または世界の破滅を理解した金持ちの散財
終末前のお話になります。
日本世間が海外からのミサイル報道で持ちきりだった頃、日本の中小企業は未曾有の経営難に襲われていた。物理的に海外資本が消失し、外国需要と供給が停止した結果、体力のない企業は破綻に耐えきれず倒産を繰り返していた。唯一ガイアコーポレーションのみがコネクションを確かに維持していており、経済に一家言ある知識人はガイアが日本を支配したと語っていた。
そんな最中、神田奈津姫が切り盛りしている亡き夫の店を継いだカレー屋「カシミール」はご時世に漏れず経営に苦労は…。
別にしてなかった。
収入としては赤字スレスレではあるが、夫の親族が固定客としてそれなりに訪問するため節税としての運営でなんとかなっていた。夫は謙遜していたが、太い実家と30前後で息子分の成人費用を蓄えたのは割と凄まじいと思っている。サンキュー夫。フォーエバー夫。でも寿命まで生きて欲しかった。
そんなこんなで大体は閑散としたカシミールだが、今日は違った。ガヤガヤと集まったのはこの遠前町に貢献している面々だ。町長を始めとして商店街の顔役やジャッチメントスーパーの会長、別地方に在住している大地主まで顔を出している。各々が奈津姫のカレーに舌鼓を打ちながら、壁に取り付けたプロジェクターに合わせて発端者の
「この度はガイアコーポレーションの説明会にご参加いただきありがとうございます。矢部と申します。疑問点があればどしどしご指摘ください。」
若輩者なので、と照れ臭く矢部は笑った。普段は美人()店主として讃えられる奈津姫もこの度は脇役だ。彼女の説明はわかりやすく、愛嬌溢れた話しぶりは特に指摘者もなく進められた。
ジュネス計画と説明されたプロジェクトは概略すれば区画整理だ。物流の効率化のために商店街を含めた土地を取り壊し、建物を建て直す。建設費はガイアコーポレーションが持ち出し*1となり、商店街側の作業としては単純な引越しに近い。しかも休業の費用すら提供されるとくる。あまりにも剛腕な計画に彼らの本気ぶりが伺えた。
実際、商店街側の空気は悪くない。元々が山に隣接しているのもあり、徐々に老朽化と共に閉店が目立つ場所である。そもそもほっといたら破滅する場所なのだ。住宅地の近辺に新生できるのであれば、ありがたい限りだった。
「すまんが、一つ尋ねたい。」
ただ1人、スーパーの会長であるゴルドマン以外は。
「はい。」
「我々としても区画整理自体には賛同している。だが、山とはいえ露骨な空白地を作るのは不安を覚える。老耄の世代だと公害*2が怖くてな。井戸水を飲めなくなるのは辛い。」
言われてみると確かに近所の山際から数キロに空白地帯がある。ぽっかりと空いた空間は山をくり抜けば円状に空いている。指摘された矢部は特に狼狽えることもなく当然ですと肯定した。
「こちらはガイアコーポレーションの施設建設予定地になります。主に森林資源の管理と研究開発を行う予定です。」
「あの山に資源なんかあったか?」
魚屋を取り扱っている権田が首を傾げた。彼の疑問通り、奈津姫がしるあの山は完全に無管理の薮山である。国から禁止令が出た後には地主すら寄りつかない野生そのものの山であった。
「うむ?あそこは鉱石の種類が非常に多い発掘地だろう?」
皆の疑問に答えたのは都会から来たゴルドマンだった。
「えっ!?そうだったんですかゴル爺さん!?」
「勉強が足らんぞ若者。あそこの山は鉱物マニアが盗掘に遠征するほど露天掘りの名地だ。ただ、植生から禁足地に指定されている。目的はそちらかね?」
「お、お詳しいですね。その通りです。」
物知り爺さんとして有名なゴルドマンの解説に同意した矢部は指大の木片とネジ式の万力を机に置いた。
「この町にある山から生える樹木は特殊な生態をしてまして。…このように特定の条件下で細かく砕くと…」
矢部がゴリゴリと木片を潰すと、昼にも関わらず目視できるほどの電流が発生する。近場にいた奈津姫はギョッとして後退りしたが、直接電撃を受けている矢部は特に気にした様子はない。痛くはないのだろうか。
「このように電流が発生します。」
「これは…すごいではないか。事実上燃料を介さず発電出来る。確かに本腰を入れる価値はある。」
「発電機はともかく植林が可能かが不明ですので、そちらの開拓調査が主な研究となりますけど。」
「発電機があって燃料を調べる?あべこべではないか!」
「ええ、まあ、はい。と、言うのも今回こちらを会場にした理由となるのですが…」
矢部はチラリと奈津姫を…正確には店に飾ってある家族写真に写る男を見つめた。その目は奈津姫のよく知るサプライズに巻き込まれた親戚の顔だった。
「この発電システム…ワギリバッテリーシステムですが、基幹箇所に神田様のご主人が特許を取得しています。…低周波マッサージの動力としてでしたが。」
矢部はパラパラと事業計画らしき書類をめくりながら固まった奈津姫に気付かず説明を続けた。
「なにぶん金額が金額でして。相続の関係もありますので正確にはカンタ君の収入となりますが、こちらとしては3%を目処に契約したいと考えています。事業が成功すればおよそ5億程度は見込めるかと。」
適当に放たれた金額に町内会の低所得達が衝撃を受けた。
「…ごおく?」
「え?…は、はい。」
「パテント、ですよね…?」
「ええ、はい。年間のパテント料になります。」
奈津姫は石となった。完全にフリーズした奈津姫を支えた権田は周りを取りなすために上擦った声で矢部の計画に賛同した。
「でも町おこしとしては悪くない。公害とかも無いんだろう?」
「いえ。開発や調査を行うので伐採や騒音に伴って熊の下山や土砂崩れの可能性が上がります。とは言っても被害は私たちになりますが。」
「は、はは。あー。そりゃあ山ん中に建てたらそうなるか。」
昨今の熊の大量発生はニュースで持ちきりの話だ。国が補助金を掛けてまで猟友会に加担するのも当然だと思われるほどに。
「一応
「寧ろ我々のほうが餌になりそうですよね…」
ガイアコーポレーションの社員達が苦い顔で茶々を入れた。
「ごおく…ごおく?…???」
「な、奈津姫!?大丈夫か!?」
そんなざわめきをBGMに、奈津姫は降って湧いた巨額の金額にフラフラと彷徨うばかりであった。
XX月XX日
今日は激動の1日だった。夫の秘密主義には困ったものだ。宝くじの遺産もそうだが、サプライズのために無報告は辞めて欲しかった。言われるがままにガイアコーポレーション推薦のセコムを雇ったが、資産運用に関して相談すれば良かった。…カンタには成人まで黙ろうと思う。あの子にもサプライズの危うさを理解させないといけない。なんか似てきてるし。
「あ!久しぶりだね、おじちゃん!」
「うん?…ああ、カンタ君。オレの別荘に何か用かい?」
「テントは別荘じゃないと思うよおじさん。」
「裕福だとコンパクト化にもお金をかけるのさー。」
「お金持ちならホテルに泊まれば?」
「おじさんモテるから…。お金は捨てる…ごめん、嘘。奥さんに全部使われても気にしないレベルほどあるけど、無駄に捨てたら奥さんに怒られるよ。」
「いたの(素朴)?ホームレスじゃないんだ。」
「今お金持ちって言ったよ俺!?メジャーリーガーレベルの年収で不足だと言うの!?」
「ホームレスってそんなに儲かるんだ。」
「テント=ホームレスじゃないから…カンタ君もホテルに入ったら女がベッドで全裸待機してたら分かる時がくるさ。」
「一生経っても理解することなさそう。」
XX月XX日
本格的にガイアコーポレーションの開発が始まった。日夜工事の音が響いている。一部の夜勤明けの人たちは此処を飲み会として来客してくることが多くなった。頼まれると思ってなかったビールの消費ががが。でもカレーと混ぜてビールを飲むのはやめてほしい。味わえや。
権田の魚屋は最近店じまいが早くなってしまった。
サボりというわけではない。昨今の情勢故か、漁獲量の減少により市場での購入に制限がかかったのだ。売るものがない以上、店を開ける必要はない。暇を潰すように趣味の野球の帰りに一杯煽るのが最近の日課だった。
そんな飲みの最中、ふと見知った卸先の人物が店に入るのを見かけた権田はその人物に対して大きく手を振った。
「おーい、店長さん。貴方も飲みに?」
「ああ。権田さん。いつもお世話に。」
その人物、ジャッチメントスーパー支店長の太田は律儀に権田に頭を下げた。権田は大仰に首を振って無礼講でしょうと笑いかけた。
「どうです?一緒に。お一人のようですし。」
「ありがたいです。」
太田が対面に座るのに合わせて、権田は空のコップに生ビールを入れる。示し合わせたかのように2人は喉を鳴らしてコップを傾ける。喉越しに冷えたビールが彼らの喉を渡り、口を軽くさせ、そして雑談が始まった。
話題となるのはやはり景気だ。食料品という生存に必要不可欠なものを取り扱う彼らは、現在の環境に生活以外の危機感を感じていた。
「…でかい会社でも赤字確定ですかい。世知辛いこった。」
「何なら
「と、倒産!?海外ってそんなにヤバいんですかい!?」
「ヤバいなんてもんじゃない。ウチのアメリカの全スーパーはもう数店しか存在していません。
「うっそだろ…」
太田が唐揚げのトッピングとしてつけられた塩を軽くつまむ。指でビールの上を通過し、道中のビール海に塩をこぼす。雑でしょう?と太田は皮肉げに笑った。
「私たちが彼らに仕入する方法、知ってます?
「…ほら、一杯。」
何やら内部情報まで出し尽くしそうな興奮ぶりに権田は太田に酒を差し向けた。
「あ、し、失礼。…ありがとうございます。…ふぅ。」
「オレの好きな酒だ。気に入ってくれると嬉しいよ。」
権田とて一介の商売人な以上お得意様の需要は知りたい。しかし、彼の人情は潰れかけの太田に泥をかけることは許さなかった。それだから奈津姫を恋敵に奪われるのだ。自分のケツを叩けないのが権田の数ある欠点の1つだった。
「辛口ですが後味が爽やかですね。もう一杯いただけます?」
「ほれ…お、丁度空だ。次は店長のおすすめを分けてくれよ。愚痴くらいは聞くさ。」
「え〜。いいんですか?結構世知辛い話になりますよ?」
「田舎モンの視野の狭さよりましだろ!」
「なら視野を広げてもらいますか!3本分奢りますよ!」
太っ腹ァと権田の陽気な声が店に響いた。
XX月XX日
ガイアコーポレーションの土地開発が進んでから、突風や事故の被害が少なくなった。やっぱり噂通りに山風*3が事故を引き起こしていたらしい。さすがの自然様も物理的な塀の前では形無しなようだ*4。セコムとして近所に越してきたホンフーさん夫妻も良い人で安心した。熊くらいなら素手でのせると言っていたけど…本当かしら?
「カンタくぅん。君が疑うのも分かる。とーてーも、分かる。だから内緒であのスーパー別荘の中を見せようじゃないか。そして我が偉大さを感じるがいい。ふふふ。」
「別に疑ってないけど…?おじちゃん臭くないし、食べ物は高級品だし、服もブランドだし。…ヒモなんでしょ?」
「違う。だが我がマイホームを覗いてそのセリフが繰り出せると…うん?」
ゴー。バチバチバチ。
「マイホォオォムゥゥウ!!」
「待ってたよ、派和。じゃあ帰ろうか。」
「おじさんモテるのはマジなんだね。でもヒモなら家に帰ろうよ。」
「ノー!あの人マイワイフ、違う!メイド、別人!オレ、出張中!」
「いるんだ…」
「あ、派和様♡寒かったでしょう♡暖めておきましたよ♡」
「今真夏だよ!?オレのテントを燃料にするのは過剰だよ!?」
「ああ、アレは私物のテントです。ホテル(笑)はお嬢様の部屋に移動してます♡」
「サプライズにしては心臓に悪すぎる…」
「派和。」
「何でしょう野崎さん。」
「三大欲求…満たせるよ?」
「い、いや…間に合ってるから…」
「性欲…満たせるよ?」
「二大欲求が消えた…というか野崎さんなんかハイになってない?」
「今のお嬢様は籠()から解き放たれてますので。…ええ。あのモラハラ親父が手放しで許可してましたよ?…派和様?」
「…」
「はじめはお嬢様の逃避を含めた気まぐれだと思ってました。生き馬の目を抜く魑魅魍魎達からの癒し扱いだと考えてました。」
「なんかそれペットの扱いじゃない?」
「…お嬢様が惹かれた意味を熟慮するべきでした。調べれば調べるほど、私は貴方を
「あー。…ははは。」
「…おじちゃん?」
「…ハア。愚痴ですよ。バカやったのは私です。大人しくお嬢様の犬になってくださいまし♡」
「あれ!?結局ペット扱い!?」
「今なら餌やりのメイドもついてますよ♡」
「そんなオプションは要らないから…」
XX月XX日
カンタが『ガンダー』なる超合金フィギュアを貰ってきた。どう見てもガンダムのパチモン*5だが、まぁカンタが喜んでいるから良いだろう。…後で購入費を渡さないと。
追記:手作りなので要らないと言われた。ありがたい限りだが、彼はなぜテントで暮らしているのだろうか…?
「おじちゃん今日は審判ありがとう。」
「いいよいいよ。たまには草野球も悪くないさ。」
「でもお嬢様とメイドまで線審に引っ張らないでください。結局全部ご主人様がやりきってましたし。良く見えますね。マサイ族ですか?」
「蛮族扱いはよしてくれ。野球には全力を尽くしたかったんだ。」
「病気はしょうがない。…それに、派和もプレイしたがってた。」
「…まあ、元はプロ野球を希望してたからね。未練はあるよ。」
「えっ?あの仕事してて?」
「してて。」
「おじちゃんの仕事が分からなくなる…。野球できないの?」
「出来る出来ないで言えば別にプロ野球でも一軍に入る自信はあるけど…体質がなぁ…。…やっぱ流石に音速の球はレギュレーション違反かなぁと。」
「オイラおじちゃんの語る自慢がギャグなのか悲哀なのか分からなくなるときがあるよ。」
XX月XX日
久しぶりにゴルドマンさんがお孫さんのパカちゃんと一緒に来店した。憑き物が落ちたみたいに顰めっ面が抜け落ちてた。流石の大商人もお孫さんの前では形無しらしい。そしてリベンジも達成。矢部家の伝手で手に入れた高級ラム肉を使った高級カレーの味は素晴らしいでしょう。でも値段に関して10倍にしろと言ったのは何故かしら。最近外部の人が行きつけ*6にしてるから、それが理由なのかしら…?
がつん。がつん。
「えんやこーら。どっこいしょー。」
「そろそろ目的地に近い。もう少し丁寧に進めてくれんか。心臓に悪い。」
「大丈夫です。
「透視か!スーパーマンを土木に使うとこんなにも便利だとは。私ならここまでにあと5年はかけただろうな。」
「…ご老体でツルハシを振るうのは辛かったでしょうに。」
ガンガンと派和が掘り込むスピードは老人であるゴルドマンの何十倍も速かった。あっという間に土の下にあった戦闘機が露出し、コックピットの金属箱が2人の目の前に置かれた。
「ハハハ。何、健康のための運動さ。…息子たちはもっと苦しんだだろう。」
「…」
カコン、と金属箱を開くと、梱包材に包まれた聖書がその姿を見せた。
「貧乏農民の倅が土地を担保にここまでのし上がってきた。…初めの支えは我が主だった。…ロトを選別した主の気持ちが少しばかり分かったよ。」
「貴方とお孫さん家族でしたね、亡命者は。」
「捨てるにはあまりにも大きすぎた。知ってか知らずか、他は息子達が抱えたよ。…親の欲目だが、な。」
「知ってますよ。こっちにガンガン身売りしてますので。」
「そうか。」
派和の言葉にゴルドマンは安心したように微笑んだ。
「そうか。」
ゴルドマンは丁寧にハケで埃を取り払い、大判の聖書を静かに持ち上げた。
「捨てたくは無かった。選ぶのも泣きを堪えてた。そうして身軽になった時、この土地で盗賊聖書が紛失したと知った。」
「それで当てもなく穴掘りを?」
「死ぬまでに見つかればそれで良いと考えてた。」
「粋ですねぇ。」
「だろう?」
ゆっくりと聖書を開き、読んでいく。そして目的の文章を見つけたゴルドマンは、震える声でそれを読み上げた。
「『Thou shalt steal』。ああ、そうだ。」
呆然と、ゴルドマンは故郷があった方面を向いた。
「
ボタボタと溢れ出る涙を誤りの象徴に染み込ませ、ゴルドマンはただただ捨てざるを得なかった彼らに対して謝罪をした。
神田奈津姫
美貌の未亡人。降って湧いた大金に目が眩まない人。使い道を保留してたら終末によりなんか価値が暴走して大変なことになった。
神田カンタ
小学生。将来性という意味では1番重要なコネを手に入れた。才能はあったためそのうち金札になる。
派和歩
黒札。異界調伏の移動としてワープ機能付きのテントが多数存在する。野球は好きだが未覚醒とプレイする恥知らずにはなれなかった。
野崎維織
現地民。類稀な頭脳と直感で派和の器に惚れた。籠の中の鳥でも籠が海ならそれはもはや自由なのでは?と最近気付いた。
夏目准
現地民。メイド。なんか軽く身辺調査したら記憶処理を食らって心底恐怖していた。派和の正体を知って納得と共に色々目覚める。ショタ好き。
ゴルドマン
世界的大会社ジャッチメントの元会長。終末やアメリカのクトゥルフ事件により日本のスーパー経営者として孫一家と亡命。ほぼ顔出しだけの隠居老人となっている。派和に曽孫を貰ってくれないかなと最近思っている。