シン・ウルトラマン  夕陽に咲く花   作:へびのあし

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ナックル①

「すごーい!」

「すごい。」

「すっごいなぁ。」

「…すごい…気持ち悪いです……右手だけ骨無しのくらげになったみたいで、なんか麻痺とも違う感じでっていうか…。」

 

禍特隊のメンバーが、ぐるりと円になってヒナを囲んでいた。どうやらヒナが油絵を描いているようだった。絵筆を持ち、机の上に置かれたパレットには色とりどりの絵の具が混ざっている。

しかし不思議なことがある。キャンバスには布がかけられ、ヒナは絵自体を全く見ずに描いているのだ。腕の動きはぐいぐいと、随分な勢いがある。

 

「右手だけ乗っ取るとか、そういうこともできるんだ。」

「あ…はい。エネルギーの節約になるらしいです。」

「となると、口の筋肉だけジャックが使う、という状況も生まれそうだが。」

「えっと、それも可能みたいです。ただ、基本的には脳内で会話できるので、私がそのまま喋ればいいですね。」

 

困ったような表情で右手を動かし続けるヒナと、嬉しそうに会話する他のメンバー。

今はまだ休み時間ではないのだが、続々と集まってきて、いつの間にか一時間早い昼休みになっていた。

もぐもぐ、とおにぎりを頬張りながら、待ち侘びた浅見弘子がキャンバスの布をペラりとめくり、下から覗き込んだ。

 

「あっ!あと三分で完成なのでちょっと待って下さい!」

「いいじゃないのよ。私この後すぐ会議入ってるんだから。どれどれ……え?」

 

ニヤニヤしながら絵を見た浅見は、ショックを受けたように固まった。まるでロボットのように、覗いたその表情で止まっている。

 

「え、怖いです怖いです!ジャックも何も言ってくれないんですけど…!私の絵がなんかしましたか?!」

「……何も。」

 

毒気の抜けたような浅見の声。これは一大事だと、滝が慌てて布を剥がした。

…すると。

 

「題名は『human must survive(人々よ、生き延びよ)』…なぜに英語?っていうか、油絵なのに版画っぽい…もしやゴッホのリスペクト?」

「中心に巨大化した人間。眠っているようで、目を開けているようでもある。怪物のような荒々しさと天使の清純さを合わせ持つ……いやちょっと待って、この真ん中にいる人間って…」

「浅見さん、ですね。」

 

そろり、と。全員が浅見の顔を盗み見た。

浅見は努めて気付かないフリを貫いた。

 

「…まあ人類初の巨大化成功者と来れば、この絵のモデルにふさわしい…のか?」

「うーん、そうかも?」

「黙りなさいアナタたち。」

「「すみません!」」

 

そう。これには深い所以がある。

かつてメフィラスにより人類巨大化実験の第一被験者にされた浅見は、その映像がネットで世界中に拡散された挙句に事後において検査責めにされ、恥ずかしいやら情け無いやらで大変荒れたのだ。

重苦しい沈黙が部屋に満ちた。そして、案の定それを破るのは、とても申し訳なさそうに眉を下げたヒナ。彼女はゆっくりと立ち上がり、口を開き……

 

「すまないね。浅見分析官。」

「「「「「いつの間にかジャックになってる!?」」」」」

「…口だけだとやっぱり不自然さが出るからね。意識もボク優位にさせてもらったよ。」

 

揃って突っ込んだ禍特隊のメンバーに対して、ジャックはニコリと笑みを浮かべた。絵筆をくるくるっと手の中で回転させ、ビシッとキャンバスを指し示す。

 

「君個人の黒歴史を漁るような真似をして申し訳ない。だけど、ボクが伝えたかったのはこれなんだ。」

「伝えたいこと?」

「そう。この絵が表していることさ。まず第一の前提、人類は破滅に向かおうとしている。ボクのような光の星人がいくら強くとも、抑止力としてはまだ足りない。いざって時に、ゼットンより強力な切り札がごまんとあるのは確かだからね。」

「ゼットンより…?」

「そう。しかし安心してほしい。ゼットンだって、かなり最終手段に近かったということは保証できるからね。生物兵器とは次元が違う……まさにトランプのジョーカーのよう…全てを問答無用にひっくり返し、リピアー兄さん一人ではプログラムを狂わすことすらできない。さあ、あの時、キミたちはどのような行動をとった?」

「……世界中の学者で必死に解決策を考え出しました。…しかし、結局は…結局は…」

「その通り。」

 

ジャックは、拳を握りしめて俯いた滝の言葉を、途中で遮った。

 

「解決策はキミたちが考え、実行したのはウルトラマン。そうだろう?」

「う、うん。」

「つまり、“キミたち自身”が鍵になるんだ。キミたちは頭脳がある。しかし力がない。これを解決するには…わかるかい?滝君。世界で最も最先端を走る会議に参加している学者殿。」

「え?いや、色々会議は紛糾しているし、最重要な議題が10個くらいあって同時進行中だから何とも言えないっていうか…。」

「そうよ。大体、こういうのはたった一つで何もかも解決する、とかいう魔法みたいなアイディアは存在しないのよ。もしそんなことを主張する人がいたなら、ペテン師か、極端なテロリストか、日和見主義者かって、相場が決まっているわ。つまり、それは非現実的な夢物語。人々に嘘の幻想を見せて導く、言ってしまえばタチの悪い犯罪よ。」

「フフフ、浅見君。随分厳しいことを言ってくれるね。」

「…それくらい慎重にならないと地球は自滅するのよ。」

「確かにそうだね。天国を夢みる理想論は、往々にして地獄をもたらす。しかし、深く考えを巡らし、白と黒を断じようとせずにグレーを許容し、ゆっくり時間をかけて計画的に決行すれば、どうだろう?」

「………。」

 

全員が、じっとジャックを見つめている。彼女は、一体何を腹に持ち、何を成そうとしているのだろうか。期待と、不安。それが部屋中を緊張させる。

 

「ボクがズバリ提案したいこと、それは———」

 

ジャックの唇が、動く。

 

「—————全人類、ウルトラマン化計画。」

 

しいんと、凪いだ海のような静けさが場を支配した。

 

 

 

 

 

 

 

誰もが、冷や汗をかいていた。

いや、正しくは“一人を除いて誰もが“だ。後藤洋太は、ただ一人涼しい顔をしていて、そしてじいっとジャックの表情を観察していた。

 

(……人間ならば、感情の揺れうごき、または嘘をついているか否かなどが推察できる。実際、西寺ヒナが優位の時は、眉や目尻の下がり方、特に左右の均整の取れ方が、無自覚に様々変化していたのですが。しかし…)

 

後藤洋太は胸の内で深くため息をついた。表情から感情を読み取る技術は、別に彼の経験と勘に頼ってできた者ではない。『感情認識』という実際の研究があるのだ。数々の実験とAI分析による、地道な努力の積み重ねの結果である。

しかし、もちろんそこに宇宙人のデータは含まれていない。ジャックの表情にも、微妙な変化がある。ただ、規則性となると話は別だ。嘘をついているのか、真実を語っているのか、人を馬鹿にしているのか、尊敬しているのか。読み取ろうと思ったことは、ことごとく失敗に終わった。

 

(…まずは、彼女に知っていることを全て話して貰いたい。僕も宇宙人の価値観を理解することはできていないと思うけれど、信頼と協力だけは基本概念として存在するだろう。完全なる騙し合いの世界は、勝手に自滅していくものだから。)

 

…まあ、同じ土俵に立つ資格なしとまで見下されていれば、以前地球を訪れたザラブやメフィラスの時のような残念な結果になるのだろうが。

 

とにかく、対話だ。

何か行動を起こさなくては。

他の皆は、何を言葉にすべきかわからず固まっている。

まずは、対話を————

 

「—————ジャックさん。質問してもいいですか。」

「うん、聞いているよ。」

 

後藤が次なる言葉を口にしようとした、その時だった。

 

プルルルルッ!

緊急の呼び出しに使う電話音がなった。

 

「班長!宗像室長からです!」

「わかった。代わる。」

 

神永から差し出された電話機を受け取り、その内容を聞いて眉根を寄せる田村。何があったのかと、他の者が静かに見守る中、田村が通話を終了して、受話器を置く。

 

「事件発生。たった今、防衛省へ脅迫状が届いた。相手は外星人—————“ナックル”だ。」

 

ジャックが地球を訪れて初めての……災い。

 

 

 

 

「……明らかな宣戦布告…ウルトラマンがゼットンを送り込む可能性は、抑止力として十分じゃなかったってことですよね。」

「そうなるな。」

「脅迫状とは?その内容はなんだったのですか?」

「ウルトラマンジャックの引き渡し、だ。」

「はあ。」

 

そんなことするわけないでしょう、という呟きが誰もから漏れる。しかし、無論それで終わるようなら事件とは言えない。

 

「無論受け入れるという選択肢は我々にはない。しかし状況はかなり不味いぞ。」

 

ひっきりなしに打たれるメールを次々に確認しながら、田村が呟いた。

 

「まずジャックは戦闘能力を持たない……そうだったな?」

「厳密にはそういうわけじゃないけれど、まず持って約束がある。ボクは戦闘員ではなく、闘うのはボクの役目じゃない、というね。それは認識済みだね?」

「無論だ。」

「まあ、ボクに切り札がないわけじゃないけれど、かなりエネルギーを消耗するから危険な賭けになる。これは以前説明した通りだね。」

「…ああ。そして、外星人によれば、禍威獣は対ウルトラマンの生物兵器。そいつ自体は傀儡とみていいだろう。操作元であるナックルの捜索が始まっているが、結果はあまり芳しくない。………あぁ、たった今脅迫状の写真が届いた。」

 

プルルルル、と再び電話が鳴り、田村がそれを取る。相手と会話をしながらも田村はパソコンを操作し、上がってきた資料を映し出した。

 

パッと画面が白く光る。そこに、写真と映像が添付されている。

まずは脅迫状。

プリンターが吐き出した白いA4用紙に、黒々と印刷の文字が書かれている。

一番前にいた後藤洋太が読み上げた。

 

「『人類に告げる。全力で無力化して引き渡せ。なぜなら、ウルトラマンジャックは悪である。要求を聞かなければ、対ウルトラマンの生物兵器が地球を破壊し尽くすであろう。』…それから二枚目には…『ウルトラマンジャックに告げる。大人しく投降しろ。なぜならば、私がきみに四光年彼方で計十六の青い生命が消滅することを覚悟させるからだ。また、生物兵器のデータの出所は某恒点観測所であることを記しておこう。ナックル。』……ですか。ふうん。なんだか今までの外星人とは毛色が違いますね。」

「単純な悪党って感じだな。表面だけ取り繕った詐欺師じゃあないって言うか…。」

「それより…“四光年彼方の青い生命”ってなんでしょう。あと、“某恒点観測所”とか。あのぅ…ジャックさん?」

 

船縁がジャックを振り向くと、彼女は眉を顰めて真剣な目をしていた。

「もしや奴…へぇ〜、名前、”ナックル“って言うんだ…」などと呟く彼女の顔色はもともと白っぽかったのに、少しばかり血の気が引いてさらに青白くなっているように見える。

 

「…ちょっと…マズイねぇ。」

「ちょっと?」

「うーん、かなり。」

 

え、と顔を引き攣らせる禍特隊のメンバーを差し置いて、ジャックはパソコンを自身のそばへ引き寄せた。

そのままパチパチ、と無言でいじり出し、ジャックはどうやったのか、あっという間に何かの3D画像資料を表示させた。

それは、基本的な禍威獣の構造をした、シンプルな生き物たちの絵だった。いくつか色やデザインのパターンがあるものの、近くに表示される『基本性能』の数値の欄は似通っているようだった。

 

「…もしや…これが今回使われると予想される生物兵器?カッコいいけど…ちょっと怖いね。」

「うーん、見た目とかは違うかもしれないね。そうじゃなくて、素材と内部構造を見てほしい。ほら、この表皮は特別性だ。兄さんのスペシウム光線すら弾く恐ろしい奴だよ。これはボクの手に負えない。断言しよう。例え奥の手を使ったとしても、かなり分が悪い。」

「……ウルトラマンすら超える存在が、我々の前に現れると?」

「“某恒点観測所“ がボクの予想通りの場所ならそうなるね。」

「わかった。なんとかして人間の手で退治せよということだな?」

「うーん、非現実的だね。それまでに日本政府が壊滅するよ。混乱、カオス、ひいては地球滅亡ってとこ?」

 

あーあ。アイツどうやってこれを手に入れたかなぁ、と小さくぼやくジャック。

空を仰ぐ彼女の姿に、もしかしなくても詰みなのではと、禍特隊の雰囲気が張り詰め出す。

 

以前も、こんなことがあった。あわや地球が丸ごと滅亡する寸前に、その危機は回避された。……ギリギリで。

しかも、大きすぎる犠牲を払って。

 

そして、こんな時でも冷静なのは毎度おなじみ後藤洋太。

彼は全く変わらぬ表情で、皆が聞きたかったことをジャックへ問いかけた。

 

「もしかしなくても、“外星人ナックル”とやらと面識があるのですか?」

「ああ。だけど、むこうの一方的な逆恨みだよ。」

「逆恨み?」

「そうそう。ナックルに目を付けられたある星の原生生命体に、ボクが自己保護の装置を譲ったことがあるからね。それで手が出せなくなって怒り狂ったんだろう。」

「…なるほど。」

「ちなみにナックルの故郷は殺伐とした復讐魔ばかりが蔓延る怖い星だ。やられたら殺す。邪魔されたら殺す。敵意を感じたら殺す。物凄い執念だよ。たまたま目を付けられでもしたら本当に不運だね。」

「………。」

「奴らはどんな手段を使ってでも、目的は完遂する。例えばあの対ウルトラマン生物兵器を手に入れるためには信じられない努力をしただろうし、人質を取るのも一筋縄じゃいかなかったはず。何より、なぜボクの居場所が割れたのかが不思議でならないね。ボクは完璧に痕跡を消していったはずなのに。もしかして…匂いかな?プランクブレーン内の捜索にはそれしかないし。あーあ。あんまり原始的すぎて盲点だったよ。っていうか、ただのボクの警戒不足なのかぁ……まあ、それだけのしつこさを持っていながら、奴らは自分に無関係な奴は全く眼中にないというのだから、そこら辺の歪がとても面白い生命かもしれない。」

 

うんうんと一人頷くジャックを、みなが何とも言えない目で見ていた。

 

「…なんて面倒な奴に目を付けられてるんですか。」

「哀れですね。」

 

ジャックは不運だ、というこの一点に関して、禍特隊のメンバーの意見は一致したのだった。

ジャックはニコリともせずに、パソコンの画面を暗くした。

 

「ひとまずこれはボクの責任みたいだから、こっちで何とかするよ。」

「そうは言っても…あなた人質取られてたっぽいけど大丈夫なの?」

「ううん。全く。死ぬしかないと思う。」

「はあ!?」

 

至極最もなツッコミ。ジャックは一切気にしない。これで話は終わり、とでもいうような、満足そうな表情をしている。

そして。何か言いたそうにした浅見を、再び鳴り響いた緊急コールが遮った。電話に出た班長の田村の険しい顔に、部屋の空気が張り詰める。

ガシャ、と受話器を置いた田村の放った言葉は、誰もが予想していたことで…しかし、まだ起こらないでほしいことだった。

 

「申し訳ないが、話の続きは後だ。件の生物兵器が出現したそうだ。」

「んな!想定より随分早いです…!」

「仕方ないことだ。ちなみにこれよりそいつは“ブラックキング” と呼称される。我々にはすでに現場への出動要請が出ている。すぐ外に車が用意されてるから、とりあえず急行するぞ。」

「「「「はい…!」」」」

 

さすがに禍特隊だ。班長の号令で、全員がすぐに動き出す。

…ふと、浅見はジャックの妙な視線に気がついた。公安で働いていた時に鍛えた勘、だろうか。いや、ジャックがわざと気づくまで待っていたのだろうか。

いずれにせよ、その目は鋭く、ジャックの手が、浅見の鞄に何かを滑らせた瞬間を捉えた。

ジャックはこっそりと、パチン、と浅見にウインクをして見せる。

 

「……。」

 

浅見は、思わず歩いて行ってジャックの手を掴んでいた。

驚いたように振り向くジャックの目を、浅見はまっすぐに覗き込んだ。大きな黒い瞳が見つめ返す。

 

「あなたは死なせない。私たちを…信じて。」

 

「………うん。」

 

くるりと背を向けて歩き去ったジャックを、浅見はいつまでも見つめていた。

 

 

 

 





<オリジナルキャラクター紹介>
外星人ナックル:
復讐魔が棲む星出身の悪魔。ブラックキングを連れて、ジャックに復讐しに来た。
口癖は、「なぜなら〜」の模様。

目的が地球侵略でも、地球人禍威獣化でもない外星人です。
原作の雰囲気からずれていないかなぁ、とちょっと迷いましたが、そのまま出してしまいました。

ともかくも、投稿してしまったものは仕方ない。
最後までこのまま突っ走ります!
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