シン・ウルトラマン 夕陽に咲く花 作:へびのあし
「…赤い梅干しが、青いうなぎと遊びました。」
「よし、入れ。」
書類の山のように積み上がったデスク。部屋の一遇で埋もれかかっていたスーツ姿の男が、来客に返事をした。
ギイ、とドアが開いて、同じくスーツ姿の男が姿を現す。もっとも、こちらは初めの男より若く、上背があって、そして眼鏡をかけたその顔は至って平凡、人混みに紛れて埋もれてしまうような地味な顔であるという面で違いがある。
「…きみ、毎度思うんだが、合言葉はもうちょっとましなものにならないのかね?」
そうため息混じりに声をかけたのは、防衛省の室長、宗像龍彦である。
一目でただものではないとわかる、異様な眼力。白髪混じりの老いかけた肌に刻まれた皺は、その一つ一つが生命力を宿している。
彼こそが、日本の対禍威獣の防衛省、その最高責任者である。
入ってきた相手は音もなくドアを閉じながら、にこりともせずに返答した。
「すみません。こればっかりは、うちの上司の趣味なので。」
「まあいい。報酬はそこの封筒の中だ。ついでに次の依頼も入れてあるから扱いは慎重に願うよ。」
「はい。」
男は音もなく部屋の中へ進み出てきて、宗像のデスクから膨らんだ茶封筒を取り上げた。宗像が、ぎょろりと男へ目を向けて、口を開く。
「で、例の“西寺陽奈“ の件で分かったことはあるのかね?」
「はい。色々と。」
返事をする男は、どこまでも普通のサラリーマンのようである。しかし、その目つきは妙に釣り上がっていて、飢えたキツネのような鋭い光を持っている。所詮、スパイというやつだ。彼は、提げていた鞄から大きな封筒を取り出した。中にはクリアファイルで分類された書類が入っている。
「外星人関連に普通がないってことは察しますがね、さすがの我々もどういう事情なのか大いに混乱しましたよ。」
「君たちが、かね?」
「そうです。あまりにも突拍子がない内容がボロボロと。頭抱えましたよ……結局我々が何に立ち向かおうとしているのか、全貌どころか発端すら困惑に終わって、それでしまいですから。」
「ふん、多すぎる謎に戸惑っているのはこっちも同じなのだ。そのために君たちがいる。」
言外に早く報告をしろと急かされて、男は素直に口を閉じ、ファイルから一枚の紙を抜き取った。黒いインクで細かい文字が印字されている。
「彼女の生い立ちの要約です。」
差し出しながら、男は鋭く目を光らせる。
宗像はさっと書類に目を通して要点を呟き出した。
「…西寺ヒナ、十六歳。国家最重要機密PPのデザインチャイルド……そしてその目的は、はぁ……?何だね、犬の鼻と耳を持つスパイ?いったい、何なんだこのふざけた経歴書は!」
「…………ですからそれを我々も知りたいと申し上げたのですが。」
「この計画は現在は中止されている。そしてそれは、子どもたちの一部の遺伝子に明確な欠陥が見られたため…。ある一定の年齢に達すると全身の細胞がアポトーシスを起こして死滅。……すでに二名の犠牲あり。」
断っておくが、宗像室長は滅多に取り乱すことがない。たとえ、今核爆弾が自分の頭上に落っこちてくると言われても、きっと空を見上げてため息をつく、それだけで人生を終えるだろう。そういう人物なのだ。つまりこれは、非常に珍しい事態だと言える。
宗像は書類に手をついて立ち上がっていた。
「…『人の感覚機能の向上、及び様々な難病治療に向けた対策等の副次効果が得られる可能性』だと?まったく、これは単なる人体実験だ。しかも施術を担当したのは政府と裏で繋がってる大病院……これは他国とも密かに連携したデザインチャイルド養成………人道問題に関わる案件だぞ。これがバレたら……いや、既に外星人の奴は全てを知ってる状況か。まずいぞ。これを盾に脅迫でもするつもりならば非常にまずい。」
ぶつぶつと呟く。ぎゅっと眉根を寄せて、書類を睨みつけている。そのまま数秒。…が、ふっとその雰囲気が和らいだ。
ため息をついて、すとん、と椅子へ座る。
「大丈夫ですか?」
「…ああ、問題ないさ。」
「どこが問題ないのかお伺いしても?」
「私のしたような懸念は、おそらく現実には起こらない。冷静に考えれば自明のことだ。———というわけだ。急に取り乱してすまなかったな。」
「………いえ。」
宗像は書類の二枚目を取り出して目を通しながら、さっきかでの昂りが嘘だったかのように落ち着いた口調で言った。もしくは、単純に疲れているだけであるように見えなくもなかった。
「…おそらく奴の理由は別にあるんだ。この少女の保護か、利用か、はたまた友情でも芽生えたか。ま、心配しても始まらん。我々に出来る限りの全力を尽くすだけだ。」
———まったく、最近は精神がすぐぐらついていかんな。
そう天井を見上げながら呟く宗像。目頭を抑えて、ぎゅっと目を閉じた。彼の力強い眼力と、黒いフレームの眼鏡、年をとっても衰えないエネルギー。それらの影に隠れて気付きにくいが、彼の目元にはくっきりとした隈があった。
「…宗像室長、寝不足じゃないですか?」
男がそう問いかける。宗像は目を上げてじろりと彼を見やると、どこか皮肉げな微笑みを浮かべた。そのままはあ、とため息を吐いて口を開く。
「そうだな。今夜は寝るよ。寝ないと業務の効率が格段に悪いからな。……そうだ、きみも寝たまえよ。若さにかまけて将来後悔しないように、十分注意することだね。」
愉快そうにそう言う宗像に、男は眉根を寄せて不快の表情を表した。
「…こっちは割と本気で心配したつもりだったんですが?」
「まったく。最近の若い者は鋭いな。誤魔化すのが難しい……いや、私の冗談が下手すぎるのか?まあ、そうだな。実は今晩は夜九時に会議が入ってて、その後明日のプレゼンに使う資料の準備もせねばならん。つまり、今日も寝られない。」
「もっとお身体を大切にして下さい。」
「善処するよ。」
「……ハア、いいですか。」
怒ったように、男が眉を吊り上げる。
「宗像龍彦殿。あなたは人類が必要とする存在だと自覚してください。軽々しく病気になったり倒れたりしては困ります。」
「…ほう?」
宗像が、驚いたような反応をする。男は構わずに乱暴なお辞儀をすると、くるりと背を向けた。そのまま急ぎ足で部屋を出て行く。ドアをギイ、バタン、と閉めて姿を晦ます。
一人ぽつん、と部屋に残された宗像は、最後にもう一度ため息をついた。
「……俺も、歳だからなぁ。あと何年頑張れるかな、ははは。」
————などとぼやいておいて、少なくとも三十年は頑張るつもりでいるのが、この宗像という男なのだった。
♢
———長野の山間で放射線濃度の異常を感知。オホーツク海周辺で行方不明者発生。外星人のメッセージと思われるレコーダーを回収———
どれも、取るに足りない案件ばかり。重要度としてはとても低く、一応目を通しているだけであると断言できる。上がってきた報告書をパラパラとめくっていた神永は、入り口付近から聞こえてくる班長と浅見の会話にふと顔を上げた。
「ジャックが禍特隊に入隊!?」
「いや、違う。入隊ではなく、あくまで住居を変更、つまりは引っ越しするだけだ。」
「実質そういうことですよね?」
「…言われてみれば確かにそうだなぁ。」
「とぼけないでください!」
何事かと、同僚たちが立ち上がって集まる。神永もそれに倣って立ち上がった。班長の田村が号令をかける前に、自然と部屋の中央に集合した形となる。
「どういうことですか?」
先陣を切って、神永が問いかける。田村は、ゆったりと自身の椅子に腰掛けて「まずは落ち着こうか、皆。そうすれば順を追って説明するから。」と言った。
「僕はずっと落ち着いてますよ。上品な紫色の野牡丹そっくりに。」
「俺だって、こんなふざけたやつよりは落ち着いてますよ!」
「滝くんは一番ダメね。ま、私は心を制御する術を身につけているから問題ないけど。」
「それ本気で言ってますか浅見さん…?…あ、ちなみに私は五秒前から大丈夫です!」
「自分も問題ありません。」
「…お前たちは喧嘩腰にしかしゃべれないのか。」
「「「「「他の皆が勝手にそうするだけです!」」」」」
またしてもはじまる口論。まるで示し合わせたかのように一人ずつ喋って一巡し、全員一斉に口を閉じる。
全く、と田村が頭を抱えた。
兎にも角にも、だ。
田村の話によると、本当にジャックが入隊するらしい。表向きは何も公表せずに。
ジャックの存在は地球を他の外星人から守る抑止力になるばかりか、戦力として(本人は地球防衛のための戦闘行為を拒否しているが、情報源や作戦立案の参考という意味でなら大いに)期待できる、とのこと。
また、神永新二のため、ということもある。神永を保護するため、彼の脳内のウルトラマンの名残から得た情報は、すぐにジャックと共有してそちらからの報告とする必要がある。
つまり、一緒にいると色々と都合がいいのだそうだ。
しかし問題もある。肩書き・権力・権利・その他諸々を何も持たずに、ジャックはほとんどこっそり禍特隊と関わることになるのだ。
どんな面倒が起こるか想像しただけで面倒臭い。
とはいえ、このまま放って置くわけにもいかないそうだ。
西寺ヒナ自身のバックグラウンドにも、何か後ろ暗いものがあったらしい。詳しい内容は班長の田村も知らないが、とにかく上がてんやわんやだという。
公開された情報をまとめると、彼女はもともと孤児である。が、最近二度目の両親を亡くし、今は仔犬一匹と共に一人暮らしをしているらしい。近所の老人たちとの交流は続いているが、外星人に憑かれた今、あまり民間人と関わらせるのもよくない。ということで、この機会に国の管理下においてしまいたいのだそうだ。
「まあ…滝君や船縁さんと比較すれば、私みたいな分析人は暇だったわけだし。ちょっとくらい仕事が増えるのはむしろ当然と受け取るわ。」
「今は全世界が混乱しています。自分達にできることは何でもやる所存です。」
「ああ……まさにその通りだ。最善の結果を出すために、宗像室長たちが頑張っている。我々もそれに応えよう。」
「「「「「はい。」」」」」
ここで、おもむろに田村が携帯を取り出した。そこに書いてある文面を確認して、そして全員の顔を見渡す。
「————ところで彼女はもう到着している。ドアの向こうについ三分前…耳が良いらしいからな、今までの賑やかな会話は全て聞かれているだろうな。」
「「「「「なぜそれを早く言わないんですか!」」」」」
「いや、俺も知らなかったしな。」
涼しい表情で田村が立ち上がって、ドアのほうへ向かう。
そして、慌てるメンバーを尻目に躊躇いなくその取手を引いた。ドアが開き、涼しい水色の和服の端が垣間見える。
「どうぞ。待たせて悪かった。」
「いえ。とても、その…アットホームな職場のようで…安心しました。」
ピョコリ、と顔を出したのは、ホログラムでも見た少女。しかしそのおずおずとした表情は、研ぎ澄まされた刃のようだった外星人の纏う雰囲気とは、全く違うものだった。ごく普通の女学生、それ以上にもそれ以下にも見えない。
そして、携えているのは大きなキャリーケース。事前に買い物でもしたのか、紙袋もいくつか提げていた。
その中の一つに『お土産』の文字が見えて、禍特隊のメンバーの雰囲気が少し和らいだ。
…もっとも、キャリーケースに仔犬が鎮座しているのは、今さら突っ込むまでもないだろう。
少女は、お団子に結んだ黒髪をちょっと直すようにいじり、微笑みながら部屋へ入ってきた。緊張はあるものの、物怖じするタイプではないようだ。堂々と真ん中へ足を進め、荷物を置いて丁寧にお辞儀した。
手を重ねてぴょこりと、美しく日本人らしい礼だった。
「初めまして。西寺ヒナです。今の私はジャックじゃありません。ただの、普通の、一般的な人間です。もしジャックになってほしかったら…お気軽に頼んでください。」
キラキラした瞳で、いたずらっぽく笑う。
どうも人を笑顔にする力を持っている少女らしい。船縁由美などは、まるでお婆ちゃんが孫を見ているような愛おしそうな表情で彼女を見つめている。他のメンバーの表情も、皆どこか緩んでいる。
少女は悩むように顎に手を当てると、自己紹介を続けた。
「趣味は、犬の散歩。苦手なものは、…飴玉。小さい頃に、喉に詰まらせて死にそうになったので。あとは、脳内にいる宇宙人ジャックさんの苦手は恒星の磁場だそうです。昔、小さな太陽に突っ込んであわや燃え尽きそうになったらしく。」
ええ〜、と、さざめくような笑いが湧く。
どうやら禍特隊が華やかになりそうだ。明るい予感が部屋中に膨らんだ。