「この花、Tさんと同じ匂いがしますね」
壁の裂け目から茎を伸ばし咲いていた花に顔を近づけて智絵里が言う。その顔の近くをワスプが一匹飛んでいたが、彼女は道で他人とすれ違う時のように一切動じていなかった。根本的に苦手な生物が相手でない限り、向こうが友好的だと分かってからの順応力が凄まじい。
「あぁたしかに、流用されているのかもしれませんね」
「流用?」
「この世界はどこまで行ってもゲーム、プログラムですから。同じ匂いのコードが使われているようです」
「へぇ〜」
この世界のゾンビからは花の香りがする。それが腐った死体だろうと、そのうえ獣だろうとお構いなしに、いい香りがする。それは「触れる」という行為を必須としているゲーム性に対する、世界観を損ねすぎない範囲での製作者の精一杯の配慮なんだろうと俺は勝手に解釈している。けどそれとは別に、この宿舎のそこかしこに生えている花からその配慮と同じ匂いがすると聞いて感心させられた。なぜ数ある「良い香り」から「花」がチョイスされたのかを、知った気がしたからだ。
「さぁ、こちらです」
Tさんが宿舎内でも一際大きい扉に手をかける。ここ数分の間にトラウマを負わせられ続けている智絵里が思わず彼を呼び止めた。
「Tさん、その、また虫とか爬虫類とか出ます……?」
「いいえ、もうこの宿舎に新たな虫や爬虫類はおりません」
「あ、そうなんだ……」
ホッとしたような、しかしどこか複雑な表情。智絵里はおそらく、俺が伝えた「2匹目の蜘蛛」のことを考えているのだろう。……さらに伝えるべきだろうか? 次に会う蜘蛛はウェブスピナーよりさらにもっと大きいのだと……。
扉を開いて新たな部屋の中に踏み入る。するとそこは全ての家具が取り払われたかのような、すっからかんな印象を持つ正方形の広い場所になっていた。
部屋の中央には大きな絨毯が敷かれている。……そしてその真上の天井から、得体のしれない植物がぶら下がっていた。
「なにあれ……」
「あれはこの宿舎の主、植物ゾンビ「プラント42」です」
プラント42。それはTウイルスを摂取した植物の中でもひときわ巨大に育った突然変異種であり、原作においてはヨーンに続く二体目の中ボスに位置する
天井からは花とも実とも言えない未知の球体部位がぶら下がっており、さらにそこから太く青々しい無数のツタが伸びている。その形状はさながら巨大なタコのようだが……。
実際その植物はタコのように、とても植物とは思えない速度で「動く」。ツタの数本が触手のようにこちらへ伸びてきて、あっという間に俺とTさんの胴体に巻き付いた。そしてそのまま軽く持ち上げられてしまう。
「拓海……!?」
「うわぁぁ〜」
原作知識から薄々そうなるんじゃないかと分かってはいたものの、いざ足が浮くとさすがに声が出る。絶叫マシンに乗っている気分だ。
どこからともなく条件達成を報せる音が鳴る。「プラント42」クリア。……そう、一応これで「触れる」は完了したのだ。地に足は付いていないけども。
音声通知とは別にツタの根元の方から、まったく原理は分からないが明るい声が響く。
「ハロー、おあつらえ向きに二人で来たプレイヤーたちよ。君たちに愛や友情があるなら、僕とゲームをしよう」
「ゲーム?」
「見ての通り、案内人とプレイヤーの片割れは僕が掌握した。二人を助けたければ、智絵里、君が一人で僕を倒してみるがいい」
「はぁ……? 倒すって……」
急に趣旨が変わってきたじゃん……という顔。それについては俺も同感だった。が、しかしまぁ、これが「原作に沿う」という意味では正しい流れであることも確かなのだ。こんなにアトラクション感強めではなかったけど。
「智絵里様、プラント42に正面から挑んでも勝ち目はありません! この宿舎の地下にある、彼の根っこに特効薬をかけるのです」
「根っこ……? 特効薬……? なに、なんか急にいろいろ出てきて分かんないんだけど……」
「智絵里、とにかくこいつの根を探すんだ! あとは雰囲気で分かる!」
原作を知る者二人の解説に合わせて、ツタが智絵里の方へ伸びていく。危ない! ……と言おうとしたが、そのツタは智絵里の体ではなく、今しがた俺たちの入ってきた扉の方へ向かって行った。
ドアノブにツタが絡む。智絵里共々全員をこの部屋に閉じ込める気か……!? と思ったが、閉じ込めるどころかむしろ紳士的に、そのドアは静かに開かれた。
「そうだ、早く行くがいい」
「いやアンタも行かせてくれるんかいっ。ん〜、でも分かった、探してくる!」
部屋を飛び出す智絵里。ツタに持ち上げられたままそれを見送る俺とTさん。それ以上の危害を加える様子がないプラント42……。
いかにも恐怖回避バージョンらしい茶番はこうして開幕したのだった。お喋りでもしながら待っていよう。幸いなことにツタの絡む強さが絶妙で、「持ち上げられている」というよりはまるで「宙に浮いている」ように感じる。体が浮いた瞬間の絶叫マシン感はどこへやら、今はすこぶる快適だ。
廊下に出るとすぐ、ワスプの群れが私を出迎えてくれた。なぜ鉢合わせたのではなく出迎えてくれたのだと分かったのか? それはその群れが、すでに矢印の形をしていたからだ。
「道を教えてくれるの? ありがとう!」
わたしが矢印の方向へ駆け出すと、ワスプたちも陣形を維持したままそれについてきてくれる。そして分かれ道に差しかかると、矢印の先が正しい方向を指してくれるのだ。まるで道案内アプリのように。
原作もロクに知らないのに一人で根っことやらにたどり着けるのか正直心配だったけど、これなら楽勝で行けそうだ。まさに「持つべきものは友」というやつだろう。唸る羽音も今となっては心強い。
ある地点まで来ると、ワスプの矢印が一枚の扉を指してくれた。ここが地下へ続く部屋なのか……と中に入ってみると、部屋の奥に、無骨な梯子が下へと伸びる穴があった。
わたしが穴を見下ろすのに合わせて、ワスプの矢印は梯子に沿った真下を指す。下の地面は見えはするけれど、それでもそれなりに高さがあるように思えた。
……ふ、不安だ。手を滑らせてしまったりしたらどうなるの……? ゲームの中でもやっぱり怪我とかしてしまうんだろうか……。
「梯子かぁ……」
実家にロフトがあって、子どもの頃は大喜びで無限に昇り降りを繰り返してたなぁ……なんてことを思い出しながら腹をくくる。後ろ向きになって梯子に足をつけ、手で握り、降りていこうとする。……と、その時、不思議なことが起こった。
わたしは意を決して地下へ降りるべく、その梯子にしがみついたはずだった。しかし、いざ一歩下へ降りようとすると「そこはもう床だった」のだ。……何が起こったのかはわたしにも分からない。けれど確かにわたしは、「降りよう」と思った時にはすでにもう「降りきって」いた。
……瞬間移動? 困惑したまま梯子から手を離す。頭上からワスプたちがついて来てくれた。早く行こうとばかりに矢印が先を示して揺れている。急がなければ拓海の胴体がツタで鬱血してしまうかもしれないし、今起こった妙な出来事はひとまず置いておくことにしよう。あまりにも何が何だか分からなさすぎてそうするしかないし、もし瞬間移動が起こっていたのだとすれば、それはただ単にありがたいだけなので問題ない。
矢印の指す向こうに扉が見える。梯子からそこまでは一本道だ。……しかしそれはそうと、なぜかこの地下の床はびしょびしょに濡れていた。うっかりすると足を滑らしてしまいそうなほどだ。宿舎自体が元々ジメジメした場所だとは思っていたけれど、地下の床が雨の日のコンビニかってくらいに濡れていることには違和感がある。……もとい、嫌な予感がする。
転ばないようにゆっくりと歩き、扉のドアノブに手をかける。そこを開くと見えた景色は……。
「うわっ……」
飛び込んできた光景はインパクト十分すぎた。……扉の先は水没していて、さながら室内プールのようになっていたのだ。
もはや水浸しなんてレベルではない。軋む床が特徴的だった木造の宿舎とは対照的に、壁に蛍光灯が点々と灯る粗雑とはいえ現代風なコンクリート造りの廊下……が完全に水没している。綺麗で薄ら青い透明な水が並々とそこに溜まっている。
けれどその水没は、どうやら意図的なことらしかった。というのも、扉を開いても水が足元に流れ出てくるということはなかったから。なぜ水は溢れ出てこなかったのか? それは扉から水面までの間に、それこそプールのような階段状の段差が設けられていたからだ。
この地下室全体は明らかに「水没させるため」に作られている。水を溜めることを前提に設計されている。なぜこんな場所に水を溜めるのだろう? ……その答えが、段差の前で立ち尽くすわたしのもとにゆらゆらと泳いで来た。
「えっ……」
映画でよく見るような特徴的な背ビレ。その背ビレのサイズからでも明らかに巨大だと分かるサメが、水没した廊下を優雅に泳いでいた。
「わ、ワスプさん、あれは……?」
サメを指さしながら、ブゥンブゥンと音をたてて滞空しているワスプの群れの方を見る。すると彼らの陣形はみるみるうちに文字を成して行き……。
『サメゾンビ』
という答えが寄せられた。さらにその後、そのゾンビの名前も教えてもらえる。いわくあのサメの名はネプチューンというらしい。
「ネプチューン……」
神話っぽい響きだ。問題は、その神話サメがうろつくこのプールに足を踏み入れてもいいのかということ。あの巨大植物の根とやらは、きっとこの先にあるんだろうけど……。
「質問なんだけど、あのサメって人を食べる?」
『たべない』
「攻撃してきたりする?」
『しない』
「このプールって入っても大丈夫……?」
『〇』
……とのことだったので、ワスプとこのゲームの世界観を信じて段差を降り、たっぷりの水の中へ踏み込んで行く。
いざ行くとそのプールは思ったよりも深く、底に足がつく頃にはほぼ腰まで水に浸かってしまっていた。
「これこのあとビショビショなのどうするんだ……?」
せめて役割分担が男女逆だったんじゃないか? わたしも捕まる側になりたかった……と心の中で文句を垂れながら、ワスプの矢印に従い水没廊下を進む。見ると、各所にある扉もここの入口と同じく段差の上に設置されている。そのうちのどこか一枚がゴールなのだろう。
体のほぼ半分が水中にあると、一歩一歩にかかる負荷が地味に重い。目当ての扉はまだ結構先のようで、体力的な意味で、わたしはどこか登山をしているような気持ちになってきた。
……と、お尻に何か重い物がコツンと当たる。何かが流れてきたのだろうか……? 振り返ってみる。
「ん?」
振り返ると、サメの鼻先がすぐ足元にまで来ていた。
「うわぁ!?」
思わずあとずさる……つもりが、水の抵抗で思ったように動けず足がもつれる。結果として尻もちをつくほどに体勢を崩しはしなかったけれど、気分的にはそのくらい動転した。
取り乱すわたしの足元に、人懐っこい猫のようにネプチューンがすり寄ってくる。どこからともなく音声が響いた。「ネプチューン」クリア。
「あ、そうか……。この子にも触らなきゃいけなかったんだ」
すっかり失念していた。人や犬は見るからに死体だし、カラスは喋るし、蛇や蜘蛛はどう考えてもデカすぎたから「ゾンビだ」という感じがした(喋るからゾンビというのも変な話だ)けど、サメは普通に元々大きい生き物だし、喋らないし、見た目死体でもないから、触らなければいけない相手だということをうっかり忘れていた。
いやはや向こうから寄って来てくれて助かった。いざ最終面まで行って「まだ触ってないゾンビがいるからやり直しね」と言われたらと思うとげんなりしてしまう。ネプチューンが協力してくれなかったらまさにそうなってしまうところだった。
「おお〜ありがとう〜。お前いいやつだなぁ〜」
ネプチューンの頭を撫でる。鮫肌とやらに気をつけた方がいいのかと思ったけれど、触れてみると想像していたよりは遥かになめらかな肌をしていた。……いや、なめらかというよりは、それ以前に生物の皮膚としてあまりにも硬すぎるような気がする。実際に触ったことがあるわけじゃないけどあくまでも印象として、まるで戦車に触れているかのような感触だった。さぞ防御力が高いのだろうし、このサメは実は強キャラなのかもしれない。
……と、足元にすり寄っていたと思ったネプチューンが、わたしの両足の間に入り込んだまま停滞する。水草に隠れる小魚のように安心するポジションを見つけたのかな……? と思ったけれど、鉄の塊のようなボディを持つ大きなサメにそんな可愛らしい習性があるものだろうか?
彼の背ビレが、ちょうど少ししゃがめば掴めそうなところにあった。
「……もしかして、乗せていってくれるの?」
見た目にはいかつい彼の顔が、水中で確かに縦に振られる。この世界のゾンビは本当にみんなコミュニケーションが取れるらしい。
へそのあたりまで水に浸かって、背ビレを握る。水に薄まったような、ほんの僅かな花の香りが漂ってきた。……すると次の瞬間、先程まで緩やかに泳いでいた姿からは想像もできなかった加速を体験することになる。
「うぉわぁ!?」
乗ったことはないけど、たぶんバナナボートってこんな感じなんだろうな、と思った。あっという間にとある扉の前にまでやってきてネプチューン号は停止する。減速はなめらかだった。
「この部屋……?」
イエスという返答のかわりに、ワスプの矢印がそこを指す。ネプチューンにお礼を言ってから、びっしょびしょになった重い体でよっこらしょと段差を昇りドアノブに手をかける。
「わぁ、これはなんとまぁ……」
扉の先には、思ったよりがっつり植物の根があった。天井から太く長い根の束が床近くにまで伸びていて、まるで柱のような存在感となっている。そしてその根の束の中には、よく見るとマグロが一匹絡まっていた。……魚介類しか食べないとは聞いたけど、なぜいつもマグロなんだろう……? ひょっとしてこれも「流用」ってやつなのか?
ともかく、この根に特効薬とやらをかければいいらしい。しかし肝心のそれがここに来るまでの間には目に入らなかった。ということは今までのノリからして、それはこの部屋の中に置かれていると考えていいはずだけど……。
「お、これかぁ」
根の死角になっている壁際に棚があり、そこにフラスコが数個置かれていた。それぞれのフラスコの中身は色からして別物のようだ。三段ある棚にそれぞれ三つずつのフラスコ……計九つのカラフルな薬品が備えられている。そしてそれぞれのフラスコには、1〜3の番号がシールで貼られていた。
またそれとは別に、棚上段の隅に一冊の本が立てかけられているのを見つけた。手に取って表紙を見てみると「プラント42絶対倒す薬の作り方」と書いてある。作るとは……なるほどそういう感じか……。
ページを開いてみる。初心者の作ったパワーポイントみたいなやかましいデザインが目に飛び込んできた。
・薬の作り方!
……プラント42絶対倒す薬は、計3種類の薬品を混ぜて作るぞ! どの薬品を混ぜればいいのかは、クイズに従って考えよう!
「クイズ……?」
ページをめくる。するとさっそくデカデカと書かれた「第一問!」という表記でそれは始まった。
・第一問!
初代バイオハザードのラスボスであるタイラントにとどめを刺す武器は、次のうちどれ?
1……ロケットランチャー
2……コルトパイソン
3……主人公の拳
「……いや分かんないし」
原作を知らないことがここで仇になるとは。やっぱりどう考えても役割分担が拓海と逆だった。いや、むしろそれを見越してわたしがここまで来させられているのか……?
ともかく、知らないなりに考えてみる。まず3番だけはないだろう。この恐怖回避バージョンの世界でならそういうオチもありえるだろうけど、原作でそんな急な少年漫画展開が出てくるはずがない。仮にそんな衝撃的なオチがあったのだとしても、それならそれはゲーム史に残る有名なネタと化して、未プレイのゲーマーの耳にだってとっくに届いているはずだ。なので残る選択肢は2つとなる。
一番わからないのは、2番のコルトパイソンとやらだ。……それはいったい何なんだ? 実在する兵器か何かの名前なのか、架空の武器の名前なのか。それとも武器の類ではない何か(それこそ薬品とか)なのか、まったく分からない。それに対して1番のロケットランチャーはさすがに分かる。銃で戦うゲームの最後がロケランというのはいかにも順当な結果であるように思えるけど……。
「うーん……? 1……かな……?」
と本から顔を上げたところで、ワスプが一匹目の前をブゥンと横切った。さすがにちょっとびっくりする。
「わっ、なんだっ……? ……え?」
反射的に群れがいる方向を見ると、そこには「1」の形に並んだワスプたちがいた。
「え、答え教えてくれるの?」
「〇」
イエスの意味で円が描かれる。こんなにあっさり教えてもらえるものだったんだ。
Tさんなら絶対に教えなかっただろうな……としばらく顔を見ていない案内人のことを思い浮かべる。ゾンビたちも一枚岩ではないということなのか。Tさんはネタバレ防止を徹底する派のようだったけど、なるほどたしかにこうして答えを教えてもらえれば、すごく助かる反面拍子抜けの感もある。
「えーと、じゃあ次は第二問ね」
一番上の棚から1番のフラスコを手に取りつつ、次のページへ進む。
・第二問!
プラント42の名前の由来は、次のうちどれ?
1……42番目に作られたゾンビだから
2……観測ポイント42で発見されたから
3……今年で42歳だから
……これも、3番はおそらくないだろう。法と倫理をぶっちしてゾンビの研究に励むような人たちが、自分たちの生んだモンスターの誕生日を律儀に覚えている気はしないし、それならなぜ他のゾンビには数字が振られていないんだという話になる。
けれどしかし、それを言い出すと全ての答えに同じ理屈が当てはまるような気もしてくる。ゾンビに順番があるならなぜ他のゾンビには番号がついていないのか? ゾンビに発見地点があるならどうして他のゾンビには…………ん? 発見地点?
わたしのバイオハザードに関する知識はほぼ実写映画からの物だけれど、ゾンビとは、アンブレラ社の研究員たちが作っているものではなかったか? Tさんの名前の由来でもあるTウィルスを使って人為的にゾンビを作っていたはず。そうすると、人為的に作る物の「発見地点」とはいったい……? 実験場所、とかならまだ分かるけれど。
「……ワスプ、これは?」
答えを尋ねると、ワスプたちは2の形になって見せてくれた。じゃあまぁ2番が正解なのだろう。上段1番のフラスコに、中段2番のフラスコの中身を入れる。二つの薬液は混ざり合い、なんだかどろどろした緑色になった。
ともかく次が第三問、最後の問題だ。ページをめくる。
・第三問!
初代バイオハザード(リメイク版含む)に登場しないゾンビは、次のうちどれ?
1……リサ・トレヴァー
2……ブラックタイガー
3……ラスラパンネ
……わたしはその問題を見た時、答えが何なのか以前の部分で呆気にとられた気持ちになってしまった。ここに書かれているうちの二種類は、もしかしなくても今後会うことになる相手であるはずだから。……それが信じられなかった。
まずおそらく真っ先に答えから除外されるのは(つまり今後確実に会うだろうゾンビは)、2番のブラックタイガーだろう。命名則が今まで会ったゾンビたちと変わらない感じがする。リサ・トレヴァーは人名っぽいし(研究員の成れの果てとかかな?)、ラスラパンネはちょっと今の世代とは世界観が違う感じがする。モンハンで言えば「イャンクック」とか「リオレウス」のようなネーミングが最新の時代に、急にマガイマガドが出てくるような感じだ。
そうすると残る二人のうちどちらかは今作にも出てくるということになる。語感の雰囲気を信じるなら仲間外れはラスラパンネだけれど、「品種名的な響きのクリーチャー名」という意味ではそれも雰囲気に合っていると言えなくもない。むしろ、満を持して人名が参入してくるのだとすれば、それは何世代か後の話になるのではないか……という気もする。
……これ以上考えても答えが出そうにないので、わたしは素直にワスプたちを見上げた。すると彼らいわく、答えは3番のラスラパンネらしい。つまり逆に、「リサ・トレヴァー」と「ブラックタイガー」は今後登場する可能性が大なわけだ。
さっき二つの薬液を混ぜたフラスコの中に、下段3番のフラスコに入ったそれも混ぜる。……本当にこれで合っているのだろうか? 出来上がった液体は緑色のニュアンスを残したままドス黒い色へと染まり、おまけに何やら泡立っている。地獄の底に設置されたドリンクバーで馬鹿がメロンソーダとコーラを混ぜてきたって感じだ。
「これをそこの根っこにかければいいの?」
『〇』
言われた通りに怪しい見た目の薬液を根にかける。フラスコの口は細いので、束になっている根の数本にトポトポと流しかけておいた。……見た目には特に変化が現れない。
「これでいいの?」
『〇』
丸を作ったワスプたちが、もうここに用はないと報せるように矢印の陣形に戻る。それに従い部屋を出ると、専属ドライバーのように段差の下でネプチューンがスタンバイしてくれていた。
「このゲームのゾンビ、いい人ばかりだな……」
うっとうしいカラスや落ちてきただけの蛇、人間嫌いの蜘蛛のような例外はいるけれども……。Tさんやケルベロスに始まり、いい人たちは本当にいい人だ。
……そういえば大蛇のヨーンだって、拓海のSOSに駆けつけて来てくれたんだっけ。わたしももう少しまともな態度が取れていればよかったな……。今になってそんな後悔の念が湧いてくる。たしかヨーンとは再会の可能性もあるという話だったし、もし次の機会があるなら、その時はいい歳した人間としてもっと気を引き締めておこうと思う。
ネプチューンにお礼を言って段差を昇り水没廊下から出る。体の下半分がびちょびちょで、特に靴下の感触が気持ち悪いけれど、文句を言ってどうにかなる問題でもない。とにかく今は早く拓海とTさんのもとへ帰ろう……と、梯子に手をかけた時だった。
グッと力をこめて上へ上がろうとした瞬間、わたしはすでに梯子を昇り終えて床の上に立っていた。背後の穴の下からワスプたちが上がってくる。……やっぱり瞬間移動をしているとしか思えない。
と、そこでわたしはあることに気がついた。瞬間移動の原理は全く分からないけれども、それでもこの現象については心当たりがあることを思い出したのだ。この瞬間移動はまるで……ゲームのムービーをスキップした時みたいだと。
けれども、そこでわたしはさらなる衝撃の事実に気がつく。
「あっ、えっ!? うそっ」
服が、全てカラッカラに乾いている。靴下まで全部、元々濡れてなんていなかったかのように。乾燥機にかけたばかりの服のような熱も感じず、一瞬で時が戻ったとしか思えない乾き方をしていた。ムービーのスキップどころじゃない。
この現象がいったい何なのかを、組体操で会話してくれているワスプに尋ねるのは文字数的に酷だろう。わたしは一刻も早くそれをTさんに尋ねたいと思った。いや、問いただしたいと思った。まさかないとは思うけれど、この先に時を操るゾンビなんかが居たりすれば大事だ。急に話のスケールがすごいことになってしまう。
ワスプの矢印に従って、わたしは元の大広間へ向けて走り出す。巨大なタコのように暴れる植物、プラント42がいたあの大広間へ。……さっき作ってきたあれが本当に特効薬なら、すでに効果は現れているはずだ。
ウェブスピナーの時に拓海から褒めてもらったばかりだけど、でもわたしは今日、二度目の「今日一頑張った」をしたと思う。自画自賛しながら走った。