子連れの女性と結婚したいと両親に申し出た時、借金の有無を確認され、また犯罪は止めるように釘を刺された。
確かに彼女…財前葵は由緒ある一族の末裔であるし、彼女の叔父は島一つを別荘にもつ大金持ちだ。とはいえ、彼女自身が裕福かと問えば否定される。節々に教養の高さは見られるが出会いは三流商社同士の合コンであるし、同棲してからは週末のスーパーへ特売を買うのが日常である。子供に関しても彼女の姉夫妻が事故で亡くなった際に生き残った子供を養子にしただけであり、彼女の博愛さが強調されただけだ。良い女を捕まえたと綾小路清隆は誇っている。
だからこそ、彼女が会社を辞めて叔父の別荘に行くのを強行したのは驚愕の一言につきた。…思わず着いていくほどには。
「あの葵ちゃんが君みたいな男を捕まえるとはねぇ。説明も無しに来たって本当かい?なかなか豪気な男じゃないか。」
別荘地にて出迎えた彼女の叔父である財前巌は白髪が目立つが筋肉質で年若い印象を受ける男だった。
「まあウチの一族(笑)の内輪話になるから内緒で片付けたかったのは分かるよ?でもダメでしょ。オレみたいな独身貴族ならともかく家族になら話せないと。オレみたいに振られちゃうぞぉ?」
巌が冗談めかして舌を出し、小皿にお菓子を乗せて子供であるさやかの前に置いた。さやかが小さく礼を発し、小動物のように食べ始めるのを見てから、巌は葵を見つめた。
「じゃあ彼に説明するけど、良いかい?」
「…はい。」
葵は俯いたまま肯定した。巌はそれに苦笑いした後、綾小路の目の前に座った。
「清隆くんと言ったね。彼女からウチの一族の事情は聞いてるかい?」
「いえ。病気で子供が出来ないとは聞いてますが。」
「ならそこからかな。」
巌は一口水を飲み、口を湿らせた。
「ご先祖は江戸から続く貧乏旗本から始まってね。まあ家格はそれなりでも貧乏から抜け出せなかったらしく、ある日悪魔と契約したらしい。」
「悪魔…?」
「要は遺伝病がそこから発生したんだろう。悪魔と契約した彼の子供には長男長女以外は20前には病気が発生し、死亡した。その死体は金塊と変わり、一族の繁栄を約束したらしい。」
「奴隷として売った、という話ではなさそうですね。」
「病名も付いてるよ。内臓が金属のように固まるのさ。生殖器から発生してね。私のように今では別に死ぬこともない病気だ。子供は望めないけどね。」
綾小路は葵がさやかに時々羨みの目線を向けたのを思い出した。伝説が確かなら、確かに長女である彼女は病には罹らないだろう。
「そしてこの話には続きがあってね。【干支が4回周りし頃、一族全ての困難と祝福が黄金の世界と共に解き放たれん】と締められている。まあ240年前の契約日なんか知らないわけだが、祝福は想定できる。」
「…病気の完治ですね。」
「そう!最新の治療で高額であるけどこの遺伝病が完治できることがわかってね。会社も不景気で傾いてるしこの際資産整理がてら【祝福】をやろうとこの別荘付きの島を売りにだしたのさ。オレはともかく葵ちゃん達には未来があるからね。」
「…?それでは別に彼女達が居る必要はないのでは?」
「オレもそう思ったけどねぇ。土地の購入先がこの伝説を聞いて
「その、入院期間とか費用を聞いてから帰るつもりでしたので…ここまで大事になるとは思ってませんでした…」
「あー、俺…勘違いしてた?」
真っ赤な顔で恥ずかしがる彼女に問いかけると、こくんと肯定される。今度は俺が赤面する。2人を見て巌は豪快に笑った。
「まぁ将来的な一族には間違いないからな!この島の値段を聞いて帰ってくれ!軽く観光しても良いぞ!何も無いがな!」
1時間後。
「何も無いって言ったじゃないですか!!」
半泣きになった葵が割と全力で叔父を殴った。
「叔父様が契約書に名前を書いたと思ったら突然周りが石造りの壁に囲まれて!なんか迷宮みたいな感じで!化物が襲ってきて!本職の人がいなきゃ死んでましたよ私たち!さやかまで巻き込んで!」
「す、すまない。ほんとうにすまない。まさか伝説が本当だとは…『俺の金玉が金塊として売れたぜーHAHAHA』みたいな下ネタかと。」
「バカ!ホント馬鹿!一族の宿痾ですよ!?」
バシバシと蹴り続ける葵を片手に、綾小路は改めて周りを見渡した。
食堂と思われる数十平方メートルの石造りの空間。四方には木製の扉が開かれており、その先は灰色の廊下が続いている。数十分歩いてこの場所で休んでいるが、未だ外の景色すら分からない。天井にはボロボロであるが巨大な図形と紋様が描かれている。探索中は頻繁にヒトモドキと呼ぶべき化物が彷徨いており、まさに彼女の言う通り迷宮と比喩するのが相応しい状態だった。
…彼がいなければ間違いなく命を落としていただろう。
「うーむ。」
彼、魚無は漫画の筋肉キャラが具現化したかのような男だった。
首が太い。肩が広い。腰が厚い。脚が強い。なんかもう全体が強い。特注であろうスーツは肥満用とばかりにゆるゆるにも関わらず、鍛えているのが分かる身体だった。
本業をデビルハンターと称した彼は、名に違わず襲ってきた化物を棍棒で粉砕し、そして手元の携帯を見て頭を抱えていた。その側にはさやかがまとわりついている。
「分からないなぁ。魔女?天使?何で股間が輝いてるの?ややこしいのばっかりじゃあないか。中卒の底辺に解かせるものじゃないよ。迷宮入りでしょこんなの。」
「そうなの?筋肉さん。アニメでは筋肉さんみたいな人が『脳みそは筋肉だから賢い』って自慢してたよ?」
「それはね、重いものを運ぶとか、硬い岩を壊すとか、対応を筋肉で回答できるから賢くなるんだ。出口みたいな場所は筋肉じゃあ動かせないんだ。」
「そっかー。わたしも分からないよ。筋肉さんと一緒だね!」
「そうだね…小学生と一緒だね…ごめんね…」
「…?なんであやまるの?」
義娘が地雷を踏み抜きに行っておられる。やめるのだこのお方の顰蹙を買うのは命を売るに等しいのだ。
「あ、あ…あ!魚無さん、先程から携帯操作してますけど、繋がるんです?」
綾小路は上擦った声で魚無に質問した。
「いんや。現在位置と天井の図形を補正してる。どうも異界…別空間に呼ばれたみたいだね。一応島の地下50メートルにいるからいざとなれば力技ででるよ。」
魚無が携帯を床に置くと機械音と共に半透明な画像が大きく浮かび上がった。魔法と言うより最先端の科学のそれに、葵達も気になったか暴力を中断して近寄った。
「わ、凄いですね。コレ、天井の図形ですか?」
「そう。いわゆる過去の情報を引っ張って復元してる。いつもなら妻に解析をお願いしてるんだけどねぇ。」
彼の分野は戦闘に偏っているらしく、このような雑事は妻が担当しているらしい。彼の許可の元に図形をまじまじと見つめる。少しして、綾小路はコレがなんなのかを理解した。
「あー。コレ、文字ですね。」
矢鱈と崩しがあるが草書体で書かれた文章だ。
「あっ。本当だわ。数字が羅列してる。」
「オレの目じゃ見えないな…携帯で拡大するか。」
葵と巌も言われて気づいたらしく、辿々しく文章を読み始めた。
「『千の路盤に二の重ね。存在せぬ天元は枠として此処にあり。』…後は『出口』と『祝福』、そして…『ライドウ』?それ以外は数字だな。」
「多分行き先がこの数字ですよね…。『出口』は脱出、『祝福』は宝だとして…『ライドウ』?」
「路盤は囲碁だよなぁ。天元、中央が此処ってコトなら千カケ千の…100万?いや重ねなら2階だてで200?地図無しじゃ死ぬしか無いだろ、コレ。」
「じゃあ地図…というより行き先がコレなのではないでしょうか。清隆さんもそう思いませんか?」
「そうだな。3桁の数字がそのまま階・縦・横の位置を指してると思う。多分曲がり箇所だけ列挙してるんじゃないかな。」
…身も蓋もないことを言うとそうじゃないと死ぬ。
「あったま良いねぇ君たち。」
俺たちの推理に魚無は感心しながら上着を弄り、大判のノートを綾小路に差し出した。綾小路がノートを開くと、ページが自動的に白紙まで捲られ、碁盤のような方眼図…自身が想像した仮の地図がそのまま浮かび上がった。
「わ!魔法の地図だ!」
「【オートマッピング】の機能がある。そのまま待っても大まかに作成されるけども、理解度で解析が速くなるからね。指でなぞればルート解析するから道順をなぞってほしい。」
「実物をみると本当夢のある代物ですねぇ。」
魔法のアイテムに興奮するさやかの気持ちも分かる。葵が抱えなければ魚無へアイテムをねだりに行ったであろう。幾らするのか聞きたく無い。
「ちなみに、ボクが分からなかったあの絵はなんなの?」
「一族の成り立ちが書かれてますけど…それだけですね。後から付け足したみたいですし、魔女の絵に至っては未完成で直球で罵倒されてますし…ダミーでは?」
「…ボクは君たちがいなきゃグルミットに馬鹿にされるとこだったよ。」
誰だろうグルミット。
地図の解読は1時間もかからずに完了した。
これは綾小路達が優秀と言うより、地図が単純だったことが理由だ。何せライドウ部屋が全体の8割を占めている上、ひたすら1本道。それらから逃げるように他の道は繋がっており、化物ー悪魔から逃げる脇道すら用意されている。まさに試練といった道筋だった。
「ライドウは日本の退魔師なんかの霊能防衛機関の最強を指す言葉だ。国に仕えるモノとして最強の称号だよ。」
出口への道中、悪魔を片手間に処理しながらの魚無の世間話は世知辛いが非常に興味深いものだった。
「今は解体されたけど当時はバリバリ有名だったからね。契約的には一族に群がる野良悪魔を此処に閉じ込めつつ修行場として売り出してたんじゃないかな?」
「売れるんですか?」
「売れる売れる。強い悪魔は中々レアだからね。強さを求めるなら手付け金があれば雇えるさ。」
「でも今までも手術はしてました。何故今になって…」
「契約の関係だろうね。多分、①一定額以上で霊能者を雇う。②蓄えた悪魔より霊能者が強い。③報酬に治療が入る。が条件になってる。」
「費用…病気の金塊ですか。」
「実際システムとしては素晴らしいと思うよ。次男以降にコネと費用が手に入るし、なんなら自力救済もできる。今回みたいに一族で纏めても可能だし、下手な遺産より平等な制度だ。」
悪魔は斃すことで魔法のアイテムを落とすらしく、加工によって手足や内臓すら生やすことが出来るらしい。魚無が棍棒で轢き潰した悪魔も光る鉱石が落ちていた。あれが金になるならば、腕自慢は喜んで契約するだろう。
「でもそれなら口伝に期限は要らないのでは?」
「流石に無制限に溜め込むことは不可能さ。不慮の事故で亡くなることもあるだろうし、一族の負債全てが『ライドウ』に詰まっているだろうね。ほら、地図が赤いだろ?」
確かに、地図にはライドウ部屋には赤点が蠢くように光っている。この点が全て悪魔ならば、100体は確実にいるだろうか。ゾッとする話だ。
「此処に関しては脱出後にボクが全滅させるよ。すまないけど悪魔退治に関しての報酬は手持ちが怪しいから後日にさせてほしい。」
当たり前だが、今回の契約に悪魔退治自体の契約は含まれていない。巌も今更金銭に執着していないのだろう、特に苦悩もなく了承した。それとは反対に、葵は躊躇した後、意を決して魚無に問いかけた。
「…あの、祝福に治療薬はあるのでしょうか。」
「契約には細かい内容はなかったけど、治療は手術と聞いてるよ?」
その通りです、と葵は肯定し、それでも諦めきれずに頭を下げた。
「さやかは…双子なんです。片方は死産でしたので戸籍上は長女ですが、生まれがどちらかはわかりません。一族全てなら、さやかも対象です。もし、次女ならばあの子だけ負債を負わされます。体質ごと完治させる治療薬が祝福部屋にあるのならば譲っていただくことは可能でしょうか。」
綾小路は巌と顔を見合わせ、互いに笑って魚無に頭を下げた。
「子供の将来の為です。どうかご検討をお願いします。」
「ええ。費用に関しても不足であれば支払いします。是非とも、お願いします。」
魚無は誤魔化すように頭を撫でた後、苦笑して頭を上げるように告げた。
「今回の契約は治療も含めた契約だったからね。攻略の為に雇ったのじゃなく、攻略場所自体を購入している。だから祝福はボク自身の認識に基準する筈だと思う。具体的には金塊。伝承もその話だしね。」
「そう…ですか。」
「そこで問題がある。お宝が金塊な以上、契約したボクが此処から安全に出るには君たちを治療する義務が出る。もちろんボクに技術は無い。ただ、ボクは金持ちでね。いざと言う時の秘薬は抱えてる。祝福が金塊なら、それを渡そう。」
その言葉を聞いて3人は場所を考えずに喝采した。
「まあ赤字だから
魚無は地図にあるライドウ部屋から独立した赤い点を指した。それは出口と祝福の分かれ道に陣取っており、明らかに自分達を待ち構えていた。
「どちらにしてもオレ達には何も出来ません。どうかお願いします。」
改めて頭を下げた俺たちを他所に、何となく話を見ていたさやかは疑問を口にした。
「筋肉さん、凄いおくすりもってたのになんで隠してたの?」
「秘薬は伝手で貰った試作品でね。ぶっちゃけ過剰なんだ。内臓1つ治すのに全身を治す。」
丁度良い回復は持ってないと魚無は悲しんだ。
「無駄金は妻に怒られる。」
…それは、すみません。
「…ア、アア。助け、きました。」
魚無の語る資金源は人型の女性だった。
シスター服と思われるソレはもはや貫頭衣と等しく、体臭はすえた香りが漂い、目はハッキリと落ち窪んでいた。
「わ、わたしは。メシア、教、テンプルナイト、です。き、喜捨を、お願い、します。」
人語を話し、人型を保ち、自己紹介までしている。
飢えの苦しみは綾小路には分からない。苦痛に苦しんでいるだけかもしれない。ただ、あの存在は…恐ろしい。足がすくみ、震えているのが自覚できた。
「テンプルナイトねぇ…」
綾小路達が何も出来ない中、魚無は溜息とともに庇うように前に出た。
「嘘だろう?」
「…あ"!?」
魚無の暴言にシスターは目を向いて叫んだ。身体は暴れ、叩いた壁はヒビが入り、とても人間技ではない。綾小路達は魚無から離れることを承知で数歩下がった。魚無は冷めた目で言葉を紡いだ。
「メシア教はクソ天使の人形だけど、善意と献身だけはだいたい本物だ。救助活動は命を懸ける。ライドウ部屋の近くに陣取らないのは何故だい?」
騒いでいたのが嘘のように静かになった。顔を上げたシスターの姿を見た魚無以外の全員が思わず一歩下がった。その姿があまりにも悍ましいからだ。
「そもそもキミだけが此処にいる理由は?契約で来たなら雇い主がいる筈だよ?戸籍もしっかりした現代で財前家に行方不明になった人はいない。キミ、いつから此処にいる?」
ボロ雑巾に等しいシスター服はボコボコと奇妙な肉の音が蠢き、口は締まりの無い蛇口のようにダラダラと涎を垂らす。さやかがアニメの怪獣の名前で喩えた。
「もっと言おうか?財前家の知識は失伝している。こんな異界を遺伝として構築できる技術力があるのに、まるで無かったかのようにプッツリとだ。…メシア教が主導して戦後の日本の霊能家系は根切りにあったのに。不思議だねぇ。」
「…ギ、…!」
「キミがメシアなら想像がつく。金に目が眩んだんだろう?契約で一族の宝を譲ると命乞いをされたんだろう?どんな手順で譲るのかも理解せずに。」
魚無が武器の棍棒を投げつける。弾丸のように飛んだソレを、シスターは機敏な動きでかろうじて避けた。明らかに飢餓を迎える人の動きではなかった。
「そうなると1人なのもおかしい。当時の価値観は男尊女卑。シスターのキミがこの交渉を代表したとは思えない。」
つまりだ、と魚無はシスターを鼻で笑った。
「複数で交渉して、此処に監禁されて、食糧を巡って仲間割れをし、そして死んだ。違うかい?」
「死ん…!?幽霊なのかこの人!?」
「それ以下さ。教義を捨て、仲間を捨て、尊厳を捨て、命を捨て、それでも浅ましく生に執着した悪魔…【屍鬼マンイーター】。人喰いの悪魔だよ。」
「クヴゥワァアゼェエロオォオ!!」
マンイーターは米国生まれのメシア教に属するシスターだった。
他の記憶はほぼ無い。テンプルナイトを目指してた気もするし、原爆(この単語も何を指すのか分からない)の被害者に喜捨を予定した気もする。覚えているのは、空腹に負けて欲深い存在を食い散らかした味だけだった。
マンイーターに躊躇は無い。彼女が飢餓に晒されているのは事実だった。彼女がテンプルナイトを自称したのはかろうじて記憶していた記憶の執着が表面化したに過ぎない。何のためにテンプルナイトを目指したのか。奥底から突き動かす食欲の前にソレらの葛藤は全て押し流された。肉、ニク、肉!!悪魔化した肉体は崩壊と合わせて音速を超えて肉へと近寄る。遂に肉を喰らえると大きく口を開き。
その顔面を魚無の拳が貫いた。
「グギャッ」
脳が揺れる。首が軋む。不恰好な体勢で叩きつけられた肉体から背骨がひび割れる音がした。顔から響くジクジクとした痛みに、マンイーターはようやく対する敵を理性で判断する。誰か分からないイエローモンキーの断末魔が脳裏に響く。お前を滅ぼすと嘲笑った名前を思い出す。
「ラァイドオォ!!」
マンイーターは怒りのままその名前を口にした。
「ライドウ、ライドウ!ライドウ!!メシアの宿敵!日の本の守護者!やはり隠し子を抱えていたか!!」
彼我の差は歴然だった。背後の棍棒は結界となって逃げ道を塞いでいた。マンイーターはもう叫びしか手筈は無かった。
「貴様の肉こそ我らが祝物に相応しい!!メシアのほまれとー」
「黙れ。」
「ナゴパっ」
ライドウの腕が消え去り、同時にマンイーターの身体が弾け飛ぶ。ギアの段階が上がったのを理解した。何かをしようと身動きしたが、ライドウの拳打の方が圧倒的に速い。【暴れまくり】だと悪魔の知識は判断したが、シスターの残滓は全力で否定した。そのスキルはテンプルナイトの最上位すら会得が難しい絶技だからだ。極東の猿が行使する技では無い。
「アアアア"!!」
全てを否定すべくマンイーターは見様見真似で【暴れまくり】を振り回した。しかし、それは眼前の存在と比較してあまりにも稚拙だった。肩、脚、手。身体中の全てが粉砕されるのが分かった。
「ライドウはいない。メシアは悪に成り果てた。戯言ほど無駄なものはない。」
その目は何だ。ゴミみたいに見下す目は何だ。憐れむ目は何だ。私ではない誰かを憎む目は何だ。理解できない目は何だ。
「惨めさを当たり散らすのは迷惑なだけだ。」
わたしが、わるいみたいじゃないか。
祝福部屋には数トンはある金塊で埋め尽くされていた。
「ははは!まさに
「筋肉さん悪い人のセリフしてるー!」
さやかが茶化していたが、綾小路も言う理由は理解できた。豪華な祭壇に泰然と置かれた金塊の山。妖しげに輝く光は否が応でも物欲を掻き出させた。
ひとしきり笑った後、魚無は巌に声をかけた。
「いやあ良いモノを見た。確かにコレはお宝だ。見積額じゃ安いね。土地代と合わせて金レートの倍で購入しよう。妻も大喜びだ。支払いは…相場もあるし、現金と純金で分けて家に
コレは手付け金だ、と魚無は今まで抱えていた棍棒を巌に渡した。彼は呆けた顔で棍棒を受け取ろうとしたが、支えきれずに取り落とした。ゴトリ、と地面に激突した棍棒から表面にヒビが入る。筒状になったそれのなかは金属が存在した。そこから輝く金色の輝きに全員が目を奪われた。巌が数回棍棒を踏み締めて表面を壊すと、刻印付きの金のインゴットが顔を出した。
「取引先にはコレを渡してボクが手付けにしたと言ってくれ。今此処を離れる訳には行かないからね。」
「あ、ああ。ありがとう。こんなもん振り回してたのか…。」
「鍛えてるからね。」
ギョッとした巌に魚無は高らかに笑った。そのまま笑顔で葵達に向き合い、懐を弄り出した。
「じゃあ薬だけど…今飲む?」
「はい。今更騙さないとは認識してますけど、さやかの将来があるので。」
「おくすり?あまいの?」
「味は良いと主張してたよ。」
魚無は懐から薬*1を取り出し、彼女らに飲ませる。神秘的な発光*2が彼女たちを淡く包み、明らかに肌艶が良くなった。感極まった葵はさやかに抱きついて泣き始めた。
「麗しい家族愛だ。家族とはこうあるべきだ。」
うんうんと頷き、魚無は綾小路に向き合った。
「さて、そこの色男くん。契約にキミは関わってはいない。それでもキミが巻き込まれたことを考えるに、キミは一族としてカウントされている。念の為報酬は差し出す必要があるだろう。何が欲しい?」
考える。
この男はランプの魔人だ。ありとあらゆる希望を具体化して実現してくれる。カネも、魔法の薬も、犯罪すら達成するだろう。その存在に権利を貰えた。ならば、何を叶えるべきか。
「俺は…」
魔法?彼女達の様に将来へ繋げない程度の欲しかないのに?そんなモノに願いを使い切りにするか?力?あの化け物を退治する才能があるとでも?ならば金銭か?あの超人とて勤めている。彼みたいな人材を雇ってもーまて。
…働いている?
金銭など容易く稼げる超人が、億単位の仕事を連発する必要とはなんだ?
「…10年後に俺…できれば俺
10年は勘だ。今なら彼が彼女達に大盤振る舞いした理由も想像できる。
「…へぇ…」
魚無はいっそ不気味なほどニヤリと微笑んだ。
「賢しいねぇ。きみ。ふふふ。妻好みの性格してるよ。一途なのも良い。妻に手を出されても困るからね。」
彼は懐から2つ携帯を取り出し、片方に電話番号を打ち込んだ。電源を切り、片方を綾小路に放り投げる。そこでようやく、携帯が綾小路自身が身につけていたものだと気がついた。
「準備ができたら電話するよ。詳細は引越し先で聞くと良い。」
…コレは、正解したのだろうか。
出口までの道は何事も無くたどり着いた。従うがままに出口の扉を開けると、綾小路達はいつのまにか契約をしていた居間に立ち惚けていたのを自覚した。
「終わったかぁ…」
巌の愚痴と合わせて全員がへたり込む。暴力、緊張、危機。色々な出来事が全ての体力を奪った。
「あの金塊が金より高いのかぁ。オカルトの相場は分かりませんね。」
ソファに寝転んだ綾小路が天井を見つめて愚痴る。巌は水差しから乱暴に口をつけて一息付いた後、肩をすくめた。
「まあウチの一族の病気で生まれる贋金がそうなのだろうな。アレ、一度鑑定出すとこちらで測った場合と重さの比率が変わるんだよ。しかも、鑑定後には本物の金になる。…すり替えられてたんだろうなぁ。」
身も蓋もないオカルトの実情である。オカルト絡みなのにされたことはただの犯罪だった。夢も希望もない。
葵が苦笑しながら綾小路の腹部へ座った。
「今回のことを考えたら恨む気にはなりませんね。」
「そうだな。苦労を考えたらむしろ良心的だと思える。」
わざわざ悪魔が湧く金を回収してくれたと考えると当然の着服とも言える。
「…詳細は分からないが、一族の呪いを考えると触る気にもならない。彼らに任せるのが1番だろう。代々伝わる遺言書にも記載されていた。
愚痴は終わりだ、と巌は取引先へ電話をかけた。
住民が消えた島にて、魚無は愛する妻に電話する。
辺りには揮発するマグネタイトー悪魔の血がばら撒かれ、汚れるのも厭わず僅かな見識のあった悪魔が平伏していた。
「あー、伽耶。写メみたかい?うんうん。独断だけど、金相場の倍で土地ごと買い取った。そうそう。
憎きメシアンの魔女(彼らにとって彼女はシスターですら無かった)が滅び、本来の支配領域を奪い取ろうと現れた彼らは、それ以上の存在により大半が滅ぼされた。
「数十年単位でマッカを放置して揮発どころか悪魔すら発生しない隔離部屋に大量のマッカ。マッカだけで予備の結界が複数購入できる。部屋も解析出来れば防壁として利用出来るかも知れない。いやぁ夢が溢れる話だ。」
知識が無くとも双方にメリットを持たせた騙し方をした当主。家族のために利益を捨てた代わりに情を得た女。将来を予測し、土台を調達した男。皆が皆、強かに資産を売却した。封印された悪魔が嫌がらせにメシアンを巻き添えにした理由も分かる。これほど話の分かるお得意様は珍しいだろう。
「彼には一等地を用意しないと。じゃあ、調達よろしく。愛してるよ。」
終末後、この島は再度栄えることになる。
ドロップがマッカオンリーの代わりに3倍のマッカが出る低レベル御用達として、金策島と其処は呼ばれた。
財前家
メシア教粛清前は異界構築に長けた一族だった。今まで生き残れた理由は悪魔発生を災害として異界へ突っ込んでいたため。
マンイーター
レベル22。まんまと騙された神父に巻き込まれた部下C。悪魔化したが結局憧れのテンプルナイトにはなれなかった。