シン・ウルトラマン  夕陽に咲く花   作:へびのあし

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ようやく「帰ってきたウルトラマン」の称号が使えました…。


狸と獅子

 

 

 

「おい、神永!」

「どうした、聞こえるか?」

 

ゆっくりと目を開ける。

どうやら自分は床に寝っ転がっていて、それを五人が取り巻いているようだった。一人一人の表情はひどく心配そうで、自分がどんな倒れ方をしたのか何となく予想がつく。

後頭部にずきんと鈍い痛みがあって、子供の頃よく机の角にぶつけて作ったたんこぶを思い出した。

 

「おい神永、大丈夫か。なんか喋ってみろ。」

「…すみません。皆さんの顔が近くて起き上がれません。」

「……。」

 

沈黙が広がった。

 

「…ま、まあ、軽口叩ける余裕あるなら大丈夫ですかね。」

「いやいや!突然硬直して真後ろにぶっ倒れたんです!ここは皆さんもうちょっと慎重に…!」

「神永、眩暈か?救急車は呼ばなくていいな?」

「はい、問題ありません。」

「いえ絶対医者に診てもらうべきです!大体こういうのは見た目が大丈夫そうでも脳とかに異常があったりして…」

「いいえ、本当に大丈夫です。」

 

神永は、ゆっくりと身を起こした。特に不安そうな船縁由美が差し伸べた手を丁寧に断って、立ち上がる。

ふとさっきまでホログラムが映っていた場所を見やったが、何もない。どうやら中継は終わってしまったようだった。

まあ、残念だが仕方がない。

 

神永はぐるりと仲間の顔を見回して、真剣な表情で口を開いた。

 

「外星人三号、ウルトラマンジャック…」

 

何から伝えるべきか。一瞬迷って、そして彼は思い出した。『報告の言い出しは簡潔に、要点を明確にして、相手の注意を引け』という公安時代の上司の言葉を。

 

「———その正体は、ウルトラマンの妹です。」

「「「「「知ってる。」」」」」

 

 

…神永新二は、少なからずショックを受けた。

 

 

 

 

 

「…なるほどね。外星人としての記憶の一部が戻ったと。それで、ウルトラマンジャックの言葉の信頼度が増したわけ。」

 

かくかくしかじか。神永の長い長い説明の後、ようやく同僚たちも要領を得たようだった。

 

「確かに、かなり有用な情報だな。何を信じていいか右往左往する上層部に全部話して、てっとり早くこのこんぐらがった状況の解決につなげたいものだ。ただ、問題があるとすれば……」

「……上層部が神永さんをどう扱うか、ということですね。」

 

田村たちの心配する通りだった。

神永が脳を改造された、などと知られれば。超人であるウルトラマンの知識を、一部であれ得てしまったことが、知られれたならば。

動くのは日本政府だけではないだろう。各国の諜報機関が秘密裏に活動を始め、その利益や技術、情報、その他諸々を自国の益のために利用する方法を模索し始めるに違いない。

 

しかも神永新二が嘘をついていたり、外星人に洗脳されていたりする可能性も否定できない。確たる証明がない場合、さらに事態がややこしくなるだろう。

 

神永新二がウルトラマンであった頃も、そうだった。そのときはまだ、彼は地球全部を滅ぼすことすらできる外星人であったため、その干渉を全て振り切るだけの実力と抑止力を持っていたから良かった。しかし彼はもう、ただの人間なのである。

 

「……あの、班長?」

 

船縁由美が、控えめに進言した。

 

「なんだ。」

「室長さんになら話しても大丈夫なんじゃないですか?」

「……そうだな。」

 

腕組みをしながら、班長の田村が頷く。

 

「とりあえず、あの人には話すだけ話してみよう。それから———」

 

田村は右隣を振り向いて、“彼“ と目を合わせた。

 

「————上層部への対応は、後藤、お前に任せる。」

「了解です。」

 

どこか人を安心させる独特の雰囲気を纏う、後藤洋太。まだ若い。数ヶ月前に“星間外交担当“という肩書きで入隊したばかりの彼は、生真面目な表情で頷いた。

 

 

 

 

 

「……と、いうわけなんです。」

「ふうん。」

 

後藤洋太。

包みも隠しもせずに。ただ、まっすぐに。もっとも公の権力を持つ存在に声をかけ、時間を空けてもらい、そして全てを綺麗に暴露した。

相手は内閣総理大臣、山田龍之介である。厳つい獅子のような黒髪を、いつもにも増して逆立たせている彼——おそらくソファで昼寝でもしたのだろう——は、眉根ひとつ動かさずにそれを聞いていた。

 

「で?」

 

山田はどこか疲れた目で、彼を見下ろした。応接室のテーブルにおいた紅茶から熱い湯気が立ち上っている。それに口をつけもせず、あまりいつもの彼らしくない、喉の奥から唸る疲れ切ったような口調で言う。

 

「何か私にやってほしいことがあるんだろう。」

「あー、わかりますか?」

 

後藤はニコニコ笑っている。彼もまた、いつも禍特隊で働いている時とは、どこか違うオーラを纏っているようだった。

 

「そんなに警戒されるとさすがにちょっと悲しいです、あの、切実に。」

「………学生時代に私がカツアゲに失敗したのは後藤洋太、お前だけだ。相手が自身ですら知らないような弱みを握って脅かして、そしてご丁寧にも整備され尽くした逃げ道も用意する。きみの十八番(おはこ)だろう。」

「まあ、そうですが。」

 

後藤が肩をすくめる。

彼らの間に昔何があったのかは知るよしもないが、日本国首相と一介の公務員にしては、奇妙な関係だった。

まあ、だからこそ禍特隊へ派遣されたのだろう。ただ人好きがして、ちょっと交渉術に長けているくらいでは足りない。外星人を相手にすることを前提に仕事をする者は、只者では困るのだ。まあ、それで外星人と対等に喋れるかと言えば、そうではないのだが。

 

「私は総理だ。とにかく時間がない、言いたいことは早く言え。」

「それでは遠慮なく。」

 

ソファへゆったりもたれかかりリラックスした姿勢で紅茶を啜っていた後藤が、ついとソファから背中を離して姿勢を正した。

 

「今回、僕の要求はシンプルです。」

 

頼みたいこと、もしくは請願、などと言わずに“要求”と言ってのけた。彼の自信と、その影にちらりと垣間見えるちょっとした意地悪。幼馴染の内閣総理大臣へ、後藤はまっすぐに指を一本立てた。

 

「1つ、ウルトラマンジャックを、“帰ってきたウルトラマン“、つまり第一号と同一の存在として扱う事。これで余計な混乱やトラブルを防ぎます。」

 

そして、二本目を立てる。

 

「2つ、神永新二から出た情報は全て、“西寺ヒナに憑依したジャックから“の情報として扱う事。言うまでもなく、彼を保護するためです。」

 

そして、最後。

 

「3つ、ジャックを法律・条約・その他公権力で管理せず、できる限り彼女の自由にさせること。」

 

「…それで、終わりか?」

「ええ、以上です。」

 

さっさと指を仕舞って、口をつぐむ。

涼しい表情の後藤に、山田はハア、と深くため息をついた。

 

「…わかったよ、善処する。」

「ちなみに山田さんが親しくない方面の政治家への根回しはこちらで対処しておきますのでご安心を。」

「全く抜け目がないな。」

「いやまあ、別に山田さん以外を相手にするときは僕はもっと素直ですよ。あなたにされたことだけは、一生忘れない怨念として墓場まで持っていくつもりなので。」

「……あれは若気の至りだ。後悔はしている。」

「わかってますって。ちょっとした冗談ですよ。といっても、いざという時に山田さんを脅かす交渉のカードは手放しませんよ。あなたのせいでいったい何人の怪我人が出たことか。特に僕への風当たりは強かった。首相が元、残酷ないじめっ子だというニュースは、世論をどう動かしますかね。」

「っくそう、夜の闇に生きる古狸め。」

「そんな。ひどい。」

「ひどくない。もとより原因はお前にもあるだろう。殴られたクラスメイトが出た翌日に、俺の弁当に落花生(ピーナッツ)を仕込んだのは誰だと思ってる?死ぬだろうが。」

「あれ?警告文も一緒に入れましたよ?」

「だからって禁じ手だろう。俺は命に関わることには一線を画していた。俺は重度の落花生アレルギーなんだぞ。」

「僕が命を狙った証拠がどこにあります?ないですよね。あの警告文は僕が回収して燃やしましたし。あなたはあの弁当食べてないですし。それに実際、僕はあなたの命狙ってないですし。そうでしょう?それどころか、あの日から後、命の危険を感じっぱなしだったのは僕も同じですし。」

「……よく口の回る奴だな。」

「あはは。」

 

後藤はどこか悲しげに微笑んだ。

沈黙が広がる。部屋が静かになると、外から蝉の喧しい大斉唱が聞こえてくる。どちらからともなく、二人は窓の外へ目を向けて、庭の景色を眺めた。

 

「ああ、ここから桜の木が見えるんですね。さすが八月だから葉が青々茂ってる……知ってますか、桜の花言葉は『精神の美』。僕らも気高く生きてゆかないと。」

「…やめろ。お前がそういうこと言うと気持ち悪い。」

「あはは。」

 

また、後藤は茶化すように笑う。しかし彼の目は真剣だった。鋭く貫くような瞳で山田を見つめ、呟くように言う。

 

「…でも、今の僕はただ、人類全部の未来を憂いているだけなんですよ。」

「そこはお互いに意見の一致するところだな。」

 

義務があるわけではない。誰かに頼まれたから、でもない。

ただ、“憂いている”。

自分が動くことで、少しでも世界中の悲劇を減らしたい。宇宙という枠組みで考えれば、人類はまだまだ雛っ子なのだ。産まれたばかりの赤ん坊が身一つで熱帯雨林へ放り出されれば、いつあっという間に生命を失ってもおかしくない。とにかく雨風や天敵から守ってくれる穴蔵や高い樹の上に引っ込んで身を護るしかなく、そしてそれも限界がある。

 

『何とかしなければ』

 

ただそれだけを想って、その肩に重い責任を背負う、二人の男。彼らは互いに目を背けながら、同じものを見つめている。

 

「僕たちみたいなのを、“呉越同舟”というのですかね。」

「全く。まさに乱世だな。」

 

夏の太陽が赤々と輝いている。

それを見上げる人々の瞳も、強い光を宿し続ける。つまり、諦めない。雑草は踏み潰されるかもしれないが、なお懸命に生え続けるものなのだから。

 

 

人類というのは、自分たちで考えるより、遥かにしぶとい生き物なのかもしれなかった。

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