ゆるい、ばいおはざーど   作:氷の泥

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06 ショットランペットガン

 謎解き絵画の部屋を抜けて次のイベントが起こるまでの手持ち無沙汰な道中に、智絵里がTさんに聞いた。

「ところで、TさんってなんでTさんなんですか? 本名のイニシャルとか?」

「TウイルスのTから取っています。バイオハザードの世界では、生物をゾンビに変えるウイルスがそう呼ばれているのです」

「あ、聞いたことある! へぇ〜!」

 館の通路を行く道中、いくつかの扉が目に入るが、Tさんはそれを全て素通りする。ずっと前から同じ調子だけれど、俺たちもあえてそこに何があるのかと聞きはしない。

 もしかすると通常営業なら全ての部屋を回って見せるのかもしれないが、Tさんから見た今回の客は「千年も過去の世界から迷い込んだ、元の世界に帰りたがっている迷子」という特例だ。彼もゲームを楽しませるという矜持を曲げない範囲で、望んで来たわけではない俺たちのためにある程度先を急いでくれているように思う。

 そんなTさんが、ある扉のノブに手をかけた。促されるがままその扉の内に入ってみれば、あぁここか……と俺は次のイベントの内容を理解する。

 そこは正方形の狭い部屋だった。三人で入っただけでもやや圧迫感を感じる程度には狭い。入口正面の壁には額縁のような物が取り付けられており、そこから幅の広い上向きのフックが二本生えている。銃を立てかけて飾るためのフックだ。実際、すでにその二本のJ型フックには長銃が乗せられていた。

 そこに飾られている銃は、ゲーム開始時からナイフと拳銃だけで戦っていた主人公に満を持して与えられる初の新武器「ショットガン」……のはずだった。

 俺が知る原作なら、そこにあるのはショットガンのはず。それで間違いない。……が、実際に目の前に飾られている銃は少し様子が違っていた。いや、そもそもそれは銃なんだろうか? 銃口以外の部分に目を向ければ、どこからどう見ても至って普通なポンプアクション式のショットガンに見えるのだが……。

 そのショットガンは何度見ても、銃口の先端がトランペットの口のように丸く広がっていた。……いやむしろトランペットの口そのものになっている。引き金があり、一方で音階を制御するための機能は見当たらないのに、なのになぜかどうしようもなく、先端の見た目がトランペットなのだ。

「Tさん、これは……?」

「それは、ショットランペットガンです」

「説明になってない上になんてネーミング」

 意味不明だと顔で表した俺へ、Tさんが冷静に説く。

「拓海様は、わたくしの挙げた三つのクリア条件を覚えておられるでしょうか?」

「え? あー、まず全てのゾンビに触れることでしょう? それから、ゴール地点で脱出用のヘリに乗ること。……あとは」

 ハッとする。もう一つのクリア条件、それは、

「あるアイテムを手に入れること……」

「そうです。そしてその「あるアイテム」というのが、このショットランペットガンなのです」

「これがクリア条件……?」

 エンディングと共に、祝砲ではなくこれでファンファーレでも奏でるつもりなのだろうか? それともラスボスと音楽バトルでもするのか? ……というかショットランペットガンってなに?? ショットガンの機能はあるのか? トランペットの機能はあるのか? あまりにも何も分からない……。

 困惑する俺をよそに、智絵里はその銃(?)に飄々と歩み寄っていた。

「要するにこれを持っていけばいいってことでしょ?」

「あっ」

 静止が間に合わなかった。智絵里はその銃を手に取ってしまった。

 ガッチャン……とあからさまな音を立てて、銃のかけられていたフックがスライドして持ち上がる。重りを失ったフックが「元の位置」に戻ったのだ。

 これは原作にもあった罠である。無策でショットガンを取得すると、それを察知して即死トラップが発動するのだ。

 銃を片手に部屋を出ようとした智絵里は、案の定扉が開かなくなっていることに気がつく。

「あれ?」

「智絵里……。言うのが遅れたけど、それはトラップなんだ」

「えっ」

「原作だとかわりに偽物の銃をフックにかけて解決するんだけど、俺たちは今そんな物を持ってない。その銃がクリアに必須だっていうなら「詰み」だ。……罠にかかるしかない」

「えっ、えっ? なんで……?」

 混乱するのも無理はない、俺たちに何か落ち度があったとは思えないから。もしゾンビの案内人を信用することが落ち度というならそれは仕方がないけれど。偽物の銃は、きっとこの道中スルーしてきた扉のうちのどこかにあったはずだ。

 とはいえ、罠が不可避だったとして、まさかこの恐怖回避バージョンの世界で本当に即死するということはないだろう。偽物の銃をスルーしてここまで来たTさんの目論見は、今までと何らか変わりないはず。

 手早くクリアすること、ゲームを楽しむこと。その二つを両立させるために、おそらく彼はわざとこの罠を起動させたのだ。逆に言えば、これはそのレベルの「笑える罠」なのだと考えられる。

「罠って、かかるとどうなるの……?」

「原作では吊り天井がだんだん下がってきて、最終的にぺちゃんこにされる」

「即死じゃん!?」

「そうなんだよ」

 けど、吊り天井が下がって来る時の鎖が擦れるような音はどこからも聞こえてこない。話を聞いて反射的に上を見上げた智絵里をよそに、俺はTさんに目配せする。

「でも、さすがにこの世界で死ぬことはない……ですよね? Tさん?」

「その通りです。拓海様、上をご覧下さい」

 言われるがままに上を向く。……すると俺はアッと驚かされた。何に驚いたか? まずは天井の低さだ。

 この部屋の天井は、誰かを肩車すれば手が届きそうな程度には低かった。原作の天井は「吊り天井がだんだん下がってくる演出」が出来るだけの広い間……つまり高さが取られていたのに。それを知っていたから俺はフックにかけられたショットガンを見た瞬間に、先入観で、この部屋の天井は高いと思い込んでいた。けれど実際はそうではなかったようだ。……一瞬だけ、吊り天井がもうすぐそこまで落ちてきているのかと思ってびびってしまった。

 そして、天井を見上げた俺の驚きはもちろんそれ一つではなかった。ただ単に天井が低いだけならどうでもよかったかもしれないが、俺はこの部屋に仕掛けられていた罠の正体を、まさにそこで目撃してしまったのだ。

 天井から、何か赤い物がぶら下がっている。垂れ下がった質感や光沢の具合からして、それはゴムのように見えた。透明感は一切ない、どこか懐かしさのあるゴムの塊……いや……膜……。

 ……よくよく耳をすませてみると、どこからともなく空気が抜けるような音がする。シュー……と、自転車の空気を入れ終えて器具を取り外した時のような……。

 いや、まさにそれだ。空気は抜けているのではない、むしろ入れられているのだ! 天井からぶら下がった赤いゴム風船が、みるみるうちに大きく膨れ上がっていく……!

「なっ、これはまさか!?」

「お笑いでよく見るやつだ!」

「風船ドッキリってことか!?」

 風船はあっという間に膨らみ、すでにバスケットボールよりも大きなサイズになっていた。しかしどうやら、そうなってもまだ割れる気はないらしい。これしきのこと膨らんだうちにも入らない……とでも言う風に。

 けれど、でも、どう考えたって、それはいずれ必ずド派手に割れるに決まっている。それは火を見るより明らかなことだ。……なのに部屋の扉は開かない!

「う、うおおおっ! 智絵里っ! その銃を貸せ!」

 智絵里の手からショットランペットガンをひったくり、鍵がかかって開かなくなった扉のドアノブに向けて引き金を引く。開かないならぶち壊すしかない!

 実際、海外では緊急時にドアをこじあけるための手段としてショットガンが使われることがままあるらしい。そういう使われ方をするショットガンは冗談まじりに「マスターキー」と呼ばれているのだとか。……しかしいくら世界広しといえども、先端がトランペットになっているマスターキーはさすがにどこの国にも置かれてないだろう。

 俺が引き金を引いた結果、銃口(?)からは「ぷぁ〜」と間抜けな音色が鳴り響いた。弾丸の類は出てこなかった。

「クソッ! ガラクタじゃねぇか!」

「ど、どうしたの拓海、そんなに焦って。ただの風船だよ……?」

「わかってるけど! 俺はそういうのが苦手なんだよ……!」

「えっ、初耳」

 俺はゴムパッチンだとか風船爆発にあるような、来るぞ……来るぞ……という雰囲気がどうにも苦手だ。従ってジェットコースターも苦手なのだが、俺のジェットコースター嫌いを知る智絵里も、その理由の方までは知らなかったらしい。いや、それは当然知るわけがない、俺が話していないのだから。なぜ話さなかったのかといえば、その必要もないと思っていたからだ。なぜ話す必要がないと思っていたのかといえば、まさかこんな状況に出くわす日が来るとは思っていなかったからだ!

 テレビ越しに他人がやっているところを見る分には全然平気だから、智絵里が俺のニッチな恐怖症に勘づくことは今日までなかった。しかし、今はまさに自分の頭上で巨大風船が膨らみ続けている。もうそろそろバランスボールよりも大きくなってきている。気が気ではいられない……!

「おーい! 誰かー! 出してくれー! バリーさーん!」

「誰!? ていうかそんなことしても無駄でしょ……。もう覚悟決めようよ」

 智絵里は涼しい顔で両耳をふさぎながらそんなことを言う。Tさんに至っては前の部屋の時と同じく傍観者として突っ立っているだけだ。

 バリーとは、原作に登場する主人公の仲間である。実は原作でのショットガン絡みの即死トラップには、偽物の銃を使って罠の作動を防ぐほかにももう一つ対処法があるのだ。それが「バリーに助けてもらうこと」である。

 一定の条件を満たしていると、強烈な威力を誇るマグナム銃を持ったバリーという屈強な男が助けに駆けつけ、外から扉の鍵をぶち壊して助け出してくれるのだ。この世界において俺たちがその条件を満たした覚えはないし、なんなら俺たち二人以外に人間の気配なんて一切感じないけれど、それでももうバリーに縋るくらいしか出来ることがない。藁をも掴む勢いで俺は部屋の外に向かって叫ぶ。

「バリーじゃなくてもいい! 誰かいないか! ケルベロス! ゾンビのみなさーん!」

 

「…………おい、そこに誰かいるのか?」

 

「えっ……!?」

 扉の外から、たしかに声が聞こえた。男らしく低い声だ。

「ここか? 誰かいるのか!?」

「い、いるよ! 閉じ込められてるんだ! 天井からぶら下がってる風船がもうとんでもないデカさになっててやばい、助けてくれ……!!」

「よし分かった! 危険だからドアから離れてろ!」

 なんかよく分からないが助けがきた! もしかしてこれもTさんが想定していた「楽しみ」なんだろうか? よく見ると彼の文字通り死んだ目の中に、初見プレイヤーのリアクションをニヤニヤと見守るようなニュアンスが浮かんでるような気もした。

 鍵をぶち壊すような威力のマグナム弾に巻き込まれないように扉から離れる。何が起こっているのか理解が追いつかない様子の智絵里は困惑した表情のまま耳をふさいでいた。

 いよいよ風船は限界ギリギリまで巨大化し、部屋の面積を圧迫し始める。俺たちは中腰で助けを待った。

「うぉおおおお! どぉぅらぁああああ!!!!」

 野太い雄叫びが聞こえたかと思うと、扉からものすごい音が鳴る。それは大口径からなる銃声……ではなかった。

 ばきっ! と木材の裂ける音がした。まるで一枚きりのドミノのように、扉がまっすぐ部屋の中に倒れてくる。俺たちを助けてくれた「巨体」が、扉を突き破って部屋の中に倒れ込んできたのだ。

「あっ」

「えっ」

 二人して唖然とする。

 声の主は、人間ではなかった。

 入り混じる赤と緑の毒々しい体色に、サイの角のように太く鋭い二本の牙、手足がないかわりにサイズとしなやかさを両立した体……。

 ……人間すら丸呑みにしそうなほどの規格外の大蛇がそこにいた。ゾンビ大蛇「ヨーン」が、風船の膨らむ部屋になだれ込んできた。

「大丈夫か二人とも! 早く外へ!」

 その瞬間、ものすごい破裂音が頭上ではじける。無情にも風船が爆発したのだ。俺は少しは驚かされたけど、意識がヨーンに向いていたおかげで大して怖い思いはせずに済んだ。

 ……けれど逆に、智絵里の方はそうもいかなかった。彼女の恐怖症は俺のそれと違ってポピュラーな物なのだ。……彼女は、「女性が苦手とするイメージのある生物」の大半を苦手としている。虫もナメクジも、そして蛇も、普段の生活で目撃すれば悲鳴を上げて飛び上がるほどに……。

 けれど今ここでは、智絵里は悲鳴を上げなかった。といっても耐えたという意味ではない。……可哀想にキャパを超えてしまったらしい。

 気絶して倒れかけた智絵里のことを俺はなんとか受け止める。それで部屋には気を失った女が一人、それを抱きかかえる男が一人、ゾンビが一体、大蛇が一匹、ちぎれて散らばった赤いゴムの破片がそこかしこに……というカオスな状況が完成した。

 今にして思えばさもありなんだ。この世界にほかの人間の気配は感じられなかった一方で、「人型でなくとも喋るゾンビ」ならついさっきカラスのクロウを見たところなのだ。大蛇のヨーンが喋っても、もはやおかしいとは言えまい。言えまいが……。

「智絵里に可哀想なことをしてしまった……」

 ドッキリには、やっていいことと悪いことがあるのである。俺はヨーンの存在を智絵里に伝えそびれていたことを深く反省した。

 彼女を怖がらせないように、黙って一人で対処しようと思っていた中ボスというのは、まさにこの大蛇のことだったのだ。

 

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