ゆるい、ばいおはざーど   作:氷の泥

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03 洋館事件3220

 話が通じるタイプのゾンビと色々話がついたあとで、食堂と通路をつなぐ扉の前で待っている智絵里に手招きをする。彼女は不安そうな顔で駆け寄ってきては言った。

「どうなったの……?」

「どうって言われるとちょっと色々説明しきれないんだけど……。とりあえず見てもらうしか」

「何か見つかったってこと?」

「まぁ……。あっ」

 行動力に満ちた智絵里が、俺のわきを通ってゾンビがいる部屋に立ち居ろうとする。俺はあわてて行く手を遮る。

「ちょ、ちょっと待ったその前に」

「なに……?」

「智絵里って実写のグロ平気だっけ」

「え? うん、べつに平気」

「目の前にクソリアルなゾンビが来ても大丈夫?」

「うーん、襲われなければ? ……なに? ゾンビの死体でも転がってたの?」

「いや、うーん、まぁ……」

「大丈夫だって! 見ないと分かんないんでしょ? 見せてよ」

 俺の体を押しのけて、彼女は例の部屋へとずんずん進んでいく。こんな状況でも彼女の行動力は健在だった。

 確かに智絵里はグロ描写のある映画を平気で見るし、救急箱で済む程度の怪我なら現実の出血等々にも強い。けれどそれと本物のゾンビへの耐性が同列に語れる物なのかどうか……。結局のところ、智絵里と彼を対面させないわけにもいかないので、彼女のその度胸が打ち砕かれないことを願うしかないのだけれど。

 通路の角を折れて、智絵里はついに「最初のゾンビの部屋」に足を踏み入れる。……その瞬間、彼女は背筋を伸ばして立っているゾンビのTさんと目が合った。その一見して恐ろしい風貌を、現実の存在として目の当たりにした。

 ……大抵の人はその衝撃に気を取られて、足元のマグロに気づかない。

「どうもこんにちは、智絵里様ですね! わたくしこのゲームの案内人を務めさせていただきます、Tと申します」

 ゾンビがハキハキとした声で挨拶してきた。

 智絵里はものの見事にフリーズした。

 間に俺が割って入る。

「すいません、ちょっと時間もらってもいいですか」

「もちろんです」

 Tさんに一言断ってから俺は智絵里の方に向き直り、彼女の目を見て、事情を説明する決心をする。……正直、直視すれば今でも冷や汗が出るような本気の恐ろしさを持つゾンビに対して背を向けることには、それはそれでまだ足がすくむような気持ちがあったけれど。

「いいか智絵里、これから俺はお前の理解を超えたことを五〜六個言うかもしれないけど、落ち着いて聞いてくれ」

「……えっ、そこのゾンビは人間……? 特殊メイク?」

「うん、まずそれが一個目だ。彼はゾンビのTさん、理性がゴリゴリに残ってるから精神的には人間で、この世界の案内人を務めてくれるゾンビだ」

「……え? つまり本物ゾンビってこと?」

「友好的なゾンビってこと」

「友好的……」

 智絵里の疑いの目が俺の肩越しにTさんへ向く。向こうが会釈をしたのか、智絵里は不服そうな顔をしながらもぺこりと小さく頭を下げた。

「……で、二つ目は?」

「二つ目は、……いや、それはTさんから説明してもらった方がいいかな」

 お願いします……と理性たっぷりなゾンビに話を振る。すると彼は「まぁまずはお座りください」と部屋にあるL字型のソファを勧めてくれた。全員それに腰を下ろす。この「最初のゾンビの部屋」にあるソファに、こんな風にちょこんとどうぶつの森みたいに腰を下ろす日が来るとは思わなかった。

 ソファが壁に沿ったL字であるため、我々全員の視線の先には、部屋中央に転がる食べかけのマグロが映っている。胴体から切り離されたマグロの首が、文字通り死んだ魚の目が、むなしく虚空へ向いていた。

「えー、それではわたくしTが、智絵里様たちが現在置かれている状況について説明させていただきます」

 不自然なほど青白い肌、白目を剥いたままの目、(マグロの)血が付いた口元……のゾンビが俺たちの顔を見回す。

 ぶっちゃけ、今まで目にした何よりもぶっちぎりで怖かった。けれどよく通る声や丁寧な口調によるその見た目とのえげつないギャップが、ギリギリのところでむしろこちらの理性を繋ぎ止めている。

「まずお察しの通り、今我々が居るここはゲームの中の世界……「初代バイオハザードの世界」となっております。本来ここは「リアル体験型バイオハザード」をプレイされるお客様の来られる場所なのですが、どうやら御二方はそうとは知らず、この世界に迷い込んでしまわれたようですね。……さて、重要なのはここからです」

 一拍置いて、ついさっき俺が聞かされたにわかには信じられない話が、再び彼の口から語られる。

「御二方ともよく聞いてください。……このゲームの世界に実際に入り込む形の「リアル体験型バイオハザード」の発売日は、西暦3220年なのです。……2022年の世界に生きている智絵里様や拓海様は、本来このソフトを手にするはずがないのですが」

「えっ」

 無実の智絵里がたじろぐ。

「わたし、道に落ちてた物を拾っただけなんですけど……」

「えぇ、そう聞いております。……どういった経緯でこのソフトが、2022年の時代の道端に落っこちていたのか、それはわたくしにも分かりません。しかし、とにかく何らかの事情でソフトは千年以上過去の世界に落ち、それを智絵里様が偶然拾って起動してしまった……ということなのでしょう」

「はぁ……」

「そこで智絵里様方に起こってしまった問題の一つは、この世界から出る方法が「ゲームをクリアすること」しかないということです」

「えっ、なんでですか」

 2022年基準でもおかしな話に智絵里からもツッコミが入る。……俺も、Tさんから初めてその話を聞いた時には同じ指摘をした。クリアしなくてはゲームを終われないとはどういうことか、平成の時代に初代バイオハザードが初めて発売された時でさえセーブ機能(つまり一時中断の機能)があったのに……と。遠い未来のゲームが現代より便利になることはあっても、不便になるだなんておかしいじゃないかと。

 けれど、今ここに起こっている不便さの原因は、まさにその「未来の便利さ」に由来しているらしい。……ぶっちゃけ俺は訳を聞いてもよく分からなかった。ただ幸いなことに、Tさんいわく、この話は「スルーしても問題ない」らしい。

「詳しい原因はわたくしにも分かりかねるのですが、そもそもこの体験型ゲームを作った3000年代の者たちからすれば、脳にナノマシンを宿していない人間がゲームをプレイすることは全く想定していないことだったのです。まず前提として、体験型ゲームにおける「ゲームの世界に入る」とは、肉体をそのまま転移するという意味ではなく、意識をゲームの世界に入れる……つまり脳とゲームを直接リンクさせるということを意味するのですが、その際に、3000年代には「社会基盤を構成する当たり前の存在」として極めて広く流通している「脳内のナノマシン」を媒介とした様々な処理を行っており、セーブや途中離脱の機能はその最たる物なのです。ナノマシンを介さない生の脳をゲームとリンクすることは未来でも一応「非推奨」と定められてはいますが、あからさまに危険なその行為を実際に行ってしまった場合にどのような問題が起こるのかをわざわざ確かめた者はおりません。……それゆえに、わたくしどもの時代の価値観としては非人道極まりない人体実験が、今まさに智絵里様たちを対象に行われてしまっている形になるのですが……」

「ちょ、ちょっと待って。ごめん分かんない」

「要するに、とにかくこのゲームの世界をクリアしなければ元の世界には帰れないということです。……正確には、元の世界へ帰るために考えられる方法がそれしかない、と言うべきですね。心苦しいのですが……。ゲームをクリア出来たとして、御二方の帰還を「保証」はしかねる……ということになってしまいます」

「……マジか」

「はい……。これが、所詮はゲームの中のキャラクターであるわたくしに説明することのできる全てです」

「…………」

 自分が拾ってきた物だからということもあるんだろう。智絵里はそれなりに大きいショックを受けているようだった。苦々しく眉根をよせて、口をつぐんだままでいる。

 けれど俺は、現状をそこまで悲観しているわけじゃなかった。打つべき手がある時は、その手を打った先のことまではイマイチ考えきれない……。そういう自分の欠点とも言うべきところが、今回に関しては良い出方をしている。

「そんな深刻そうな顔するなよ。要するにゲームをクリアすればいいんだ、そしたらきっと帰れるって」

「ポジティブだね」

「そりゃまぁ、千年後のゲームを体験出来てるって考えたら物凄い話だし……? ……それにほら、そのまま原作通りのバイオハザードの世界に入り込んでたら終わりだったけど、ここはそういうのじゃないわけだから」

「そういうのって……?」

「平和なんだよ、この世界は」

 言いながら、床に転がるマグロに目を落とす。つられて同じ物を見た智絵里は、それから改めてTさんの方を見た。彼は恐ろしい見た目をしているが、その剥いた白目の中になぜか親しみを感じられることに、彼女もそろそろ気がついたのかもしれない。

「そう、そこが不幸中の幸いな点なのです、智絵里様。この世界にいるわたくしどもゾンビは、決して人を襲いません。襲わないと断言できる理由があるのです」

「理由……?」

「はい。全員に理性があることはもちろんですが、それ以前にわたくしどもは全員、魚食(ぎょしょく)ですから」

「ぎょしょく……? なに……?」

「草食の魚バージョンだと思ってください。ゾウが草や果物しか食べないように、わたくしどもは魚や貝、海藻等々しか口にしません。よって誰も人間を食べようとは考えもしないわけです」

「……そんなことあります? って、まぁ、あるのか……」

 目の前のゾンビと足元のマグロが全てを証明している。

 また、食性だけではなく、この世界のゾンビたちが人型の個体はもちろん、動物的な個体でさえも理性に富んでいることについては、俺たちもすでにこの身で体験している。この世界に来て一番初めに出会ったのは、あのよく躾られたケルベロスだったのだから。

 ……逆にそこまで来ると、Tさんが部屋の床にうずくまって素手でマグロを食ってたことが一番怖いんだけれども。いくら理性に富んでいて友好的な存在でも、ゾンビらしさは見た目以外にもそこはかとなく残っているということなのだろうか。だとすれば俺たちの方にも慣れが必要だ。

「そう簡単には信じられない気持ちもよく分かります。わたくしどもの見た目は原作そのままですからね……。しかし智絵里様、この世界は「恐怖回避バージョン」なのです。その点はご安心ください」

「恐怖回避バージョン……?」

 俺も最初は首を傾げた初耳の単語だったが、どうやら智絵里はその概念を頭の片隅では知っていたらしい。続く解説に、彼女は合点がいった顔をする。

「御二方の時代で言いますと、そうですね……映画「犬鳴村」にそういった物があったかと思います。怖すぎる物は見られないけれど、ホラーというジャンルには興味がある……という需要から生まれた派生作品、それが恐怖回避バージョンなる物なのです。需要の件に関しては千年後の未来でもまったく変わっておらず、それゆえこの世界が作られました」

「あぁ、なんか聞いたことあります。終始ポメラニアンが茶化してくれるやつですよね?」

「わたくしも詳しくはありませんが、きっとそのような物だったのでしょうね」

 俺たちにとっては「なんか最近聞いたことのある気がする映画」でも、未来人からすればごりごりの古典である。犬鳴村の恐怖回避バージョンとやらを俺は知らず、ググって確認することも今は出来ないけれど、ゾンビのTさんが相当な博識であることは間違いないだろう。

「で、この世界もそういう感じだってことなんですか……?」

「はい。見た目はほぼ原作通りですが、その他諸々が無害になっているバージョン……それが本作の世界観となっております。故にゲームクリアのハードルも、原作に忠実なバージョンに比べれば遥かに低くなっているのです。観光気分で先へ進んでいただければ、数時間ほどでクリアできますよ」

「なるほど……。それならまぁ、大丈夫か」

「えぇ。……ではそろそろ行きましょうか」

 Tさんが立ち上がる。彼は血濡れの上着の襟を正した。

「このゲームのクリア条件は三つあります。一つは、全てのゾンビに出会うこと。二つ目は、とあるアイテムを手に入れること。そして三つ目、ゴール地点であるヘリポートから脱出用のヘリに乗ること。……この三つです」

「はぁ」

「なのでまずは一つ目からいきましょう。全てのゾンビに会いに行く……まさに観光ですよ」

 Tさんはゾンビらしからぬ軽い足取りで歩き始める。俺たち二人もソファから立ち上がり、先導してくれるTさんに続いて次の目的地へ向かう。まずは一度食堂へ戻り、そこからロビーを経由してL字に曲がった廊下へと向かうのだ。

 その廊下は、初代バイオハザードを語るにおいて外せない名所である。そのことを知らないのは……つまり一番いいお客さんなのは、ここでは智絵里だけだ。

 状況としてはそれどころじゃないのかもしれないが、それでも少し楽しくなってきている自分がいた。ゾンビに案内されて巡る洋館は、そのシュールなシチュエーションは、なるほど確かに需要があるに違いない。

 未来のゲームは、ここからが本番だ。

 

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