ソードアート・オンライン 本能の牙-instincts- 作:新世界のおっさん
詩乃との仲直りデート回。
一歩近づく二人の関係、そして……。
あの一件から一週間。
詩乃はシノンとしてログインしていない。
トラウマ克服のため毎日のように頑張っていた彼女が、来なくなったのだ。
また、メールや電話にも一切の、返事や応答がない。
「……やはり、返事は無しと……」
携帯の画面を切る。
ふぅ……と息を吐き出し、呟く。
「……やっぱり、俺のせいだな……」
直貴は、あれから何度思考を繰り返しても、自分のせいとしか思えない。
あの時、不用意にキスなんて強い刺激のある言葉を言ったせいで、詩乃は自分を拒絶しているのだと断定づけている。
詩乃が音信不通の間、直貴は心のそこから笑ってはいない。
強い後悔が、彼を締め上げているからだ。
「しかし……どうすれば良い?」
今の彼の精神は大きく削られており、先程から本能の牙を使おうと試みているが、全く発動しない。
打つ手が思い浮かばない、思考がぐちゃぐちゃになっている。
このままでは、<不味い事が起こる>。
それは分かる、詩乃にとっても、直貴にとっても。
だが、彼にはどうしたら良いのか分からなかった。
その時突然大きな声が響く。
「おい!!直貴!!出てこい!!」
「……親父……俺は立て籠り犯かよ……」
どうやら父親が、二階にある直貴の部屋の前で叫んでいるらしい。
直貴は普段より弱々しい足取りで、扉前までいく。
開けると父親が青筋を浮かべながら、直貴を睨み付けていた。
「腑抜けているぞ!ここ一週間ずっとだ!」
「……まあ、分かるよな」
「当たり前だ!お前の父は俺なのだからな!」
腕を組み、睨む父親は迫力が凄く、流石は稲生家の大黒柱であり、現段階で直貴が本気で勝てない人間だと考えている男だ。
事実<殴り愛>の喧嘩では、一回も満足に勝ったことがない。
「それで、何故そんな風になっているんだ!正直に言え!」
「……いや」
「言わなくても分かる!女の事だろ!」
「……じゃあ聞くなよ」
そして、厳しいと同時に家族への愛はとても深く、今回も直貴が悩んでいると察した彼は、部屋の前までやって来たのだ。
「何か拗れたか!喧嘩か!?」
「……それに近い」
「そうか!それはさぞ辛かろう!」
「痛い……だから痛いっつの!叩くな!」
彼は直貴の肩をバシバシと叩く。
痛がる直貴に笑い、彼はこう言う。
「痛いか……だがな直貴、その女も痛いんだぞ!」
「……それは」
分かっていた、だが直貴は動けなかった。
どうすれば良いか分からなかった。
「直貴!お前その女の事は好きか!?」
「……え?……」
そう言われて直貴は、上手く返事が出来なかった。
詩乃が好きかどうか、それは考えたことは無かった。
ただ彼女の助けになれればと、友好関係なったのが始まりだったが、深く考えずとんとん拍子に仲良くなっていった。
そして先週あんな事になり、今直貴は深い後悔に苛まれている。
直貴は、詩乃の事を自分がどう思っているのか、自分では分からなかった。
「分からないか!ならば良し!」
「え!?分からなくて良いのかよ!」
「誰がそんな事言った!」
「今あんたが言ったんだろが!」
ずっと考え混んでいると、父親が素っ頓狂なことを言い出したため、直貴は激昂した。
「今分からなくて良いと言ったのだ!そしてこれから分かれと言っている!」
「……えっ?」
その言葉にキョトンとする直貴。
「今から会ってこい!そして分かれ!」
「……お、おう!?」
「じゃないと!何も変わらんぞ!」
「……ッ!」
その通りだ……直貴はそう思った。
こんな当たり前の事も考えられなかった。
それだけ参っていたと言うことなのか。
直貴は自分の顔を両手でバシッと叩く。
「……我ながらクソ痛いが……目は醒めたぜ!親父、ありがとう!俺行ってくるよ!」
「おう!今日は冷え込むからコートでも着ていけ!」
「分かった!」
自分を奮い立たせた父親に感謝し、外行きの服を着て、最低限の貴重品を持ち、彼は家を出た。
詩乃に会うために。
「……たまには父親らしい事するんですね」
直貴を影から見送った母が父に話しかける。
「えっ?酷くね?俺頑張ったじゃん、たまにはとか連れないこと言うなよぉ」
「普段直貴が女の子に囲まれてるからって嫉妬して、殴りかかってるのは誰でしたっけ?」
「……俺です」
たしなめるような母の言い方に、ションボリする父。
そこには先程の威厳はない、ただの親しみやすい親父がいるだけだった。
「……まあ、今回は頑張りましたから、何か好きな物作ってあげますか」
「! わ~い!じゃあ、オムライス!」
「ふふっ、はいはい♪」
母は微笑みながらキッチンに入り、父は心待ちにした。
息子の笑顔と妻の愛を。
詩乃は部屋の中、携帯を確認しては置きを繰り返している。
あれから何件も、自分を心配する直貴のメールがたまり。
電話の着信履歴もいくつも乗っていた。
結局彼女は夏樹のメールを無視する形になってしまった。
その上で彼女に会うのも恐かったし、直貴に会うのも恐い。
四面楚歌な彼女は、ただ真っ直ぐ学校に行き、真っ直ぐアパートに帰るを繰り返している。
「……バカよね、私……これじゃ一生繰り返すわ……」
だが、彼女にはどうしようもなかった。
最近安定していた自分は、想像以上に簡単に崩れるほど脆いモノだった。
「うぅ……直貴……」
恐い、なのに求める、今まで自分が不安定だった時、彼はいつも救ってくれていたから。
だが、もう来ない……彼は自分の前には現れないのだ。
そう思っていた。
突然<ピンポーン>と音が聞こえた。
インターホンがなったのだ。
詩乃はゆっくり立ち上がり、扉まで歩いていく。
正直今は誰にも会いたくは無かったが、ここで無視して面倒な事になるのは嫌だった。
「はい」
扉を開けるとそこには。
稲生直貴その人が立っていた。
「!!」
「詩乃」
急いで扉を閉めようとした、詩乃を直貴は止める。
「話がしたい」
「……ッ!」
直貴は詩乃を真っ直ぐ見つめる。
耐えられない詩乃は目を逸らす。
「……分かった、ならここでも良い、聞いてくれ」
直貴は深呼吸をしたあと、詩乃を見る。
「俺と<デート>してくれないか?」
「…………え?」
詩乃は驚き直貴を見る。
彼はとても真剣そのもので、本気であることが受け取れた。
「俺はこのまま詩乃に会えなくなるのは嫌だ……だから話がしたい……一緒に来てくれないか?」
「……」
黙りこみ、俯く詩乃。
直貴は黙って返事を待つ。
彼女自身が動いてくれなければ意味がないからだ。
「……って……」
「……ん?」
「……待ってて……着替えてくるから……」
「! ああ!待ってる!」
直貴は微笑み、詩乃は扉を閉めた後急いで中に戻り、着替え始めた。
彼女は自分で気づいていなかった。
自らの口角が上がっていたことに。
二人の中ではデート場所が決まっていた。
それは最初に二人が出会った公園だった。
夜の冷え込んだ公園は無人で、話すには打ってつけだった。
互いにベンチに座る。
来る途中で温かい飲み物も買っていた。
「ほい、<ココア>、熱いから気を付けろよ」
「うん……ふふっ、まんまあの時のじゃない」
「こう言うのはお決まりって奴だろ」
そう言う直貴はもちろん<エメラルドマウンテン>を持っている。
その後は互いにしばらく黙る。
黙って、どちらが先に切り出すか、我慢比べだ。
……結果切り出したのは詩乃だった。
「……ごめんなさい」
「ん?」
「あんな風に怒鳴って……メールも電話も無視して……ごめんなさい」
詩乃は謝った、それらをずっと後悔していたから。
直貴は微笑むと詩乃に言う。
「……じゃあ、こっちも……不用意にキスなんて言って……それから一週間も待たせてごめんなさい」
互いに後悔していたことを謝罪する。
これで、こうなってしまった理由が浮き彫りになる。
「……で、何でキスであんなに怒鳴ったんだ?」
「う……それが分からないから困ってる」
詩乃は直貴の言葉に気まずそうな顔をして語りだす。
「アパートに帰ってからも、貴方と直葉って娘がキスするシーンが浮かんできて……それが凄く嫌で……苦しかった……」
「……嫌で苦しかった、か……」
「……うん」
その話を聞いて直貴は、試しに身近な男性……例えるなら遼太郎や、ありえないが和人が詩乃とキスしてるシーンを思い浮かべてみた。
すると途端に嫌な気持ちになった。
「なるほど、俺もみたいだ……」
「え?」
「俺も詩乃が誰かとキスするのは……嫌だ」
「……えぇ!?」
それを聞いて詩乃は顔が熱くなるのが分かった。
彼女にとって、身近な男性は直貴であり、自分と直貴がキスしているシーンを思い浮かべてしまったのだ。
「バ、バカ……そんな恥ずかしい事、言わないで……」
「え?」
直貴は詩乃の言わんとしている事が、理解出来なかった。
詩乃は咳払いをし、直貴に言う。
「あ、貴方も想像すれば良い……わ、私と自分がキスするのを」
「……なぁ!?」
今度は直貴の顔が熱くなる番であった。
相当恥ずかしかったのか、二人とも真っ赤になっていた。
「うわぁ~、なんだこれ?アツッ!」
「わ、私もだから!」
「ああ~ビックリしたぁ……でもそうか……これはそうなんだよなきっと?」
真っ赤になりながら、多少は落ち着いたのか、直貴はこれがなんなのか……確信ではないが分かった気がした。
「え?何か分かったの?」
詩乃の質問に直貴は答える。
「たぶんな……これが<恋>なんじゃないかなって……」
「! こ、これが……<恋>?」
二人は恋をしたことがなかった。
だから分からなかった、自分が恋をしていたことに。
「あ、ああ……俺も初めてだから詳しい事はわからないが……」
「ふ、ふ~ん……ふふっ、ならさ、お互い<初恋>なんだ?」
「……そうだな……」
「……そっか……」
二人は空を見上げる。
辺りはすっかり暗くなっている。
熱い頬に冷たい風が撫でる。
それに対してどちらからともなく、ベンチに置かれている手が近づき、互いの手が結ばれる。
以前は抱きつくことも当然だと思っていた二人には、既に見えなかった。
「ねぇ、直貴……」
「なんだ、詩乃……」
二人は互いに見合う、その顔は微笑んでいた。
「今日泊まっていって……もう、遅いし……」
「……着替えあったっけ?」
「前泊まった時に置いていったじゃない……」
「そ、そっか……」
彼女の言葉に、自分がいかに詩乃との距離が近かったかが分かった。
その様子を見て詩乃が笑う。
「返事は?」
「……断る理由がないな」
直貴もまた、笑い、立ち上がる。
互いに手を繋ぎ、歩く。
詩乃のアパートへ着くまで、二人の手が離れる事はなかった。
一方GGO内で放送されていたネット番組に出演していた、第2回BoB優勝者<ゼクシード>だったが、番組放送中に突然苦しんだと同時にログアウトをした。
後にゼクシードのプレイヤーが遺体で発見され、死因は心臓麻痺だった。
そして、その同時期にテレビ画面のゼクシードに、銃を撃ち、殺したのではないかとされるプレイヤーの名前が、GGO内では真しやかに囁かれる様になる。
その名は<死銃(デス・ガン)>と言った。
詩乃とのフラグ建築は完了です。
直貴の中での優先度が、この回で詩乃が一気に上に躍りでました、しかしこれでも付き合っていません(笑)
互いに恋(?)な認識なので、前と違って互いに意識してる感じにった……と言う感じです(センビキムズカシイ
そして、デス☆ガン登場により、いよいよ本編時間軸へ……。