 

それほどに高くはないフェンスを簡単に乗り越える。彼女の体は、あっという間にその向こう側、遮るものの何もない崖へと落下を——————

 

 

 

ワフッ!

 

 

 

ガブリと、彼女の羽織に噛み付いた生き物がいた。

 

「え?」

 

スミヨ。ヒナの犬だった。彼女は鬼気迫る物凄い形相で、がっしりと主人の服に噛み付いて離さない。立てた爪が、ガリガリと岩を削る耳障りな音を立てた。

 

「ちょっ……放して!あなたまで死んじゃうったら!」

 

冷静そのものだったヒナが、慌てふためいている。彼女の身は、断崖の底へ落ちるどころか、フェンスに手を伸ばせばまだ届くほどの距離でぶら下がっていた。

 

「……スミヨ!」

 

ぐるるるる、と獣の唸り声が響き渡る。

そしてその時、ヒナは突然新たな匂いと音が“出現した”ことを今更のように認識した。犬のスミヨ、そして……

 

「この馬鹿!」

「全くどうしようもない子ね、ヒナちゃんったら。お説教しちゃうわよ。」

「おいおい。こんなに思い切りが良いとは……まあちょっと嫌な予感はあったけど。それにしてももうちょっと躊躇ってくれないと、こっちの心臓が止まりそうだから。」

 

……浅見弘子。西寺まな。西寺緋色。

 

完全に撒いたと確信していた、浅見だけではない。母親、父親。

どうしてここにいるのか。それに、自分の並外れた感覚器官をもってして、接近に今の今まで気づけなかった理由は何か。ヒナの心は、混乱で爆発しそうになる。

 

—————僕が仕組んだんだよ。

 

(……は?どういうこと?)

 

—————ちょっとね。彼らに秘密のメッセージを残したり?あとは、きみが彼らの匂いとか音とかに気づかないように、神経回路をいじらせてもらったり?

 

(何を、勝手なことを……!)

 

—————文句言うのは別に良いけど。ねえ、きみはさ、死にたくないとは、思わないのかい?

 

(何言ってんの?言うまでもないわ、飛び降りたばかりの人間に今更……)

 

—————()()()

 

(………っ。)

 

—————ま、君の意思に関係なく、勝手に助けるつもりだったけど。

 

ジャックの声は、どこまでもいつも通りだった。冷静な言葉の並びがヒナの脳をくらりと揺らし、まるで目眩を起こすようにガンガン響いている。

 

—————みんな、親切だよね。両親はね、君には知らせないって条件付きで僕に接触したことがあるのさ。何でも、きみの病気の特効薬を作りたいとかなんとかで? 全てを一人で抱え込むことを良しとせず、みんなで協力する努力を惜しまない……かと思えば、隠し事をして誰かを裏切ってでも、誰かに尽くそうとする。ホント、人類って矛盾だらけで面白いね。

 

ヒナは、足掻く元気もなかった。スミヨの顎の力は強かった。そして、ヒナが落ちれば彼女も共に落ちることになる。そうこうしているうちにたくさんの手が伸びてきて、ヒナの腕を、肩を、がっしり掴んで引き上げる。

 

うっすらと浮かんだ涙に、わけもわからず風景が滲んだ。

 

「………私を助けるなんて……みんなの、馬鹿…。」

「だれが、馬鹿よ。」

 

浅見の、泣き出しそうな声が耳に届いた。

 

「あなたが、一番の馬鹿じゃないのよ。」

 

そうかもしれないな、とヒナはぼんやりと思った。せっかく決めた覚悟が無駄になろうとしているのに、何の策も打てていない。こうして目を閉じて、一体自分は何をやっているのだろうか。

 

ふと、見上げた空には風が吹いていた。涼しい風だった。藍色の鈴を鳴らしたような、澄んだ美しさ。

 

「……美しいものを破壊から守り、美しいものを新たに作り出すこと。」

 

思わずヒナは目を見開いた。そっと彼女の前髪をかきあげる、暖かな手の温もり。一人の女性の温かな呟きが耳元を震わせた。

 

「子供こそ、この世の至宝。……あなたこそが、世界中で最も美しいものよ。—————そして、今宵ラファエルがあなたの尊い命を救うの。」

「ラファエル……天使の名前?」

「そうだよ。私たちが完成させた特効薬さ。全身アポトーシスに対抗する術は、現状これしかない。」

 

ヒナを待ち受けていたのは、自身を延命するための薬があるという事実。そしてそれを、両親が作ったという告白だった。

以前、自分を尾けていたのは彼らだったのかと、妙な納得感を覚えた。

 

「薬って……。」

「実はね、私たちは一度完全に失敗したの。諦めるべきだって分かってていながら、予算を無駄使いする日が続いていた。でもね、そんなある日に、ウルトラマンジャックさんの噂を聞いた。」

「どうにかして、きみに気付かれずに接触しようと思った。きみの体を利用する外星人ならば、何かしら進展をもたらしてくれる可能性があったんだ。」

「そして、その通りだったわ。」

「僕たちは、成功した。」

 

両親は、静かな微笑みとともに手を広げた。

 

「「ラファエル—————癒しを司る大天使。その名を呼べば、きっとそばに寄り添ってくれる。」」

 

その真意は?

ヒナの沈黙に、母親がふわりと笑った。

 

「簡単なことよ。私たちが完成させたのは、ウルトラマンジャックとゆるく融合させる補助をする遺伝子操作の薬なの。つまり、現状維持。……遺伝子は、たとえひとつ欠陥を治そうとしてもね、また別の欠陥が生まれてしまう。難しい器官なの。それならば、まったく別の生物構造に組み替えてしまえばいいって思ったわ。幸い、ウルトラマンの生態は、想像以上にシンプルかつ柔軟性に富んだものだった。」

 

明かされてゆく事実を前に、ヒナは目を見開いたまま固まっていた。

 

「選ぶのは、きみだよ。ヒナ。」

「このまま死ぬか、ジャックと融合して生きるか……酷な選択肢しか用意してあげられなくて、ごめん。でも、これが精一杯だったのよ。」

 

ヒナは、ほんのわずかに唇を震わせる。ほとんど聞き取れないほどの声で、ヒナが喋った。

 

「……それで。ジャックの、エネルギーは。」

「この薬が補助するおかげで、融合に関連した身体エネルギーの消耗はほとんどゼロとなる。むしろ、きみという思考回路が増えることで、僅かに将来的な精神面の負担が減る。つまり、少しだけプラス……といってもいいな。」

「………。」

「誰も、損しないのよ。そういう風に、つくった薬だから。」

 

ゆっくりと俯く。

ヒナの目に、静かな光が宿る。彼女が、決意を固めた表情で口を開こうとした時。……横ヤリが入った。

 

——————ひとつだけ、我が儘を聞いてあげるよ。ヒナちゃん。

 

(……え。)

 

——————だからさ、ちょっと駄々こねてみてってこと。今ここで。簡単だろう?

 

(なに、それ。)

 

なぜ、このタイミングで。戸惑うヒナ。どこか面白がるように声を掛けたのは、ジャックだった。彼女は、もったいぶった調子で語りかける。

 

——————人類は、“自分でないだれか”のために生きることができる、利他の存在だ。リピアー兄さんは、華々しく散った。この上なく満足して……だけど、ちょっとだけ違和感が残らないかい?人間は、本当にあんなに潔くなれるものだろうか?そう、人類に触れ合ううちに僕は気づいた。利他だけじゃあないんだよ。みんな、自分を大事に思う気持ちも持ってる。上手くバランスを取って生きているんだ。だから僕は思った。『人間の我儘を見てみたい』ってさ。……最後にさ、一つだけ僕の願いを叶えてよ。

 

(嫌だって、言ったら?)

 

——————そうだねぇ。ふふ、人類救うの、諦めちゃおうかな。

 

(……今すぐに私に殺されたいのかな?)

 

——————嫌だな、ヒナちゃん。僕の渾身の冗談に決まってるじゃあないか。

 

(ジョークの趣味悪すぎるわ。)

 

辛辣な言葉をぶつけながらも、どこか腐れ縁の切れない悪友と会話しているかのような、奇妙な親しみと優しさが感情に混ざる。

すーっと深呼吸をするヒナ。彼女は、悩まなかった。決断は完了し、ヒナはあることをジャックに頼んだ。

ジャックは、それを了承した。

 

そして、何事もなかったかのように、ヒナは口を開く。今度は両親たちに、自らの意思を伝えるために。

 

「私は—————ラファエルを受け入れます。」

 

少女の前に、黒い箱が置かれる。それは、冷凍ボックスだった。

取り出された注射器には、透明な液体が入っている。

ジャックが自分のエネルギーだけで実現しようとすれば、多少なりともエネルギーを消耗し、今後の計画に差し支えるかもしれないこと。それをこの外部的な補助が、ほとんどゼロのエネルギーで可能にする。

 

ジャックは、他人への頼り方を覚えた。

自分の力だけで、大抵のことを成し遂げる彼女。それでも、手を広げすぎれば漏れる水がある。その部分を他に任せてしまえば、重要な点に安心して集中できるのだと知った。

最初はぎこちない、遊戯でしかない“頼る”行為だったのが、こうして上手く人を使うことを覚えた。

 

“ヒナの命を救う薬をつくること”

“ヒナのわがままを一つ、叶えさせること”

 

こうした交換条件で成り立つ『約束』を、ジャックはきちんと果たした。

 

 

「嬉しいね、これできみも、何十万年の寿命を生きて光の星に骨を埋める覚悟ができたかい?」

「帰った途端、私の精神だけ分離して即処分、なんてことにならなければね。」

「皮肉だなぁ。」

「これはユーモアよ。」

 

こうして。

この夜、ジャックとヒナは、改めて融合した。

悪魔は、ラファエル——————天使によって生まれ変わる。

 

「そろそろ、時間が来たわね。」

 

血色を取り戻した唇が、嬉しそうに吊り上がる。

破滅と、再生の夜が始まる。

 

 

 

 

ゾーフィは、地球の運命の裁定者であった。

これは宇宙の秩序が脅かされないかどうか判断し、必要とあらば破壊することを目的とするもの。

重要で、責任ある役目だ。

 

これらの仕事に最も要求されることは、掟への絶対服従。

 

ゾーフィはその点、この上ないほどの適任者だった。

しかし以前監視者として着任したリピアーは、原生生命体との完全融合という禁忌を犯して見放された。それから時が経ち、その妹のユトが職務に就いている。

ユトは、兄より規律を重要視する。

それを破るリスクを計算して自重するだけの理性があるのだろう。逆に言えば、破っても立場が保全される確証がある場合は躊躇いなく破る。

 

ゾーフィは彼女があまり好きではなかった。

好きや嫌い、快や不快……などの言葉で表現するのが正しいのかはわからない。ユトの報告により『人類の感情』の知識は蓄えてきているとはいえ、そもそもが別の生き物である。ゾーフィには納得感が得られたためしがないのだから。

ただ、ユト—————あの異端の研究者のことを考えるだけで、どうしようもなくエネルギーを消耗させる存在であることは確かだった。

 

彼女の行動は予測がつかない。

彼女の思考は推し量れない。

彼女はいつも、確率の海の波打ち際ぎりぎりをホップステップするように飛び回る。

 

今宵。

ゾーフィは執行者として、天体制圧用最終兵器「ゼットン」を伴ってきた。

地球を滅ぼすため。

人類には、最大の慈悲をもって猶予を与えたのだ。それでも幾度と外星人に侵入を許し、自身らの生物兵器化を止めることも出来ずに停滞している彼らを、これ以上野放しにできない。光の星の住人とほとんど同等の力を持つ生物兵器など、洒落にならない。他の生命体たちの星の多くが焦土と化す未来は、計算として現実的な数字が導き出せる。

 

なぜこのような事態を迎えてしまったのか。

ユトが失敗したからではない。

逆だった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ユトは、何一つ禁忌を犯していない。

掟を守る気があるのか甚だ疑問だが、破っているかと問われれば破っていないと答えるしかない。

 

それでも。ゾーフィの気分がよくないのも当たり前の事態だった。

彼の行動は利用されている。著しく本来の結末と異なる方角へ、誘導されている。

 

(ゼットンの無尽蔵のエネルギーを根こそぎ奪い取り、人体の変異と空間の転移へ流用するだと……?)

 

これで人間なら、少なくとも眉を顰め、細めた目には軽く憎悪の炎を浮かべていたことだろう。

しかし、彼は職務に忠実な光の星人だった。

彼の仕事は天体制圧用最終兵器「ゼットン」の起動であり、それ以上でも以下でもない。ユトが規律を破っていない以上、それを咎めに彼女と接触する必要すらない。

 

『もう、知らん』

 

そんな捨て台詞すら聞こえてきそうな状況で、しかしゾーフィは無表情で淡々と「ゼットン」の起動を開始した。どうせこの情報は彼女に知れている。警告すら必要ない。彼女は、全てを把握した上で動いている。

最後のキーを押す。

動き出したゼットンから離れ、今度はジャミングの装置を操作し始める。これは、以前国際会議によって危機を脱した人類の観察結果を鑑みて、その反省を生かした形となる。

何を隠そう、このジャミング装置の開発にはユトが関わっており、そしてゼットンの起動の短縮化が図られている事実にも、ユト自身が一枚噛んでいる。

 

本星は、ユトの恐ろしさをまだ把握できていないらしい……と、そこまで考えて。どんなに努力して彼女に首輪を付けることはできないのだから、いっそのこと泳がせておくのが吉なのかもしれない、とふと思った。本星の上司たちも、結局同じことを考えたのだろう。

この件に関しては、頭を悩ませるだけ、エネルギーの無駄だ。

 

宇宙の闇に浮かぶ、地球という星。青と緑の宝石。数十億の原生生命体が今もひしめいている。

 

その瞳には、人類の知恵と勇気に感動した、いつかの色が宿っているようだった。

ちらりと地球を一瞥し——————そしてゾーフィは去った。

 

空を蝙蝠型ジャミング兵器が覆い尽くす、その少し前のことだった。

 





次回、最終回です。
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