ひとりちゃん法廷に立つ   作:あるいてごろりと

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ひとりちゃん法廷に立つ

僕は成歩堂龍一。

成歩堂法律事務所にて所長を務める弁護士である。

所長と言っても従業員はほぼ皆無。

霊媒師で助手の綾里真宵ちゃんがいるだけだ。

そんな事務所でも依頼は度々入ってくる。

変わった事件が多いのだけれども・・・。

今日だってきっとそうだろう。

僕はピンクの髪色をしたジャージの女子高生を目の前にしてそう思った。

 

「こんにちは。後藤さん。」

 

「あっ、はい。こっ・・・コンニチハ。」

 

かろうじて挨拶を返してくれたと分かる声量で、彼女は僕にお辞儀をした。

緊張しているのか目の焦点が合っていない。

 

「後藤さん。今日から法廷で裁判が始まりますが、どうか落ち着いて下さいね。」

 

「なるほどくんに任せれば大丈夫だよ!」

 

真宵ちゃんがフォローを入れてくれる。

そのセリフはちょっとプレッシャーもあるけども。

 

「あっ、は・・・はい。まぁ、私が訴えられるのは遅かれ早かれでしたし・・・。」

 

すでに心がくじけているようにも見える。

まだ若いのに法廷の場に立つだなんて気の毒である。

それに経緯だってそうだ。

 

彼女、後藤ひとりはとあるコンビニでアルバイトをしていた。

勤めて初日の話になるが、彼女はお客さんが商品をレジに持ってきたときに接客態度が悪すぎて訴えられたのだ。

世知辛すぎやしないだろうか?

社会は完璧な人達だけで構成されてはいない。

僕が初めて弁護士の仕事をしたときだって、千尋さんがそばにいなかったらどうなっていたことか・・・。

 

彼女の話を聞いた僕は、この依頼を引き受けた。

 

 

しかし、なぜだか彼女の依頼をことごとく弁護士達は断ったらしく、僕が引き受けた時点で裁判は明日となっていた。

それに、話を聞くまでが中々大変だった。

何か感情が沸き上がるのか急に奇声を発したり、どこから持ち出したのかギターで弾き語りを始めたりして思うように聞き取りも出来なかった。

真宵ちゃんが間に入りなんとかなったが、コンビニの話を聞きだすまでに4時間を要してしまった。

正直、まとめるにも最後まで彼女は落ち着かない様子で、状況説明がいまいち理路整然としておらず、時間が足りなかったというのが本音である。

 

ただ、その時の彼女の発言で気になったことがある。

 

「だっ、だって・・・、怖かったですし。あの男のひと。」

 

後藤さんは男性恐怖症なのだろうか?

僕にもそういった態度だったしな。

 

しみじみと思い出していた僕は彼女に声を掛ける。

 

「後藤さん、きっと僕がなんとかしてみせます。安心して見ていて下さ・・・い?」

 

「あ、あの・・・どうしましたか?」

 

後藤さんは不安げな目で僕を見てくる。

 

「い、いえ・・・。靴ひもがほどけただけです。気にしないでください。」

 

僕が隠そうとするより早く、彼女は革靴の上ですっぱりと切れてしまった黒い紐を見てしまう。

え・・・、縁起わるぅ。

僕は、額から汗が流れるのを感じていた。

 

「うわぁ・・・。なるほどくん、始まる前から嫌な予兆を見せてくれるね。」

 

真宵ちゃんが軽く引いている。僕じゃなくて靴ひもに。

・・・多分。

後藤さんの表情を伺うと、ぎこちない愛想笑いをしていた。

 

「きっ、気にしないで下さい。私も気づいたらジャージの襟元に穴開いてましたし、足元ならまだ私よりも人目につっ、つきませんから。」

 

傷をなめあうような気遣いをしてくる。

驚くほどの突飛なことしちゃうけど、根は良い子なんだよな。

僕は先行き不安だけども、後藤さんの為にも職務を全うする意志は貫こうと思った。

 

 

9月15日 午前10時

地方裁判所 第1法廷

 

 

「これより後藤ひとりの法廷を開廷します。」

 

法廷の裁判官席に座る初老の裁判長が宣言する。

 

「検察側、準備完了しております。」

 

検察官は御剣怜侍。

あいつは子どもの頃よりの友人だ。

一時期は、40年間無敗の記録を持った検事局の生きる伝説こと『狩魔 豪』により苦しめられてきたが、その事件を解決して以来どこか表情が緩くなった気がする。

しかし、気は抜けないぞ。

敏腕検事であることには変わりないのだからな。

 

「弁護側、準備完了しております。」

 

僕が報告をすると、裁判長が話を進める。

 

「御剣検事。冒頭弁論をお願いします。」

 

「被告人・後藤ひとりは、某コンビニのレジで接客中に犯行に及んだ。

検察側は、検証価値の高い証拠と証人を用意している。」

 

裁判長は静かに頷く。

 

「・・・なるほど。

では、さっそく始めてもらいましょう。」

 

「それでは証人を入廷させて頂こう。

捜査の指揮を執った、イトノコギリ刑事!」

 

証言台に立つのは、お馴染み糸鋸圭介刑事である。

古びた緑のコートに左耳には鉛筆を挟んでいる、どこか不器用な雰囲気を持つ大柄の男である。

 

「証人。名前と職業は?」

 

「はっ!!

自分の名前は糸鋸圭介(いとのこぎり けいすけ)ッス!

所轄署の犯罪捜査担当の刑事ッス!」

 

犯罪捜査・・・、部署変更したのか?

前は確か『殺人事件捜査担当』だったはずだが。

僕の思惑を察したのか、イトノコ刑事はこちらを見てぼそりと言った。

 

「以前の事件で御剣検事に迷惑をかけたので、その罰ッス・・・。」

 

あいつはどんな権限を持ってるんだろうか。

イトノコ刑事が以前よりくたびれたような顔をしている。

恐らく、部署変更に留まらず、仕事の量も増やされたのだろう。

過重労働で訴えられても知らないぞ!?

 

「イトノコギリ刑事。

まずは事件の説明をお願いする。」

 

御剣は意にも介さず進行する。

 

「はっ!

では、説明をするッス!

 

コンビニでアルバイトをしていた後藤ひとりは当日、レジ担当だったッス。

お客さんが彼女に商品を渡したところ、不審な態度を取って商品を落としたッス。

ガラスでできた商品は着地と同時に割れて、お客さんを傷つけることになったッス。

それとこれは監視カメラ映像のデータッス。」

 

「では、その2つを受理しましょう。」

 

裁判長は証拠品の割れたガラス製品と監視カメラの映像データを預かった。

 

「イトノコギリ刑事・・・。」

 

御剣が静かに呼びかける。

 

「は・・・はいッス。」

 

「君は現場にいた後藤ひとりをすぐに逮捕した。

・・・それは、なぜか?」

 

若干だが、御剣が苦い顔をした。

 

「はいッス!

今月より法の改正がおこなわれて、店の者が客に心身のどちらか、もしくはどちらも傷を負わせた場合、『お客様に不快感を与えたで賞』という罪名により、死刑になることが決まったからッス!」

 

「なっ、なんだってぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

僕は思わず大声を出してしまう。

そんな改正いつの間に起きたんだ!?

死刑はやりすぎだろ!

というか、議員もよくそんなぶっ飛んだ発案したと思うし、審査委員会もそんな法案通したな!?

 

「なるほどくん、知らなかったの?

テレビでもやってて騒いでたよ。」

 

真宵ちゃんがジト目で見てくる。

後藤さんの依頼を断った弁護士達はこの新しい法を当然、知っていたのだろう。

頼みを引き受けてもきっと、彼女の有罪判決は覆らない。

自分の弁護士人生に汚点を一つも増やしたくない彼らは、断らざるをえなかったのだ。

 

「弁護人。法の勉強は常日頃からしておくように。」

 

裁判長が呆れたように説教してくる。

うう・・・、不吉な予兆はこれだったのか。

 

「しかし、これではすでに確定してしまったのではないでしょうか?」

 

裁判長が胃の痛くなるようなことを言う。

このままではマズイ。

 

「裁判長!証人より証言をお願いします。」

 

とにかく話を聞いていかないと何もできないまま終わってしまう。

それだけは絶対に避けたい。

 

「ふむ・・・。いや、しかし・・・。」

 

裁判長が悩んでいると、

 

「弁護人がああ言った以上は、彼に一言も話させずに裁判を終わらせることはあなたの信用問題にも関わるし、裁判というもの自体のあり方を見直す必要が出てくるのじゃないかな、裁判長?」

 

御剣が意見をしてきた。

少し前までは弁護人の肩を持つような発言は絶対にしない奴だったのに、やっぱりあいつ変わったな。

ありがとう、御剣。

 

「そこまで言われては私としても引くわけにはいきませんな。

よろしい、刑事さんと弁護人。それぞれ証言と尋問をお願いします。」

 

「なるほどくん、裁判長が私情で裁判を進めているよ?」

 

真宵ちゃんが僕の思ったことと同じ発言をした。

 

「まぁ、とりあえず話が進むからそこはほっておこう。」

 

僕は両手を右にずらすジェスチャーをした。

 

 

 

証言・尋問開始

 

 

 

「当日、被告人の後藤ひとりはレジ担当をしていたッス。」

「彼女はレジ対応をしたときガラス製の商品を落とした拍子に、お客さんの気持ちを傷つけたッス。」

「ガラス製品を落としたことは、監視カメラに映っていたことなので間違いないッス。」

 

証言が少ないが、罪に問う理由としては十分な内容に思えてしまう。

いや、考えろ。千尋さんから学んだことを活かしていこう。

ゆさぶれば何かが見えてくるかもしれない。

 

「イトノコ刑事!被告人は確かにレジ担当をしていたのですか?」

 

「間違いないッス。その日は店長以外、被告人1人でやり繰りしていたッス。」

 

「店長はその時何をしていたのですか?」

 

「昼時で休憩していたッス。近くのスーパーのフードコーナーで食事をしていたッス。

こちらは店長本人とフードコーナーの店員からの聞き取り調査で確認を取っているッス。」

 

初日にも関わらず、アルバイト1人の時間を作るなんてそれこそ異常じゃないだろうか。

しかし、今はそこを言っている場合ではない。

質問をかえてみよう。

 

「お客の気持ちは確かに傷ついたのですか?」

 

「お客本人からそう聞いているッス。

それにあんただって、買おうとしたものを目の前で壊されたらショックッスよね?」

 

それはそうだが・・・。

さすがに起訴しようとまでは思わないだろ。

引っかかるのはお客が通報した具体的な理由だが・・・。

今そこに考える時間を割くべきではないな。

 

「本当にガラス製だったのですか?」

 

「あんた、証拠を見てないッスか!?どこからどう見てもガラス製ッスよ?」

 

イトノコギリ刑事に大きな声で突っ込まれてしまう。

そういえば、裁判長が受理してたな・・・。

これもダメか。

 

「イトノコ刑事!」

 

「何スか!」

 

「監視カメラとはどこの位置のものですか?」

 

「そりゃ、レジに決まってるッスよ!そこ以外見る所はないッスよ!!」

 

「そこ以外・・・?」

 

御剣が何かに気づいたようだ。

僕も気になったことがある。

 

「刑事、レジの監視カメラ以外は確認しましたか?」

 

「してないッス。犯行がおこなわれたのがレジなんすからそこだけッス。」

 

僕はこの時、1つの仮説が浮かんだ。

少しぶっ飛んでいる内容かもしれない。

 

「監視カメラにトラブルの様子は映っていませんでしたか?

もしくは、被告人が映っていない時間がありませんでしたか?」

 

「犯行の3分ほど前ならトラブルも席を外した様子もなかったッス。

それより前は見てないから分からないッス・・・。」

 

イトノコ刑事の肩がやや落ち込んでいる。

やる気は十分なのに、彼女の犯行で間違いという思い込みが、彼の確認を甘くさせたのだろう。

 

「裁判長、犯行時刻よりもっと前の監視カメラ映像の確認を要求する。」

 

御剣が意見を言う。ナイスだ。

 

「よろしい、監視カメラ映像の再生をしましょう。」

 

裁判長が認めてくれた。

これで思うようなことが起きてくれればいいが・・・。

 

 

法廷内に大きなモニターが用意される。

監視カメラの映像が再生されると、後藤さんがレジを挟んで客の前にいるのが見えた。

 

「巻き戻しをお願いします。」

 

裁判長が係の者に伝える。

そこには、犯行より5,6分ほど前に後藤さんがお客から呼ばれてレジから離れる様子が映されていた。

 

「確かに弁護人の言うとおりでした。

それでは、弁護人が被告人の監視カメラに写っていないことを気にする根拠を説明して下さい。」

 

・・・・・・・・・

 

まだ、考えがいまいちまとまっていない。

巻き戻しをする前の後藤さんは、監視カメラの映像でもわかるぐらい挙動不審であった。

なぜ彼女はそんな状態だったのだろうか。

 

「なるほどくん、お姉ちゃんを呼ぼうか?」

 

真宵ちゃんが提案をしてくる。

確かに、千尋さんなら何か良いアドバイスをくれるかもしれない。

けれど・・・。

 

「大丈夫だよ、真宵ちゃん。」

 

そう何度も頼ってばかりはいられないだろう。

補助なしじゃないと、何も言えない弁護士なんて半人前でしかない。

今までは千尋さんの意見無しじゃ、分からないことばかりだった。

それもある程度弁護士としての経験をしたのならば、少しは自分で考えるべきだ。

 

「そう?

それならなるほどくん、頼んだよ。」

 

真宵ちゃんは少々不安げな表情ながらも僕に託してくれた。

 

しかし、僕だけでは考えがまとまりきらないのが現状である。

そういえば、こんなときに千尋さんは決まったセリフを良く言っていたな。

 

 

”発想を逆転するのよ”。

 

 

そうだ、理由を一方だけで考えるな。

 

 

 

 

 

”なぜ、後藤さんは怯えていたのか”ではなく、

 

”どうしても怯えてしまう理由がそこにはあった”だ。

 

 

 

 

 

ハッタリや時間稼ぎでしかないがこれに賭けよう。

彼女の僕に対しての態度は、男性恐怖症ではなく単に内気ゆえのものであったこと。

そして、彼女がある男の人を怖がったのは、それと別物であることに。

 

 

バンッ!!

 

 

僕は机を両手で叩いた。

 

「気になるのは被告人のレジ対応中の不審な態度です。

まるで何かに怯えているかのように見えます。」

 

裁判長が再び監視カメラの映像を確認している。

 

「ふむ、そうですね。被告人の体が震えっぱなしの状態で、異常があるように見えます。」

 

僕はすかさずに言う。

 

「その時、彼女の胸の中には接客の緊張以外にも別の感情が湧いていたのではないでしょうか?」

 

「と、言いますと?」

 

「犯行前にレジから離れているのであれば、そのときにあることをお客からされて”恐怖”が湧いていた可能性があります。

 

 

 

それは、”脅迫”です!!」

 

 

 

「きょ・・・、脅迫ッスか!?」

 

イトノコ刑事が驚いた声を出した。

裁判長も目を見開いている。

 

「そ、それが確かなら精神に異常をきたしていた場合の犯行は罪には問われません。

むしろ、そのお客を審議にかける必要があります。

しかし弁護人。一体脅迫とはどういうことですか?監視カメラの外で何があったというのですか?」

 

僕は後頭部に手を回して断言する。

 

「それは・・・、分かりません。」

 

苦笑いで言うしかなかった。

 

「べ・・・、弁護人!あなたは分からないことを発言したというのですか!?」

 

「僕が分からないのは、監視カメラの映像の外のことです。

しかし、脅迫に繋がるような行動は最初から監視カメラに映っています。

怯える後藤さんの目の前の客は、被告人を携帯のカメラで撮影しているからです!!」

 

一度、レジから離れた後藤さんは目の前の客に撮影をされていた。

それが何のためなのかは分からない。

弱みを握って、金銭をたかろうとでもしたのか。

 

 

 

 

「し・・・、知らんかったッスゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!」

 

 

 

イトノコ刑事の悲鳴が部屋に響き、法廷はざわざわとし始めた。

裁判が進めども謎がまた一つ増えてしまった。

御剣がため息をついている。

が、あいつの目は何かを諦めたものではなかった。

 

「裁判長。まずはこちらの調査不足の非を詫びよう。

それと、弁護人の意見の真偽判断は他の監視カメラ映像を確認すれば事足りるはずだ。

しかし、刑事がすぐに提供できない以上、今を持ってして判決を下すことはできないのではないだろうか?」

 

「ううむ・・・。御剣検事の言うことも一理あります。

分かりました。本日はここまでとします。

検察側は、他の監視カメラ映像とこのときのお客についてキチンと調査しておくように。

続きは3日後とします。」

 

裁判長は木槌を打った。

 

「始めからもうダメかもと思ったけど、何とかなったね。」

 

真宵ちゃんがホッとしたような表情をしている。

 

その傍らでは、御剣検事がイトノコ刑事をジッと見ている。

御剣の視線に気づいたイトノコ刑事は、肩をすくめているようだ。

多分、報・連・相のミスなのだろう。

普段からよく耳にする給料カットに今回判明した過重労働・・・。

今も相当だが、未来のイトノコ刑事の処遇を思うと気の毒でしょうがない。

 

僕は何だかいたたまれない気持ちになって、彼らからツイと目を逸らす。

とにかく、1日は乗り切ったが未だに脅迫の件は憶測の域を出ていない。

 

明日からは、こちらも現場調査に乗り出すか。

 

 

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