転生したと思ったら婚約者(元男)が女の子になっていた件について   作:舞依夜

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変遷する好き

 美月が持ってきたナイフで、ドラム缶から解放された茜は、工場で倒れた男を放置して外に出ていた。

 

「警察呼んどいた。怒られたけど、すぐ来てくれるって」

 

「そう。ならよかった」

 

 外はすっかり真っ暗だった。廃工場は周囲に明かりなど一切なく、普段よりも深い闇に満ちている。代わりに、上空で輝く月と星々が美しく天井を彩っていた。砂利道を進む二つの足音。長い間縛られていたせいで覚束ない茜

の足を、美月が引っ張って歩いていく。

 

 何を話せばいいのか、言いたい事がありすぎて、茜は混乱しながら歩いていた。

 

 どうやってここが分かったのか。

 

 どうして自分が誘拐された事を知ったのか。

 

 別れると言ったのに、なぜ助けてくれたのか。

 

 疑問は尽きない。

 

 ただ、先ほどまでの騒がしさがどこへやら、急激に静かになった世界を二人で歩いていた。

 

「ねぇ、ずっとストーカーされてたって本当?」

 

 廃工場を離れ、河川敷を上がり始めた頃、茜は彼女に尋ねた。

 

「うん」

 

 小さな声で、美月が頷く。

 

「そう…… 」

 

 整備された河川敷の階段。一歩一歩それを登っていく。普段登り慣れているはずのそれが、彼女にはどうにも変な感じがして、未だに精神が浮ついているのだろうと思った。

 

「失望した?」

 

「なにが?」

 

 茜に肩を貸しながら、そっぽを向いて問いかけて来た美月。だが、彼女にはその意図が分からない。

 

「私が弱くて」

 

 美月はそう言って、俯いた。やっぱり意味が分からなくて、茜は目を瞬く。

 それを察して、彼女は再び口を開いた。

 

「茜は強い私が好きだったでしょ?だけど、実際はストーカーに怯えて、震えてる。前世だったら、簡単に追い払えただろうに」

 

 淡々と、けれど僅かに言葉の端に悔しさを滲ませて、美月はそう続ける。

 

「なんだ、そんな事」

 

「そんな事ってなに?大切でしょ?」

 

 苦笑した茜に、むっとした様子で美月が唇を尖らせる。それも面白くて、彼女は思わず噴き出した。それを見て彼女は一層不機嫌になり、ぷくーとフグの様に頬を膨らませる。

 

「確かにそうかもね」

 

「ほら」

 

 その答えを聞いて、美月はない胸を張る。

 

「でも、それは前世での話でしょ?今とは違うよ」

 

「??? 前世も現世も同じ私。変わらない」

 

 不思議そうに、こてんと彼女は首を傾げる。

 

「ほら、そういうの。前世だったら絶対にしないでしょ?」

 

「当たり前。むさい男がこんな事してたらドン引き」

 

「けど、今の美月には似合ってる」

 

「それはそう。私は可愛いから」

 

 鼻息荒く、美月はにやりと笑う。しかし、その仕草も前世ではしなかった動きで。

 

「美月は美月。清さんは清さんだよ。全然違う」

 

 そう、それを茜は今回の事件で思い知った。

 

 彼女は自分が好きなのは清で、だからその生まれ変わりである美月の事が好きだと思っていた。

 けれど違うのだ。

 茜は茜で美月の事が好きで、その好きは清に向けられるものとは別物だ。同一人物であろうと、好きが嫌いに転じる事はある。中学から高校に上がって、一気に性格が変わる事があるように、恋人の感性も自分の感性も移り変

わる。

 

 転生すれば、もはやそれは別人だ。

 

「そして、私は美月が好き」

 

 そう言うと、彼女は照れたようにそっぽを向いた。そんな美月に、茜が尋ねる。

 

「どうして中学校の頃、急にオシャレ始めたの?」

 

「それは―― 前から好きだったから。茜の手前、そういうのは避けてたんだ。可愛い物とか好きだったけど、嫌かなって思って我慢してた。でも、やっぱり好きなものは好きだから」

 

「デザインの勉強はどうして始めたの?」

 

「前から興味あったから。でも、言ったら反対されるかと思って」

 

「なんで?」

 

「だって、清なら絶対にしないでしょ」

 

「そっか」

 

 茜はふっと笑みを浮かべた。結局、美月も自分と一緒だったのと知って。彼女もまた、前世の自分という理想に囚われていたのだ。

 

「別にいいよ。美月は美月だから、好きな事してれば」

 

 再び、美月は首を傾げる。

 

「私だってもう、千代じゃない。昔の私じゃない。そうでしょ?」

 

 茜が尋ねると、彼女は小さく頷いた。

 

「千代はもっとあっけらかんとしてた。何も考えてなさそうで。けど、茜はいつも考え事してる」

 

「それは、美月のせいでしょ」

 

 顔を見合わせて、二人は笑った。

 

 記憶にある、美月の笑顔。

 それが茜には嬉しくて、胸がときめく。

 気づけば、彼女は美月にキスをしていた。

 

「むぅ」

 

 突然のそれに、美月が変な声を出す。しかし、それに構わず茜は唇をそっと触れ合わせた。

 

 清とのキスは、レモン味だった。けれど、美月とのキスは味なんかしなくて、ただ暖かいだけで。でも、とても胸が熱くなる。これが彼女との恋なんだと思うと、茜は頬が熱くなった。

 

 

 しかしそんな中で、奇妙な笑い声が聞こえて来る。それと同時に、砂利を踏みしめる足音が近づいてきた。はっと、茜が音のした方を見ると、そこには陸上だというのに、水を掻くように両手を前に突き出した男がいた。

男は奇妙な動きだというのに、異常な速さで二人に迫る。

 

「やば、早く行こ」

 

 美月は惚けている茜の手を引き、走り始める。

 

「うん!」

 

 初めは美月が先導していた。だが、身長の関係ですぐに茜が美月を先導する形になる。変わってしまった。清が千代の手を引いていた頃と。彼が固い手だった頃と。

 

 ふにゃふにゃした、小さな手を二度と放すものかと決め、彼女は力強く美月の手を握る。

 

「美月さんは僕のなんだ。そうだ、そうに決まってる。悪魔め、退治してやる。そうすれば、目を覚ましてくれるはずだ。きっと僕の想いに気づいてくれる」

 

 河川敷を二人は全力疾走する。川の流れる音だけがいつもと同じで、のんびり歩いている道は、恐怖のレーシング場へと変貌した。でも、茜は怖くなかった。

 

 徐々に、男と二人の距離は離れていく。

 全く運動しない男と、彼女達では性差があっても基礎体力の面で大違いだ。

 

「くそ!」

 

 男が悪態を吐き、脚を止める。

 それを見て、茜は胸を撫で下ろし、走る速度を僅かに緩めた。だが、それが致命的となった。

 

「あかね!」

 

 突然、美月が彼女の体を突き飛ばした。走っていた茜はバランスを崩し、河川敷を転がり落ちる。だが、その最中で彼女は最愛の人に迫る一条の閃光を見た。

 

 ナイフだ。

 

 茜は閃光の正体を悟る。

 追いつけないと諦めた男が、最後っ屁で投擲したのだと理解した。そして、それは自分を庇い体勢を崩した美月に向かって、一直線に奔る。このままいけば、彼女の柔肌をナイフは突き破り、赤い血を零すだろう。

 

 守らなきゃ。

 

 彼女は何も考えず、無心で首からネックレスを外した。黒い逆三角形のチャームがついた、子供みたいなネックレス。けれど、茜にとっては宝物のそれを転がり落ちながらも、無理矢理迫りくるナイフに向かって投げた。

 

 当たるはずがないものだ。

 

 彼女は運動神経がいい訳ではない。体育の成績は三だし、運動部に入っている訳でもない。そんな彼女が不安定な姿勢で、ネックレスなんていう小さい物を投げた所で、ナイフを止められる訳がない。

 

 冷静に考えれば、そうなのだろう。

 だが、茜は何もせずにはいられなかった。

 好きな人が、傷つきそうなのに黙って見ている何てことは出来なかった。

 

 ジャラジャラという金属音を立てながら、ネックレスは白刃に向かう。突如、横から投げられたそれに、美月は目を見開いた。そして、それを見るや否や、その場に転がりそうな体を起こし、踏みとどまるために小さな一歩を踏み出す。

 

 もはや、美月は自分にナイフが刺さる可能性など考えていなかった。

 今の彼女の頭にあるのは、ここから茜を連れてどうやって逃げ出すかだけ。

 

 ナイフは、きっとネックレスが止める。

 

 美月はそう信じていた。

 その予測通り、くわぁんという甲高い音を立て、両者は衝突する。逆三角形のチャームは、ナイフを受け止めたせいで破壊された。だが、その代償は無駄ではない。ナイフはほんの少し逸れ、美月の肩口を切り裂くに留まった。

 

 息を整えた男が、再び後方から襲い掛かって来る。

 美月はそれに対し、スタンガンを投げるという手段で応戦し、僅かに動きを止める事に成功する。その間に彼女は、河川敷の下に落ちた茜を起こし、手を引いて再び駆け出した。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 夜の街に、二人の荒い息遣いが混じる。どこからかパトカーのサイレンが聞こえてきた。美月が後ろを覗く。そこに迫っていた男の姿はもうなく、あるのはどこまでも深い闇であった。

 

「もう大丈夫」

 

 彼女は足を止め、手を繋いだ茜を見る。

 

「そう…… 」

 

 サイレンが近づいてきて、赤い光が街中を照らし始めた。互いの声が、届かなくなりそうになる。気持ちが離れそうになる。

 

 とぼとぼと茜は小さく一歩を踏み出す。それに追従するように美月もまた、足を踏み出した。パトカーが猛スピードで、彼女たちの横を通り過ぎて行った。そして、それを二人が止める事はない。

 

 被害者だと喧伝するのは、後でいい。

 警官に事情を説明し、男の逮捕を促すのは、後回しでいい。

 そんな事よりも大切な事がある。

 確認して、確かめて、紡がなければならない事がある。

 

「美月、私の事好き?」

 

「…… 言わなきゃダメ?」

 

 彼女の頬の紅潮は恥ずかしさからか、走った事によるものか。答えは、美月だけが知っている。茜にはその答えが分からない。知る術がない。

 

 だって、彼女は美月じゃない。

 理解しようとは出来ても、本質は理解出来ない。

 

「私は言葉にして欲しいな」

 

 二人は逃亡ではなく、気を紛らわせるために、足を踏み出し続ける。夜の風が吹く。長く振っていた雨は止んだ。代わりに訪れたのは晴天。そして、星空。

 

「好きだよ。ずっと」

 

 握られた手。

 二つ並んだ、小さな体。

 折れてしまいそうなほど細い腕に、華奢な体。腰ほどまである長い髪に、ぱっちりとした大きな目。彼女にしたい女子ランキング一位を取った少女、安原美月はそう言って、照れ隠しに空を見上げる。

 

「そっか」

 

 短い髪に、日焼け止めを塗っていても少し浅黒くなった肌。可愛いとは言えない女の子。如月茜は、柔らかく微笑む。

 

 気づけば辺りはすっかり暗くなっていた。パトカーの赤で彩られていた世界が、再び黒に戻る。非現実が、現実へと回帰する。

 

「私も好き」

 

 そして、またキスをした。

 先ほどの、非現実内でのキスではなく、現実でキスをした。恋という衝動に任せたものではなく、自分たちの関係を定めるためのキスをした。その味は血の味が混じっていて、やっぱりまだ非日常が抜けない。けれど、美月の小さな体は暖かい。柔らかくて、ちょっと汗の匂いがして、小さくて。

 

 彼女の心臓の鼓動が、茜の心を震わせる。

 

 生きているんだと実感する。

 

 まだ、物語は続く。

 

 あの事故の日。

 

 前世の夢が途切れたあの日。

 

 清と千代の物語は、今日終わった。

 

 つい先ほどのキスで終わらせた。

 

 今の二人の関係性は、前世での延長線上でもなんでもない。

 

 二人だけの、茜と美月だけの物語だ。

 

 

「帰ろうか」

 

 茜が美月の手を引く。それに彼女は小さく頷いた。

 周囲に広がるは、田園風景と似ても似つかぬ近代都市。蛙の鳴き声の代わりに、切れかけの街灯が、ジジジと不快な音を立てている。

 

 変わってしまった。

 

 何もかも。

 

 ただ、月は、太陽は変わらない。

 大切なものは変わらない。

 

 恋の形が変わろうと、好きな所が変わろうと、相手を想う気持ちだけは変わらない。

 きゅっと美月の小さな手が、茜の手を握り返す。

 

 あの日出せなかった『X=』の答えは出た。

 

「明日はプリン二つ食べていいよ」

 

「え?ほんと。やったぁ!」

 

 満面の笑みを浮かべた美月を見つめ、茜は柔らかに微笑んだ

 

 

 

 




最後までお付き合い頂きありがとうございます。

本作は私が公募に投稿する合間、息抜きで二年ほど前に作成した作品です。それを何となく投稿する事にしました。

ハーメルンでの人気を狙いにいった作品ではなかったので、感想もブクマもして頂けない物だと思っていましたが、その予想に反して数多くの閲覧・感想をありがとうございます。

次作の予定ですが、ハーメルンでは現在私の好きなTS物が流行りという事で、またTSで書きたいなと思っています。プロット段階ですが、記憶喪失&TSしてしまった女の子(元男)が、記憶がないため自分自身は女という自覚で生きている中、周囲は元男として扱ってきて、そのギャップに悩むと共に、やたらとアプローチしてくる幼馴染や先輩に翻弄されながら記憶喪失の原因を探るという物を書きたいなと思っています。

その投稿がいつになるかは分かりませんが、今度はハーメルンらしく軽い文体でお送りしたいと思っているので、見かけたらよろしくお願いします。

長くなりましたが、本当にありがとうございました。人生初の感想、とても嬉しかったです。
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