今年に入ってから嫌な予感を感じることが増えた。
ADとなって10年目となる神崎は機材を運びながら冷や汗を拭った。体調が悪くなるわけではない。ただ、尋常では無いほど冷えた汗がこめかみから落ちるのだ。オカルト番組の撮影で偶に現れるこの感覚は、いつも何らかの事故が発生する前触れだった。そう、あくまでも事故である。誰かが怪我したとかカメラが壊れたとか、なんとも言えない不幸の先駆けがこの感覚だった。
ロケ地である廃病院へ到着後、神崎はいつものように
「…撮影はする。正面玄関だけだ。あとはCGで誤魔化す。」
渋い顔で沼田は投げ捨てるように言い放った。最近の彼は番組に熱を持てていないことは神崎も分かっていた。ホラーブームの再来の為に局が類似番組を乱立していることが気に食わないのだろうか。神崎は軽く礼をして連絡役として全体を走った。三十路も近くなるとこの程度の運動も息が上がる。粗方の連絡が終わり、トランクの上で休んでいると、仏頂面の沼田が缶コーヒーを投げ渡した。互いに無言で飲み干した後、沼田はポツリと言った。
「済まない。俺の一存でディレクターへの昇格は止めさせた。給料は差額を迷惑料替わりに俺の懐から払う。後数年待ってくれ。」
「え!?…は?…何か迷惑でも…?」
「違う。お前の実力なら本来なら数年前にはこの流れに乗って視聴率の奪い合いをしてた。迷惑をかけてるのは俺の方だ。俺は
子供はまだ小学生なんだ、と沼田は呻いた。
「…えっと、そんなに局が腐敗してるんですか?」
「腐敗…?はは。だったら良かったのにな。汚職するような連中はもう顔を出さないだろうよ。俺のこの後の予定わかるか?
缶コーヒーを握り締めて沼田は震えた。神崎は沼田の吐いた情報に頭が白くなるのを感じた。今まで歩いた道が地面ではなく口の中だったような、知らないうちにロシアンルーレットをしている可能性に気付かされた。歩くという日常の動作に危険性が発生したことに怯えた。政府が逃げることを褒める。引き返したのに渾名は探索者。金一封は何故貰えたのか。何が高精度なのか。
「俺たちは何を探索しているんだろうな…?」
御守りを握り締める沼田の動きに伝播するように、神崎の身体も震えた。
「タッカーと!」
「愛莉の!」
「「突撃!あなたのオカルト放送局!」」
オカルト番組【突撃!あなたのオカルト放送局!】はお笑い芸人タッカーとアイドル愛莉のタッグで構成する番組である。視聴者からのオカルトスポットを芸人がカメラの前でクジを引き、アイドルとおどけながら真偽を調査する。【オカルトが何故発生したのか?】を解明していく映像は中々の視聴率を誇る看板番組である。
「今回のスポットは、コチラの病院です!この病院は戦後の負傷者…特に末期患者の終末医療施設として運営されていました。しかし、戦傷者が少なくなることに合わせてカルト宗教が経営を乗っ取り、患者を皆殺し!その後に人体実験施設として稼働していたという都市伝説があるのです!」
にこやかな顔で愛莉は説明する。時折くる物音におっかなびっくりしながら、庇護欲をそそらせる演技で病院を指差した。
「勿論、殺人事件は経歴にありません。しかし、経営陣が切り替わった際に全ての患者が入れ替わったのは事実!伝説は何処まで真実を知るのか!私たちはそれを検証したいと思います!」
神崎が伝えた通り、これで撮影は終わりとなる。最後に2人の番組締めの言葉を撮れば、すぐさま撤収となる見込みだった。しかし、その言葉を発する前に愛莉は微かな呻き声を聞いた。
「…え?
つぶやいた愛莉の身体にしがみつくように黒色の煙が彼女を包み込む。タッカーが慌てて煙ごと彼女を掴もうと手を振ったが、煙の中には彼女の身体は何処にもなかった。タッカーは残る右手を握り締め、彼女の口を自身のタオルで噛ませながら引っ張るが、煙は付随して彼女を離さなかった。
「愛莉さん!?何だこの闇!?…うわあぁ!!」
タッカーが思わず叫んだ瞬間、闇が拡大し彼の左手を包み始める。動揺して悲鳴を上げるたびに広がるソレと、口を開こうとするたびに流れる悪寒から、喰われる条件が一定以上の声量であると気がついた。神崎は一瞬沼田を見た後、意を決して叫んだ。
「この闇は大声を出すと捕まる!!黙って敷地内から出るんだ!!」
声に比例して闇が神崎の全身に広がる。あっという間に彼は消え去った。一同に恐慌が広がる寸前、沼田が機材にカメラ用の脚立を叩きつけた。全員がハッと彼を見ると、そこにはカンペで大きく【しにたくないならかんざきにしたがえ】と殴り書きがあった。沼田は自身の足に闇が纏わりつき始めたことに気付くと、カンペを振り回しながら細かく脚立を鳴らし続けた。タッカーの悲鳴はとうの昔に消え去り、1分にも満たない沼田の献身は他のスタッフが避難することを実現した。敷地外から勇気あるスタッフが沼田に呼びかけるも、沼田の下半身は既に消え去っていた。沼田は脚立を投げ捨て、スタッフに向けて携帯を投げつけて叫んだ。
「これで警察に電話しろ!!そいつらにオカ…!!」
沼田の言葉は途中で途切れた。スタッフが音楽プレイヤーを投げつけ、その隙に携帯を回収する。交通法を無視して全員が一つのバンに乗り込み、全力でその場を離脱する。10分ほどの運転中、全てが不気味に静まり返った。やがて恐怖と安堵から小さな啜り泣きが始まり、車が停止すると叫び声と泣き声のオンパレードとなった。彼等が職質を受け、沼田の言葉を思い出すまでの30分間。彼等はただ生を感受していた。
異界は悪魔により支配された法則で構築される。
その構成は悪魔自身の性質が反映される。余程奇特なものでない限り重力やら酸素濃度やら、餌を無駄死にさせる法則は変更されない。ただし、時空間に関してはその限りでは無い。情報生命体である悪魔にとって、時間や空間は
幸運は幾つもある。異界に取り込まれた際のMAGにより全員が程度の差があれ
「メシア教のかげきは?がくろーんけんきゅー?してたらしいけど、なんか
散らばる悪魔の残骸に噛みつきながらピクシーは言った。彼女は
「マスターがいつも言ってるわ。ひとつの思想で纏まってもひとつしか解決が出せないって。きっとマルカジリにされたのね。マスターも
「じゃあ…この人もその異界の主とやらに殺されたってことなんですか?」
タッカーが背負っているリュックサックを見る。その中には大柄の女性の遺体が格納されていた。当然全てが入る筈もなく、手脚は根本からなく、首は一回転している。首から飛び出しているファイバーらしき何かの断線物により首自体はすわっているが、胴体に大穴が空いた遺体は皆が目視できない代物だった。ピクシーに指示されなければそのまま置いていっただろう。
「そーよー。貧弱なマスターなの。最近は捕まってサイボーグ?とかなんかでちょっと頑丈になったけど【ヤカー】の攻撃はムリだったみたい。けーき?とかでここを散歩してたけどあのレベルははじめて。きっとボスだと思うわ。」
「ケイキ…刑期か?彼女は犯罪者か?いや、それは後だ。ピクシーちゃん。彼女を運ぶ理由は契約とやらかい?」
沼田は持っていたシガレットを一つピクシーに渡した。ピクシーは嬉しそうに受け取り、気分良く肯定した。要領の得ない悪魔の話を要約すると、遺体を監督者とやらに渡せば有料で蘇生させてくれるらしい。部外者である自分達が存在する場合は無料になる取り決めがあるそうで、ピクシーは彼女が蘇生者が悪魔への手間賃として差額分の費用で作る豪勢なお菓子のおこぼれを貰っていたらしい。なんでも元パティシエだとのことだ。
「いつもはシュー程度だけど、今回はおおてがら!きっとマッスルドリンコ入りのケーキを作ってくれる筈よ!」
ピクシーはるんるんと辺りを舞った。沼田は褒め称えながら想定受刑者の組織について頭を巡らせた。彼の知識には確かに昔はヤタガラスという秘密組織が存在したらしい資料はあった。現代も根願寺というオカルト組織は存在している。国として系譜を引き継いだにしては素人が収集できるのは余りにも資料が散逸しすぎではないだろうか。一同がなんとなしにピクシーのダンスショーを鑑賞していると、空間がひしゃげる音と共に轟音が響いた。数時間前から響き渡るこの音はピクシー曰くヤカーと監督者の戦闘音だと言う。先程からヤカーの叫び声しか聞こえない為、決着は近いようだった。
「…決断の時だ。」
沼田は思考を打ち切り、全員に声をかけた。
「ヤカーが弱っている今、異界にいる悪魔は統制されてない。今までは献上品扱いで逃げる隙もあったが、今はどうだかわかりゃしない。だが、少なくともバラバラになるのは嫌だ。俺とタッカーが死ぬ。」
叫び声が再度響く。今度は別の悪魔だ。神崎と愛莉が決死でボス部屋を調査した際に確認した女型の吸血鬼だ。血塗れのマントを羽織りながら、応対する悪魔を次々と吸い殺していた。ピクシー曰くヤカーと互角らしく、異界の支配権を奪いに来たのだろう。
「選択肢は3つ。1つ目は待つ。異界消滅まで遺体のビーコンから救助を待つ。ビーコンの生存と異界消滅時に俺たちの無事を祈る必要がある。2つ目は逃げる。ボス部屋から速やかに離れて元の遺体発見場所で待機する。死ぬ気で悪魔の群れを突っ切る必要があるが、救助される可能性は上がる。そして3つ目はボスへ向かう。今まさに戦闘している監督者の保護が受けられる。だが、吸血鬼に遭遇すれば間違いなく死ぬ。どれもこれも博打だ。好みを言え。」
「1、3、2です。背負うと分かりますが彼女の身体から漏電と計器音がします。持久走は体力が持たないかもしれません。」
「3、1、2よ。悪魔の会話聞いてるでしょ?アンタらは死ぬだけで済むけど私は貞操かかってるの。賭けは大きく張るわ。」
「…3、2、1です。感覚頼りですが、彼女に同意です。極論死んでも運ばれてる可能性もあります。最悪は組織に見つからないことです。」
「博打打ちだな。2、3、1だ。…決まりだ。突入するぞ。」
全員が立ち上がり、神崎へ顔を向けた。神崎は一瞬目を瞑った後、無言で走り出す。他者もそれに続き、一直線となってボス部屋へ向かった。すれ違う悪魔は神崎の指示通りに回避、或いは迂回し、それでも逃げられない道は愛莉のペルソナで無理矢理突っ切る。全員がボロボロになりながらもヤカーを視認する距離まで来た頃には、既に数十体の悪魔を引き連れている有様だった。視界には吸血鬼しか居らず、ヤカーは半身が千切れた状態だった。気絶した3人を無理矢理抱え、沼田は悪態をついた。
「糞、博打はハズレか…畜生…!」
「イヤイヤ、大勝利だよオッサン。あとは任せな。」
背中から声が届く。ピクシーが監督と呼び、背後の悪魔の声が全てかき消えた。宝石が砕ける音と共に、沼田達の傷が全て癒やされる。気づけば安堵と共に膝から力が抜け落ちた。そういえば寝ていなかったなと、沼田は自嘲した。睡魔に流されながら、救助代はいくらになるのだろうと沼田は思った。
「奇跡の生還おめでとー。はい、コレ。回収代。ガイアポイントカードなのは許して。贈与税払いたくないの。」
3日後。
監督者からの連絡で呼び出された4人は蘇ったピクシーのサマナー、星噛からの報酬を無言で受け取った。聞きたいことは多数あったが、それ以上に彼等は疲弊していた。対人関係での激務に耐性のある彼等でなければ会話すら難しい有様だ。星噛は労いがわりに【パトラ】をかけた。
「お偉いさんから色々裏業界を聞いたでしょ?どう?慣れた?」
「慣れません…自宅が魔蟲だらけで塩撒いてました。無駄にMAGを…出してたみたいで…覚醒しなきゃ死んでたんじゃないかな…ははは。」
「事務所からバラエティ系の依頼がガンガン出されてます…干されてると思ってたんですけど、逆でしたね。自費で護衛費出してた先輩には頭が下がります…」
「私も先輩からの催促が…若返りの化粧水なんて有るのね…ゲンナマ出された時はなんなのかと…」
「お偉いさんからの土下座は心がキツイ…オカルト防護のシェルター?…孫娘用の滞在費?…妻に何て言えば良いんだ…」
地獄絵図だあ、と星噛はパフェをつまんだ。その腕は手袋をつけているが、肌の色が明らかに人工物だった。はっきり言ってマネキンだった。そう言えばピクシーがサイボーグと言ってたなと、神崎は思い出した。
「えっと、手脚は回収出来ませんでしたけど、やっぱり義手になるんですか?」
「アハハ。元から四肢は機械よ。今は修理中。別に金払えば生やせるけどね。体質の関係でマグネタイトが生身だと先まで届かないのよ。色々と便利よ?アイ・ニード・モア・パワーって感じ。」
星噛がグッと拳を握り込む。ゆっくりとスプーンが動きだし、彼女の口元へパフェが運ばれる。まさに映画のようで、沼田は無言で一連の挙動を撮影していた。いつも外さない人だなと、神崎は苦笑した。星噛はニヤリと笑った。
「色々話したいことあるでしょ?自慢話しなさいよ。今回の冒険話。ドラマ風にお願いね?」
「……」
「…」
「…私、耳が良いんですよ。」
「俺もだ。流石テレビ局員。臨場感溢れる解説だ。」
「話に出てる異界を乗っ取る吸血鬼って私ですよね?」
「少なくとも女型はいなかったな。いやぁ不思議だ。」
「血塗れマントウーマンだったのがいけなかったのでしょうか…」
ハイレグインナーを装備してたから徘徊する悪魔に見えたのでは?
土御門はコーヒーと合わせて返答を飲み込んだ。成人前の女性に語るべき内容では無いと誤魔化した。高級防具が羨ましいと思ったことには関係ない。決して自身の
神崎
レベル2。元々あった第六感がエネミーソナーに上がった。年甲斐もなくオカルトカタログにワクワクしている。
沼田
レベル1。この後奥さんから化粧水をむしられる。娘が可愛くてしょうがない。
タッカー
本名高村。レベル1。ボクシング鑑賞が趣味だったが今はプロレスの方が好きになった。
愛莉
レベル2。元レディース。この後オカルト化粧水で革命的な衝撃を受ける。
星噛
レベル7。メシア教に祈りをする機械にされてケツを開発されてた隙に手足を千切って殺害。お前が憎い状態で一般俺たちに救われた。TSもしてるしなんならメス堕ちもしてるけど別に話す必要がないので設定だけが残った。
ヤカー
レベル17。頭脳派な悪魔でメシア教に偽装しながら誘拐を繰り返した知能犯。色々と戦闘は考えていたが一般人は戦闘見ないわとナレ死に。犠牲になったのだ…
シオン
レベル17。恥よりは防御力。肌晒してるのに何故防御されてるんだろうと時々思っている。
土御門
レベル12。全財産で倍くらい頑丈な防具買えないかなーと思っている。