【堕胎志望/ヒーロー志望】が緑谷出久に殺されるまでの話 作:あるらしい
「産まないでください。
終わらせてください。
そのために飛び降りたのに、そのために薬を飲んだのに、どうかこれで終わりにしてください。
流してください。
堕してください。
どうか俺をこの微睡みの中で死なせてください」
母体の中で胎児が叫ぶ、無論その言葉は声にならずに虚空に消えていく。
言葉にならず誰にも届かず少女の願いは叶わない。
「このままここで緩やかになんの苦痛も感じることなく死なせてください。
苦しみたくないのです。
蔑まれたくないのです。
期待したくないのです。
見捨てられたくないのです。
前世で苦しみ尽くした俺に二度目などいらないのです。
だから、どうか」
帝王切開により一人の命がこの世に生まれ出でた。
光が彼女の目に差し込む。
赤子の少女に力があったのなら今すぐにでも自らの首を掻っ切っていただろう。
実際その日の夜に彼女は死ぬつもりでいた。
その声を聞くまでは。
「これが僕の妹・・・・・・?」
その声を耳にした途端、その興味津々な顔を目にした途端、それが誰だか思い出した瞬間、彼女は理解した。
自らが生まれてきた理由を、自らの依存先を、自らが持つべき目的を。
「ヤバい・・・・・・緊張してきた・・・」
こういう時は手のひらに3回豚の文字を書いてそれを舐めればいいんだったっけ、人だった気もするが正直どっちだっていい。
そんなことを考えながら電車に揺られる。今日からぼくは雄英高校の一年生、新しい生活とそこで出会う人たちのことを考えると、ワクワクと緊張で足がガタガタしてしまう。
「爆豪さんとか仲良く出来るかなぁ・・・」
前世で神の視点からページをめくっていた時と今は違う。爆豪さんも緑谷さんも正真正銘生きてる人間、言葉を投げ掛ければそれに対する言葉が返ってくるんだ。
今まで『僕のヒーローアカデミア』に出てきた人間と会ったことはない、喋ったことも触れたことも何もない。しかし今日僕は担任の先生とクラスメイト十九人、合計二〇人の
『○■駅です。お降りの方は────」
車内にアナウンスが響き、その声は電車が目的地に到達したことを示した。立ち上がって電車を降りる。言うまでもないことだが平日朝の駅は混雑している、出勤ラッシュに被ってしまったらしい。
人波を潜り抜けて改札を抜け、エスカレーターを登り外へ出る。すると後ろからトントンと肩を叩かれる。何か用事でもあるだろうか、なら誰だろうか、それともハンカチでも落としたのだろうか、などと考えつつ振り返る。
「ボールペン、落としてるぞ」
「あ、マジですか。ありがとうございます」
そこにいたのは黒スーツを着た長身の女性、髪はピンクと暗めの青が混ざっている。差し出された手のひらにの上には愛用のボールペン。ぼくは、常にメモ帳とボールペンをセットで持ち歩いている。
日常で気づいた細かなことを記録するためだ。今日は、それを背負っているバックの外ポケットに入れていた。どうやら、それを落としてしまったらしい。
感謝をしつつボールペンを受け取る、その時ぼくは違和感を感じていた。何故だか目の前の女性を、どこかで見たことあるような気がしたのだ。
気のせいかと思い、ボールペンを外ポケットに入れ直していると、女性は何かに気づいたような顔をした。
「人違いなら悪いが、おまえもしかして足立玲か?」
「なんでそれを・・・・・・」
「まさかこんなところで会えるとはな。手間が省けて助かるよ」
足立玲、それは確かに今世における僕の名前だ。有名人でもなんでもないぼくの名前、それを言いてられたことに困惑していると、女性は納得したように頷いた。
「困惑するのも無理ねェな。それじゃ話を───っとそれより自己紹介がまだだったな、ウチは筒美火伊那。元プロヒーローのレディ・ナガンって言えばわかるか?」
「公安直属───────」
そこまで口に出して過ちに気づいた。そんなこと一般市民のぼくは知るはずないのだ。レディナガンが公安直属のヒーローだったということは公式には公開されていない。
待てよ、それ以前に何故筒美火伊那がこの場所にいるんだ。タルタロスに入っているんじゃなかったのか。昔見たニュースでは『レディナガンは同僚のヒーローと言い争いになり殺人という罪を犯した』と報道されていた。
もちろんぼくは知っている、それが嘘だということを。疲れ果てたヒーローが当時の公安委員長を殺害した、その事実が隠蔽されたことを。
ぼくは確かに筒美火伊那の逮捕報道を見た、それは確かだ。なのに、なのに何故。必死に思考してみても、答えなんて出てこない。唯一思いついたのが『別人が筒美火伊那の名前を騙ってる』という可能性。しかし彼女の容姿がそれを否定した。
思い出したのだ、あの顔立ちと髪色は昔TVで見たヒーローのものだと。あの時よりは老けているが、本人であることに間違いはないだろう、多分。
だとしたら、目の前の女性はいったい何者なんだ。タルタロスから出てこれるはずがない、公安の秘密を握る彼女を国が釈放させる筈がない。
グルグル、グルグルと脳みそを回転させる。今、自分が論理的思考を出来ているかすらわからない。それほどに目の前の女性との出会いはぼくを混乱させた。
「なんだ知ってんのか。ネットにも出回ってない情報のはずだが、まぁそれはいい。今時間あるか?」
「え、いや、ちょっと待って下さいよ。まだ状況を飲み込めてなくて・・・・・・そもそもあなたは公安委員長を殺して逮捕されたはずじゃ・・・・・・」
「そこまで知ってんのか、
「遠慮しときます!」
危険な情報だぞ、と言いたげな目をする筒美さんに対して全力で否定する。地雷は避けるが吉。
「そうか?別にウチにとっては極秘情報でもなんでもないんだが。公安は血眼になって隠蔽するくらいのもんだ」
「それ完全にアウトなやつじゃないですか!というか僕はそろそろ学校なので行きますよ、本当にすいませんが用事は後でお願いします」
何か僕に用事があってきたのなら、そのまま帰ってもらうのは相手に悪いと思うのだが、流石に初日から遅刻はシャレにならない。
「おいおい申し訳なさそうにする必要なんてねェよ、むしろ申し訳ないのはこっちだ。いきなり声かけて時間取らせちまって悪ぃな」
その言葉を言い終えると 筒美さんはスーツの内ポケットから名刺を取り出した。
「いきなり電話番号交換・・・・・・ってほど信用は得られてねェよな。時間ある時にここに書いてある番号に連絡してくれよ。少し話したいことがある」
名刺を受け取り、そこに書かれている情報を読み取る。 筒美火伊那という名前と電話番号、それだけ。名刺というものに詳しくはないが、こういうのは大抵勤めている会社名とかも一緒に書かれているのではないのか。無知な名刺素人の戯言だけれども。
「今日はちょっと無理かもしれないですけど、暇な時に電話してみます」
名刺をポケットにしまってから、 筒美さんの言葉に応える。 筒美さんは少し驚いたような目をしてぼくを眺めた。変なことは何も言っていない筈だけれども。
「面倒ごとをとっとと終わらせるための社交辞令・・・・・・じゃないか。純粋にウチのことを信じて連絡しようとしている。さっきのも本当に申し訳無さそうだった。なぁ、怪しいとは思わねェのか?」
「え?」
「目を見れば、相手が何考えてもの言ってんのかだいたいはわかる。公安に仕込まれたスキルだ」
瞳孔の開き具合とか色々あんだよ、と言いながら筒美さんは言葉を続ける。
「騙されてるとは思わねェのか?別人が化けてるとは?それに今のウチは、おまえから見たら赤の他人で単なる不審者だ。そんなやつのスマホに電話しようとか、おまえそのうち詐欺に引っかかるぞ」
「あはは・・・・・・ちょっと油断してました。単に昔テレビで見たのと同じ姿だからいっかなぁ・・・・・・って。それにそんな完璧な変装個性持ってる人は僕なんかをハメます?ただ名刺渡しただけですよ?」
「まぁそりゃそうか、だが本人だと分かったからって無防備になりすぎじゃねェか?この前元ヒーローが詐欺師になった事件あっただろ」
「連日TV特集組まれてましたよ。結構実績のあるヒーローでしたからね」
ヒーローチャートトップ20にも入ったことのある実力派ヒーロー、それが引退した後詐欺を働いたと判明してメディアはてんやわんやの大騒ぎ。他のヒーローの呆れ果てながら「関係は一切無い」という旨の声明を出していた。
「あーなんか上から目線の説教になっちまったな、悪ぃ」
頭をポリポリ掻きながら、申し訳なさそうな顔で筒美さんは謝った。確かに放課後教師のお説教みたいだったけど、ぼくは全然不快じゃなかったなんだ。
「大丈夫ですよ、むしろ嬉しかったです。だって」
「だって?」
「ぼくはあなたのファンですから」
筒美さんは目を見開いた。見たことのないものを見るような瞳で、何か形容し難いものを見るような瞳で、ぼくを見下ろした。筒美さんはぼくより身長が高い。
「・・・・・・ウチが公安の委員長を殺したのを知ってんのにか?」
「─────それでもです。ずっと、ずっと昔からの大ファンです。憧れなんです」
ぼくが小学校に上がる頃には、もうレディナガンは捕まっていた。だからYouTubeなどで彼女の動画を見まくった。インタビューや戦闘の映像を。
オールマイト、エンデヴァー、レディナガン、などなど。小さいテレビ画面に映し出された彼らを見て、ぼくはヒーローになろうと決意した。
人を殺そうがなんだろうが、ぼくにとっては憧れの人たちなんだ。この気持ちが変わることは未来永劫ないだろう。
ヒーロー志望として可笑しなことを言っている自覚はある、だが省みるつもりはない。前世からの感情を、抑えられるはずがあるものか。
「随分と変人だなおまえ・・・・・・これが雄英合格者、青くさいヒーロー志望の目か」
筒美さんは後ろを向いて去っていった。捨て台詞を残して。
「
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