シン・ウルトラマン 夕陽に咲く花 作:へびのあし
山田龍之介は、弱冠二十六歳にして首相であった。
この日本国において、昔ならありえない異常事態といえる。老獪な政治家の大物たちを差し置いて、彼が内閣総理大臣などという大任を得てしまっている理由。それは。
『禍威獣』
『ウルトラマン』
『外星人』
『ベータカプセル』
『プランクブレーン』
『生物兵器』
『天体制圧用最終兵器ゼットン』
およそ一年にも満たない期間のうちに地球を訪れた様々な災禍と祝福。今や地球は、何十億の生物兵器(巨大化した人間)の資源として、宇宙のあらゆる外星人から狙われる星となってしまった。
(……こういう時に「山田龍之介」という男が頼りになるのだ。)
と、彼は冷静に自分を分析した。
無用な誹謗中傷や批判を馬耳東風で受け流し、大胆な政策を打ち出して実行する積極性。
ぼうぼうと獅子のような天然パーマがかかっている黒髪は太く、堂々と落ち着いた風貌。
また、舞台俳優を目指したこともあるくらいで、容姿と喉には自信がある。つまりはかなり高めの民衆人気。
こんな大変な時期に、誰も首相などやりたくない。
とにかく、人民に人気で行動力がある若手——しかもなんか強そう——などは、ピッタリの人身御供である。
「……ふ。」
受けて立とうではないか、と彼は一人思う。
「すでに人類は、幾度もの苦難を乗り越えてきた。たった一個増えたところで何も変わらん。」
がむしゃらでも何でもいいから前へ進め。強者必勝。過去を嘆くことができる者は、それだけで幸運。
そういう信念のもとに、今まで突っ走ってきた。
周囲がのほほんぐずぐず生きていると苛々するし、引っ叩いて尻に火でも付けてやりたくなる。
要は山田は平時には煙たがれるような男で、困難にぶち当たった時こそ真価を発揮するのである。突如舞い込んできた困難に、時として言いようのない快感を覚えることすらある。
しかし。
それでも。
「———なかなか殊勝な心掛けですね。山田内閣総理大臣様。」
「……鍵は掛けておいたはずなのだが。」
…これは不意打ちが過ぎるだろう。
いかに山田でも、戸惑ったり選択に悩んだりすることはある。まあ人間なのだから、当たり前だ。
しかし珍しい事態だ。
山田龍之介をして、どう対応したら正解なのか、さっぱりわからない。
「東京駅で迷子になりまして。やむなく座標の指定とテレポートの使用を……申し訳ありません。」
……見た目にして十六歳ほどか。
儚い夕陽のようなオーラを纏い、全身をオレンジ色に染めて少女が佇んでいる。
まるで、必然としてそこにいたかのようだった。
今時珍しい和服で、オレンジがかった黄色の布地に、蝶のように舞う紅の竹紋様が美しい。
後ろで団子にした髪は海藻のように真っ黒で、大きな黒い瞳が強い印象を与える。
まるで美しい人形のような格好であり、すっきりと目鼻立ちは整って、えくぼのある頬は薄紅に色づいている。
左腕に嵌められた金属のブレスレットだけが唯一武骨で、妙に目を引くのだった。
「ふむ。外星人にとって、鍵などあってないようなもの、というわけかな?」
「いいえ。」
「…ほう。」
少女はゆっくりとこちらを見上げる。
ガラス玉のような瞳が、強い光を持っていた。
「宇宙の多くの文化圏において、家の防御とそれを尊重する習慣は存在しています。こちらの礼儀が不足していました。申し訳ありません。」
少女はあっさり深々と頭を下げた。
思い切りよく無防備に、その背中を晒す。
しかし山田には、それが無防備だとは、とても思えないのであった。地球まで旅をして、そして網の目のように張り巡らされたレーダーにも引っかからずに地上へ降り立っている。その事実そのものが、彼女がとてつもない力を持つ外星人であることを証明している。
故に。
山田は疑念を持って問わざるをえない。
首相として、そうする責任がある。
「…君は何者かね?」
少女が、ゆっくりと頭を上げてこちらを見る。澄んだ瞳が、まともにこちらと目を合わせた。
「そして、来訪の目的は?」
少女は、一瞬の瞬きもせずにこちらを見つめる。そしてゆっくりと、その唇を開く。
「私は光の星から派遣された新たな監視者。あなた方が“ウルトラマン“と呼んだ男の、妹です。」
「………は?」
“黒毛の龍”と民衆から渾名される首相。山田龍之介の間抜けな声が、寝室に響き渡った。
♢
「——つまり私は“ウルトラマン“に身体的・精神的ともに特別な縁ある者……わかりやすく言えば、人類でいう“妹“という概念に近い存在なのでございます。来訪の目的は地球人類文化研究兼、他星人による生物兵器開発実験計画の抑止力となること。つまりは宇宙の平和の振興です。」
独特の語彙でとにかく喋り倒す少女を眺めながら、山田龍之介は冷静にこれまでの経験や知識を思い返していた。
実際にウルトラマンと寝食を共にした禍特隊のメンバーたちの報告によれば、彼はたいてい『無表情』であり、『論理的すぎて逆におかしな』言動を口走る『超有能』で『誠実』かつ『独断専行』な人物であったという。
「………。」
なんとなく。
目の前の少女はその印象に合っている気がする。家族というのもあながち嘘ではないのかもしれない。
和服姿で見た目十六歳の少女、というのがなかなか理解を超えているが、しかしそういうこともあるだろう。相手は常識の通用しない外星人だ。
何より、彼女からの害意も、全く感じられない。
まあ信用しても大丈夫かなと、山田は口を開き———
「……地球人は前ほど馬鹿じゃない。」
きっぱり言い放った。
“責任”。山田を縛るものはこれだ。
まあ当たり前のことだ。山田一人の第六感に日本国民、いや世界の命運を委ねるわけにはいかない。
(…重い。)
重い。とてつもなく重い。己の肩にかかった責任に潰されそうになる。しかし、彼も首相を目指した人種である。この叫びたくなる緊迫した状況の中で、同時に高揚もする。炎に燃やされるような興奮と喜び。自らの手で歴史を動かしてゆくこの快感。
据わった声で、彼は少女に問いかける。
「まずは、きみの発言を、こちらが正しいと言える証拠が欲しい。」
少女は一瞬黙って、そして言った。
「証拠はありません。」
「なるほどな。」
山田は落胆した。
これでは信用できない。本当にウルトラマンの妹であっても、それを確かめる術がないのなら。警戒し続けざるをえない。そう、人類はすでに騙されすぎた。
それを少女もわかっているのだろう。ややあって、何かを決意したように口を開く。
「…しかし……。」
「……“しかし”、何だい?」
少女は、ゆらりと頭を揺らして、どこか遠くを見るような目をした。山田の頭を透過して、遥か彼方のどこか。海で地平線を眺めるような眼、と地球人なら言うかもしれない。しかし、そうではないのだ。
少女にとっての海は……
「誠意を見せます。あなた方を信頼している証拠を。」
ゆっくりと言う。
そして、山田の目を見つめる。
澄んだ黒曜石のごとき瞳を持つ少女は、ゆっくりと左腕に嵌められたブレスレットを外した。
(…なんだ?)
それは金属で出来ていて、ダイヤのような模様がある。よく見れば、中央には割れ目があり、紅い球が隠されているのが垣間見えた。そしてそれは、あまりにも見覚えのある代物だった。キラキラ妖しく煌めいている、その光は。信じられないほど小型化されているが、しかし理論と基本構造は同じである。
「私のベータカプセルを預けます。これから私は抵抗しません。あなた方も、外星人の身体検査をする程度の科学技術は発達させているでしょう。」
一礼して、山田にそれを手渡す。
未だ人類が、小さな島一つ分の大きさでしか再現できない超技術の塊。
”ベータカプセル!“
さすがの山田も緊張した。ごくりと唾を飲み込んで、それを受け取る。思いのほか、軽かった。
「……これがなければ、きみは故郷へ帰れないのでは?」
「ええ。」
「きみは、本当に納得しているのか。」
「無論。私は興味があるのです。兄さんは優しい人です。しかし、なんの理由もなく命を捨てて掟を破るような人ではなかった。兄さんがここまで愛した生命体を、私は理解したい。」
ふわりと、少女は笑った。
驚くほどに自然な表情だった。
「私の話を嘘かもしれない、と思われていることを承知で申し上げますが。実はもともと、原生知的生命体を好きだと言ったのは私なのです。職業として、文化生命学者の道を選んだ私の感情を、兄さんは理解してくれなかった。ですから『リピアーが地球人と一体化した』と報告を受けた時は、何かの間違いではとも疑いました。」
少女の目に宿るのは強い決意。そして好奇心。
それは奇しくも、ウルトラマンこと、リピアーと同じもので。
「どうしてここまで人類に肩入れし、勝てるはずもないゼットンに挑み、故郷の家族に会いもせず、光粒子サインだけを遺書がわりに遺して死んでしまったのか。そういう全てを、私は理解したい。」
ふっと、夕暮れの海のような色彩が、少女の瞳を横切った。
個々の能力が強すぎるゆえに、群れもせず助け合いもしない。悲しみも喜びも、あらゆる感情が地球人より希薄な生物。実際、リピアーは『仲間とは群れか』などと発言して周囲を困惑させたという。
しかし。どこか少女はリピアーと違うように見えた。何と言ったらいいのだろうか。彼女を満たすもの、それは———
「私は歴とした文化生命学者です。今まで、様々な星を巡り、原住民と学び、遊び、苦楽をともにしてきました。」
———自信。エネルギー。
強いて言えばそういったものだろうか。彼女はきっとリピアーとは別のベクトルで、誠実なのだった。
「私は必要あらば他星人との一体化を許されている、たいへん珍しい個体です。私は複数の脳を切り離した状態で維持する訓練を積んでいる……すなわち、地球人と感情を共有できる一方、光の星の掟にそった揺らがない選択を行うことができるのです。もちろん一体化した対象の人格を優位の状態へ押し出すことも可能です。」
「…もしや、その体は、すでに一体化済みなのか?」
「ええ。私が借りている体の名前は『西寺ヒナ』。第二次性徴期まっさかりの“ヒナちゃん”です。彼女の命は私の命。私を傷つければ彼女も傷つくということを、一応警告しておきます。」
「………。」
少女が口を閉じる。さすが星を巡る文化生命学者と名乗るだけあり、こちらを牽制しつつもなるべく警戒心を持たせない接し方は心得ているようだった。
…西寺ヒナって誰だ?
山田の頭をそんな至極当然の疑問がよぎる。
(…後で部下に戸籍を調べさせよう。)
日本国民と同等の権利を持たせては面倒だから戸籍消去するか、と考えて、いいやそんな事をしては人道問題に発展してそれこそ面倒だと思い直す。
代わりに、彼は言った。
「きみのことは、なんと呼べばいい?」
途端、少女の唇が、僅かに三日月型の円弧を描いた。よく分からないタイミングの笑顔に困惑しながら、山田は不気味に彼女を見やる。
「占い、ありますか?」
「……は?」
「この部屋にあるもので、何でもいいです。不確定な運に全てを任せて判断する習慣。大抵の文化圏に存在する習慣ですよね。私は異文化を訪れたとき、いつもそれで名前を決めます。」
「……占いに使えそうなものなど、トランプくらいしかないのだが。」
「それで結構です。」
気乗りはしない。山田は仕方なくトランプを取りに行ってきて、どこかの芸術家が描いたであろう油絵が裏面にプリントされているそれを差し出した。
「まあ、これがトランプというカードだ。カード一枚一枚に記号があり、四十二枚の固有な名前がついている。色々な遊び方があるな。」
「私はどのような行動をとれば?」
「あー、ただくじ引きの要領で引いてくれればいい。」
「わかりました。」
……本職の占い師など呼ばずとも、現代はちょっと検索すればありとあらゆる占い法が見つかる時代だ。しかし無論山田はそんな余計な手間をかけるような人物ではなかった。
そして当然少女も気にしない。彼女はまるでどんぐりを見つけた栗鼠のように、山田が不器用にシャッフルする様子をキラキラした瞳で眺め続けている。そして、山田がシャッフルし終わった、と伝えればあっという間に一枚取る。…さすがは外星人、と山田は感心した。動きが早すぎて目で追えない。
「何が出た?」
「ハートのジャックです。」
少女は大切そうにカードを抱えている。
「そうか。ならばきみの名はハートと———」
———するのが無難だろう、と言おうとしたのを山田は遮られた。少女が被せるように力強く宣言したのだ。
「ジャックと呼んでください。」
「え。」
「ハート、という名前は光の星でも聞いたことがあり、面白くありません。あなた方は性別で名を区別するようですが、ジャックという響きはどこか女性的であり、私にとっては問題ありません。」
「…なるほど。」
彼らに突っ込む人物は、残念ながらこの場にはいなかった。
山田龍之介はこういうことをあまり気にしないたちなのだ。
別にいいではないか。和服少女の名前が「ジャック」でなんの問題が?そうだ、何もない。
「…ジャック。」
「はい、何でしょう。」
「…日本は議会制民主主義の国家だ。私一人に政治の意向を決める全権が委ねられているわけではない。…だが、少なくとも」
山田龍之介は、少女———いや、ウルトラマンジャックをまっすぐに見つめ返した。
「山田龍之介という人間は、きみを信じる。」
「…ありがとう。」
この嘘つきめ、と山田は自嘲気味で己の胸に吐き捨てた。外星人を心から信頼することなどとっくのとうに出来なくなっているというのに。それでもこう言わざるを得なかった。自分達は今、溺れる者は藁をも掴みたい人類なのだ。
なりふり構わずなんでもやってやる。
嘘つきの称号くらいは被ろうではないか。
そう、それが未来という結果に繋がるならば。
(……でも。)
「やはり、本星が人類を滅ぼさなくてよかった。」
「……。」
漆黒の瞳を静かに煌めかせる少女は、どこまでもまっすぐで。そのぎこちない笑みを、山田は心から信じてやりたいと、そう思うのだった。
セブン、ジャック、エース……(あ)
と、いうわけです。
ちなみに総理大臣は交代、オリキャラが出張ってきました。こんな戦乱の時代に弱そうなお爺さんがトップなわけないですよね。もっと龍!とか獅子!みたいな人が頼りになるというか。
まだまだ外星人・禍威獣募集中です!よろしくお願いします。