転生したと思ったら婚約者(元男)が女の子になっていた件について   作:舞依夜

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変わるもの、変わらないモノ

 夕陽が四人の横顔を照らしていた。未だ残暑が残る九月、白磁の肌を晒しながら彼女達は帰り道の河川敷を歩く。春頃には満開の桜が、今は少し寂しい。

 

 しかし、既に次の蕾が芽をつけている。散歩中とおぼしき長身の男性の横を通り過ぎ、木の根っこで歪んだ石畳を躓かないように三人は足を少し高めに上げる。

 

「涼香は最近先生とどうなの?」

 

 下を向いていた茜が、涼香に尋ねた。

 

「先週の日曜日、美術館に連れて行って貰ったわ。ミュシャって私初めて見たのだけれど、壁画的で綺麗ね。随分とメリハリのある絵で気に入ってしまったわ」

 

 すると、彼女はうっとりとして視線を夕陽の方向に向けて目を細めた。

 

「関係良好。それが一番」

 

「そうだね」

 

くるくると指で髪を弄びながら言った美月に、茜は伏し目がちに頷いた。

 

「ずっと付き合ってる人から言われると、実感がこもってるわね」

 

「私と茜は一生仲良し。十四年も、百年も大して変わらない」

 

 前世の分も含めたら三十年近い付き合いになるが、涼香はそれを知らない。

 

 その事が茜には少し心苦しい。

 

「私もせっかく陸斗さんと付き合えたんだから、しっかりしないと」

 

 パンパンと彼女は両手で頬を叩く。それを二人は微笑ましく見つめてた。

 

 中学二年生の頃、清水涼香という少女は二十六歳の担任教師に恋をした。

 

 それは許されない恋だった―― のかもしれない。少なくとも、法律的にはその感情は間違ったものだった。

 しかし、涼香は諦められなかった。年齢差も、法律も、中学生の燃えるように熱い恋情を阻むには足らなかった。

 

 けれど、それはあくまで涼香の側の話である。

 交際関係を結ぶにあたっては、先生を落さなければならない。そして、初心な彼女はどうすれば魅力的な女性になれるか分からなかった。

 

「私の尽力を無駄にするでないぞ」

 

「あんたはほとんど何もしてないでしょ」

 

 だから、涼香は当時から熟年夫婦の如きやり取りを繰り広げていた美月と茜の二人に尋ねた。

 

 

『どうすれば魅力的な女性になれるの?』と。

 

 

「ふふふ。貴方達って本当に仲がいいわね」

 

「そうであろう」

 

 ない胸を張る美月に、茜は小さくため息を吐く。

 

 今、思い起こすと涼香の質問は、明らかに聞く相手を間違えているように彼女は感じた。大きくない目に、荒れがちな肌。高い身長の茜は言うに及ばず、今の美月にも魅力なんてないだろう。可愛らしい声に、ちんまりとした

身長。艶やかな黒髪に、玉の肌。

 

 外見的には魅力的だ。

 

 だが、内面を見るとどうか。

 

 性格はのんびりで、適当。自信家で、マイペース。俗に言う自分勝手である。ちゃっかり血液型もB型だ。

 

 茜が―― 千代が愛していた清の面影はそこに欠片もない。かつての魅力の片鱗も見せない。厳格で、けれどちょっとお茶目で、それでもリーダー気質があったのはどこへやら、今は教室の隅で眠りこけ『眠り姫』なんていうあだ名までつけられている。

 

「今度の日曜日、私の誕生日なのだけれど、結構いいレストランに連れて行って貰えるの。ドレスコードだから、服を買わなきゃいけないのよね」

 

 ぼんやりとそんな愚痴めいた事を彼女が考えているうちに、涼香の話は来週のデートに移っていた。

 

「涼香は大人っぽいからマーメイドラインのドレスが似合うと思う。ミント色とかどうかな?ヒール低めでスタイル強調出来るから、デートの後にベッドインまで狙える中々良きな構成だと、私は思う」

 

「えぇ?ちょっとそれは攻め過ぎじゃない?そもそもベッドインしてしまったら法律違反よ。もっと大人しい感じで、露出少なめの方がいいわ」

 

 目を輝かせながら早口でまくし立てる美月に、涼香は頬を赤らめる。

 

「それにませた子供だと思われたくないし…… 」 

 

 斜め下を向いて、彼女は小さくそう言った。しかし、美月は右手を固く握

り熱弁する。

 

「涼香は子供じゃない。年齢は高校生で、歳は離れてるかもしれないけど、少なくとも陸斗さんと一緒にいる時は先生と生徒じゃない。恋人同士」

 

「そうかもしれないけど…… 」

 

 彼女はそう熱く語ったが、涼香は納得がいかないようだった。そして、助けを求めるように茜の方を見る。

 

「ねぇねぇ。茜はどんな格好で行けばいいと思う?」

 

「え!?」

 

 まさか自分に矛先が向くと思っていなかった彼女は、ぐるぐると目を泳がせる。ドレスコードがあるようなレストラン。デートで、しかも誕生日だ。茜にはそんな経験がない。ドレスが必要な店も、デートなんてのもした事がない。

 

 

 だが、一つ決まっている事がある。学生にとって最もフォーマルな服装。例えどこに行こうがその服装は正装とみなされ、比較的可愛い。

 

「制服とかどう?」

 

「却下」

 

「ないわね」

 

「なんで!?」

 

 しかし、彼女の意見は満場一致で却下された。その事実に茜は目を見開く。

 

「一体何を考えている? デートで制服はありえない。制服デートという名でJKとDKというブランドがついて初めてそれは成立する」

 

「あと放課後デートもあるわね」

 

 厳めしい顔で講釈を始めた美月の横で、涼香が付け足す。

 

「年上の恋人とドレスコードのあるレストランでの食事。そこに『制服』」

 

 騒がしい三人の間に一瞬沈黙が落ちる。それは美月が作り上げたもので、何事かと茜は彼女を見る。それと同時に、美月の小さな唇が開いた。

 

「バカかと」

 

「そこまで言う事ないじゃん!」

 

 半笑いで貶された茜は美月の頭を叩く。しかし、彼女の軽蔑の表情はそんな事で揺るぎはしない。

 

「そもそも年齢差があるのは承知の上で、それをわざわざ意識させるような恰好で行くとかおかしいとしか思えない」

 

 美月の言葉は正論だった。しかし、馬鹿にされた茜の溜飲は下がらない。

 むしろ、正論を吐かれた事によってヒートアップしてすらいた。故に、彼女はその正しさに噛みつく。

 

「制服がコスプレじゃないのは今だけなんだよ。なら、その姿を少しでも目に焼きつけておいて欲しいという感情は間違いなんですか?」

 

「私、別にそんな事思ってないわよ」

 

「そこは嘘でも思ってるって言ってよ!」

 

「ほら、間違ってるのは茜」

 

 完全に退路を失った彼女は一人項垂れる。一方で、自分の意見が通った美月は嬉しそうだ。

 

「涼香は土曜日に私と一緒にショッピングモールで買い物。ドレスは私の知り合いのデザイナーさんに頼むとして、小物は揃えておきたい」

 

「ありがとう、美月」

 

 涼香が小さく頭を下げる。それに彼女は手をひらひらさせて答えた。

 

「デザイナーの卵な私にかかればこんなもん。後は涼香が勇気を出して、ベッドインまで行けば勝ち」

 

「それをしたら先生はプリズンインする事になるんですが、いいんですかそれは」

 

「ギリギリセーフ。訴訟を起こさなければ問題ない」

 

「そういう問題なのかしら」

 

 美月はしたり顔で淡々と答える。涼香はそれを見て、右手を自らの頬に当てた。

 

「先生そんな事しちゃいかんじゃん」

 

「それは買春した教師を強請る時の生徒の物言い。流石に適応外」

 

 一矢報いんと放った茜の一言は軽々と彼女に処理された。茜は少しむっとして、唇を噛む。

 

「とにかく、涼香は私の言う通りの恰好をして、私の言う通りの仕草で対象を誘惑すればいい。目標とは既に恋人関係。後は引き金を引けば簡単に殺せる」

 

「ず、随分と物騒ね」

 

 突然、殺すという単語を使った美月に彼女は顔を引きつらせる。しかし、美月は悪びれる様子もなく、右手を握った。

 

「ふふふ、私の戦略は完璧。男を悩殺するなら私に敵う者などあろうはずもない」

 

「あ、そっちの意味」

 

「そうは言うけれど美月、貴方男の人と付き合った事ないじゃない」

 

「耳が痛い。けど、交際経験とモテ仕草の精通は必ずしもイコールとは限らない。現に私は男の人と付き合った事ないけど、涼香や茜よりも告白された回数は多い」

 

「自慢?」

 

「別に好きでもない人からの告白なんてどうでもいいわ」

 

「ふっ」と鼻で笑い勝ち誇った美月に対して、興味なさげに涼香と茜はそっぽを向く。

 

「興味なかったとしても女としての魅力において私は優秀」

 

 当然の事実のようにそう語った彼女を、二人はまじまじと見つめる。百五十にも満たない低い身長に、折れてしまいそうに細い腕、光の環を作り上げる黒壇の髪。異性としての魅力は十分以上に備えているだろうと、同性であ

る茜ですら思う。だが、それはあくまで外見に限った話だ。

 

「ちょっと喋ればこのギリギリ違法ロリの性格が面倒な事はすぐに分かると思うんだけど」

 

「誰がロリ? 私はれっきとした高校二年生」

 

 聞き捨てならない言葉を耳にした彼女は、右手を固く握りしめ勢いよくジャンプした。目的地は茜の頭。鉄槌を振り下ろす修道兵の如き動きで、彼女は右手を振りかぶり―― 見事にそれは茜の胸へと不時着した。

 

 

「「………… 」」

 

 

 明らかに身長不足によって引き起こされたその事象に、茜と涼香は沈黙する。ミイラ取りがミイラになるとは正にこの事である。ロリではないという証明のために振り上げた拳は、美月がロリであるという事実を痛いほどに主

張していた。

 

「背が低いの、私は可愛くていいと思うよ」

 

 自らの胸の中で動かない美月の肩を、彼女は叩く。だが、そんな慰めが通用するほど身長コンプの根は浅くない。

 

「暗に胸がないのも揶揄してる。きっと。私は知ってる。茜はそういう奴」

 

「一体どういう奴なのか分からないのだけれど」

 

 突然暗黒モードに入り、ブツブツとありもしない被害妄想を捲し立てる美月に、涼香は思わずため息を吐く。

 

「自分は背が高いからって、いい気になりやがって」

 

「絶対それが言いたかっただけでしょ」

 

 ギリギリと歯ぎしりをしながら胸の中で睨みつけてくる美月に、茜は苦笑いする。

 

「ねぇ、そんな事より私は一体どうすればいいのかしら?」

 

「だから私に任せておけばいい。男を悩殺する必勝法を教えてあげる」

 

 茜の胸の中を離れ、美月は夕焼けの下で胸を張った。

 そんな彼女を見て、茜は思う。

 

 元々男だったのだから、女の魅力的な仕草を熟知しているのは当然ではないかと。

 

 それから美月は涼香に対し、愛されるエスコートのされ方や、あざとさを感じさせずに庇護欲を掻き立てる喋り方などをレクチャーした。熱心にメモを取ってそれを聞く涼香。茜は呆れながら美月を見ていた。

 

「取り敢えず、これだけマスターすればいい。スリーサイズは前に採寸したのと同じでいい?」

 

 一通り、話し終わると美月はそう言って涼香の顔を見上げる。すると、彼女は得意気な顔をして「ウエストは三センチ少なくして、バストは二センチ増やしといて」と答えた。

 

「分かった。そうしとく。腕によりをかけていいデザインを考える」

 

 彼女はスマホを取り出し修正箇所をメモすると、にっこり笑った。

 

「なら私もそれに負けないくらい美しくならないといけないわね」

 

 そんな彼女に呼応するように、涼香もまた艶然と笑みを浮かべた。

 

 涼香とは河川敷を抜けた所で別れ、二人は自分たちの家がある住宅街へ進む。左には保育園の頃ブランコを漕いだ公園があり、右手にはよく吠える犬が住む家。それに怯える美月の手を引いて、公園へと逃げるようにして入っ

た事を茜はよく覚えている。

 

 だが、時は流れる。

 

 それを彼女たちは痛いほどに知っていた。

 

「涼香上手くいくかな」

 

「きっと上手くいく。陸斗さんはいい人。それは生徒だった私たちもよく知ってる」

 

 不安気に呟いた茜に、美月は力強く頷く。

 しかし、彼女はその言葉が信じられなかった。

 

 教師としての人間と、恋人としての人間は違う。たとえ片方が完璧でも、もう片方が最低なんていう事はありふれた話だ。

 

「そうだといいね」

 

 けれど、茜はその不安を押し隠してそう答えた。現世での唯一の友人が悲しい思いをしなければいいなと思いながら。

 

「そんな事より、手」

 

 ぼんやりと沈みゆく夕日を眺め黄昏ていた彼女のセーラー服を、美月が親指と人差し指でちょこんとつまむ。それを見て、茜は思わず首を傾げた。

 

「なに?」

 

 半分をオレンジで彩られた美月の顔が、彼女にはどこか寂し気に移る。少し屈んで視線を合わせると美月はぷくっと小さく頬を膨らませて「私は子供じゃない」と不満そうに唇を尖らせた。

 

「もういい」

 

 そして、そっぽを向いて歩きだす。

 

 電柱が二本、天と地に向かって伸びていた。片方は真っ黒で何も映らず、もう片方では呑気にカラスたちが毛づくろいをしている。舗装された道路を車が音を立てて駆け抜けた。それに並走して茜は走る。けれどすぐに追い抜

かれた。

 

 でも、美月にはすぐに追いつく。

 

「どうして怒ってるの?」

 

 少し息を荒くして、彼女は尋ねる。そんな彼女を見て、美月は満面の笑みを浮かべた。

 

「帰ろ」

 

 茜には分からない。

 

 流れた時の価値も、それによって変わった二人の関係も。転生と転性が齎した美月の変化も。自らの抱える前世の清への恋情と、現世の美月への恋情の関連も。

 

「どういう事?」

 

 とことこと、小さな歩幅で美月は歩く。その後ろ姿は妙に堂々としていて、それが茜には不思議だった。

 

 茜はそんな小さな彼女に引っ張られるようにして歩みを進める。美月が二歩歩む度、彼女は一歩を踏み出す。

 

 追いて行かれぬように、忘れないように。

 

 思考をからっぽにして虚ろな茜は、右手だけを頼りにして進む。

 

 繋がれた手の温もりだけが二人の心を繋いでいた。

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