・管理部門(黒札が大半)
・戦闘部門(黒札&霊能名家&他警護多数)
・医療部門(代表欠席。ガイア病院担当者が代理で出席)
・政治部門(生き残りの政治家)
・その他各地方の有力者
何故私は此処にいるのだろうか。
ガイア連合十勝支部の会議室にて、元市長、現十勝支部シェルター非覚醒者統括管理長である贄川は粛々と進む話し合いを見てぼんやりと考えた。
終末が始まり(あるいは完了とするべきか)早1年。地獄となった東京に始まり、世界は悪魔が闊歩する世の中になり、人類はシェルターなしには生き残れない環境になった。
法は国ではなくガイア連合が保証を行い、民主主義は事実上消滅した。差別ですらない、どこまでも残酷なスペック差が非覚醒者を
贄川は肩書で語れば終末前に汚職をした悪徳市長でしかない。非覚醒の保護者として祀られて代表面してこの場にいるが、本来ならばまだ刑務所に勤める身分である。はっきり言って、身の丈に合っていない。
日夜届く非覚醒者の死亡リスト(死体すら存在しないのに計上済がいた。怖い。)、亡命リスト、逃亡リスト(理解はできないが生存圏を捨てる愚か者はそれなりにいる。)、救助リスト、その他諸々。自分の数倍は有能な秘書がいなければ過労死していただろう。あるいは、
贄川は端的に示せばガイア連合の傀儡といえる存在となっていた。
十勝支部の運営会議は非常に議題が多い。
予算という世知辛いものから、現状に不必要な研究発表まで、ごちゃ混ぜになった議題を強引に精査を行っている。終末によりオカルトが公表されたかが1年。オカルト知見のノウハウはまだ未熟としか言えない状態であった。
現に今研究成果を拙く発表している男は精々大学生程度の未成年だ。本来なら未熟さを理由に研究統括者が代理でしても不思議はない。それでも彼がここにいるのは、彼ら覚醒者の風土が個人主義であるが故にだ。風通しが良いと言えばそれまでだが、測り間違えれば独裁になりえる風土に贄川は不安を感じていた。
「……以上の検証より薬物投与により生体MAGを小指の爪に過集中させた上で剥ぎ取ることで半覚醒の凡そ30%が霊的資質の向上を確認されました。特に若年層程向上効率が上がるため、小学校のカリキュラムに組み込むことを提案しますが、如何でしょうか。」
「教育委員会は恣意が入りかねんので無効票にさせていただく。判断の為に組み込み自体は可能と言っておくのう。」
「ふむ……予算は回復薬ですかな? 費用面では悪くありませんが後遺症……言い方が悪いですね、治療期間はどれほどかかりますか?」
「医者の立場では1日と回答します。痛み自体は……体感となりますので断言は出来ません。」
「ああ、それなら戦闘部門側で回答出来る。およそ数分で痛みは引く。このコストの回復薬なら数時間も有れば生え変わる。麻酔は可能か?」
「残念ながら。まあ爪剥がしくらい大した痛みではないでしょうし、問題ないのでは? 」
「確かにそうだな。どうせなら健康診断に組み込めば良い。」
「えっ……贄川さん。爪剥がしって半覚醒者は大丈夫なのですか?」
「(大丈夫では)ないです。」
秘書の及川に対して贄川は即座に否定した。
信条に反する痛みは我慢の有無は関係ない。自然分娩で派閥が存在する様なものだ。誰しもが「後遺症が無いから拷問するね?」と言われて受け入れられるものでは無い。信条や良識は地層の如く文化が時間で積み重ねるものだ。現時点ではこの方法で人材を集めたところで産出されるのは社会基盤から外れた低品質なものとなるだろう。多分。
「というか覚醒者なら及川君の方が詳しいだろう?」
「私初期スキルが【物理吸収】で痛みに耐性があるので……。」
「それでも修行くらいはしたのだろう?」
「修行……? *1」
この子なんで私の秘書やってるんだろう。
「オホン。あー、非覚管理の立場からは反対させていただく。」
私の一言に予算を主張していた者たちが舌打ちをした。何時もそうだかが覚醒者パワーを込めて舌打ちしないでほしい。大の大人がちびるぞ。
「贄川さん。こちらは半覚醒者を対象にしていますので非覚醒には実施しませんよ?」
「だからです。」
贄川は先程まで熱弁していた開発部門の青年が困り眉でした質問にすぐさま回答した。
「認識不足と言えばそれまでですが、日本の非覚醒…端的に表せば
贄川の言に戦闘部門の老人が訝しげに髭を撫でた。
「そんなにか?我々のところに来た新入りは多少英雄願望はあるがそれなりに根性があるぞ?」
「戦闘部門に入る方はその時点で上澄みです。今の民間で悪魔を認識できるようになった半覚醒者は大半が保護を求めています。将来的に徴兵する形になっても
青年は困惑した状態で懐から徐にペンチを取り出し、無造作に自らの爪を剥ぎ取る。軽く出血する指に回復薬をマニキュアのように塗りたくると、根本から爪が生えるのが見えた。青年は首を傾げて爪を挟んだペンチを差し出した。
「この程度の作業なのですが…」
「その行為非覚醒がしたら泣き叫びますからね!?いや食わず嫌いとかじゃなく!ペンチを渡されてもやりませんよ!?」
被りを振る贄川を他所に及川は青年に向けてそっと手を握った。
「まあまあ。贄川管理長も理論自体は否定してませんし、此処は私の猫ちゃんチケット*2に免じて許してください。」
「え、…ええ*3。次回は痛覚軽減に重きを置いて研究させていただきます。」
納得するのか…。*4
なんだかんだ覚醒者と話す機会は増えたが彼等の琴線が読めない。贄川が先程の行為をしてもキモい初老が惨めな醜態を晒すだけだ。息子は割と普通なのだが…今後は彼等の様な価値観になるのだろうか。
双方が納得したのを見て、司会の子安女史が資料をめくった。
「では、次の議題に移ります。…とは言っても、まだ予算に関してですが。来年度も財政面は厳しくなります。歳入が物納に傾いたのが痛い状況ですわね。」
「…やはり覚醒者以外の雇用は厳しいか?」
政治部門の老人が苦しげに聞いた。
確認したくなる気持ちも理解できる。現在我々の様な一部の代替し難い職以外の非覚醒者はまともな働き先はない。現状の働き先はガイア連合が腐心している外壁工事のみだ。ピラミッドの奴隷だ、とは誰が言ったか。
子安女史も理解を示してはいるが、言い聞かせるように否定の理由を並べた。
「現在、世界は通称魔界と呼ばれる悪魔の住処に堕ちました。わかりやすく例えますと、虫単位で外の生物が悪魔になりました。物流や外交は覚醒者であることが大前提だとお思いください。」
「護衛がいてもか。」
「熊以上の身体能力や笑顔一つで洗脳可能な方々に対抗可能なら認めますが?」
「ははは。」
挑発に聞こえかねない発言を、老人は乾いた声で自嘲した。
「…1度我々非覚醒の有志で
老人の意見にこの場にいる全てが頷いた。
国の要望から隠密性を重視していたこともあり、十勝シェルターは透明なバリアで覆われ、傍目から見て無防備に見える状態だ。知能の低い悪魔は街を見るや否や餌欲しさに特攻しており、戦闘部門を筆頭に十勝支部はその対処に追われている状況だった。
なお非覚醒の市民は戦争モノのお話にでる市民程度の扱いである。当然皺寄せはトップの贄川に向かい、いつも胃を痛めている。贄川は息子が遊んでいたゲームの政治屋が惨めに殺戮されたのを思い出した。コレがお邪魔キャラの気持ちだろうか。贄川の胃がさらに痛んだ。
予算は常に鎬を削る争いだ。
終末になり日本円が事実上紙切れになった今、予算とは支部内で対応するリソース配分を指した。もはや企業国家となったガイア連合に金銭など関係ない。経済調整として配られるガイアポイントと悪魔外貨【マッカ】が交易の中継役となっていた。特にマッカは悪魔退治で手に入ることもあり、金食い虫であるはずの軍費が1番の稼ぎ頭である。クソみたいな世界だ。
「とにかく、予算に関して防衛費の減額は出来ません。現状経費削減として我々公務員はほぼロハで働いてます。結界の調整は随時行っていますが、結界に近づく悪魔が減るまではこの体制は続くかと。戦闘部門は問題は?」
「
膨大な土地と暴力を誇る魔界には文化の継承は難しい。無から湧く悪魔にとって、技術や文化は既に自身に備わるものであり学ぶものではない。故に娯楽系統は圧倒的に人類が上回っていた。共通の通貨もあることもあり、それなりの知能がある悪魔は割り切って交易を始めていた。
「そちらの悪魔取引に関しての情報ですが、報道部門で発信することは可能でしょうか。」
報道部門の肉感的な女性が手を挙げて子安女史に問いかけた。
「現状は規制は考えておりませんが…理由を聞いても?」
「先程贄川様が報告したように、街中で力を持て余している半覚醒に関してになります。終末に伴う覚醒者の増加に伴い、終末後から比較して半覚醒者の軽犯罪事件が急増しています。現状の環境にフラストレーションが溜まっている非覚醒者も多く、このままでは暴動が懸念される状況です。1度討伐と合わせて生中継で外部の危険度を通告して冷水を浴びせることを提案します。」
「護衛側としては無駄な負担は拒否したい。現場指揮のボディカメラ映像で何とかならないだろうか。」
「牽制が目的なら生中継はよしたほうが良い。外部は良くも悪くも未知の異世界だ。
交易代表の眼帯の老人は葉巻から灰を落とした。
「肉塊に覆われた無限にレギオンを産み落とすタンカー。アバドンとオニが陣地を喰い荒らす飢餓異界。目につくモノ全てが貴金属の宝石異界。たかが1年でコレだぞ?流通開拓にワシらが
「…それほど、ですか。」
「外部から亡命した自称家族は結界で皮だけになった。…資料は提供させよう。哀れにも悪魔に寄生された一家の末路だ。…その方が彼らも浮かばれる。」
皮だけではなかったのだろうと贄川は思った。歴戦のデビルバスターが苦渋を噛み締める。酒の席で彼らが吐き出すのはいつだって手遅れの事件だった。老人と女傑は互いに見つめ合い、黙祷するかの様に目を伏せた。
「理解しました。報道に関しては政治部門の指示の元、外部の情報を徹底させます。…ですが、内部に関しては説明が必要になるかと。」
葉巻が半分ほど灰に変じた後、女傑が首を振った。
「5歳児未満の児童に対する強制検査と覚醒者の移住政策に対して非難が相次いでいます。特に移住政策に関しては近辺の住民が引き留めるのもあり進捗は悪い状態です。こちらの報道はさせていただきます。」
戦闘部門の老人達は気まずげに顔を背けた。
「あー。政治畑の意見は?」
「諦めろ。嫌な事だとは分かるが恥ずべきことではあるまい。」
「だよなぁ…まあ…ハア…」
老人が後ろを振り向けば戦闘部門の大半が苦笑いで老人に肩をすくめた。年若い女性は顔を赤く背けた。ひと息の後、眼帯の老人は言った。
「端的に言えば悪魔湧きを防ぐためだ。」
「…結界で悪魔は防いでいる話では?」
「外部からはな。覚醒者は生物的には非覚醒者と変わらん。空気は必要だし、飯も食う。出すものもそうだ。排泄物もホモサピエンスと変わらん。つまりは、中途半端に栄養が残る。マグネタイトもだ。捨てる以上人間には不要な成分だが…悪魔には関係ない。一定のマグネタイトが有れば顕現は可能だ。」
「…つまり、放っておくと糞から悪魔が現れると。」
「今までは下水処理場で何とか出来たんだが…高レベルになるとトイレから現れるようになってな。宴会会場で【カンバリ*5】が出た時は死ぬかと思った。」
げんなりした老人達に矢部家の次期党首である黒札の青年が哄笑した。
「いやあハハハ。申し訳ない。まさかあの程度で
「色んな意味で汚い話でやんす。悪魔からすればネット越しにドングリが大量に落ちてる光景に見えるのでやんす。まさかここまで周りが何もない場所になるとは想定外でやんす。少なくとも視界を隠さない限り悪魔の襲撃は続くでやんす。これは矢部家の総意でやんす。」
「高レベル帯の覚醒者がまとめられてるのもそれが理由だよ。上級国民が〜とか噂されてるけど、覚醒者でもMAG濃度が濃い場所に長時間曝されたら死ぬよ。数週間程度なら耐えられると思うけど。」
それは一般的に地獄と呼ばれる場所ではないのだろうか。
「しかし…」
隻眼の老人が葉巻を差し替えながら首を傾げた。
「外壁の建築に覚醒者を使わない理由は何だ?」
「うむ?防衛のリソース管理のためだと認識していたが…?」
「そりゃあ優先度は低いが、警備が監視ついでに建築するくらいは問題無いぞ。何なら自宅に蟲が湧きかねない覚醒者の方が切望してるくらいだ。人数次第だが訓練代わりに派遣することも可能だ。」
戦闘部門と政治部門は首を捻り、管理部門(正確には技術部門の代表)に顔を向けた。どちらも非常に訝しげな表情だ。
「外壁の石材は技術部門で生産してたな?」
「もしや経済関連に懸念して割り振ったつもりかな?流石に私たち非覚醒も優先順位は理解しているぞ?」
「コイツらがそんなタマか。どうせ寿命を材料に強度を上げてるとかだろ?」
「やめてくださいよメシア教じゃあるまいし。結界の構築材料に非覚醒者の工程がいるんですよ。」
「あの…レッテル貼りは…辞めていただけると…」
メシア教の戯言は全員が無言で無視した。
技術部門の壮年は溜息をついて椅子から立ち上がった。
「専門的な説明になるので詳細は割愛しますが、悪魔は情報生命体と言うべき存在です。所謂レッテル貼りで生まれ、存在を保ちます。そこで面白いこととして、彼らはレッテル貼りの行為も影響を受けるのです。清めの塩、ポマード、ヤドリギの種、銀の弾丸。今回非覚醒者に壁作りを任せているのも、今後の都市開発に関わるためです。」
彼は鞄からビニールに包まれた真っ白な石材を取り出し、机の上に置いた。
「非覚醒者にもマグネタイト自体はあります。まぁそうでないと悪魔に喰われないので当然と言えますが。そしてこの石材ですが。」
壮年がビニールを剥がすと、石材は見る見るうちに多種多様な色に着色され、斑色が目立つ黒い石材となった。
「このように組み立て時にごく微量のマグネタイトを収集し、防御壁として稼働します。完全に囲われた際には無数の人間が構築した壁として、都市の人口に比例して強度を更に向上させる結界となる予定です。」
「要は人が増えれば頑丈になる壁か。そうかなら非覚醒を使う理由になるわけないだろ騙されんぞ。そもそも運搬時点で着色されてるだろコレ。」
「そうだそうだ!俺たちの安眠を妨げるのは許されんぞ!」
「覚醒者は大したことないだろ!こっちは命かかってんだぞ!斡旋にどれだけ苦労すると思ってるんだ!裏金が横行してるんだぞ!?」
「今更日本円なんざ紙切れにもならんだろ!企業なんぞもうワヤにしかならんし強制徴兵すれば良いだろ!」
「そんなことしたらメシア教のクソゴミ共が繁殖するだろうが!」
「今こっちから法を破ればメシアンに法執行する正当性が薄れるだろう!」
「えっちょっとまって」
「はいはい静粛に静粛に。」
騒がしくなった会議室に子安女史がカンカンとガベルを叩きつけた。
「確かに、覚醒者を振り分ければ数倍早く工事は終了しますし、保守のMAG補充もレンガの入れ替えも長期間不要となるでしょう。東京の結界も数百年維持されていました。」
「なら何故しない。差別問題なら後回しにできるであろう。」
「問題は。」
老人の言葉を遮るように、子安女史は言葉を続けた。
「問題は、私たちは果たして今までの人類を産めるのかということです。」
彼女は自身の腹部に優しく触れる。そこは不自然、あるいは自然に膨れており、彼女が妊娠していることを示していた。
「人型ではあるでしょう。力も知能も変わらないでしょう。ですが、魔界生まれという肩書きはどのようなラベルとなるかが私たちにはわかりません。下手をすると、私たちの子孫が
「平等主義者が発狂しかねないな。」
「ウチのカーストも真っ青な階級になりそうネ。」
会議の参加者は茶化して言ったが、発言した本人も含め全員の目は笑ってなかった。現時点で人口に比べて覚醒者の割合は少ない。将来の子孫が誤る道を示すのはここにいる全てが望んでいないことだった。
「今の事業はそのレッテルをこじつけるためのものです。人類は
子安女史は天井スレスレに飛び上がったあと、贄川に向けて頭を下げた。
「げほっ…取りまとめの贄川様にはご迷惑をおかけしますが、調達の対応をよろしくお願いいたします。」
「この老骨が使えるならいくらでも協力はしますが…何故跳んだので?」
「いえ…胎動がきまして。」
「胎動!?」
「なんかもう覚醒してるようでして…浮遊感が気に入ってるみたいで…」
嗜めるように腹部を摩り、子安女史は両手を高く上げて拍手した。
「それでは言質もいただいたので市長選の出馬をお願いします。」
「えっ。」
たしかそれは覚醒者限定の条件だったはずでは?
贄川が放心した間に屈強な男達が彼の両腕を抱えた。
「非覚醒の為に身を切れる人間と周知されてるのは君だけなのでな。実状はともかく都市の代表は君が最も適任だ。広告塔として働いて貰うぞ。」
「子安支部長の協力により黒札式の覚醒訓練を用意して貰った。地獄を観るが素養がある家系なら1月も有れば覚醒するとのことだ。頑張ってくれ。」
「無論、費用は我々のカンパだ。更に必要なら追加もしよう。吉報を期待している。」
周りの連中が善意で祝福しているが、贄川は息子経由で覚醒訓練を知っていた。死痛、飢餓、殺戮…その他諸々。ありとあらゆる臨死を体験するのだ。
引き攣った顔で戦闘部門の老人を見れば、イイ笑顔の彼がそこにいた。
「霊能家なら是が非でも受講する最高の訓練だ。再会にはウチの悪魔を紹介しよう。期待している。」
もしかして自分は死ぬまでこの待遇なのだろうか。
贄川は未来の自身を想像し、乾いた笑いを発した。
※半月で覚醒しました。