ソードアート・オンライン 本能の牙-instincts- 作:新世界のおっさん
一人は兄の生き方に殉じて多くの仲間を守った。
片や歪んで、片や素直にそれらを受け止めた。
二人は今激突する。
「ヒースクリフは……やっぱり……」
あの謁見の後にイノセンスはキリトから事情を聞いた仲間達にかなり心配されたが、問題ないとだけ伝えて一人で第一層の<はじまりの街>に着ていた。夜はとても静かなこの場所は落ち着くには良い場所だった。
「なあ……兄貴……ヒースクリフは……<茅場晶彦>なんだろう?……分かっちまったよ、感覚的にだけど……」
(なあ……直貴……学校にな……俺の理想を……分かってくれる奴が……いるんだよ)
自らの問いに、かつての兄の言葉が重なってくる。
(そいつな……すっげぇ頭良いのに……友達作るの下手でさ……俺が初めての友達だってよ……笑っちまうだろ?)
「兄貴……」
彼は病院のベッドで苦しみ息も絶え絶えに弟に自らの言葉を伝えてきた。
(アイツといつか……理想の世界を実現したい……誰もが満足に生きられるような世界……怪我だろうが、病気だろうが、関係なく元気に走り回ったり翔んだりできるさ……!)
「茅場晶彦……ここは確かにそんな世界だよ……でもさ……人が死んだよ……いっぱい……死んだんだよ……」
イノセンスは虚しくなった、兄の理想が人の心を救うと思っていた。彼の生き方は多くの人を助けたから。
だが現実ではその理想を実現させようとした人間により、巻き込まれ命を散らした人たちがいて。自分は手の届く範囲の人しか守れなかった。
(でも……俺の願いは叶わないな……分かるんだよ……俺には……残酷な未来が見える……だから直貴……)
「あんたの考えは理解できる……この世界そのものは兄貴の理想だから……でもさ、兄貴は本当にこんなこと望んでいたかな?」
(困ってる人がいたら……出来るだけ多くの人に手を差しのばすんだ……そうすれば皆笑顔でいられる……出来るね……直貴……)
「あんたは……兄貴の一面だけみて、全てを理解していたつもりだったのか?」
(直貴は俺と違って……身体が強いから……さ……頑張れ……よ……)
兄の死に直面し、兄を失い死を理解した。
その時からイノセンスは生きると言う事を大事に考える様になった。そして、兄の言うように生きて見せた。
「もし、そうなら俺はあんたを止めるよ……全力でね」
イノセンスは誓う、
死んだ兄のため、
閉じ込められたプレイヤー達のため、
愛する仲間たちのため、
そして……理想に生きた一人の天才(馬鹿)のために。
「パパ……」
「……今は、一人にしてあげよう?」
「……もちろんですよ」
「稲生君は、私が絶対守る」
「あいつ本当に何でもしょい混む馬鹿よね……」
少女達が彼を見守っていたのは、彼には内緒である。
次の日、第75層のコロシアムにてプレイヤーの大多数が集まり観客として勝負を楽しみに来ていた。
「サンドイッチなどいかがですか~!」
「ヒースクリフ対イノセンス!どっちが勝つか賭けてみないかい!!?」
「客席こちらは満員です!」
「……事情を知ってるこちらからするとかなり不謹慎だな」
「仕方ないです、他のプレイヤーの皆さんからすれば本当にただのデュエルですから」
一方でこちらは攻略組が集まっている席では、内情を知っているメンツから多方に報せが翔んでいた。
「本当にイノセンスが、ヒースクリフは茅場晶彦だと言ったのかい?」
<アインクラッド解放軍>のリーダーであり、イノセンスの戦友ディアベルは報せを聞き最初は信用はしたがまだ若干半信半疑な感覚であったため、再度確認する。
「間違いありません、私たちが聞いてましたから」
少女達は頷く。
「君らがそう言うのならば間違いはないだろうが……イノセンスは一体どうするつもりなんだ……?」
「イノ君は……多分ここで決着をつけるつもりです……このゲームと、二人の間の因縁に……」
ディアベルの質問に真剣な表情でサチが答える。
「だから、もしもを考えてあなた方<軍>に頼ったのよ……これからヒースクリフがどんな行動に出るか分からないから」
「なるほど……のみこめたよ、是非手を貸させてくれ!」
トトの言葉に合点が言ったのか、ディアベルは笑顔でサムズアップした。
そんな彼(彼女)らが見守るなか、ヒースクリフとイノセンスはコロシアム中央に立ち、互いに向かい合っていた。
「すまないな、まさかここまで大事になっているとは……」
「いや、これは想定の範囲内ですよ……俺にとっては」
「ほう……こうなると分かって挑みに来たと?」
「そうですよ、こうでなくては意味がない」
イノセンスは神刀<金鵄>を抜き出す、刀身が眩い光を放つ。
「! それは……!」
「ヒースクリフ……いや<茅場晶彦>、勝負だ」
「……どう言う意味かな?」
「この後に及んでまだ白をきるつもりか?」
目をそらすヒースクリフをイノセンスが睨み付ける。
「あんたは歪んでる、今それを正してやる」
イノセンスはメインメニューを操作し、左手に<緋連雀>を装備してスキルを<短刀>から<二刀流(裏)>へと切り替える。
「あいつも二刀流だ!やっぱチートなんじゃねぇか!?」
「イノセンスが二刀流!?聞いてねぇぞ!」
客の罵声が聞こえるがスルーし、ヒースクリフを見据える。
それを受けてヒースクリフが突然笑みを浮かべる。
「私を正す?面白いやってみせてくれたまえ……出来るものならね……」
ヒースクリフも剣を抜く。
イノセンスを見つめる目は感情が読み取りづらかった。
デュエル申請をし、モードは初撃決着モードに設定する。
HPゲージが回りにも見える様になり、カウントが始まる。
(天才のあんたに教えてやる、人の理想ってのは無関係な奴を犠牲にしてまで叶えようとするのは間違ってるってな)
(私が歪んでいる……?いいや、これは私たちの理想だ……例え彼の弟である君でも覆させはしない)
ゴングがなり、二人は同時に飛び出した。
最初はヒースクリフの剣の斬撃からの盾による打撃、神聖剣ならではの攻撃だがどちらもイノセンスは避ける。
そのまますぐ攻撃に転じたが、盾により防がれる。
一進一退の攻防。
AGIの高さを活かして<二刀流(裏)>による高速で鋭い斬撃と素早い回避によるヒット&アウェイの戦法のイノセンス。
対して高いVITと<神聖剣>により堅い守りで実直に相手を見据え、隙あらば斬りかかる待ちの戦法のヒースクリフ。
対極な二人は簡単には勝負がつかない……様に思われたが。
イノセンスが動き出す。
「奥の手その1!!」
「!?」
そう叫ぶと剣撃の合間に体術スキルを織り混ぜる、これにより手数増やしと隙減らし、そして移動しながらの多角攻撃でジリジリと詰め寄っていく。
「くっ!おおっ!」
「そこだ!!」
焦るヒースクリフに隙が出来た所に体術スキル<通打>を叩き込むイノセンス。
普通なら決まるはずだったが、相手はあのヒースクリフ。
突如流れに逆らった動きになりギリギリ回避する。
「あれはまさか!」
「結ちゃん?」
結は気づいた、あれは明らかに<チート>だった。
普通ありえない動き方と速さだったので直ぐに気づいた。
(そうまでして勝ちたいんですね、<茅場晶彦>)
基本は公正を貫いていた彼がそれを曲げてまで勝とうとしている。元カーディナルの一部である結は複雑な心境だった。
しかしこのチートは本人も無意識の物であり、ヒースクリフは自分で驚いていた。
(まさか、こうなるとは不本意な上に申し訳ないのだが……やらせてもらう!)
ヒースクリフはそのまま大きな隙があるイノセンスに対し剣を振り上げる。
「終わりだ、<稲生君>」
「奥の手その2!!」
「な!?」
その台詞に応じる様に<金鵄>のユニーク効果により閃光と爆音が放たれ、ヒースクリフは思わず顔を両手で覆う。
(くっ!忘れていた!これが<金鵄>のユニーク効果か!何も見えんっ何も聞こえんっ……だがスタンはしない故に動けはする……場所を把握出来れば勝機はある!)
ヒースクリフは索敵によるレーダーを発動する。これにより視界が鮮明でなくても敵の場所は把握できる。
イノセンスの反応は背後から接近していた。
「フッ!今度こそ君の負けだァ!!」
ヒースクリフはレーダーに合わせ横に一閃する。
……しかし、手応えがない。
視界が鮮明になってきて彼の目に入ったのは
翔びながら弓を構えるイノセンスだった……
ガンッ!ガガガガンッ!とヒット音が響く。
弓のソードスキル<サイドワインダー>特有の音だ。
ヒースクリフは慢心していた、どこかで<イノセンス>をただの彼の弟なのだと見くびっていた。されど負けは負け。
間違いなく<稲生直貴>に自分は翻弄されていたのだと認める。
ヒースクリフは衝撃により吹っ飛び倒れる。
それと同時に彼の前に浮かんだのは<you lose>と<システム的不死>の二文字だった。
一度に明らかになった事実にコロシアム内は騒然とする。
最強の騎士が敗北した事実とその人物<ヒースクリフ>が常識的にありえない<システム的不死>だったのだから。
「え……どう言う事だ?」
「団長は……プレイヤーじゃない?」
「いや、だが今まで俺達と一緒に戦ってくれてたじゃないか!」
混乱する<血盟騎士団>、他の一般プレイヤーについては唖然とするしかなかった。
「あんたの負けだ!!<茅場晶彦>!!!」
イノセンスははっきり他のプレイヤーにも分かるように声をあげる。より騒然となる。
「ヒースクリフが茅場晶彦!?」
「俺らは今まで騙されてたのか!?」
イノセンスはそれを確認した後、今度はヒースクリフを見る。
「兄貴は……確かにこんな世界を……リアルな仮想現実を理想にしてたのかもしれない……だがな……これだけの人間巻き込んで殺したら本末転倒なんだよ!!」
イノセンスは激昂しながら近づいて、ヒースクリフにまたがり胸ぐらを掴む。
「兄貴はあんたが考えてる以上に人の死に敏感な人間だった……これじゃあ……あの人が浮かばれねぇだろうが!」
死んだ兄を思い浮かべ涙を流すイノセンス。
その<青い瞳>を見つめながらヒースクリフは語り出す。
「……私は……研究を重ねるうち……どこかに色々と置き忘れたのかもしれない……」
「……え?」
驚き力を緩めるイノセンス。ヒースクリフはゆっくりとイノセンスを制して起き上がる。
「いつ頃からだったかな?空を飛ぶ城の空想に囚われる様になったのは……多分、小さい頃からだった」
ヒースクリフは一言一言を絞り出すように、言葉を紡ぐ。
「成長しても無くならないそれは高校ともなると周りは関心を持たなくなる、私が話しても<それはただの妄想>だと言われた」
「……」
「だが、それを認めてくれたのが……君の兄だった……一人だった私に話しかけ……自分の理想も語ってくれて、友達にもなってくれた」
ヒースクリフのアバターが少しずつ変化していき、若き天才研究者<茅場晶彦>の姿へと変わっていく。
「彼が死んでから私は必死に研究に打ち込んだ……なんとしてでも私の情熱が冷めないうちにこの、理想の世界<アインクラッド>を完成させようとしたんだ……」
「……それで……SAOが完成した……」
「ああ……だが……君の言う通り、私は彼の生き方からは目を背けていた……ある種彼の死から逃げるためにこんなことをしたんだと……今更ながら気づいたよ……楽になりたかったんだろうな」
茅場晶彦は涙を流す、自分の不甲斐なさからか、今になって友の死を受け入れたからかはイノセンスには分からない。
周囲の風景が変化していく、歪んでいく。
世界が終わる、天才の空飛ぶ城が崩れていく。
サチ達が走りよってくる。
「イノ君!!」
「パパ!!」
「イノさん!!」
「稲生君!!」
「イノセンス!!」
「イノ!!!」
「イノぉ!!!」
「ジェダイ!!!」
「お前ら……」
「君は彼らとともに生きたまえ……私のようにはなるなよ」
「茅場!あんたは!?」
「全プレイヤーのログアウトがもうじき完了する、ああ、安心したまえ……そらっ」
「!?これは?」
イノセンスの手には水色の宝石がついたネックレスがあった。
「結君のデータチップだ、先程全記録を完了しアイテムに変換した……好きにすると良い」
「あ、ありがとう……じゃなくて!」
「私は、今更帰る場所もない……彼のもとへ行くとしようか」
「ふ、ふざけるな!!あんたどこまで勝手なんだ!」
イノセンスの叫びに茅場晶彦は笑いながらこう言った。
「私たちの理想を君に託す……<また会おう>」
全てが光に包まれた。
あの後、助かった八千超のプレイヤーは病院で目覚めた。
自らが生き残った事を喜ぶ者、家族と再会し泣き出す者、果てはアインクラッドを惜しむ者、様々であった。
イノセンスはと言うと目覚めた直後、母親に抱き締められうめき声をあげ、政府関係者から質問攻めにも会い大変だった。
そして、
「おかえり……そして、ただいま……イノ君」
「ただいま……そして、おかえり……サチ」
二人は泣いて抱き締めあった。
第一章<アインクラッド>……完
お疲れ様です!これにて本能の牙終わりです!!
……ではありません、これから第二章が始まります。
次ぎはもちろん<ALO>が舞台ですが、展開が大分違うためオリジナルですね(笑)
ただオベイロンは出てきます。テラ子安です。
引き続き、稲生直貴のハーレム道……ご期待ください!