ソードアート・オンライン 本能の牙-instincts- 作:新世界のおっさん
その結果、人が救われたのならそれはもう英雄だと私は思います。
イノセンスこと稲生直貴はそう言う人間。
自分で言うのも何だがあっという間の出来事だった。
思考の超加速により、一切の無駄を省いた動き、敵の行動の予測とそれに対する対処。
常に冷静そのもので……心は澄んで落ち着いていた。
故に……今我に返り、周囲のプレイヤー達を見た時の彼ら彼女らの表情は忘れられない。
皆揃って一様に恐怖を貼り付けていた……まるで化け物でも見ているかのようだった。
レベルアップのエフェクトや勝利を告げるメッセージが出ても、歓声も上がらない。
しかし、沈黙が破られる。それは確かな敵意を込めた言葉だった。
「こいつ!チーターだ!」
普通に考えればそれはあり得ない事だ。
βテスターにもなった自分だが、ナーヴギアに対して細工しようにも最近出来たばかりのVRマシンだ。謎が多すぎて何かしようにも無理だ。俺が茅場側なら話は別だが。
声をあげた人物は立て続けに責めたてる。
「俺知ってるぞ、こいつβテスターだ!!あそこにいる連中とつるんでどんどん強くしてるそうだ!武器もレアドロップみたいだし、あの体術みたいなスキルを俺は知らない!!」
「なっ!?別にそれはっ」
ギルドのメンバーを強くするのは当たり前の事、ただ他はまあ事実か。<体術>スキルも情報屋の<鼠のアルゴ>にβの時の借りで教えてもらった、秘密の情報だ。
周囲がざわつき始める、ケイタが異議を唱えようとしたが男の口は止まらない。
「βテスターのチーター……<ビーター>だ!!」
「違う!イノはチーターなんかじゃない!」
「庇うお前だって、βテスターなんだろ!?<バーチカル>でボスを打ち落としてたじゃないか!!」
「! いや、それは……」
キリトが庇おうとしてくれたみたいだが、あの時のアイコンタクトからの<バーチカル>が悪い方向に誤解されている。
不味い……俺どころかサチ達ギルドのメンバー、キリトにまで疑いの目がかかっている。
周囲は考える事を放棄して男の言葉を信じ始めている。
ギルドの仲間は俺を気遣うように見ていた。
ディアベルは黙っている……彼も先程のが堪えているようで、立ち直れずいるようだ。
そして、風林火山はどう言葉を発するべきか迷っている様子だ、トトは今にも泣き出しそうな顔だった。かつての自分とダブってしまったのか?
混迷を極める中俺が何をするべきか。
迷う事は微塵もない、既に決めたから。
「クククッ……ハッハッハッハッハッハッ!!」
「な、なんだ!」
「……イノ……?」
「ビーターか、俺にぴったりじゃないか……それはぁククッ……傑作だなぁ!!」
「何……言って……?」
感情を隠しづらく表情にでやすいSAOだが、ある意味笑える今の俺の感情なら……演じられる……<悪役>を。
「正直に言おう、俺は他のβテスターの中でも一番この世界をしっている。事実キリトもディアベルも<体術>は持っていない!」
「!?」
「他にも知ってるぞ、情報を山ほどなぁ!!」
「て、てめぇ!やっぱり!」
「だが、これは俺のもの……ギルドの連中には最小限しか与えていない……ククク……良い気なもんだよな?ケイタ?」
「……嘘……だよな?……そうなんだろ……?」
「良い道化だったよ、お前らは……」
「!……」
サチを除く全員が項垂れる。今まで仲良くしてきたが、実際リアルでフレンドなのはサチだけなんだ……それが現実。今の状況を理解しているのはサチだけだろう。彼女はただ俺を真っ直ぐにみつめていた。
「キリト、楽しかったぜ」
「イノ……何でこんな!」
「楽しかったぜ!お前との友情ごっこォ!!」
「!!」
許せ、キリト。本当にお前といた時……楽しかった。
だがお前への疑惑の目を払拭するには、お前とは決別しなきゃな。
「これからの俺はソロだ……もう十分人で遊ぶのは楽しんだからなぁ……今後は混じりけ無しの本気で行く。精々俺の邪魔をしないでくれよ、ザコども。」
そう吐き捨て、<ラストアタックボーナス>で得た血に濡れたように赤黒いローブ……ユニーク装備<ナイトメアローブ>を体に纏い口元をニヤリとさせ、その場を後にする。
我ながら……臭い芝居をうったな本当。
でもこれでアイツらに、被害がないならこれで良い。
俺は……これで良い。
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……嘘だ。
彼はこんな事は言わない、思わない、しない。
うぬぼれや妄想じゃなく、本気でそう思う。
彼が何かする時……それは誰かのため。
誰かを守るために泥をかぶるんだ。
まるで正義の英雄(ヒーロー)のように。
あの時もそう
(やめろ!一人によってたかって!恥ずかしくないのか!)
私をいじめから身体を張って助け
(大丈夫?立てるか?)
辛かった私に手を差しのべてくれて
(……東条?おい、東条!?)
なのに私は逃げ出した。
そしてそれは先程も同じ。
分かっていた、彼がああするだろうと分かっていたのに……私はまた逃げたのだ!!黙って泣くしか出来なかった!!
情けない……本当に情けない……。こんな想い……二度と嫌だ。
「クラインさん」
だからこそ
「……どうした?」
私は願う
「私、強くなりたいです」
強く拳を握りしめながら
「トトちゃん……?」
もっと……力を……!!!
悪を演じるイノセンス、修羅となるトト。
道は別たれました。
ですが、ある意味ここからが真の始まりかもしれません。
二人の行く末を生暖かく見守ってください。