矢張政志―――御剣と同じく小学生からの腐れ縁を持つ男だ。
僕が関わる事件にはこいつが大概いることから、
『事件の影にはやっぱり矢張』などと言われるようになった。
面倒なことが起きなければいいが。
「矢張、お前仕事をコンビニに変えたのか?」
「ああ、そうだよ。以前の”とのさまんじゅう”売りのバイトは辞めたんだ。
サンタの格好も悪くはなかったけどよ。
やっぱ、俺はビシッとした服装で働いてがなんぼの男だからな!」
スーツでもないのに、何を言っているのやら。
恐らく、あの人気のない湖周りでの売り子仕事にさみしさを感じたのだろうな。
「矢張がここの店長なのか?」
「そうだぜ!俺が履歴書に立派な職歴をあることないこと書いたら、短期で昇進したんだぜ!
俺ってやればできるじゃ~ん。」
無いことは書くなよ。
経歴詐称は、犯罪にはならないけどさ。
「それで、今は客の相手もしないで何をしているんだ?」
僕のこの質問を聞くや否や、矢張は目に涙をにじませた。
「聞いてくれよー--!!
俺の大事な後輩達ちゃんが、あらぬ疑いを掛けられて裁判中なんだよー--!!」
暑苦しい台詞が耳に障る。
どうやら、矢張はこのコンビニの店長を勤めており、アルバイトの後藤さんと働いていたらしい。
「今、後藤さんの担当弁護士を務めているのは僕なんだ。」
「お前かー--!!
俺の大事な後輩ちゃんを一刻も早く救ってくれー--!!」
グッと親指を立てるこの男には、何故か素直に返事をしたくなかった。
「弁護士?」
空条さんが僕に尋ねる。
「ええ、このコンビニである事件が起きていて、僕は被告人の弁護をしている最中なんです。」
「そうか。それは大変だな。」
空条さんは話の腰を折らないためにか、それだけ言って黙ってしまった。
僕は矢張に向き直る。
「・・・もちろんやれることはやるさ。
あと、後藤さんの代わりはいるのか?
店内には店員を見なかったけども。」
再び、目に涙をにじませる矢張。
うう・・・、また暑苦しい台詞がきそうだ。
「いないんだよー--!!
あの子がいなきゃ、俺は24時間フル勤務なんだよー--!!
後輩ちゃんがいてくれたから、研修期間以来2ヶ月ぶりに店外に出て昼飯食ってたら、人手がいなくなってたんだよー--!!」
き、気の毒だ。
僕も千尋さんの事件の時には、徹夜で情報集めたりもしたものだけど、それも1、2日間の話だ。
こいつの労働環境の酷さは、それを遥かに上回っている。
これで身体を壊しでもしたら悔やんでも悔やみきれないだろう。
ってか、労基署に進言した方がいいのではないか。
「そ、それで今はレジにも顔を見せないで何しているんだ?」
今度は怒ったような表情を見せる。
多情多感だな。
「後輩ちゃんの無罪を立証してやるんだよー--!!
昨日からずっとモニター見てて、本社から『働け』って連絡がきてるんだよー--!!」
ずっと、叫びっぱなしだ。
そりゃ、さすがに本社に従うべきだろう。
担当弁護の僕としてはうれしいけどさ。
しびれを切らしたのか、真宵ちゃんが矢張に近づいた。
「ねぇねぇ、やっぱりさん。犯行当日のカメラにおかしなことはなかったですか?」
真宵ちゃんの声を聞くや、すぐにデレデレとした表情になる矢張。
ほんと感心するような多感ぶりだ。
「後輩ちゃんが対応したお客さんがいるだろ?
そいつはレジに行く前に、棚からガラス製の商品を持ち出してトイレに行っているんだよ。
怪しいと思って見ていたんだけどよ。
その後普通に戻ってきたからただのうっかり屋さんだったのかな~。」
それだと確かに何の証拠にもならないだろう。
矢張は真宵ちゃんに耳を貸してと、指をくいっと上げる。
近づく真宵ちゃんの耳元にぼそぼそと語りかける矢張。
ただし、声が大きいので僕と恐らく空条さんにも聞こえていた。
「真宵ちゃんだから特別教えるけどさ。
お客さんがトイレに行った後に、レジにいる後輩ちゃんに何か呼びかけて2人で店の外に行ったんだよ。
だから俺も外の監視カメラ映像を確認しようとしたんだけどさ、映像が記録されてないんだよな。
もし故障だとしたら、業者呼んで修理の見積もりを本社に送らないといけないから、なおさら向こうが怒りそうでさ。どうしたもんかな?」
本社の言いつけ通りに、早くレジに立って働いた方がいいんじゃないか?
あと、そんな相談真宵ちゃんにされても本人困るだろう。
「って、監視カメラに異常があったのか!?」
僕は矢張に負けないぐらいの大きな声が出ていた。
「お、おう。あんま大きな声出すなよな。客が聞いたら迷惑だろ。」
僕は突っ込まずに思案していた。
マズイ、これでは証拠不十分で無罪立証に一歩遠のいてしまう。
下手すると、これが決め手になりかねない。
僕は踵を返すと、コンビニの外に出ていった。
コンビニ入り口を向く監視カメラは一見問題ないように見えた。
しかし、本体とつないであるケーブルを見て違和感に気づく。
ない!途中で切れたのか、真ん中あたりで左右両端のケーブルが地面に向かってお辞儀をしている。
「なるほどくん!その監視カメラの線って・・・。」
追いついた真宵ちゃんが、僕と同じ箇所を見て気づいたようだ。
「うん、切られているみたいだ。」
僕は無理を承知で監視カメラ下の地面や辺りを見回すが、目ぼしい物は当然見当たらない。
もしかしたら、今回の裁判は思ったよりも質の悪い計画的な事件の上にあるのかもしれない。
急に、後藤さんに何かしら働きかけたであろうお客のイメージが醜悪なものへと変わる。
もう一度、断線されたケーブルを見てみる。
・・・何か変だ。
よく見ると、ケーブル端の断面はハサミのような鋭利なもので切られたわけでも、無理やり引きちぎったようにも見えない。
ぽっかり穴が空いたように丸みを帯びた断面であった。
何を使えばこうなるのかは分からない。
「どうしたの?なるほどくん。」
今答えは出せそうにない。
「一旦、戻ろうか。真宵ちゃん。」
僕らはスタッフルームへと戻ることにした。
「矢張。外の監視カメラのケーブルが切られていたぞ。」
矢張は、目が点になって口を真一文字に結んでいる。
「やばいな成歩堂。俺職務放棄したいんだけど、それでクビになるかも。」
何を今さら言っているんだ。
職務放棄は今現在している最中だろうに。
僕は矢張の肩に手をポンと置いた。
「従業員がいないのに、最後の砦のお前まで本社が手放すわけがないだろ?」
「それはそれでいやだー--!!」
男はこれで何度目になるかも分からない大声をあげた。
空条さんは、店内の様子を見てくるといいスタッフルームの外に出た。
残りの3人はスタッフルームの監視カメラ映像を確認していたが、これといった手がかりが見つからないまま2時間が過ぎていた。
後藤さんとお客の接触はもしかしたら、犯行のずっと前にもあるかもしれないと推測した。
後藤さん個人を狙ったのであれば、店に長時間居続けるか、もしくは高頻度で店を訪れているかもしれないと思ったのだ。
後藤さんの犯行よりずっと前の時間帯の録画を早送りでモニターに映し出す。
店内の他のカメラも同様に確認した。
人が流れるように歩く姿を見るのは、まだいい。
人がまったく映らない風景を長時間見続けるのは苦痛以外の何ものでもなかった。
無意味なことに時間を割いている気がしてならなかった。
この確認の果てに、きっと得るものがあると思いモニターを見続けた。
しかし、後藤さんがお客に外に連れられた以外の接触は見当たらない。
お客が買い物をする様子も繰り返し見てみるが、やはり不審な行動と言えるのは、ガラス製の商品を持ったままトイレに行ったことぐらいだろうか。
トイレには、監視カメラがないため何をしていたかは分からない。
気がつけば、モニターを常時見ているメンバーも疲労を感じ始めていた。
真宵ちゃんは、目が疲れたと言ってギュッと目を閉じたり、開いたりしている。
それが済むと、今度は目の周りに指先を押し当てて指圧マッサージを始めていた。
マッサージを終えると再びモニターとにらめっこを始めるのだが、それも長くは続かない。
マッサージをしてはモニターを見て、マッサージをしてはモニターを見てを繰り返していた。
僕は見かねて、彼女に休むように言った。
それに素直に従い、真宵ちゃんは「ちょっと外に出てくるね。」と言い、スタッフルームを出ていった。
振り返ると、目の前にはアイマスクをつけ、寝袋に包まれて眠る矢張の姿があった。
24時間フル勤務は確かに過酷である。
それ故に、矢張が目をこすったのを見た真宵ちゃんが「やっぱりさんはお疲れなんですから、休んでて下さい。」と言った時、僕も快く休むように言った。
しかし、思った以上に矢張のいびきが大きい。
集中したくても矢張のいびきの音が、すでに2時間のモニターを見続けたことにより削がれている集中力に、さらに発破をかけるがごとく乱してくる。
これなら、外のホテルにでも泊まらせてくれば良かっただろうか。
僕は彼の口腔内から発せられる爆音にとうとう観念し、一度スタッフルームを出ることにした。
それに矢張のいびきがなくとも、これ以上の進展は得られないような気がする。
あとできることは、明日留置所にいる後藤さんと会い話を聞いて、事件の全容を今一度まとめるぐらいだろうか。
スタッフルームを出ようと扉の前に近づいたとき、足元の床に何かの跡を見つけた。
黒い文字で『C』と書いてある。大きさは手のひらに収まるぐらいだろうか。
後ろに寝ている矢張に声をかける。
「おい、矢張起きてくれ。」
「んあ?なんだよ成歩堂。
今ようやくみなちゃんとデートに行く夢を見ていたのに。」
誰だみなちゃん。
ひとまず気にしないことにする。
「ここに黒い文字があるんだけどなんなんだ?」
矢張が目をこすって近づき、床の文字を見る。
「んー、最近できたっぽいんだよなぁ。
たぶん、靴底が擦った汚れの跡じゃないか?」
「ああ、かかとだけ跡がついたのか。
確かにそうだ、ありがとう。
起こして悪かった。」
矢張はあくびをしながら元の席に戻りふたたび寝始めた。
・・・一応、この跡も記録に残しておこうかな。
スタッフルームを出ると、レジから
「ありがとうございました!またお越しくださいませ!」
と真宵ちゃんの声が聞こえてきた。
見れば、真宵ちゃんがコンビニの制服を来て接客をしている。
おいおい、勝手にそれはまずいんじゃないか?
大体、真宵ちゃんってバイト経験ってあるのか?
まずい、無意識に客から小銭をふんだくる前に止めないと!
「あの、お客さん!この子は店員じゃなくてー--って、イトノコ刑事?」
「いやー、上手ッスよ。引っ越しのバイト経験しかない自分じゃ、アンタには敵わないッス。」
朗らかな表情で真宵ちゃんを褒めるイトノコ刑事がいた。
僕の声に気づいた真宵ちゃんは、こちらに振り替える。
「あっ!なるほどくん!あのねあのね、今イトノコ刑事があたしの”社会人デビュー”の練習に付き合ってくれているんだ。」
真宵ちゃんが嬉しそうに語る。
一応、真宵ちゃんは僕から給料もらっている社会人なんだけどな・・・。
「勝手にレジ対応をしていると思って焦ったよ。
お金のやり取りはなかったんだね?」
「そんな危ないことはしてないッスよ。自分が接客の言葉を聞いてただけッスから。」
それなら良かった。
ホッとしたところで、イトノコ刑事を改めて見ると・・・何か細い顔をしていた。
イトノコ刑事というより、糸のように細い人になっている。
「えっと・・・、イトノコ刑事ですよね?」
「なんスか?改まって。正真正銘の糸鋸圭介ッスよ。」
「いや、なんというか・・・瘦せましたか?」
僕の言葉を聞いたイトノコ刑事はがっくりと肩を落とした。
「前回の裁判の後に、御剣検事から減給を言い渡されたッス。」
またカットされたのか。
前の聞いた話の時点で、すでに半分はカットされていたはずだが・・・。
御剣の真実を明らかにするという信念は敬意を表するが、罰を与えるほど執着しなくてもいいだろうに。
これはやりすぎだ。
「自分の調査ミスで、御剣検事に迷惑かけたのだから仕方ないッスけどね。
前はソーメンだけ食べてれば生活できたッスけど、今回はそれも叶わないッス。
昨日から、たまたま戸棚で見つけた干ししいたけをしゃぶって過ごしてるッス。」
そんな減量中のボクサーじゃないんだから。
「イトノコ刑事は何でこのコンビニに来られたんですか?」
「そうッス!ここの店長に確認したいことがあったッス!その奥の部屋にいるッスか?」
「ええ、今スタッフルームで仮眠をとってますよ。起こしてきますね。」
イトノコ刑事が何か言う前に、僕は矢張を起こしてレジの所へ連れて来た。
矢張は寝起きのためか、キョトンとした表情をしている。
「どっかで見た顔だと思ったら、やっぱりアンタの知り合いッスか。
勤務中に申し訳ないスけど、この写真を見てほしいッス。」
イトノコ刑事は、胸ポケットから一枚の写真を取り出した。
写真には、学ラン姿であることからまだ十代と思われる男が写されている。
目立つのは赤茶色の頭髪で、片方だけ長めに垂らしている。
たるみの無いきりっとした目や口元は、その男が真面目で几帳面な印象を与える。
「この男が被告人を通報した客なんスけど、見覚えはないッスか?」
監視カメラ映像で何度も見た顔と頭髪である。
そしてこの男が、後藤さんの犯行を目撃して警察に通報したお客だ。
監視カメラ映像では、表情ははっきりとは分からなかった。
この男が、写真の印象とは正反対のおこないをしたことに少し驚く。
人間、やっぱ見た目じゃ分かんないな。
「いえ、この人がどうしたんですか?」
僕はイトノコ刑事に尋ねてみた。
「実は、昨日から行方がわからないッス。
事前に聞いていた住所や電話番号はデタラメだったッス。」
通報した本人が行方不明?
一体、どういうことだろうか?
ますます写真の男が怪しくなってくる。
隣の矢張は、写真を見るとみるみるうちに顔が赤くなっていた。
「間違いない、間違いないぞなるほどうおおおおおおお!!」
大声で僕の名を呼ばないでほしい。
「な、何が間違いないんだ?矢張。」
「この男が後輩ちゃんを通報した男だ!!
監視カメラで確認したから間違いないぞなるほどうおおおおおおお!!」
声がやかましい。
このコンビニの盛況ぶりの割合は、9分9厘この男の大声で占められるだろう。
あと、その話はイトノコ刑事が言ったばかりである。
「・・・まぁ、その反応からして面識はなさそうッスね。
そろそろ自分は戻るッス。」
「あっ、ちょっと待ってください。
おい、矢張。これ買うよ。」
僕は棚から、おにぎりと栄養ドリンクを取ろうとした。
途端に、イトノコ刑事がそれを遮る。
「いいっス。この事件が終わるまで、自分は罰を甘んじて受けるッス。
今それを受け取ったら、きっとまた御剣検事の顔に泥を塗るッスから。」
男だ。
僕の前に、主に絶対的な忠誠心を誓う男がいた。
「出来立て唐揚げはいかがですか~?」
やめて真宵ちゃん。
研修期間中の初心な新人でも、このタイミングでそのセリフは言わないから。
ぐぎゅるるるるるるる~
イトノコ刑事の腹から誰もが納得できるような欲求音が鳴った。
「いっ・・・。」
イトノコ刑事が苦虫を嚙み潰したような顔をしている。
視線はレジ横の温蔵ショーケースに注がれている。
ああ、もう我慢しないでほしい。
「いっ・・・こだ・・・け。
す、すみませんッス御剣検事。
うっ・・・ううっ。」
泣いてしまった。
日々ソーメンでギリギリ必要なカロリーを摂取していたのに、それも減給によりできなくなってしまったのだ。
体も気持ちも限界を迎えていたのだろう。
よく耐え忍んだよイトノコ刑事。
中年の泣き声を聞いて、不審に思ったのか空条さんが近づいてきた。
「何があったんだ?」
「空条さん。いえ、我慢は体に毒ということをしみじみと感じていたところでした。」
「??
良く分からねえが、問題ないなら何よりだぜ。
・・・おい、おっさん。その胸ポケットの写真は・・・。」
から揚げ一個を大事に食べるイトノコ刑事に空条さんは声を掛けた。
イトノコ刑事の胸ポケットからは、男の写真がはみ出していた。
「ごくんっ。
ごちそうさまッス。
ああ、この写真の男を聞き取り調査中ッス。」
「良く見せてみろ!」
凄みを感じる声を出す空条さん。
ちょっともう、怖い。
イトノコ刑事から写真を受け取った空条さんは、ポツリとある名前を漏らした。
「花京院・・・。」
後で聞いた話だが、それはかつてエジプトで相対する敵と共に戦った仲間らしい。