鬱蒼としたジャングルが蔓延る大樹海。
北海道のとある道中に存在するこの樹海は、低レベルの悪魔が文字通り虫のように湧く土地であり、立地もあって近隣のシェルターでは立ち入りが制限されている。当然、悪魔同士の争いによって一度森に入れば騒音で耳を隠すほどにはやかましい場所である。
だが、今は風に揺れる木のさざめきがはっきり聞こえるほど沈黙している。その理由は明確で、何処からともなく立ち入った女が術を唱えたことが原因だった。無造作に彼女が放った【メギドラオン】は一直線に目的までの道を
「三味線だっけ?別に弾く必要なかったんじゃないの?」
燻っている木を避けながら妹…シロンは姉のマイに話しかけた。
「どうしてだい?」
「だってさ、ボク程度の天才ぶりで姉ちゃんが秀才ーって扱いは見る目無さすぎじゃん。チョーっと観れば姉ちゃんが超天才だってのは分かるのにさ。」
八つ当たり気味にシロンは【
ね?とシロンは姉に笑いかければ、マイは苦笑いで頭を撫でた。
「ハハハ。みんながシロンみたいに天才じゃないからね。そんなものさ。」
「でもメカードなんか「敬語」…メカード博士はあんだけ溜め込んでた資産全部捨てて交易組と先行したじゃん。」
シロンが思い返すのはマイのマネージャーとして荒稼ぎをしていたマッドサイエンティストの中年だ。下卑た顔で姉の身体を弄くり回す*1業突張りを何故姉が重宝するのか疑問だったが、結局着いてきたのが彼1人なのを考えると、酷く考えさせられる話だった。
「…もっと賑やかになると思ってたんだけどな…」
姉のシキガミであるルーイ*2が抱えた道中まで100人は食い繋げる物資を見ながら、シロンは姉に愚痴を溢した。
「…」
姉妹が避難したシェルターは小規模であるが非常に安定してした。もしくは、
悲しくはある。残念でもある。それでも自らを等身大で扱える存在を2人も得られたことは、何よりも得難いものであると信じていた。
マイがシロンに出す訓練は大半が基礎に関わる地味なモノだ。
荒地でも負担を抑えるチャクラウォークを行う歩法。呼吸を元に外部のマグネタイトを生体マグネタイトへ変換する術式の効率化。奇襲時に備えた微弱なコンセントレイトの事前保存。同門の霊能者は必要に駆られていた*3とはいえ派手な術を求めていたが、悪魔から身を守るなら戦いを継続できることが重要だとシロンは考えていた。
「ふぉおぬぬぅぬ…!」
今行っている飛廉脚も原理は単純だ。足元から地面の上をマグネタイトでコーティングし、地面と足を切り離す。使いこなせば足場に関わらず走り回れ、極めれば足を動かさずとも宙を自在に行き来できる。
とはいえ、それはあくまで理想の話である。シロンが全力でマグネタイトを集積して足場を拵えようとも、湯気に紛れ込むマイのマグネタイトの刺激でソレはあっさりと壊れた。
「げ。」
既に踏み出していたシロンは慌てて地面に
「…靴底の鉄板が溶けたぁ〜。オキニだったのにぃ…」
「シロンのその靴底というかファッションにかける情熱はなんなの?わざわざ取り寄せた靴装備にオーダーメイドしてまで外付けしてさ。安くも無いだろうに…」
「姉ちゃんの温泉趣味よりは安いよ?」
「うっ。」
図星を突かれたマイはうめいた。
「態々北海道の僻地*4に封印されてた少彦名命を開放して?土地を買い取って?やることが全国の温泉を自由に入る移動可能な携帯異界の管理だっけ?幾らかけたのさ。」
「…い、いくらだったかなー。メカードくんが半ギレで10回くらい連勤を命じたのは覚えてるけど。あはは。」
「こいつ十億単位で豪遊してる癖にボクの万単位の趣味を高いとか言いやがった…!」
シロンは激怒した。何度目かもわからない姉への下剋上を決意した。白手袋代わりに首にかけた【悟りのリング】を姉に投げつける。マイは今日は早いねー、と紐に通した【英傑のピアス】を妹の首へかけた。
「じゃあ模擬戦といこうか。今日は外だから余り手加減はしないよ?」
「ボクの成長速度を見縊るなよ…!風呂の時間制限させてやるからね…!」
『うっそだろおい おい…!』
『やめ、やめろー!そんなことしちゃゲボぁ』
『糞、叫んだらコレだよ!!(小声)』
『あの黒札共悪魔をなんだと思ってやがる…!!』
『ゴミでは?』
『どっちも良い乳してるのに…オーク的にたグペァ』
『邪念すら…!?』
『レベル10もないこの森に30レベル越えと70オーバーは過剰すぎあっダメ♡カラダ溶ける♡』
『余波で死ぬぅ!?退却、退却!!』
必死で隠れている悪魔達はその場から速やかに退却した。
シロンが尊敬する姉、マイの戦法はとてもシンプルだ。
「【飛廉脚】に【チャクラウォーク】を組み合わせてMPを擬似拡大!【分身】を追加して手数を3倍!そして【実像分身】を重ねて更に3倍!!ダメ押しに3発の並行詠唱による27倍の魔法を喰らえーッ!!」
「【清浄の一喝*5】」
「あふん。」
一門の秘術である【混合合成術*6】を修得した彼女の前には半端な耐性など無意味に等しい。極論、燃費を無視すれば攻撃の全てに【貫通】【ガードキル】を追加してゴリ押しが可能なのだ。
「【ジオ】、【ジオ】【ジオ】、【ジオ】【ジオ】【ジオ】【ジオ】…スゥーッ…【ジオ】【ジオ】【ジオ】【ジオ】【ジオ】【ジオ】【ジオ】【ジオンガ】【ジオダイン】」
「はわわ【サマカジャ】【カーンバリア*7】なんでもうヒビィ!【雷電結界*8】アバパかんつうなんでうおぉ【テトラ】【テトラ】【テトラ】【テトラ】【テトラ】あっMPあばばばば。」
しかしながら、マトモに異界踏破もままならない同門の彼らには数発で悪魔を祓う彼女の腕前を正しく評価することは出来なかった。この後に及んでも、シロンと同年代の若者層はマイの実力がガイア連合のコネ装備による底上げだと認識されていた。1部の中堅層及び引退した老人達を始めとした見る目のある連中も努力はしていたが、閉鎖空間の中で発生するヒステリーじみた暴走を抑えることは出来なかった。
「ぐえぼえ…」
「【ディア】…うん、だいぶシロンも強くなったね。特に技術面では確実に僕より上になった。力押ししか出来ないのが申し訳ないくらいだよ。」
「力押しにしては…ゲホ…ちょっと…オートマチック過ぎない…?」
「それだけ余裕がないってコトさ。攻め方の手段が『力押し』のみの時点で改善点は僕の方が多いよ。」
なかなか上手く行かないよねー、とマイは寂しげにルーイの荷物を見た。
姉の
「姉ちゃんはやっぱりお馬鹿だね。」
「!?」
突然のシロンの凶行にマイはみっともなく狼狽えた。
「みーんな家族やら何やらーって言い訳してたけど、多分姉ちゃんに着いていけなかったんだよ。」
「…シロン…」
「環境も資金も評判も基盤も姉ちゃん頼りでさ。シェルターは暇だったでしょ?みんなおんぶに抱っこが恥ずかしくなったんだよ。」
「それであの空気かい?本末転倒じゃあないか。」
「
「ひ、ひどい…」
マイが妹達と共に出奔すると宣言した翌日、彼らは周りの目を盗んでシロンに己の一族の秘伝書を押し付けるように渡した。何かを受け入れた澄んだ眼をした彼らに対して、シロンは何も言うことが出来なかった。
「婆ちゃんが来なかったのも…多分。そう。…最後で良くわからなくなったけど。」
シロンが最後に見た祖母の姿は、積まれる秘伝書を前に持ち運び方を考えている時だった。手ぶらで襖を開けた祖母は書物の内容に気付くと、茫然とした後に激情の顔で自室へと引き篭もり、そしてそのまま別れる形となった。
ただ、姉はその自室への踏み入って何らかの会話を交わしていた。内容は不明だが、愉快な話ではなかったのは予想がついた。祖母の部屋で放たれる大音量と、それに合わせて現れたかと思えば堂々と秘伝書を整理する彼ら。最終的にマイが部屋から出た時、彼女は今まで見たこともないほど渋い顔をしていた。
「……まぁ、僕の人望は兎も角、
「そうなの?」
「うん。あの人は…心が弱いから。」
普段の飄々とした笑顔を曇らせ、マイは今世の祖母に師事
「シロンは天才だから関係なかったけど、今の時節にゆっくり育てる育成方針は正気の沙汰じゃない。いつ死ぬかも分からないんだ。即席だろうと偏ったコツだろうと血肉にしないといけない。シロンだって秘術が撃てなくて死ぬのはイヤだろう?」
シロンは姉の罵倒混じりの言葉にも気にせずあっさりと事実だと頷いた。マイはその素直さに誇らしくなると同時に、彼女にすら指導できない祖母の働きに何度目かもわからない失望を感じた。
「あの人は責任を持つことができないんだ。指導はしたくない。間違いが怖いから。相伝の術は勿体ぶる。自身のせいにしたくないから。結果的に息子が死のうと関係ない。
「…珍しく怒ってるね。やっぱり寂しかった?」
「…ちょっとね。」
マイは小さく舌を出した。
「理解はしてるつもりだけど余り共感はできなくてね。十勝シェルターに決めたのもトップを張るには
「他にもスカウト来てたのに?」
「……あー…」
マイはスカウト…正確には保護をしに訪問した管理者を思い出す。
終末になり早数年。周囲の保護市民による反発や政治活動も耳にした数は多数ある。それに対しての
気になるのは、それがたかが数年で起きたことだ。
「…
「?」
人の精神など外圧無しでは数年で変わりはしない。永い寿命で1世紀2世紀と積み上げる都市運営に対して諦めてナタを振るう怖がりに、伝手は必要でもマイ自身の
前世の記憶は彼女の性格を達観させるのに時間は掛からなかった。自身のトラウマも癒えないまま同種の支配を行う彼らの熱を冷ます意欲は今のマイには不足していた。見積もりは十数年、自覚すれば数年、目を逸らせば数十年、そして楽しみと化したら永久に…あるいは破滅だろうか。少なくともその場合は同類はともかく、金札は
どちらにしろ、見守ると決めた以上穴埋めのために準備だけはしようと決めたのだ。たとえそれがどれほど無用かつ不要なお節介であっても、心残りは少ない方が気分が良いと知っているから。
周りの熱気で無駄に湯だった頭を掻く。そう言えば、この熱も自業自得だった。彼らとて人生2周目の大人である。当然、失敗を前提に準備するのは侮辱にしかならない。彼らの成功を信じてこそ立派な大人と言えるのではないか。
ウダウダとした無駄な考えを打ち切り、マイはハンカチで汗を拭いた。
「あー。嫌なことばかり皮算用しちゃうなぁ。」
「姉ちゃんは考えすぎなんだよ。世の中もっと適当に流れてるもんだよ?」
「ふふっ。そうだね。みんなシロンみたいに賢ければ良いのにね。」
マイの本心からの言葉に気付くこともなく。
バカにして!とシロンは叫んだ。
マイ
中華系。大人になっても前世の過労死が忘れられなかった。そのためか人望はあんまりない。妹はとても可愛がっているが全体的にメスガキに育っているのに不安を感じている。
シロン
外国特有の野良天才枠。フレンドリーファイアをしない術や対象ごとに異なる補助術をかけれる理外の技を使える。シスコンだが姉の厭世観には苦労している。
メカード
書類仕事、金銭交渉、備品管理、健康維持、武器開発など面倒な雑務を一手に引き受けてくれている聖人(マイ視点)。デモニカとシキガミを合わせた人造人間を作成するのが夢。