いい暇つぶしになれば良きです。
------夢を見ていた。
------僕が進む未来を決めた、原点の日
----僕が初めて、胸を張って生きてるって言えるよう未来を見ようとした日
「......行ってきます!!」
返事の帰ってこない家に声が響く。
大丈夫、後悔することはない。
目指す未来に迷いはないから。
最初の壁への扉を開ける。
僕は僕が
都内某所、国内最高峰の校舎と敷地を持ち、№1ヒーロー『オールマイト』、№2ヒーロー『エンデヴァー』、№4ヒーロー『ベストジーニスト』など、数多の実力あるヒーローを排出してきた名門、雄英高校。
そして偏差値78、倍率300倍という最高値の倍率を持つヒーロー科。数字だけを考えれば不可能にしか見えない値、しかしそれでもなお諦めない若者たちが今断崖絶壁をよじ登ろうと溢れかえっている。
そんな中壁を登らんとする者の一人である少年、風臓愛翔(ふうぞうまなと)は今…
(…帰りたい!!)
……人混みに負けかけていた!!
(いや無理無理無理!!いくらなんでも人多すぎるよ!!この人口密度はハロウィンの渋谷かコミケでしか見たことないって!!)
一般生活を送る上ではほぼ経験することのない量の人混みに、愛翔の脳はキャパオーバーを起こす。
そうこの男、中学時代にボッチ道を貫いた生粋のコミュ障。陽キャやオタク同士が作る同族同士のグループに入りそびれ、誰かと絡みを作ろうとしたときには既にグループの構成は固まり入り込む隙間がなくなっていた敗北者であった。そんな対面経験値ゼロがいきなり倍率300倍の受験会場という名の大海原に放り出されれば、即波にのまれ藻屑となることは火を見るより明らかであった。
(落ち着け…いったん素数を数えて気持ちを紛らわせるんだ…1,2,3,…あれ?1は素数だっけ?素数に含まれないのは0の方?いやいやいや1も含まれないだろ!!受験前だぞ僕!?)
「…大丈夫?」
「ひゃい!?」
周囲の人混みに対する緊張感が自分への叱責と変わり喧騒を脳がようやく認識しなくなり始めたころ、真後ろからこちらを心配する澄んだ声が聞こえた。意識外からかけられた言葉に、愛翔は思わず全身をこわばらせ奇声を発してしまう。
そして一瞬の硬直の後声のした方へ体を向けると、そこにいたのはパステルグリーンの髪に濃い緑の瞳を持つ一人の女の子、きょとんとした顔でこちらを覗いているとくつくつと笑い出し再び声をかけてくる。
「ふふふっ…あははは!!ごめんごめんwそんな驚かせるつもりはなかったんだ、本当に大丈夫そう?」
「は、はい!!ご心配おかけしてすいませんでしたっっ!!」
そう声を上げて上半身を90度以上倒し謝罪する姿に、少女は思わず苦笑いを浮かべる。
「う~ん全然大丈夫じゃなさそう……よし、ちょっといい?」
「へ?は、はい…なんでひゅえっ!?」
顔を上げると少女は、愛翔の両頬に手を合わせ親指で口の両端を引っ張った。またもや予想外の事態に奇声を上げてしまう愛翔とは対照的に、少女は満足そうな笑みを浮かべる。
「これでよし!!やっぱ人生の大一番こそ笑顔でいなきゃね!!がちがちな表情ばっかでいると受かる受験も受からないよ?」
「うゃかりみゃした!!うゃかりましたんでぃえいったんひゃなしてくだしゃい!!」
少女の手から解放された愛翔は、予想外の出来事の連続に数回のやり取りとは思えない疲労感を感じながら改めて少女と向き合う。一呼吸を置き冷静さを取り戻せたと思い込んでいる愛翔の両頬は、いまだ真っ赤に熱を持っている。
「すぅ……はぁ…………よし、大丈夫、大丈夫、ボク、レイセイ」
「あーゆーOK?」
「なんで急に片言の英語に…?と、ともかく今度こそ大丈夫です。本当にありがとうございます。」
「ならよし!!せっかくヒーローになるために努力してきたのに緊張のせいで台無しになるなんてもったいないもん、気を持ち直せたみたいでよかったよかった!!」
今度こそ本当に愛翔が冷静さを取り戻したことを確認した少女はエッヘンと胸を張る。破天荒な彼女のテンションに思わず心の中で引き笑いが出かけたとき、ふと先程まで自分の中を埋め尽くしていた人混みに対する恐怖と緊張感が跡形もなく消え去っていることに気が付く。そこでようやく、目の前の少女が自分の畏怖を強引に吹き飛ばしたことを理解した。愛翔は自分を助けてくれた相手に自分なりの敬意を示すため、人生で初めて女子に自分から声をかける。
「あ、あなたもヒーロー科を受験しに来たの?」
「そうだよ?あなたもってことは君もヒーロー科を受験しに来たんだ、じゃあライバルだね~…負けないよ?」
「……もちろん僕だって負けないよ、この日のために全身全霊で努力してきたんだから。」
「…うん、この調子だったら何の心配もなさそうだね。じゃあまた!!二人とも合格できるといいね!!」
そういうと彼女は満面の笑みを浮かべて手を振り、体を校舎に向き直し歩み始める。
ヒーローに救われた。
一連のやり取りを通して、愛翔の中にはそんな感想が残った。彼女の励ましがなければ僕はもうこの時点で落ちていたのだろう、確信めいた予感を感じながら校舎を見上げる。
「ふぅ…………よしっ!!」
自分の頬を叩くと愛翔はその門をくぐる。もう大丈夫、恐れるものは何もなくなった。あとはただ結果を刻むのみだ。
「受付がまだお済みでない方はこちらまで!!受験票と学生証を用意して本人確認を済ませてから中へお入りくださー---い!!」
「は、はー---い!!すみませー-----ん!!」
雄英高校ー講堂
(…………筆記は何回も確認したから事故が起こってなければ多分大丈夫、だから本当の戦いはここから)
筆記試験を終えた愛翔は他の生徒同様、講堂に指定された席に座り実技試験に関する説明が始まるのを今か今かと待っていた。問題に解答しながらと終えた後の二回、それから筆記試験後の幾度にも及ぶ自己採点により筆記に関する心配はほぼなくなっていた愛翔は、これから始まる実技試験に対し警戒心を募らせていた。何が来ても問題ないよう、深呼吸をしながら自信を落ち着かせる。
(…………だけど)
ふと隣を見る、そこにいるのは身長180cmはあるであろう巨大な体格の男子が腕を組みながら前方を見つめる。自身と20㎝近くある身長差、女子と見間違えられてもおかしくない自身のがたいと比べると、どうしても委縮してしまう
「----------......」
(加えてなんかぶつぶつ言っているし!!)
それに加え、唇を動かし他人には聞こえない声で常に何かをつぶやき続けている。先述した体格差に加え、何をつぶやいているかわからない恐怖が愛翔のただでさえ小さい体をさらに小さく委縮させる。第三者から見れば完全に肉食獣と捕食される草食動物である。
(...やっぱりみんな筆記試験は突破できて当然のものって感じなんだね、自信があって大丈夫な人ばっかでうらやましい…………ん?)
周囲の喧騒が一瞬だけ小さくなった瞬間、となりの男子がつぶやく言葉が少しだけ聞こえてきた。
「----------俺は大丈夫俺は大丈夫俺は大丈夫俺は----------」
(全然大丈夫じゃなかった!!)
その男子はただ自分に向かい大丈夫と言い続けることで気分を落ち着かせようとしていただけであった。やっていることは先ほど自分がやっていた深呼吸と何ら変わりないものである、よく見れば顔は青白く体は小刻みに震えている。会場前にいた自分と同じような状態であった。
「…………あ、あの」
「っ」びくっ
「こ、これ食べる?」
声をかけられそこでようやく認識したのか、顔を愛翔の方へ向けると、愛翔はリュックサックの中から持参したお菓子を取り出した。
「チョコ、筆記で頭使った後だし良い気分転換になると思うけど...あ、甘いもの苦手だったら無理して食べなくていいからね!!迷惑だったら遠慮なしに言ってくれて---」
「...いや、もらうよ。」
そう言うと大きな指で差し出したチョコのひとかけらを口に運び、口の中で溶かすと大きく息を吐いた。
「ふぅー--......ありがとよ、ちょっとおちついたわ。」
「う、うん!!ならよかったよ。そうだよね、受験なんだから誰だって不安になるよね。」
チョコを食べた後、少しの会話を交えると体の震えは消えていた。当然だ、みんながみんな落ち着いていられるわけがない。不安を押し殺しながら戦っている最中なのだ。自分の中で勝手な先入観を作っていたことを自省していると、声をかけられる。
「お前……強いな。」
「え?」
「こんな状況で自分以外のやつの様子気にして、その上、大丈夫?なんて声かけれるやつなんてそうそういねえ。大物だって言ってんだよ。」
「…………ううん、そんなことないよ。こんなことしてる僕も人混みが苦手でさ、校門くぐる前は人が多くて怖くて帰りたい!!って思ってたんだ。」
愛翔は自分の両頬に手を添える。
「でもね?そうやって立ち尽くしてたら後ろから声かけられて、人生の大一番こそ笑顔だー-!!って口引っ張って無理やり笑顔にさせられて......いろいろやってたらいつの間にか怖い思い消えてた。そんな風に励ましてくれた子がいたから、僕もおんなじ風にしてあげられれば......ってごめんね!?なんか急に語りだしちゃって!!」
柄にもなく語りだしてしまったことが急に恥ずかしくなり、頬を掻きながら無理やり話を終わらせようとする。
「じゃあ、今度は俺が誰かを励ましてやんねえとな。」
「え?」
「要するに、お前はそいつに励まされた。そしてお前はそれに影響されて俺を励ました、じゃあ今度は俺が誰かを励ます番だろ?誰かが挙げた勇気っつーバトンをつないでいく、ヒーローらしくていいじゃねえか!!」
そう言って笑う彼を見て思わず笑みがこぼれる、少しはあの子みたいになれたと思うと心の奥が熱くなるのを感じた。
『受験生であるリスナー諸君!!今日は俺のライヴにようこそぉぉぉぉぉぉ!!エブリバディセイヘイ!!?』
............シーーン……………………
「……まずは、この受験に合格しねぇとな」
「……うん、そうだね」
『こいつぁシヴィーーーー!!だが気にせず実技試験の概要をサクッとプレゼンするぜ!!アーユーレディ!?YEAHHHHHHH!!』
壇上に立ち、さながらDJのようなノリで試験の説明を行うのは ボイスヒーロー『プレゼントマイク』レスポンスのない会場をものともせず説明を続行する。
『入試要項通り!リスナー諸君にはこの後!10分間の「模擬市街地演習」を行ってもらうぜ!!持ち込みは自由!プレゼン後は各自指定の演習会場へ向かってくれよな!!O.K!?』
............シーン…………
(いやあの先生メンタル強)
プレゼントマイクの問いに相変わらずレスポンスはない。誰もが皆実技試験は目の前なのだという自覚を持ち、顔を、気持ちを引き締めている。
『演習場には“
要約をすれば誰が一番ヴィランを捕縛できるかを競うヴィラン捕縛ゲーム、いかに早くヴィランを見つけ、いかに早くヴィランを捕縛、破壊し、いかに効率よくポイントを稼げるか、周りのライバルとどれだけ差を作れるかを競うシンプルなゲームである。
「............質問よろしいでしょうか!!」
誰もが固唾をのんで説明を聞く中、一人の眼鏡をかけた生徒が手を上げる。
「プリントには
……確かにプリントに記載されている
「ついでにそこの君!!」
「!?」
「ひゃい!!」
「…いや君じゃなくてそこのの縮毛の君」
「…あっ...ごめんなさい...」
................
まじめな剣幕で問い詰めていた状況が一変、本来指摘されるはずであった生徒と同一直線状にいた愛翔が勘違いで返事してしまったことにより、周囲の空気が一気に気まずくなる。
「たまにあるよな、俺もするよそういう勘違い。」
「やめて、今だけは優しい言葉をかけないで...」
隣からのフォローも、今だけは必殺の一撃と化す。
「と、ともかく縮毛の君!!先ほどからボソボソと...気が散る!!物見遊山のつもりなら即刻
「す、すいません...」
眼鏡の生徒の指摘の後、周囲から嘲笑とシュールな現場にこらえきれず吹き出してしまう二通りの笑い声が聞こえてくる。最も、比率としては圧倒的に後者の方が多い。
『オーケーオーケー、受験番号7111くんナイスなお便りサンキューな!四種目の
---なるほど・・・避けて通るステージギミックか---
---まんまゲームみてえな話だぜこりゃ---
「有難うございます!失礼しました!」
プレゼントマイクの説明に納得したのか、周囲はだんだんと静まり返った。
「...」
「ころしてぇ…ころしてくれぇぃ…」
こちらの羞恥はまだ収まりそうにない。
『一部復活できてないリスナーがいるみたいだが俺からは以上だ!!最後にリスナーへわが校の“校訓”をプレゼントしよう』
『かの英雄ナポレオン=ボナパルトは言った!「真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者」と!!』
『“
『それでは皆、良い受難を!!』
プレゼントマイクによる説明を聞き終えた生徒たちは、自分の会場を確認するとそれぞれの集合場所へと移動を開始していた。愛翔も例外なく確認し、今移動を開始しようとする。
「俺はC会場か……お前は?」
「僕はE会場だね」
「じゃあ次合うとしたら合格した後だな、ベスト尽くせよ」
「そっちこそ、じゃあね!!」
そうして隣り合った彼との別れを果たした愛翔は、自分の会場へ向かうための集合場所へと向かう。
雄英高校ーE会場
(……広っ!?)
案内された会場は広大なビルが立ち並ぶ一つの町とも呼べる広さであった。会場のゲート前には本当に分割されているのかと疑いたくなる数の受験生が、各々の運動着に着替えこれから始まる戦いに向けての最終準備を進めている。
(やっぱみんな身軽な恰好で来てるんだ、普段着っぽい恰好は…うん、少ないけど確かにいる)
現在の愛翔の恰好はだぼだぼのパーカーに少し丈の長いジーンズという普段着に近い恰好である。ジャージや学校指定の体操着を着用するものが多い中、異端ではあるが一人ではないことに安堵を覚える。
ドクン…ドクン…
本番を前にして全身がこわばる。
ドクン…ドクン…
隣の彼は愛翔のことを強いといったが、それでも当然緊張はする。
ドクン…ドクン…
これはもう生理現象だ、起こってしまう者はどうしようもない。
ドクン…ドクン…
自分の人生の中で過去一番に匹敵するほどの鼓動の力強さを感じる
ドクン…ドクン…
頭の中が強張って、強張って、強張って強張って強張って................
ドクン…ドクン…
................静まり返る。
『ハイスターt---』
---うおっ!!---
---なんだ!?---
---きゃあ!!---
プレゼントマイクが言い終わるのが速いか否か、開始と同時に一人の生徒が飛び出すと同時に一陣の風が吹いた。
『突風』 それが風臓愛翔に与えられた個性。周囲の雑音に耳を傾けずただその瞬間が訪れるのを待つ、そして試験が始まると同時に、後方で貯めていた風によるブーストを受け会場に誰よりも早く飛び入る。
(……あれか)
風による推進力を全身で受けながらビルとビルの間を滑るように飛ぶ愛翔の目に数台のロボットが映る。
『目標発見!!ブッコロス!!ブッコロス!!』
(……
こちらを発見すると片言にブッコロス!!と叫びながら接近してくるロボットに思わず苦笑いを浮かべる。倒すべき
(まずは耐久度チェック……っと!!)
空中で回転した状態のまま新たな風によって3ptの
(うん、大丈夫、非力な僕でも十分破壊できる。あとは……)
僕は振り向くと残り二体の
「んぅぅぅ~……やぁっ!!」
僕は新たに生み出した風を上下から圧縮する、そうして生み出された風は強靭な刃となって前方の
「……うん、完成。なかなか成功率が安定しなかったけど、これだったら実践レベルで使えるはず。名づけるなら……安直だけど
無事に役目を終えることができた自分の風に安堵の息をこぼす。次の標的を探すために体を180度回転させると、ガッシャーーーーーーン!!と背後で何かが倒れる音が聞こえる。
振り向くとそこには、下半身と離れ離れになった街灯が無残な亡骸をさらしていた。
「……出力にはまだ調整が必要そうだね......」
時は過ぎ試験も終盤、スタートダッシュも決まり順調に
(この人口密度だとさすがに取りこぼしは狙えそうにないね...それにしても獲物って、ヒーローを目指す人としてどうなの?)
諦めて再び外周に戻ろうとした瞬間、背後から建物の倒壊音と巨大な機械の駆動音が響き渡った。
振り返るとそこにはビルより巨大な体躯を持つ鉄の巨人が体を起こし、周囲を無差別に破壊しながら受験者たちのもとへ体を動かし始めていた。脳内で資料の情報と照会するに、眼前の巨人こそが0ポイントの
(いや、デカいにも限度があるよ!!)
愛翔はそのあまりの大きさに絶句する。宙に浮く彼の下を多くの人が脅威から逃れるため我先にと足を動かす。
(僕も早めに退避しとかないと…ってあの人!!)
愛翔の視線の先では、先ほどまで自分の獲物云々とイきり散らかしていた受験者が涙目になりながら背後の脅威から逃れるため必死に逃げていた。出現位置に近く、素の運動能力が良くないのか表情の激しさと反比例して足の進みは遅いため、巨人の射程範囲内から逃れることができていない。
「ああもうっ!!」
愛翔は一瞬の思考の後に巨人のもとへと自分の体を運ぶ。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
自分の可能な限り最大限の強さを持つ風を巨人へぶつける。個性「突風」、その反動は風の生成中に強さに応じて疲労感を感じるというシンプルなもの。しかしそのシンプルさ故に反動を受ける機会は多く、スタートダッシュを決めたことを含め会場の移動のほぼすべてを風を用いての滑空を使用していた愛翔のコンディションは万全と言うには程遠い状態であった。それに加えて最高風力の風の生成、常に脳のリミッターによっていつ強制的に意識が遮断されてもおかしくない状況でも、逃げ遅れた受験者を目視し時間を稼ぐことだけに意識を集中させる。
「は、やく…………に、げ、てぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
もうすでに愛翔の体力は限界であった。一秒を無限にも続くように感じるなか、なぜ見ず知らずの人間を助けるためにこのようなつらい思いをしているのか、このようなことをしてライバルを助け何になるのか、意味のない事故問答が頭の中を巡る。それでももう少しだけ、あと少しだけ時間を稼げば自分も逃げ意識を手放すことも許される。
そんな淡い希望に縋る愛翔を、重苦しい倒壊音を伴った絶望が襲う。
「う…………そ…………もう一体...!?」
巨人の進行方向にあるT字路それをさらに直進した先、受験者の逃走を妨げるように新たなる巨人がその姿を現す。1体目の時と比べ出現位置の人口密度が高く、多くの人が逃げ遅れ出現した際に発生した瓦礫に体を拘束された人も少なくない。
誰が見ても被害はあちら側の方が多い、彼らを助けるならば今すぐにでもあの巨人のもとへと向かい巨人の足を止め、かつ同時進行で救助活動をしなければいけない。
しかし、今自分がこの場を離れれば再び目の前の巨人は進行を再開する。加えて足止めをしながらの救助は下手すれば瓦礫とともに受験者まで飛ばしてしまうため、最大風力を維持しつつ適切な風量を瓦礫に当てるという並列作業を求められる。
それを現在進行形で意識が刈り取られそうな愛翔が行うことは不可能であり、そもそもここで風の生成をやめ、もう一度愛翔が同じ規模の風を生成できるかと言われれば答えはNO、そよ風を生成する気力も体力も残っていないであろう。
(...ぁぁ...もぅ...むりだ...)
朦朧とする意識の中、ついに疲労感がピークを迎え眠気問う形になり襲い掛かる。
もう、自分の頑張りには意味はない。
自分はよく頑張った
別にこの
このまま眠気にゆだねてしまおう
そうして放棄しようとした意識は___
___破壊音とともに引き戻される。
(...え?)
意識を取り戻した瞬間には、視線の先にいた巨人は頭部を破壊され、破壊した本人であろう少年が宙を舞っていた。
(あれは…確か眼鏡の人に注意されてた…)
巨人はそのままバランスを崩し、背中から倒れていく。
(腕…あんなに赤黒くなって…痛くて痛くて仕方がないに決まってるのに…)
目の前で自分と大して背の変わらない少年が、大きな脅威に打ち勝った。その事実は愛翔の心を大きく揺らす。
(...彼は自分の身を犠牲にしてまで他の人を守った。)
それまで最高だと思っていた風力はさらに勢いを増す。
(...なら---)
朦朧とする意識を今この瞬間だけのためにフル稼働させる。
「僕だってぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
目の前にいる巨人の周囲からは完全に避難が完了したことを確認すると、愛翔は全力を超えた全力を目の前にぶつける。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
視界がかすれる、巨人の足が少しずつ浮く。
「たぁ!!おぉ!!れぇ!!」
巨人がバランスを崩す
「ろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
体勢が傾き、巨人は大きな音を立ててながら倒れた。当たり所が悪かったのか、眼の光を失った巨人はピクリとも動かなくなる。
目の前の脅威を退けることに成功した愛翔は、息を切らしながらゆっくりと下降すると同じように背中から倒れる。
「ハァ...ハァ...つか...ハァ...れた...ハァ...」
天を仰ぐ愛翔を睡魔が襲うが、今度こそ抵抗することができない。
『終ぅぅぅぅ了ぉぉぉぉぉぉぉ!!』
「ハァ...ねむ...いや......」
瞼を閉じ、意識を手放す寸前、最後に愛翔が聞いたのは試験終了のアナウンスだった。
「…………んぅぅぅ,.....あれ?ここは?」
目が覚めた愛翔の目に最初に入り込んできたのは、見覚えのない一面白の天井。僅かに倦怠感が残る体を起こし周囲を見渡す、しかし目に映るのは今横たわっているベッドを囲うようにして設置されたカーテンのみ。記憶と照合するにここは保健室であると確信を持った愛翔はそのままカーテンの窓側だと思われる部分だけ開ける。外の空は赤く染まり、本日の太陽の終了を告げていた。
「おや、ようやく目が覚めたかい?」シャーッッ!!
「ひゅい!?」
年季のある朗らかな声が聞こえたかと思った瞬間、閉められていたカーテンが一気に開け放たれた。突然の出来事にまたもや奇声を上げると同時に顔を声が下方向へ向けると、そこにいたのは身長が一メートル程の白衣を着た老婆であった。
「自分の限界超えた個性の使い方をして...今年の受験生は無茶な子ばっかりだねぇ」
「あ、あの!!」
「ん?」
「も、もう一体の方倒した人...あれから大丈夫でしたか?腕、大変なことになってたんですけど。」
「おやおや、よっぽどいい目を持ってるんだねぇ...安心しな、あの子だったらしっかり完治して帰ったよ。」
「え、完治!?あれって数ヵ月単位ですら治るかみたいな怪我だった気が...」
「治すんだよ、子供を受験に向かわせたら全身傷だらけで帰ってきました...なんて示しがつかないだろう?受験が終わった子を労わって無傷で返すのがあたしの役目さね。」
そういうと目の前のおばあちゃんは布団をはがし、体を支えベッドから起きる手伝いをする。
「ほら、さっさと起きなさい。あんたはただの超過労だったからベッドで寝かせたけど、あのデカブツを壊した子含めてみんな終了と同時に帰ったよ。」
「は、はい!!」
立たされた愛翔は近くにあった自分の荷物を持つと小走りで出ようとする。
「おっと待ちな。」
「ふぇ?」
「…………最後のふんばり、見事だったよ。」
「ッッッッッ!!はいっ!!ありがとうございましたっ!!」
深々とお辞儀をし、その場を後にする。校門を抜け、振り返り校舎を見上げても、やり残したと思うものは何も残っていなかった。
「......うん、大丈夫、やりきった。」
今度こそ校舎を後にする。家に帰るまでの足取りは鉛のように重く、受験中の疾走感は微塵も感じられない。
「......はぁ…………ただいまぁ~」
家に帰ると、この後やるべきことを一旦頭の中から完全に消去し、敷きっぱなしだった布団に体を放り投げる。
体を受験終了時の時とは違う倦怠感が襲う。
しかしあの時より心もちも違っていた。
「ふぅ…………おわったぁ~~~...」
一週間後
「................来ちゃったなぁ…………」
一般的な物より少し膨らんでいるそれを両手で持ったまま固まっている。自分の家であるにもかかわらず、日常的なだらけ切った空気も今だけは存在しない。
「ふぅ~~~...じゃあ、開けようか」
大きく息をつき一息に封を開ける。中から出てきたのは予想と反し薄い円盤状の物体であった。
『んっんん゛~...』
床に落としてしまったそれを拾おうとした瞬間、宙に屈強な肉体を持った作画の違う男性が映し出される。
『私が投影された!!!』
100人に聞けば100人が
「す...すっごい...」
『まずは謝罪を一つ、諸々の連絡が遅くなって済まない。手続きに時間がかかってしまってね。』
「い、いえいえいえいえ、そんなお、恐れ多いです!!」
再生映像にもかかわらず、その圧から思わず頭を下げ謝罪してしまう。
『次になぜ私が映っているかというと他でもなく、雄英に務まることになったからなんだ!!』
「え、じゃあもしかしたらオールマイトの授業受けられるかもってことなんですか...?」
再生映像にもかかわ(以下略)
『そして最後!!入試結果について!!』
「っっっ!!」
ついに来た本題に思わず息をのむ。
『単刀直入に言おう、君は文句なしの合格だ!!筆記は十分!!実技36
「に、2い…!?」
自分でも予想できなかった結果に、尻もちをつきながら両手で口を押える。
『1位との差僅か1
「っ!!っ!!っ!!」
あふれ出てくる感情を抑えきることができず嗚咽が漏れ出てくる。映像は止まったのに再生機器の電源を落とすことすらままならない。
「っっっっっっっっっっぃやったあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
一人の少年の心からの叫びが響き渡る。
これはどこにでもいてたった一人しかいない少年が、自分に胸を張れるヒーローになるまでの物語である。
亀投稿になるのをご了承くだせぇ