ソードアート・オンライン 本能の牙-instincts- 作:新世界のおっさん
修羅場はある意味GGOより殺伐とします。
GGOを始めてから丁度一ヶ月が経った。
ここまで大分突っ走ってきた直貴だったが、そろそろ一度思いっきり休もうと考えた。
やはりGGOは現金が掛かっているだけあり、かなり力が入る。
休憩でも入れないと、神経が張り詰めてしまいそうだ。
詩乃が良く合間に自分を呼び出していた気持ちが、直貴は何となく分かった気がする。
「さぁ、今日はゆっくり過ごそう」
彼は鏡の前でグッと背伸びした。
今日は学校が休みなため、久方ぶりに直貴は和人に電話した。
『もしもし……何か久しぶりだな、そっちから電話してくるの』
「ああ、今日は久方ぶりに休みにしようと思ってな」
『ほう……それはそれは……』
直貴の言葉に和人は妙な反応をした。
「何だその意味深な反応は?」
『別に何もないぜ、それで何のようだ?』
「ん?ああ、暇だからさ、お前と遊ぼうかなと」
そう言われ和人は暫く考えた後、こう切り返した。
『実は最近俺の家の近くに温水プールの施設が出来たんだが……行かないか?』
「おお、それは朗報だ……是非行きたいな」
何となく身体を動かしたかった直貴は、和人の誘いにのる。
『だがな、その温水プールは団体料金が安いからさ、他のやつも誘おうぜ?』
「……何かお前の意図が読めた気がするが……最近皆とは遊んでないし、分かった、皆で行こう」
『ふふっ、そうこなくっちゃな、じゃあ皆に連絡しておくぜ、集合は俺の家な』
「はいよ、じゃあまた後で」
直貴は電話をきり、溜め息をつく。
どうにも和人は直貴が、女性関係で四苦八苦するのが好きらしい……或いは直葉を推す為の作戦か。
どちらにしろ、直貴に平穏は無さそうだが。
ふと電話が掛かってくる……相手は詩乃だった。
『もしもし、直貴?』
「おう、急ぎの用事か?」
『ええ、そうなの……聞いてくれる?』
「……いいぞ、どうした?」
電話ごしの彼女の様子からして、何か事情がありそうだったので直貴は聞くことにした。
『実は最近私がやってるゲームの仲間がね、オフ会って事で三人で遊びに行こうって話になって……その場所が最近埼玉に出来た温水プールなんだけど、その、不安だから一緒に来てほしいなと……』
「ーーーー」
不安そうに話す詩乃に対し、直貴はその内容に一瞬思考が停止した。
が、すぐに気を取り直し、彼女に自らの話を持ちかける。
「なあ、詩乃、団体料金なら安くすむよな?」
『えっ?』
詩乃は今頃頭の上に疑問符を浮かべただろうと、直貴は想像し、笑った。
どうやら皆休みで暇していた様で、尚且つ直貴の参加と聞いて、数多のメンツが集まった。
早見幸穂、東条冬、綾野珪子、篠崎里香、紺野木綿季、紺野藍子、桐ヶ谷直葉、桐ヶ谷和人、結城明日奈、壷井遼太郎、そこに朝田詩乃、西原夏樹、多木美恵の三人が加わり、直貴を合わせると14人の団体だった。
美少女だらけの中、遼太郎は歓喜し、直貴はかなり複雑な顔をしていた。
「(夏樹がナッチ、美恵が滝30だって?……なんて巡り合わせだよ……)」
直貴はシノンが詩乃である事は分かっていたが、二人の事は分かっていなかった、しかし思い返せばナッチはイノセンスに憧れていると言っていた、滝30はSAO生還者である事は10日前の件で判明していた。
「なら、これも必然だったんだな……」
そう呟き、プールサイドで柔軟をしていた直貴。
彼の視線の先では既に和人と明日奈が楽しそうに戯れていた。
それを何となく眺めていると、不意に肩を叩かれた。
「何、他人の兄の情事見ながら黄昏てんの?」
「おう、スグか……いや、相変わらず仲が良さそうで何よりだなと思ってな」
どうやら肩を叩いた人物は、和人の妹である直葉だったようだ。
然り気無く話しかけながら、隣に座り、話を続ける。
「てか、ホントに久しぶりだね、直貴はいつも通りで私は安心したけど」
そう言って安堵の表情を浮かべている直葉。
彼女を見て直貴は言う。
「スグは、何か変わったな」
「えっ?そ、そう?どんなとこ?」
彼の言葉に反応し、少し緊張する直葉。
直貴は続ける。
「髪伸ばしたろ、昔は結構短かったのに今肩位あるし……それに少し背が伸びた、やっぱ成長期だからかな……」
「う、うん……髪は何となく、意識?してたけど……背も伸びた?」
「ああ、前よりスラッと見える」
「えへん、私だっていつまでも子供じゃないもん」
素直に褒めてくれる直貴の言葉は、直葉には少しくすぐったかったが、心地もよかった。
だが、直貴の言葉はまだ続きがあった。
「そうだよな……雰囲気も落ち着いてきてさ、大人っぽくなってきてるし……」
「ほ、本当?」
「ああ、何て言うか……綺麗になった……」
「ーーーー」
鼓動が高まる。
彼の嘘偽りない言霊が、直葉を刺激した。
自分の身体が無意識に直貴の頬に手を添える。
「スグ……?」
直貴は突然触れられ困惑する。
その様子を見てなお愛おしくなる直葉。
近づいていく二人の距離。
「ドッコイショーー!!」
「グハァッ!?」
が、重なることは無かった。
不意討ちで、側頭部にビーチボールがクリティカルヒットし、プールに落ちる直葉。
その様をキョトンとして見ている直貴。
「すみません、手が滑りました~直葉さん大丈夫でした~?」
明らかに白々しい態度で歩いてきたのは、短めなツインテールを揺らしながら笑っている、ビーチボールを投げた張本人の珪子であった。
「珪子?」
「はい、貴方の珪子です!」
直貴に呼ばれ元気に、そして積極的に答える珪子。
彼女の様子で先程のはわざととは分かっていたので直貴は苦笑する。
「君は変わらないな、いつも元気で明るい」
「そ、そうですか……私としてはもう少し変わってて欲しかったですね……」
直貴の言葉は嬉しくはあったが、やはり先程の直葉のように、もっと大人に見て欲しかった珪子は残念そうな声をあげる。
「……変わらない良さってのもあるさ」
彼は少し考えてからそう言って立ち上がり、珪子のそばまで行き頭を撫でる。
「俺は、珪子の雰囲気が好きだ……親しみやすくて、可愛らしくて、それでいて健気で積極的で……」
「は、はわわ……」
突然の誉め言葉の連続に、たじたじな珪子。
その様子を見て直貴は微笑み、告げる。
「だから、いつまでも君は愛おしい……」
「ーーーー」
固まり赤くなる珪子。
彼から、直貴から視線が外せなくなる。
ずっと見ていたい、側にいたい。
珪子は口を開く、彼に想いを伝えるため。
「わ、私は直貴さんのソバァッ!?」
「オウッ!?」
しかし、その想いが伝わる事はなかった。
彼女の顔面にビーチボールが会心の一撃を決め、プールサイドに沈んだからである。
これに驚愕して、ボールが飛んできた方向に直貴が目を向けると、怒りに震える山(胸)がいた。
と言うか直葉だった。
「何さりげに横から掻っ攫おうとしてんのよ!?この泥棒猫!!」
まさに昼ドラのようなセリフを言う直葉。
直貴は別に彼女と付き合っている訳でも夫婦な訳でもない。
しかし、それを言うのは無粋だと直貴は黙っていた。
「独断専行をしたのはそちらじゃないですか……こちらはそれに対して相応の対応をしただけです」
鼻を擦りながら涙目で珪子は立ち上がる。
二人は今一触即発だった。
「ふん!恋愛に協定なんて不要!好きあったもん勝ち!それが普通!私はSAO組みたいに妥協はしない!勝ち取りにいく、リアルファーストキスを!お兄ちゃん!明日奈さん!援護を!」
「俺はスライム相当だけどな……」
「任せて直葉ちゃん!義姉の力を見せてあげる!」
直葉の呼び掛けに兄と義姉が彼女サイドに参戦した。
「皆で分かち合う、それも大事な事!直貴さんは皆の直貴さんです!それを一人占めしようなんて……言語道断!守り抜きます、リアルファーストキス!幸穂さん!里香さん!冬さん!お願いします!」
「今は何としても直葉ちゃんの猛攻を退けないと!」
「私は停戦派だけど、さっきのは見過ごせないからね!」
珪子の呼び掛けに強敵(とも)と戦友(とも)が参戦……しかし。
「……あれ?冬さん?」
呼び掛けに応じなかった冬。
気になり珪子が振り向くと、そこには。
「………………」
瞳を赤く輝かせたターミネーターがいた。
と言うか冬だった。
『ゲェッ!?ターミネーター!!』
以前のALO大戦においてその力を振るい、ラスボス(リーファ)と互角に渡り合った怪物。
それが本能の牙を発動させた、東条冬なのである。
「喧嘩両成敗並びに、二名の独断専行に対して制裁をする……覚悟できた……?」
「だ、第三勢力なんて上等じゃない!」
「こ、こうなったら徹底抗戦です!」
こうして、プールにおける大惨事大戦が幕を開けた。
最早止まらない事態に頭を抱えた直貴に遼太郎が声をかける。
「そんなとこいっと、巻き込まれるぜ、それよりこっち来てくんねぇか?」
遼太郎が親指で示した方向では、木綿季が藍子に手伝って貰いながらリハビリをしていた。
「……そうか、手術成功したんだもんな」
木綿季は事故で脊髄を損傷して下半身不随になった。
今の医療技術ならば治す事も可能だったが、かなり高い手術費用を当時の紺野家では出すことが出来なかった。
しかし、藍子を助けた後、仲間たちと募金活動やバイトなどで駆け回り、お金をかき集め、手術に踏み切ったのである。
「分かった、そっちに行こう」
直貴は遼太郎とともに向かった。
一方で、詩乃と夏樹、美恵は緊張した面持ちでプール内にいた。
詩乃は目をつむり、夏樹は手に拳銃型の精巧な水鉄砲を持ち、後ろ手に隠し、美恵は二人を心配そうに見ている。
「……あんたの話は聞いた、だからこそ聞く……良いんだね?」
「ええ、そうしてくれないと……意味がないから」
「詩乃ちゃん……」
「分かった……じゃあいくよ!!」
「ッ!!」
掛け声と共に、詩乃が目を開き、夏樹が銃を構える。
瞬間詩乃の身体が硬直……だが特有の発作は起こらない。
GGOによるリハビリの成果が出た何よりの証拠だった。
「……はい、終わり」
「ふぅ……」
「詩乃ちゃん!これなら大丈夫になるんじゃないかな!?」
夏樹が銃口を外すと、硬直が解け、息を吐き出す詩乃。
美恵はこの結果に希望があるように感じた。
「確かに……ただまだ日常に支障が出るレベルだけど」
「そう、もっと頑張らないと……迷惑かけたね二人とも」
詩乃は二人に申し訳なさそうに言う。
「大丈夫、気にすることなんて無いんだよ?」
「確かに少しめんどくさいけど、あたしたち友達だし、そう言うの言いっこなしよ」
「友達……」
二人の温かい言葉が身に染みる詩乃。
三人は既に良き友人として絆が出来ていた。
「ありがとう……二人とも……」
そう言って、詩乃は微笑む。
「うん、どういたしまして」
「こっちこそ、ありがとね……所でさぁ」
「ん?」
ふと夏樹が表情が柔らかいものから険しいものに変化する。
「あんた、直貴さんとはどういう関係?」
「えっ?」
「な、夏樹ちゃん、このタイミングでそれを切り出すんだ……」
夏樹は直貴に対して最近告白するくらいに好意を抱いている。
そして彼女は分かっていた、今回の団体プール参加メンバーの女子で、明日奈と美恵以外は全員彼に対して恋をしている。
さらに言えば自分よりも長きにわたり、好意を抱いているだろう……となると確実に自分は不利な立場にある。
だからこそ敵か敵じゃないかの線引きが必要だった。
故に怪しかった詩乃に聞いたのだ。
「直貴との関係……そうね……私は彼に救われた……身体も心も全部、守り、癒してくれたの……だから私にとって彼は……特別な存在……かしらね」
詩乃はとても大事な事柄を、二人にはっきり理解して貰えるように話す。
その間は、ずっと微笑んでおり、心のそこから話していることが二人にも分かった。
「そ……そうなんだ!へぇ……!あ、あたしもあの人には救われたよ、そしてそれは今も同じ!」
何だか詩乃の話を聞いていると、矢鱈とムカムカきた夏樹は、思わず対抗心剥き出しで話してしまった。
「そうなんだ……じゃあ私たち<仲間>ね、より一層仲良くなれそう」
「は?<仲間>?……ライバルじゃなく?」
「? 何故ライバルになるのよ?」
しかし、詩乃の反応は夏樹が予期せぬ物であった。
夏樹は詩乃の特別が、どう考えても恋愛のそれにしか思えなかった。
対して詩乃は、夏樹は自分と同じように、苦しみから救ってもらっているのだと受け取った。
両者は明らかにすれ違いを起こしていた。
そして、それを聞いていた美恵はそれを理解した。
「な、夏樹ちゃん!二人は仲間!それで良いじゃない!」
そう言って、夏樹の肩を抱き詩乃に背を向け、今の現状の説明を始めた。
詩乃はその様子を見て疑問符を浮かべる。
「何か違ったかしら?」
「どうかしたのか?」
「えっ?……直貴……」
ふと声を掛けられ、詩乃が振り向くと直貴がいた。
恐らく三人の空気に異変を感じ、こちらに来たのだろう。
「別に、改めて貴方は私に必要だと感じただけ」
そう言って直貴に抱きつく詩乃。
直貴はそれを受け入れる。
一般的に過剰なスキンシップも、二人にとっては当たり前になっていた。
詩乃が甘え、直貴がそれを受け止める。
二人は恋人ではない、だが互いに理解しあう特別な存在だった。
「やっぱり、モテるんだね直貴……あそこで戦ってる人達とか、きっと皆貴方の事が好きなんだろうね」
「ん……まあ、自覚はあるよ」
直貴は彼女らの想いを知っていた。
だが答えるにも、自分は皆を大切に考えており、はっきり答えをだせない。
中途半端な気持ちは、互いに後悔を残しそうで彼は嫌だったのだ。
「そうなんだ……皆可愛いと思うけど」
「だからこそ、半端な気持ちは嫌なんだ……」
「ふ~ん……ならあの中で選ぶなら?」
「えっ?そうだな……」
彼の中でやはり今一番意識している人物は、やはり直葉だろう。
VRとは言え彼女と唇を重ねたのだから。
それでいてかなり積極的だ、距離が縮まるのも早い、恐らくこのまま順当にいけば、彼女を選ぶかもしれない。
「あの子だ、名前は直葉」
「……胸の大きい娘が好き?」
「いや、そうじゃなくて……色々あったんだ」
「……気になる、教えて?」
彼の様子が普段会うとき見られない表情になった、そんな表情にさせる出来事に詩乃は興味があった。
それを聞かれ、直貴はかなり困った表情をした後、彼女に耳打ちした。
「キスをしたんだよ」
「………………え?」
瞬間詩乃は頭が真っ白になった。
「……嘘」
「……本当だ」
今度は頭の中がぐちゃぐちゃになる。
混乱し、動悸が激しくなる。
彼の言葉を受け入れたくない、そんな拒絶の念に囚われる。
「……信じなくない、嫌だそんなの」
「……詩乃?」
一刻も早くこの場を抜け出したかった。
このままじゃ冷静じゃない自分が何を言い出すか分からなくなった。
「帰る……」
「お、おい詩乃?どうした?」
直貴には分からなかった、理解しあっていた相手なのに、今の彼女の状態が分からなかった。
だから追いかけ聞こうとした。
そしてそれに反射的に詩乃は叫んでしまった。
「ついてこないでッッ!!!」
「ーーーー」
詩乃はハッとしたが、既に時遅し、直貴は驚愕の表情を浮かべていた。
詩乃は逃げ出した、彼の顔を見たらまた何か彼を傷つけそうで、それに恐怖し逃げ出した。
あれからプールは、滞りなく終わったらしいが、直貴は常に何かを気にした表情で、周りに心配されたが大丈夫の一点張りだった。
夏樹から詩乃に。
「何があったのかまでは知らないけど、先輩には謝っておきなよ?」
と、気遣いと催促のメールが来ていた。
「……分かってる……そうするつもり」
詩乃はそう呟き、枕に顔を埋める。
彼女はしばらく黙っていると頭に浮かぶのは、直貴と直葉が唇を重ねるイメージ。
「嫌ぁッ!!」
枕を持ち上げ床に叩きつける。
もう何故自分がこんな事をするかは分からない。
ただ。
「どうして……」
ただ。
「彼は特別……大切な存在……」
ただ。
「なのに……なんで彼を想うとこんなに……」
苦しかった。
「うぅ……直貴ぃ……教えてよ……助けてよ……直貴ぃ……!」
彼女は理解出来なかった、自らが持つ感情が、だからあの話を聞き苦しくなって逃げ出しても、こうやって彼に甘えたがった。
彼女を苦しめるのも彼への想い、助けを求めるのに逃げたがる大きな矛盾……それがより一層彼女を苦しめた。
ただ一人の部屋に彼女の嗚咽だけが響いていた。
特別って言っても人それぞれあると思います。
でも自覚のない特別もあります。
失ってから気づくものとか……ですね。