釧路方面帯広警察署には非公式の地下牢が存在する。
悪魔、人間、その他の名付け出来ないナニカ。法で対応出来ないイカれた存在を確保する、法を対応させる場所がそこには存在した。
「許可が降りた。」
そのやり方は荒々しい。警察の有志が幾ら鍛え上げようが、そこには肉食の野生動物とやり合うに等しい力の差がある。故に、政府はオカルト犯罪に対して庇護を捨てることにした。此処に確保されたごく少数の犯罪者はどれも例外なく半死半生を維持された肉塊であった。
「メシア教会 浜大樹地区の総勢35名の人権剥奪の書類だ。住民8人の殺害及び60人余りの誘拐、金品の強奪。死刑相当に値すると判断した。」
どれほど犯罪を犯しても構わない。ありとあらゆる事象に対応しない。どれだけ苦しもうが、死のうが、無関係となる許可。法的には彼らは死人扱いだった。
「最近はメシア様も
署長は書類を乱雑に叩きつけ、目の前の男に2リットルのペットボトルを渡した。男は軽く黙礼し、警察内の有志たちが差し入れた10杯はある丼と合わせてそれらを食べ尽くした。
「もういい。十分だ。十分すぎる。これ以降我々警察はこいつらに対して一切の義務を放棄する。待たせてすまないな、金剛。」
「いんや。君たちが主導を取りたいのはわかるよ。怪我人はいなかったかい?」
「パトカーごと焼き焦げになりかけたやつが1人いた。いつものことだ。若造が心配することじゃない。」
「だろうね。ま、あとは任せて。全部終わらせる。」
「…すまない。被害者を頼む。」
苦渋に満ちた謝罪は、警察に勤めあげた彼の無力感を示した悲しみが存在した。助けられない、手を尽くせない。端金すら渡せない立場が彼の苦難を物語っていた。
「まかせんしゃい。」
異教徒達が格納されている階の警備は非常に暇である。
まずワンオペである。そして気を紛らわす物が一切ない。やることも交代までの3時間ずっと通路を回り歩くだけとくる。しかも肝心の異教徒達は鉄格子で監禁されている状態だ。一般信徒である男がやる気なくタバコを吹かして歩く理由にもなるだろう。
いつもの光景だ。檻の中でガキが涙目でペンギンに縋り、牙を抜かれたゴミが中指を立て、死にかけのクズどもがうめいている。男は扉を閉めて雑に鉄格子のカーテンを横に開くと、
「…は?」
「今だ!姉貴ィ!!」
「【サイ】!!」
突風が男の背中に無防備に通り抜けた。
常人なら背骨が砕け散る筈の威力だが、彼には殴られた程度のダメージだ。それでも、体勢は別だった。背中の衝撃に受け身も取れずに男は檻の床へ倒れ込む。鉄棒の破片が男の体中を通り抜け、その中の1本が男の眼球を貫く。彼は苦悶の叫びを漏らすこともなく、男は床のオブジェクトになった。
「!?!!!???」
現状を理解できない彼の頭に複数人の踏みつけが行われる。頭部にかかる衝撃は勢いはあるものの、軽く、柔らかい。背中からは火が吹きかけられ、腹部の鉄棒が肉を焼く匂いに合わせて、ようやく男は危機を自覚した。
「(裸足!?軽!?…
「潰せ潰せ!チャンスは今しかねぇぞ!!」
「ゲボッ…もう火ィだぜないっず!」
「背中蹴り付けぇ!頭潰せや仕舞いじゃけ!」
「みなさん離れて!!」
頭を潰された虫のようにジタバタする男に誰かー女の魔法が頭を押しつぶす。本来なら大したことのない威力だ。立っていれば5センチも動かない。だが、今だけは例外だった。3センチの押し込みは男の脳髄を傷つけ、眼の穴と口から脳汁を含んだ鮮血の液体が大量に流れる。
「じ、…な…し…に不…あれ…!」
呂律も回らない不明瞭な呻き声を出して男は沈黙した。
ぜいぜいと息を切らす
「…やったか?」
「わからないっす。アタイらなら3回は死んでるっすが。」
『死んでるぞ。体温は発してない。大金星だ。低位とはいえ格上喰いだ。これで身体も安定するだろう。」
「うぇっ…げろろろ。」
「あー。ガキにはきついか。ほれ、姉貴。背中摩るから吐いちまいな。」
術式【ソウルジェム】は自身の生態概念情報を宝石化する魔術である。
元々は在野のダークサマナーが不老不死を求めて開発した魔術だが、その構築には致命的な欠陥があった。1で完全となる概念を分割するというのは、つまり魂の一部を分割するに等しいことで、何も考えずに実施したダークサマナーは
だが、その術式を見たマッグロウは考えた。
「きもちわるい…ころしたのにこわくないし、
「才能があるな。その気持ちがあれば俺たちの職場で働けるぜ!」
「ちがうよね!?そこは慰めるとこでしょ!?」
「そうなのか?オレも数回は
「…こんなのを?」
「こんなのを、さ。」
奴隷の男はテキパキと死体の装備品を剥ぎ取り、一部を体型に合わせた雑な加工をしながら可愛らしい瞼でウィンクした。
「階位持ちったって品性が上がる訳もねぇ。オレたちは確かに
奴隷として介護をしていた不良はアキラにデビルハンターのイロハを教えながら亡き師匠への涙を流した。その顔は流麗で、とても彼女の元がリーゼントに顔傷が目立つ男だと繋がらないだろう。青髪の長髪を適当にまとめたその姿は皮肉にもメシア教のシスターに相応しい様相だった。
「
「アタイたちが
当然、残り2人も様変わりしていた。手足の無い男はその体積を補うように白髪の幼女となり、触手を生やしていた男は赤髪が目立つアキラの学校で人気者になりそうな華奢な女の子へ変貌していた。
「
感極まり肩を組み合わせて円陣を組む3人組はヤンキーというより演劇のごっこ遊びに見えた。
「…と、まあそんな感じだ。わかったか?」
「わかんない(直球)。」
過去語りを交えての講義は如何に覚醒しても小学生であるアキラには高尚な呪文にしか聞こえない。それでも発言内容は完全に思い出せるあたり、特撮の怪人が見下す理由がアキラには理解できた。
「世界中に怪人が出現する感じ?」
「そうそう。加えて悪の組織が
「頭に天使ん羽根ぶち埋められんと終わりじゃけ。アニキも狂うん前にドタマ壊して
『正義の味方も滅ぼされたらしいぞ。そもそもこんなど田舎に来るかも怪しいが。』
「どっちにしろ
上着を加工した中敷で無理矢理靴を履いた3人組はサラシもどきを優しくアキラへ取り付け、その上に死体の防弾ジャケットを被せた。
「重いかもしれねぇが我慢してくれ姉貴。これさえありゃあ、いざとなったら背中向けて丸まっていりゃあ死ぬことはないはずだ。」
「お兄さん達
「…恩…だからな。」
「答えになってないよ!?」
隠密など知らぬとばかりに4人と1匹は叫び散らして廊下を走る。コンクリート製の壁に張り付いている宗教画が風に煽られてがたがたと音を鳴らす。その中のいくつかは芸術などわからないアキラすら目を惹かれるほどの美品だったが、その額縁は埃まみれだった。アキラは戦隊の赤色が部屋を綺麗に維持する男が一人前だという主張を思い出した。
幸い廊下は長くない。アキラが目算するに、精々30メートル程度だろう。廊下の末にある扉は大河で見た関所のように物々しいが、それは何かと博識なマッグロウに頼むとしよう。
そう考えて走る。2分走る。まだ走る。5分、走る10分、30分。あとは…
「「「「ながあい!!」」」」
魔法少女達の絶叫が廊下を満たした。
「眼と鼻の先にあるのに進まないっす!ゲームのフラグが足りてないっすよこれ!」
「なんでこげん大した広さもない見回りに時間使うてる思うたが…もしや大体の割合がコレか?」
「兎に角力技だが進んでんだ!全力で走り切るぞ!」
ロウガがヤケクソで言った対処案は皮肉にも彼らができる最善を指摘していた。試練として監禁者というより見廻組の鍛錬場として設置した空間拡張の結界術がたまたま刺さったに過ぎない。技術不足で結界をどうこうできる手筈が無い以上、彼らには廊下の踏破に1時間をかけて走り切るしか手はなかった。
最終的に彼らが扉に触れる頃には、既に脱走から1時間は経過しはじめていた。そして絶望的なまでに不運は重なる。鍵を破壊した扉が一向に開かないのだ。全力で扉にタックルをしていたルヒアが息絶え絶えに舌打ちした。
「アネキィ!この扉
『総重量500キロ。下手な鍵より余程高性能なセキュリティだな。』
「言ってる場合!?力を合わせてどうにかならないの!?」
『我ペンギンぞ。物理的に500キロを押すには体重も摩擦も足りん。』
肩をすくめたマッグロウはU字型の巨大な音叉を組み立てている。犬笛代わりだと全員に説明していたが、アキラ達にはその意図が全くつかめなかった。
アキラが不安げに3人組を見たが、残念なことに全員が苦渋の顔で首を横に振った。
「すまねえ姉御!アッシの本能はゴキブリ退治が得意だと囁いてやして…!*4」
「アタイもドラゴンのコストを減らせる力しかないみたいっす…!*5」
「オレも力ある方じゃねぇ*6…!だが!」
ロウガが拳を握り天へかざすと、彼女の体から光が溢れ、可視化された光が拳を包み込む。彼女になって得た【ラクカジャ*7】は成り立て故の力量不足によりもっぱらグローブ代わりの装備品となっていた。
「
「「あ、姉貴ーッ!!」」
びくともしなかった扉が宙を舞い、吹き飛ばされたロウガはアキラが引っ張ったことでかろうじて下敷きにならずに済んだ。ギジリと金属が擦れ合う音と共に部屋に入ったのは、この教会の主力である3人組だった。マッグロウが氷のハンマーで音叉を全力で叩きつけ、【ショックバウンド】を放つも、それはフルアーマーの阿古屋により防がれる。教会中に響くのではないかと思われる低音が発せられたが、ママが煩わしげに耳をほじる程度で、全く通用していなかった。
「バカだねぇ。」
耳垢を息で飛ばしたママは憐れみの表情でアキラ達を見下した。
「無教養だと待ても出来やしない。無知は罪だよぉ〜。アンタら、何やら下法で付け焼き刃を
「どうする。このまま制圧するのは容易だが。」
「…あたしがやる。」
目を輝かせたセリューが阿古屋を押し除けた。阿古屋はセリューを一瞥し、ママに確認の目線を送ると、ママは肩をすくめてセリューの意思を肯定した。
「この子が主張するし、別にいいんじゃない?」
「…メンテナンスも必要か。」
ガシャガシャと装備を鳴らすセリューを、アキラ達は化け物を見る目で距離を取る。何が気に食わないのか、ゴリゴリと頭を擦ったセリューは憎々しく地面を踏みつけた。
「…!」
顔を赤く染め上げながら、セリューは苛立ちを隠さずに不明瞭な言語を発した。
※イキっていますが次回全滅します。