シン・ウルトラマン 夕陽に咲く花 作:へびのあし
真っ白な部屋だった。
椅子も、テーブルも、窓すらない。
蛍光灯に照らされている部屋の中央に、ヒナは座っていた。これといって拘束具はない。しかし、明らかに逃亡を許さないという強い意志が、この建物にはあった。ぱっと見ではよくわからないが、見た目以上に凝った仕掛けがたくさんありそうだ。いかに外星人といえども、この建物から脱出できる者はあまりいないだろう。
まあ、逃げる気はないのだから、関係のない話だ。
ヒナは瞑想のように目を閉じた。そして。
「こんにちは。…ジャック?」
呼ぶ。
星の声を。
…ヒナの内から降ってくる、彼女の声を待つ。
『今日は。ヒナちゃん。』
ヒナは、ふうっと息をついた。ジャックと話すのは、これで何回目になるだろうか。もう覚えていないくらいだから、きっとたくさんなのだろう。
基本的に、ジャックはヒナの意識を優位に置いている。しかしそれは、ジャックが完全に引っ込むという意味ではない。常にジャックはどこかでしっかり目を覚ましていて、いつでもヒナの体の主導権を奪い取れる。
ついでに言えば、ヒナの見たもの、聞いたもの。古い記憶。考えること。そういう全部が、筒抜けだ。まあ、「ジャックが調べようとすれば」という注は付くようだが。
『どうかしましたか?』
「別に何も起こってないよ……でも、ジャック。これからどうすればいいの。」
『どう、とは?』
「……あなたが勝手に首相官邸にお邪魔しちゃったお陰で、捕まって軟禁状態だし。それに身体検査とかされたら、私色々不味い。」
『別に何もやましいものはないでしょう?』
「…残念ながら“やましい”だらけなの。」
『どんな“やましい“があっても“持ち物“でないならば問題ない。これはあなたも承知しているはずです。…推測するに、あなたは自分の身に何をされるのか分からず少し怖いのでは?』
「………。」
『図星ですね。」
「うるさい。」
『大丈夫。検査中に痛覚・吐き気の類が発生すれば、全て私が引き受けます。それに、後遺症は絶対に残しませんからご安心を。多少あなたの体をいじることは許してくれますね?』
「……そういうことして、ジャックに何の利益が?」
『責任と誇りの問題です。ヒナちゃんは、私に人生を差し出している。恐怖や不安もすでに相当巨大に膨らんでいるはず。これ以上を奪うわけにはいきません。』
ジャックは優しい。丁寧で、人類に対しても好意的だ。
…しかし、である。
はっきり言おう。ヒナにとって、融合を受け入れたことによるメリットはゼロに等しい。ジャックの言う通り、ヒナは人生の全てを彼女のために諦めた。反対に、ジャックは好き勝手に振る舞っている。この理不尽にヒナが抵抗するとしたら、それは何も間違ったことではない。
かと言って今更足掻いたところでヒナが勝つ確率もゼロだ。
ヒナが何を計画しても、根本から叩き潰されるだけだろう。
例えば、たった今ヒナが着ている和服。これはジャックが勝手に買いに行ったものである。ヒナは嫌がったのだが、ジャックがヒナの脳内を分析にかけ始め、ものの一分で『あなたの心に焼き付いている羨望のイメージと深い結びつきがあります。』だの『短期記憶のみならず長期記憶にも祭りに関連する浴衣の画像がヒットしました。』だのとわけの分からない言葉をぺらぺら並べ立て、癇癪を起こしたヒナの体の主導権を堂々と奪って呉服屋へ突入してしまった。
『…あの日の無礼は謝ります。しかし、好奇心には抗えませんでした。民族衣装は美しい、そうではありませんか?なんならポンチョでもイヴニング・ドレスでもチマ・チョゴリでも、旧石器時代風の獣の皮でも、どれでも良かったのです。たまたま融合させて頂いた人類の記憶に見つけたのが”着物“だっただけで。』
「…もういいよ。綺麗な着物を選んでくれて感謝してる。」
『こちらこそ。あなたの犬と一緒のショッピングは楽しかったです。』
「スミヨは私のもの、勘違いしないで。」
『ええ、そうでしたね。』
ジャックが寂しげに笑う気配がした。
『忘れもしない、私たちが出会った日。隠密が破られたときは少し焦りました。犬ならばともかく、人間にまで察知されるなど私にあるまじき失策。視覚と聴覚には注意していたのに…』
「——まさか匂いでバレるとは?』
『…はい。嗅覚がこのように優れているとは思わなかったもので。』
「人類が下等だからって、あんまり甘く見ないでね。あなたを信用できたのは、少なくとも嘘吐きの匂いがしなかったからだから。」
『……そうですね。用心は殊勝な心がけです。』
「まあ、疑ってかかるのは私の職業病みたいなものだから。もうわかってると思うけど、私は犬人間。要はスパイよ。」
『なるほど。』
嘘吐きの匂い、などという言葉を疑いもしないような相手。さすがは外星人、とヒナは思った。すがすがしいまでに、常識が通用しない。
『…嬉しいのですか?』
「は?」
突然にそんなことを言われて、ヒナは面食らった。
『ほら、口元が三日月型に。笑っていますよ。』
「え………」
慌てて手を唇に当てる。自分でも気づかないような微妙な変化だった。知らずのうちに緩んでしまった口元を見られたのが気恥ずかしくて、ヒナは頬を赤く染めた。
…まあ、確かに。ヒナは嬉しいのかもしれなかった。
人生で初めて出会った。
自分の胸のうちを、洗いざらいぶちまけられる者。砂浜を貝殻ひとつ残さず攫ってゆく海の波のように、何もかもを吐き出して綺麗に掃除してしまいたかった。心に溜まった汚泥を、ただ受け止めてくれる存在。そのありがたさを、ヒナは今初めて実感していた。
じんわりと広がる暖かさ。
ヒナは心からジャックを好きになり始めている自分に気づいていた。そして同時に、そんな自分を律しなければという思いも持っていた。
ジャックは人類の味方ではない。ジャックの目的は、宇宙全体から見た“最大多数の最大幸福“であるに違いないのだから。
“私はあなたと馴れ合うつもりはない“。
そこだけは守らなければならない。互いに、理解はしても一線を画さねばならない。
その線引きは相互理解を明確にしておかなければ。
いざという時に、断ち切れなくなる。人類のため、宇宙のため、それぞれの理念が混ざり合えば、何も決断ができなくなる。ヒナは強く息を吸った。
「ジャック。私はあなたと馴れ合う———」
『交代します。』
「えっ」
くるり。
あっという間に意識は転換した。
『ちょっと!?』
「お客人を相手しなければ。」
『客人…?』
真っ白な部屋。
その繋ぎ目のない壁のように思われていた一角へ、ふいに切れ目が入り、ウィーンという鈍い駆動音とともに出入り口が開いた。
コツ、コツ、と靴音を立ててスーツの男性が入ってきた。なんということはない。急遽現れた外星人の応対に駆り出されたらしい、政府関係者だった。
彼は部屋の中央の床に座っているヒナの目の前で止まると、まだ若く、少し緊張したような表情を向けながら語りかけた。
「こんにちは。私は佐々木と申します。これより行う、えー、その…お荷物の検査にあたり、案内を務めさせて頂きます。」
「はい。」
佐々木と名乗る人物が差し出した書類に、検査の要項が書き並べてある。注意点の一つを指差しながら、彼はヒナに語りかけた。
「微量ですが、スペシウム133の破壊効果を持つ放射線を照射します。多少お身体への負担がかかるかと存じますがよろしいですか?」
「問題ありません。この手の検査には慣れています。」
「それでは…他にご質問は御座いますか?」
「いいえ。」
よどみなくジャックたちは会話を終わらせる。
とっくに脳内の一隅に追いやられていたヒナは、たった一人、ため息をついた。
『会いたいよ……スミヨ。』
キャン。
置いて行った時に少なからず抵抗し、騒ぎ立てて困らせてくれた、あの仔犬。その優しい鳴き声を思い出す。
そうして、深く暗い闇の中へ。思考を溶かすように沈めて行った。
♢
————六日前。これは、融合を果たしてすぐのこと。
(不思議です。)
眉があったら、顰めただろう。それにふさわしい感情…これは、“疑念”。
(何故に人類は未だ、我々のような飛躍的進化を遂げていない?)
人類の脳は複雑だ。
光の星の知る知的生命体の中でも、群を抜いて入り組んでいる。
まるで、宇宙のように。
謎だらけだ。
ありとあらゆる矛盾が一緒くたにはまり込んで、一つの行動を形作る。
(…特に、この人間。)
名前を西寺ヒナ、と言うらしい。好奇心でもって、色々調べてみたところによれば。
(
人類はかなりの頭脳と技術を有している。その証拠がこれだ。人類自身、望めば幾らでも改造できてしまう。材料があり、技術があり、それを行う人材があるならば、瞬きほどの間に人類は飛躍する可能性を持つ。
このように捻じ曲がった存在は、宇宙広しといえども見たことがない。
『……なぜ?』
やはり、そこに帰結する。
『知りたい。』
好奇心は、止まるところを知らない。
彩るもの。美しいもの。複雑なもの。対立するもの。新しいもの…。
そうだ。自分は生まれた時から、他人とは見える世界が違った。
故郷———光の星では、個人の性質は許される誤差の範囲内で、ランダムに割り当てられる。自分はギリギリ逸脱しないで済んだ。限界まで異端の縁へ近づきながら構成を始め、そして生を受けた。
二度と自身と同じ感性を持つ存在は生まれないだろう。
だからこそ、出来ることがあると思う。
信じて、求め続ける。
知りたい。この宇宙の全ての”色“を理解したい。そう、必要があるならば、光の星の掟にも背いてみせる。
それでも罰せられることのなきように。ずっと探求を続けることの出来るように。
この頭脳を駆使して上手く立ち回る。
誰よりも誠実に。誰よりも狡猾に。…そして、誰よりも好奇心に忠実に。
原子がつくりだす奇跡……生命。
宇宙に蠢く彼らをひたむきに追いながら、どこまでも、どこまでも、旅してゆきたい。
『…この命、尽きるまで。』
「お荷物検査、終わりました。異常なしです。」
「ありがとうございます。」
少女は、満足そうに微笑んだ。
♢
新たなるウルトラマンが来た、というニュース。
それは確実に混乱を招くため、一般人にはまだ秘匿されている。しかしお偉方の間では、静かに、そして風よりも早く……まさに光?の速さで伝わっていた。
ホログラム、である。
薄青い光の立方体が宙へ投影されて、立体のビデオの中継がされている…と言えばわかるだろうか。無論、地球の技術ではない。
『はじめまして。宇宙平和の維持と文化研究振興の目的で派遣されました、ウルトラマンの妹ジャックでございます。ちなみに人間としての戸籍は西寺ヒナです。また、私は宇宙総合理論研究施設教諭兼、第四号文化生命学者———要するに非戦闘員であり、地球へ派遣された目的は怪獣退治ではありません。人類への過度な干渉も禁じられています。どうぞあまり気にせず過ごされますよう、よろしくお願いいたします。』
ぺこり、と頭を下げる少女。ついでに仔犬を抱いている。
控えめに言って、浮いていた。
右隣に、同じくホログラムの日本国の首相を伴っている。そしてさらに二人の周囲は、銃を所持する黒スーツの男たちでがっちり固められている。まさにその場の全員が厳めしい顔をしているのである。…特に現首相…まあ、近頃の彼は常に近寄り難いオーラを帯びているのだが。
非常に奇妙な絵だった。
黒尽くめのスーツ男に囲まれた中央で、少女だけが涼しい顔をしている。
ゆったりと着物を着こなし、微笑む。鮮やかな夕暮れの向日葵のような、その華やかな色彩を存分に放って、そこだけが温かい雰囲気を纏っている。
しかしなぜだろう。どこか冷たく凍りついたような印象を感じるのは。やはり彼女が外星人であり、人類の感情とそれを表現するにふさわしい場面を学び、その齟齬を完璧に克服するのには時間がかかるのだろうか。
————さて。
『禍特隊』
ここは唯一、盛り上がっている場所だった。他の、例えば皇居や閣議室などは、水を打ったように———お通夜か葬式か、と突っ込みたくなるほどには、静まり返っている。
しかしここは騒がしかった。むしろうるさい。しかし無理もないことだろう。ここでは一年前までウルトラマンだった男と、その同僚たちが所属しているのである。
……蛇足だが、実はあれからさらに新しいメンバーが一名追加されており、彼は会話の蚊帳の外に放り出されないように必死になっていたりもする。
まあ、ホログラムは一方的な通信なので、いくらこちらが騒がしくしても問題はなく、そしてその前提がさらなる助長を招く。
「なによこれ…。」
「ああ、ホログラムですよ。これって理論は案外単純なのですが、実践となると回線やら接続機器の問題が…」
「そんなこと聞いてないです!」
「え、嘘!?」
「……そうよ、ウルトラマンに妹がいるなんて一度も……、…マジなの、神永?」
「僕に聞かないでください。記憶なくした自分が知るわけないじゃないですか。」
「ったくもう、使えないバディね。」
「失礼な。」
「……竹の花言葉は『節度のある』。青々と雄々しくまっすぐに生える植物を着物の柄にするとは…なるほど面白い宇宙人ですね。」
「おいお前ら、奴の話に集中しろ。」
混沌。
まじめに少女の話を聞こうとしているのは班長の田村君男くらいなもので、残り五人はどこかしら斜め上の思考に飛んでいる。
一見落ち着いているように見える神永新二が最も動揺しているあたり、救いようがない。
「…本当に彼女がウルトラマンの妹なら、私は信じてあげたい…と思う。」
「それも含めて向こうの狙いなんだろうな。」
田村が冷静に分析する。
確かにそうだ。ジャックが地球の土を踏んでいる今の状況の裏には、色々な思惑が渦巻いているのだろう。
「…でも、派遣されたというより、志願したって感じじゃないですか?地球を好き勝手にしていいんならともかく、宇宙の辺境で『抑止力となる』なんて汚れ仕事、誰もやりたがりませんって。」
「わからん。外星人の思考原理など得てして我々に推しはかれないものだ。」
「うーん、文化生命学者……か。多様な学問の専門家がいるということはつまり、ウルトラマンたちの個体間には個性があるってことで、彼女はあのウルトラマンとは異なるパーソナリティを持っていると考えて問題ない…。とか諸々考えると、彼女は故郷の星では『変わり者』である可能性も…?」
「かもしれないし、そうでないかもしれない。」
汎用生物学者の船縁由美は、同じく研究者という意味でも、少女に強い興味を覚えているようだった。
非粒子物理学者の滝明久は、少女が持つであろう技術や理論に対して胸を高鳴らせ。
班長の田村君男は、彼女が地球にもたらす祝福と面倒とを予想して早々と頭痛と胃痛を催し始め。
分析官の浅見弘子は、分析そっちのけで『彼』の妹を名乗る少女を睨みつけ。
星間外交担当の後藤洋太は、少女の服装などをのんびり観察。ある意味一番肝が太い。
作戦立案担当の神永新二は言うまでもない。ついこの間まで自身の体を借りて活動していたという『彼』への想いを馳せて———
「…う。」
瞬間、ピシリ、と微かな頭痛を感じた。他のメンバーは熱心にホログラムを見つめているので気づかない。
神永が反射的に手をこめかみに当てた瞬間、彼の視界がぐにゃりと白黒に歪み、虹彩の星が散った。脳内を何かが駆け巡り、恐ろしいスピードで流れ、反応し、繋がってゆく。
現象は二秒ほどで治まったが、神永新二は大量の汗をかいていた。
あまりの衝撃に心臓はドクドクと鳴り響き、喉はカラカラに渇いている。
「———おてんばユト。」
口をついて出てきた呟き。
誰にも聞こえない小さな囁き声。
呆然と少女のホログラムを見つめる神永新二の脳裏に、いつかの光が蘇る。ドン、と脳を揺さぶるような衝撃が走り、神永は気を失った。
またしてもオリキャラ登場です。
映画を見ながら、星間外交官は絶対に必要だと確信しました。幼い頃、蜘蛛がバッタを捕まえた瞬間を見たことがありますが……まさにやられっぱなし。これは不味いです。
———以下おまけ会話。
山田龍之介総理「今こそお前が必要だ。」
後藤洋太さん「面倒ですね。土下座してくれたら考えますよ。」
山田龍之介総理「うぐぐ…」
…いったい何があったし。