青い眼をしたお人形   作:砂夜†

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第十二話 再戦

 艦橋にある司令室では、八神大佐と高雄、さらに作戦立案を補佐する参謀が三名、近海の海図を前に作戦を練っていた。 

 何しろ戦力の差は絶望的だ。効率的な部隊運用をしなければ勝負にもならない。

 高雄を中心に、様々な作戦が立案されていき、一時間もしないうちに最終的な作戦が決められた。

 

「提督、今回の演習の作戦は以上です。気になる部分はありますか?」

「いや、これなら何とかなるだろう」

 

 八神大佐は満足そうに頷いた。

 

「しかし見事なものだ。これならもっと大きな部隊でも活躍できるんじゃないか?」

「そんな。参謀の人が優秀だからです」

 

 高雄は頬を染める。

 

「謙遜するな。この作戦、ほとんど高雄が一人で考えたようなものだろう」

「ありがとうございます」

「この作戦を他の艦娘にも伝えよう。高雄、全員を作戦司令室に集めてくれ」

「わかりました。参謀部のみなさんは別名あるまで自室で待機していてください」

 

 高雄の言葉で、参謀部の人間は退室する。

 

「し、失礼します! 潮、入ります!」

 

 それと入れ替わりに、息を切らした潮が入室してくる。

 

「潮? どうしたの?」

「あ、あの……島風ちゃんが、勝手に出撃しちゃいました」

「あぁ……」

 

 潮からの報告を受けて、高雄は眩暈をと共に身体をよろめかせた。

 

「あの子は……もう……っ!」

 

 高雄は金魚のように口をパクパクさせながら、やり場のない怒りに身体を震わせる。

 この時点で、高雄が立案した作戦は使い物にならなくなってしまった。高雄が立案した作戦案は、演習開始と同時に機動力に優れた島風と潮を突撃させ敵を撹乱し、重巡洋艦の火力と軽空母による爆撃で相手を沈黙させるという急襲作戦であった。しかし島風がいなければ、作戦が土台から崩れてしまう。潮一人では、突撃してもすぐさま撃破されてしまうのは目に見えている。

 重巡洋艦の砲撃でも相手にダメージは与えられるが、射程は戦艦である長門の方が上だ。相手の戦列を乱し、戦艦長門の砲撃を少しでも足止めしなければ、一方的な敗北を喫するのは目に見えている。

 

「ど、どうしましょうか?」

「どうするって……」

 

 想定外の事態に、高雄は戸惑った。戦場はいつ何が起こるかわからない。誰かが戦闘中に戦闘不能になったり、最初の奇襲作戦が失敗に終わるという不測の事態に備え、幾つもの作戦を用意していた。

 だが、作戦開始段階から島風がいなくなるという可能性は微塵も考慮していなかった。

 どうすればいい? 最初から作戦を立て直す? それとも島風を探しに? 突然の出来事に、高雄の頭は完全に停止してしまった。

 

「落ち着け、高雄。とりあえず、鳳翔さんと愛宕を呼んできてくれ」

「は、はい!」

 

 潮は八神大佐の命令を実行すべく、すぐに駆け出す。

 

「高雄、島風抜きで何とか戦えるよう作戦を立てるぞ」

「わかりました。ですが、島風はどうしましょう?」

「どうしようもない。無線で連絡を取っても島風の性格じゃあ引き返さないだろうし、今から追っても島風の速度には追いつけない」

「……そうですね」

 

 八神大佐の言葉は反論の余地がない正論であったが、言われるまでそんな当たり前のことも高雄にはわからなかった。

 

「申し訳ありません提督、少し動揺してしまって……」

「新兵が実戦前に逃亡というのは珍しくないが、単騎で敵陣に突入と言うのは聞いたことがないからな」

 

 苦笑して言う八神大佐に、高雄は赤くした顔を俯かせる。

 

「島風には後でキツく処罰しておきます」

「ああ、頼んだ。高雄から言ってくれた方が、島風も反省するだろう」

「そうでしょうか……」

 

 鳳翔のアドバイスで、島風への接し方を少し変えてみたが、目に見えた効果は上がっていない。高雄は教導役としての自信を、日々喪失していた。

 

「その、私が言うよりも鳳翔さんに頼んだ方が……」

「あら。そんなことじゃ駄目ですよ」

 

 指令室に、潮と鳳翔と愛宕が入室してきた。

 

「高雄さん。島風の教導は貴女なんですよ。しっかりしなさい」

「は、はい……」

 

 鳳翔は高雄を激励するが、それでも高雄の心は晴れなかった。

 そんな萎えていた高雄の心を、『パン!』という乾いた音が鼓舞する。

 それは鳳翔が両の手を打ち合わせた音だった。

 

「さあ、皆さん。やるべきことを考えましょう」

 

 微笑み、鳳翔は言った。

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 広い海を、島風は連装砲ちゃん三機と共に疾走していた。

 波しぶきが太陽に反射してキラキラと光り、潮風が島風の髪を撫でる。

 

「ふっふ~ん♪」

 

 命令違反をして勝手に出撃したというのに、島風はこの上なく上機嫌だった。懲罰を受けるという気負いは微塵もない。

 それは雪辱を果たすという強い目的の他に、もう一つ打算的な考えもあった。

 

「あの夕立をやっつけたら、高雄も褒めてくれるよね」

 

 認めたくはないが、夕立は強い。そんな夕立に勝てれば、島風を育てた教導である高雄の功績にもなるだろうし、そうなれば高雄もきっと褒めてくれるはず。島風はそう考えていた。

 

「横須賀の船どこだろ……」

 

 眼を凝らし、前方を注視する。大きな岩がいくつもあり視界はかなり悪いが、人が2~3人隠れられる程度で、船一隻を隠せる程の大きさではない。船が停泊していれば間違いなく分かるはずだ。

 

「どこいったんだろ? この辺に船が泊まってるはずなのに……」

 

 途方に暮れていた島風だったが、そんな島風を笑う声が海に響く。

 

「あはは。一人で突撃してくるなんてびっくりっぽい!」

「夕立ー!」

 

 岩陰から、夕立が姿を現した。夕立はきょろきょろと視線をめぐらし、

 

「本当にお仲間さんはいないっぽい?」

 

 と、不思議そうに言った。

 

「当然! あんたなんて私一人で十分だもん!」

 

 奇襲をしかけようとして逆に奇襲を受ける。圧倒的不利な状況にも関わらず、島風の闘志は微塵も衰えていなかった。

 

「演習開始時間にはまだ早いけど、こんなことしていいっぽい?」

「ふん。勝てばなんだっていいの! いっけー! 連装砲ちゃん!」

 

 島風は三機の連装砲ちゃんを散開させる。夕立を包囲し、一斉に攻撃するという作戦であった。

 

「あはっ! 素人っぽい!」

「あ!?」

 

 しかし夕立は散開して単騎となった連装砲ちゃんにそのまま突進する。

 突撃してきた夕立に、連装砲ちゃんは耳になっている主砲を発射して応戦するが、夕立はあっさりと回避する。

 

「っぽい!」

 

 そして夕立は腕に装備した連装砲で、島風の連装砲ちゃんを攻撃、撃破する。連装砲ちゃんは黒煙を上げて、その小さな体を海上に横たえた。

 夕立はそのまま包囲網を悠遊と抜け出してしまう。

 

「弱いのにバラバラになっても意味ないっぽい!」

「あ、集まって! 連装砲ちゃん!」

 

 敵を包囲するということは、戦力の分散という危険性も孕んでいることに、島風はようやく気付いた。

 島風は散開させた連装砲ちゃん達を自分のもとに集結させようとする。

 

「遅い遅い!」

 

 しかし夕立はまるで射的でもするかのように、終結する連装砲ちゃんを一機ずつ的確に撃破していく。

 

「そ、そんな……」

 

 あっという間に、島風は一人になってしまった。全ての連装砲ちゃんを破壊した夕立は、島風から少し離れた場所で制止する。何があっても、余裕を持って対処できる距離だ。

 加えて、夕立は大きな岩を背にしている。背後からの奇襲を警戒しているのだろう。もちろんどれだけ大きな岩だろうと駆逐艦の主砲で粉々になってしまうので、これは自分の姿を隠すという意味が大きい。

 

「ふふ、残念。素敵なパーティにはならなかったっぽい」

「このっ!」

 

 島風は残った武装である、魚雷を海へ投下。5本の魚雷が夕立に迫るが、夕立は難なく全ての魚雷を避けてしまう。当然魚雷は夕立の背後にある岩を破壊し、無数の礫となって夕立に襲い掛かる。しかしそれを読んでいた夕立は、すぐさま前進して礫を避ける。もっとも、当たったところで艦娘には一切のダメージは与えられない。

 

「昼間に、それも相手に見られながら撃つ魚雷が当たるわけないっぽい」

 

 くすくすと、夕立は島風の行為を嘲笑する。

 

「バカにするな!」

 

 島風は果敢にも、夕立に向かっていく。速度を活かした体当たりをするつもりだ。

 

「……もう飽きたわ。バイバイっぽい」

 

 まるで玩具に興味を失った子供のように、夕立の顔から笑みが消えた。

 夕立はゆっくりと右手を上げ、連装砲の照準を島風に合わせる。数秒後には夕立の連装砲が火を噴き、島風を撃破するのは間違いない。だが、

 

「がっ!?」

 

 突如爆発と共に大きな水柱が上がって、夕立は大きく態勢を崩した。態勢を崩しただけではない。艤装は破損し、黒煙を上げている。もう戦闘行動をとるのは不可能だろう。艤装だけではなく、黒い服も破れ白い肌が鮮血に染まっている痛々しい姿となっている。

 

「な、何で!? 何が爆発したっぽい!?」

「私の魚雷だー!」

「しまっ」

 

 最初に放った島風の魚雷。全てが爆発したわけではなく、一本だけ爆発せずに海を泳いでいたのだ。故意か偶然かはわからないが、夕立の水上推進器に反応してUターンしてきたのだろう。

 そのことに夕立が気づいたときには、もう全てが遅かった。

 40ノットもの速度を出していた島風は、そのまま夕立の鳩尾に拳をめり込ませるようにして体当たりをする。40ノットの速度は夕立を吹き飛ばして、水面を何度もバウンドさせる。

 島風の方も無様に水面を転がり、華奢な体に痛みが走る。

 

「ど、どうだ!」

 

 ボロボロになった島風は、よろめきながらも立ち上がる。

 

「ぐっ……う……」

 

 一方の夕立も、立ち上がる。しかし満身創痍という感じで、戦闘行動は不可能に見える。

 

「ふふん! これはもう私の勝ちだね! やっぱり正面から戦えば私の方が強い!」

「……認めるッぽい。私は負けたっぽい」

「負けたっぽいじゃなくて負けたの」

「でも演習では負けてないっぽい」

「え?」

 

 大きな爆炎と共に、衝撃が島風を襲った。

 

「かはぁっ!?」

 

 ぐらりと、島風の身体は水面に横たわる。演習用の模擬弾で轟沈することはないとはいえ、衝撃は本物と同等だ。島風の意識は少しずつ闇へと落ちていく。

 

「夕立! 一人で戦うなんて相手を甘く見すぎ! 一番な私がいないとどうなっていたか!」

「主砲も魚雷もボロボロだね~。ま、村雨さんがちょっといいとこ見せたげるから、そこで休んでなさいって」

 

 岩陰から、白露と村雨が現れた。

 

「仲間が……いたなんて……」

「一人で戦場に来る方がおかしいっぽい」

 

 沈みゆく意識の中で、島風は上空に偵察機が飛んでいるのを見た。

 島風はようやく気付いた。おそらく最初から島風の接近は察知されていたのだろう。最初から横須賀の駆逐艦娘が三人で出撃しており、夕立が一人で戦ったのは余興か、それとも夕立に対する戦闘面での信頼があったからか。いずれにしても後に二人の艦娘が控えているという保険があったからだ。

 悔しい。一対一の戦いは勝ったかもしれないが、演習では完全に負けた。

 

「ごめんなさい、高雄…………」

 

 そんな思いの中、島風の意識は途切れた。

 

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