ゆるい、ばいおはざーど   作:氷の泥

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01 The Player in the Game

 

 千年後のゾンビからは花の香りがする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 必要のあるなしに関わらず、「二度と手に入れらない」と思った物を手放せなくなってしまう。それが自分の性格の難点だった。思い出の品と呼べば聞こえはいいけれど……といった具合の埃かぶったガラクタたちが、広くもない家の部屋の内一つを今も埋めている。

 そのガラクタの内の一つが、もう十年は起動していないセガサターン本体だった。

「じゃじゃーん、見てこれ」

 酒の空き缶と食い散らかしたつまみが散乱するテーブルを挟んで、なお新たな酒缶を片手に、智絵里(ちえり)が黒色のCDディスクを見せびらかす。パッケージ等に入っていない生のCDがおもむろに現れたことで思わず「おいおい……」と困惑が口に出た。

「なにそれは……?」

「バイオハザード! たぶん初代」

「ははーん……?」

 たしかにその黒いディスクには、おどろおどろしい赤色で「BIO HAZARD」とタイトル文字が描かれている。それ以外の文字は一切見当たらないので、まぁ普通に考えればそれは無印(つまり初代)バイオハザードなのだろう。

 ……けど、バイオハザードのディスクってそんなデザインだったか? 初代バイオハザード自体が世代ではないので詳しくはないけれど、何か一抹の違和感が胸にわだかまる。

 酔っぱらいは、その程度の違和感なら五秒で忘れてしまうのだけど。

「なんで初代バイオ?」

拓海(たくみ)、セガサターン持ってたでしょ」

「起動するのかも不明な物なら」

「起動するする。せっかくだから遊ぼうよ」

「いや、だからなんで急に?」

 彼氏の家に宅飲みしに来て、急遽レトロゲームを起動するなんてことがあるか? ……世の中にはあるのかもしれないけど、智絵里と俺の間ではそれは意外なことだった。お互い、古いゲームはリメイク版で遊んで満足するタイプなのだ。だから父親から譲り受けたセガサターンは常に埃をかぶっている。

 ディスクの真ん中の穴に指をさし込んだまま、酔いが回って顔の赤くなった彼女は怪しい呂律で言った。

「ひろったから」

「え?」

「拾ったの、これ、今日来る時、道端で」

「みちばたって……」

「道の隅っこの方に、ぽつーんって落ちてた」

「えぇ……」

 小学生の頃、俺も塾の帰り道に見たことがある。ゴミステーションの中に捨て置かれた生身のCDディスク……。タイトルは忘れたが、あれは確かにゲームソフトだったはずだ。

 が、ゲームソフト一本買うことにも四苦八苦していたクソガキでさえ、そんな物を拾いはしなかった。当然ながら今日ここへ来る道中の智絵里は素面だったはず。であれば、それを拾うなんて正気の沙汰とは思えない。

 改めてもう一度、ドン引きの心が顔にも声にも出た。

「いや、えぇ……」

「えぇって、分かるけどさ。わたしだって普通なら拾わなかったよこんな物」

「じゃあなんで?」

「うーん……。だってさ、なんかこのディスク違和感ない? バイオハザードのディスクってこんな感じだっけ?」

「同じこと思ってたんかい」

「初代バイオってプレステ版とサターン版の二つがあったはずだから、どっちかのロゴくらいは入ってたと思うんだよね。こんな真っ黒じゃなくて」

「……じゃあ得体の知れない物ってこと?」

「じゃない?」

 得体の知れない拾ったディスクを人ん家のゲーム機に突っ込んでみよう、どうせ使いもせずに埃かぶってる物なんだし別にいいでしょ! ……という彼女の思考が、俺の頭の中に直接伝わってくるかのようだった。

 良くも悪くも、これは智絵里の平常運転である。彼女は行動力に富んでいるのだ、多少の遠慮を犠牲にして。

「……まぁいいけど。セガサターン引っ張り出すわ」

 物置部屋へ向かうべく立ち上がる。座っていると分からなかったが、どうやら俺の方も少し酔いが回り始めてきているようだった。若干ふらついてしまう。

「やったぁ、わたし初代バイオやるのって初めて。ウェスカーとか出るの?」

「出るよ」

「強いの?」

「戦わないし操作もできない」

「え、そうなんだ」

 正確にはクリア後のおまけモードにゾンビと化したウェスカーが……という話をしようかと思ったけれど、長ったらしくなると思ってやめた。物置部屋を捜索し始めてすぐ、ちょうどセガサターンの発掘も済んだところだった。

 ササッと埃取りをかけたセガサターン本体をテレビの前に置く。HDMIが台当したことで最近はすっかり見なくなった三色配線を接続して、タコ足にコンセントを刺し、ダメ元で電源ボタンを押してみる。……意外にも問題なく起動した。特徴的な効果音と共に画面にロゴが表示される。

「動くもんだな……」

「日付を入力してくださいだって」

「この本体からすればほぼタイムスリップ状態だからなぁ」

 久しぶりに起動した機械特有の日付時刻設定をささっと済ませて次の画面へ。ディスクトレイの蓋を開き、そこに例のバイオハザード(?)のディスクをセットする。そして蓋を閉じれば、キュルキュルキュル……とディスクの回転する音が問題なく聞こえてきた。……蓋にしてもこの回転音にしても、何もかもがレトロな感じだ。

 セッティングは終わったので、初代バイオ未プレイらしい智絵里にコントローラーを渡す。彼女は右手側の表面だけで六つもボタンがある前代未聞の代物(それが標準)を物珍しげに観察していた。

 画面の方には、やがて真っ暗な中に何かを入力する白いバーだけが浮かび上がる。……表示されたのは、ただそれだけだった。

 白いバーが一本きり……それ以外には何も映っていない。タイトルだとか「new game」だとか、そういう文字の類が全くない。……タイトル画面にしては、これはいくらなんでもおかしくないか? 少なくとも俺の遊んだリメイク版にはこんな妙な雰囲気は欠片もなかったけれど……。

 智絵里が不思議そうな顔をしながらボタンを押すと、スマホと同じように下からニョキっと現れるキーボードと、ごく短い指示文が表示された。

「名前を入れてください。……だって」

「バイオにこんな機能あったか……? 主人公を選んでくださいって感じだった記憶なんだけど」

「そうなの?」

 言いながら、智絵里は黙々と「tieri」と入力して確定キーを押す。すると今度は見覚えのあるデモムービーが始まり、それが終わるとやはり見覚えのあるタイトル画面が表示された。

 スタートボタンを押すと同時に鳴り響く「バァイオハザァード……」の音声に、智絵里がびくっと小さく肩を跳ねさせる。タイトル画面からその調子なら、どうやらこの先も良いリアクションが見られそうだ。

 ……と、これから始まる彼女のゲームプレイに期待を馳せはしたのだけれど、それよりももっと大きくて支配的な「睡魔」が先に俺を襲った。それは今までずっと、じわじわと着実に迫ってきていたものなのだろう。酔うと寝るタイプの俺が自ら呼んでしまった眠気が、このタイミングでついに臨界点を超えたのだ。

 ゲームは今オープニングに差し掛かったところだった。ヘリから降り立った主人公チームがゾンビ犬(ケルベロス)に追われる様を実写で撮った映像……日本の多摩川で撮影された映像が流れている。その映像を最後まで見届けることなく俺のまぶたは閉じていった……。

 そして、まだ意識までは眠りに落ちきっていない暗闇の中で、俺は智絵里の信じられない言葉を聞いたように思う。

「あれ、拓海寝るのー? ……なんかわたしも眠くなってきちゃった。寝ようかな」

 今ゲームを始めたところなのに……?

 コントローラーを握るプレイヤーがいなくなり、始まって早々棒立ちになり続ける主人公の姿を想像しながら、俺はいよいよ完全に眠りの中へと落ちていった……。

 ……あれ? そういえば、名前の入力をさせられた一方で、主人公選択はしていなかったような気がするけど……。まぁいいか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次に目を覚ました時、俺と智絵里は森の中にいた。凶暴そうな犬の吠える声が、どこからともなくいくつも聞こえてきていた。

 

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