青い眼をしたお人形   作:砂夜†

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第十三話 航空戦

「夕立が撃破されただと?」

「ええ。偵察機からの情報よ。間違いないわ」

 

 空母艦娘は、飛ばしている艦載機を自分の『目』とすることができる。今加賀の頭の中には、夕立の敗北が映し出されている。

 

「夕立には、もっと強く言い聞かせるべきだったわね」

 

 少し前、周辺を飛ばせていた偵察機から、単冠湾の駆逐艦娘島風が単騎で突撃してきているとの報告が上がった。

 陽動かもしれないが、戦闘能力に自信があるのかもしれない。そこで戦艦と空母は輸送艇の護衛をして、夕立、村雨、白露の三人を迎撃に向かわせた。

 長門は三対一で相手を確実に撃破するよう指示を出したが、夕立の悪い癖が出てしまったようだ。

 

「まあ、夕立にはいい薬だ。これで少しは思慮深くもなるだろう」

「それで、これからどうするの? 夕立が欠けたのは戦力的に痛手よ」

 

 量も質も単冠湾の艦娘よりも優れている横須賀は、奇を衒わない正攻法の作戦を想定していた。

 まず輸送艇は白露と村雨に護衛をさせて守りを固める。そして制空権を取り航空機によるアウトレンジ攻撃を仕掛け敵の動きを完全に封じ込めた後に、戦艦長門と駆逐艦夕立による艦砲射撃で相手を殲滅するというものだ。

 

「問題ない。当初通り作戦を遂行する」

 

 夕立が撃破されたのは想定外だが、それでも作戦に支障はない。相手も貴重な駆逐艦娘を一人失ったのだ。むしろ戦力的には、単冠湾の方が苦しい立場にあるはず。

 現場指揮官である艦隊旗艦長門は、そのまま作戦続行を決意する。

 

「一二三大佐、問題はないか?」

 

 長門は軽く右耳に触れ、耳の穴に差し込まれた小型無線機を作動させて、指揮官である一二三大佐の意向を聞く。

 一二三大佐は長門のすぐ後ろに停泊している輸送艇の中にいるが、声は届いているはずだ。

 

『ああ、問題ないよ。実戦と同じように、旗艦である君の判断に任せる』

 

 との声が、長門の耳に飛び込んできた。

 一二三大佐の言う通り、実戦では提督が逐一指揮を執ることはできない。深海棲艦が現れると、大規模な範囲で電波障害が起こり、無線の類は一切使用不可能になってしまう。そのため、旗艦の艦娘が戦闘時には艦隊の指揮を執るという方法が確立されている。

 もちろんこれは演習で通信は問題なく使えるが、演習は実戦を想定して行われるので、戦闘時は提督と連絡を取らないというのが慣例となっている。

 

「よし! では全艦出撃! 村雨と白露と合流し、単冠湾の艦娘を撃破する! 加賀、偵察機から送られてきた相手の情報に変わりはないか?」

「ええ。変わりないわ」

 

 この演習が始まってから、加賀は偵察機を発進させて周囲の状況を探っていた。もちろんそれを相手である鳳翔も同じで、お互いに相手の場所は把握している。

 今も加賀の偵察機は、単冠湾艦隊の近くに着水して情報を送り続けている。鳳翔の偵察機も同じように着水してこちらの様子を探っているのだろうが、この広い海では着水している小さな偵察機を探し出すのは難しい。

 

「待って、長門さん」

「どうした? 加賀」

「鳳翔さんが敵攻撃機をこちらに飛ばしているわ。数は、流星改が26ね」

「ほれははいへんへふへ!」

「赤城さん。どこから持ってきたかは知りませんが、演習中におにぎりを食べるのはいかがなものかと思いますよ」

 

 赤城は人間の頭部ほどの大きさもあるおにぎりを、とても美味しそうに食べていた。戦闘中の緊張感など微塵もない。

 

「いえいえ、これは腹が減っては戦ができぬといいますか……」

「とにかく、こちらも艦載機を出しますよ。用意を」

「了解」

 

 赤城は残っていたおにぎりを口の中に放り込む。そして弓を取り出し、矢をつがえる。その姿は美しく、一つの芸術作品のようですらあった。ただし頬がリスのように膨らんでいることを除けばであるが。

 

「音に聞こえた歴戦の戦士鳳翔か。出し惜しみはするなよ。最初から全艦載機を出して迎撃するのだ!」

「出し惜しみも手加減もするつもりもないけれど……」

「何がだ? 何か問題でも?」

「もし万が一、私たちの艦載機が全滅したらどうするのかしら? 拠点を防衛できなくなるわよ?」

「問題ない。拠点の防衛は白露と村雨に任すのだからな。それに、航空戦で負ける要素は一切ない!」

「……そう。ならここは艦隊旗艦の指示に従うわ。加賀、艦載機出します」

 

 加賀も弓を引き絞り、矢を放つ。ある程度飛ぶと、矢は光り輝き、艦上爆撃機彗星へと姿を変える。その数、98。

 

「鳳翔さんは出し惜しみして勝てる相手でもないですからね~。赤城、発艦させます!」

 

 続いて、赤城も矢を放つ。赤城の矢は、零式艦戦52型へと変わる。その数、加賀には劣るが82という大数だ。

 

「赤城さん、鳳翔さんの烈風の相手を頼みましたよ」

「はい、わかりました」

「しかし流石ね、鳳翔さん。海面スレスレを飛ばすなんて」

 

 航空戦は、周囲360度から攻撃を受ける可能性がある。

 だが水面を飛行すれば、相手の攻撃できる範囲を大きく減らすことが可能だ。

 もちろん簡単なことではない。波は不規則に上下するし、海風で機体のバランスは崩れてしまう。空中ならば少しバランスが崩れても大したことはないが、高速飛行中にバランスを崩して海面に激突すれば、機体はバラバラになってしまう。

 だからこそ、相手に背後を取られにくいというメリットがあるのだが、同時に相手を攻撃し難いというデメリットもある。

 

「悔しいですが、私も赤城さんもこれほどの動きはまだ出来ませんね」

 

 鳳翔は波と風の動きを完全に読み、なおかつ機体を完全に制御しているのだろう。熟練の度合いは、赤城加賀よりも遥かに上だ。

 

「ですが……数の差は覆せませんよ」

 

 機数が同じであれば、負ける可能性は高い。だが二倍以上の戦力差は、いかに鳳翔の技量が高くても覆すことはできない。

 

「じゃあ、攻撃しますね」

「ええ、お願いします」

 

 赤城の零式艦戦52型は高度を落とし、鳳翔の流星改に照準を定めようとする。

 

「……やはり、狙いにくいですね」

 

 目標が軍艦なら、的が大きい分狙いやすい。だが狙うのは全幅約12mの小さな、それも時速500㎞以上の速度で動く相手だ。背後から狙い撃つ以外、撃墜するのは難しいだろう。

 赤城は機体を反転させ、流星改の背後を捉えようとする。だが、

 

「っ!」

 

 15機の零式艦戦が、海面に激突してその姿を消してしまった。

 

「赤城さん、高度を上げて。鳳翔さんのように海面スレスレを飛行する必要はありません」

「そうね。難しいけれど、上から急降下して狙いましょう」

 

 赤城は零式艦戦の高度を上げる。

 

「! 赤城さん待って!」

「え? あ、しま」

 

 零式艦戦が高度を上げたその瞬間、雲の中から大量の烈風が出現した。

 烈風は急降下し、零式艦戦を蜂の巣にして撃ち落していく。

 

「やられちゃったわね……こんな手に」

 

 流星改は囮だったのだ。

 海面ギリギリを飛行する機体は、回避も反撃もできない的と言っていい。そのため、如何にして流星改を撃ち落すかだけを考えさせられてしまった。雲の中に相手が潜んでいるかもしれないというのは、常に警戒しなければならないことだというのに。

 

「もう! 新人の時、鳳翔さんに散々言われたことなのに、忘れちゃってましたね」

「あとでお説教があるかもしれませんね」

「嫌ですねぇ……鳳翔さんのお説教って長いんですよね」

「問題ありません。勝てば官軍です。勝てば鳳翔さんもお説教しにくいでしょう」

 

 加賀は烈風には目もくれず、単冠湾艦隊を目指す。

 護衛の零式艦戦が撃破された今、加賀の彗星には烈風に対抗する手段はない。出来ることはただ一つ、全速で相手に向かい攻撃を仕掛けることだけだ。

 

「ぐっ……」

 

 だが烈風の足は速く、一機、また一機と彗星は海の藻屑となっていく。

 

「長門さん」

 

 加賀は悔しげに、長門に声をかける。

 

「……戦局はよくないようだな」

「ええ。私の彗星は全て撃ち落されました。鳳翔さんの流星改がこちらに向かってきます」

「目視できた」

 

 距離にして約30㎞程の所に、流星改の編隊が見えた。もちろん普通の人間の視力では目視不可能な距離だが、人体改造を施されている艦娘ならば話は違う。

 

「長門さん、迎撃お願いします」

「任せておけ。戦艦長門の力、単冠湾の艦娘に見せてやろう!」

 

 長門の背に装備された大きな艤装が唸りを上げ、主砲が天を睨む。

 

「三式弾、発射!」

 

 轟音と共に、長門の主砲が火を噴く。

 数瞬の間が空き、流星改の全面に爆炎が広がった。流星改は焼き尽くされ、ボロボロと海へと吸い込まれるように墜落していく。

 

「命中確認! さあ、相手を蹂躙しに行くぞ!」

「待って、長門さん」

「なんだ加賀。せっかく敵の艦載機を撃破して調子がいい時に」

「調子がいいところに水をさして申し訳ないけれど、当初の作戦と大幅に変わってしまっているからどうするのかと思って」

「…………」

 

 長門は渋面を作り、その動きをピタリと止めてしまった。

 

「まさか考えてなかったの?」

「そんなことはない!」

「ではどうするのかしら? いくら長門さんとはいえ、1人では荷が重いのではなくて?」

「そんなことは……承知している!」

 

 単冠湾の現存戦力は、重巡艦娘が二人と、駆逐艦が一人。軽空母の鳳翔は無傷だが、艦載機を撃ち落した今脅威ではない。

 このまま長門一人で突撃しては、一対三の戦いとなってしまう。いかに戦艦長門といえども、勝ち目は薄い。

 

「白露と村雨を引き連れて行けば問題は無かろう!」

「問題は大有りよ。誰が輸送艇の護衛をするのかしら。私たちは艦載機を出し尽くしているから無理よ? こういう事態に備えて、最初に忠告をしたのだけれど」

「ぐっ……そ、そうだ! お前達空母は、副砲も装備できただろう。今から装備換装をすれば」

「装備はできるけど、命中率は最悪よ。ハッキリ言って駆逐艦娘以下の働きしかできないわ。精々が、盾になるぐらいね」

「ぐぬぬっ!」

「あの、すいません長門さん。もう私達空母は置物なので、輸送艇に戻ってご飯食べてていいですか? 艦載機飛ばすとお腹減ってしまって」

 

 赤城が少し照れくさそうに進言してくるが、それは長門の精神の均衡を崩すには十分すぎた。

 

「赤城ー! 栄光ある横須賀第三艦隊の誇りは無いのか! 大体お前は普段から何かと言うと飯だ飯だと、少しは節制しろ!」

「誇りじゃご飯は食べられません!」

 

 これ以上ないほどの凛々しい顔で、赤城は言った。

 

「ぐぅ……と、とにかくここにいろ!」

「長門さん、動くなら急いだ方がいいわ」

「今度は何だ……」

「単冠湾の艦娘が、白露と村雨の所に向かっているわ。まず駆逐艦を完全に潰す気ね。向かっているのは愛宕、高雄、潮。鳳翔さんは輸送艇の側に残っているわ」

「おのれ、また先手をっ!」

 

 長門は歯噛みをして、現状を打破する方法を探す。

 これから長門が打てる手は、大きく分けて二つある。

 一つは白露と村雨の所に向かい合流する手。これは正攻法だが、相手と真正面から戦うことになってしまう。だが駆逐艦娘が二人いれば、条件は互角。長門1人で戦うよりも、勝算は高い。

 もう一つは、白露と村雨を無視して単冠湾の輸送艇を単騎で撃破すること。だがこれは論外。戦艦の足では、白露と村雨を撃破された後に、反転してきた単冠湾の艦娘に背後から攻撃される可能性が高い。

 

「私は白露と村雨に合流する。赤城と加賀はここを離れるな。無駄かもしれんが、副砲に装備換装してここを守れ!」

「長門さん落ち着いて」

 

 熱くなっていた長門の頭に、冷ややかな加賀の声が被せられる。

 

「長門さんが動く必要はないでしょう。白露と村雨に来てもらいましょう。あの子達の方が、長門さんより足が速いわ」

「む、むぅ。そうだな」

「長門さんはここで輸送艇を守っていれば問題ないわ。足の遅い長門さんが動いても、合流前に各個撃破されるだけ。その上輸送艇の守りは無いも同然だから、ここを狙われたらもうお終いよ」

 

 淡々と正論を語る加賀に、熱くなっていた長門の頭はあっという間に冷めていく。これではどちらが艦隊旗艦かわからない。

 

「では白露と村雨にこちらに来るように索敵機から伝令を出すけど、よろしくて?」

「……ああ」

 

 少し不貞腐れたように、長門は言った。

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 洋上を進むのは、単冠湾の愛宕、高雄、潮の三名。全速力で横須賀の駆逐艦娘、白露と村雨を撃破すべく行動していた。

 

「あ、あの、鳳翔さんの作戦、上手く相手を封じ込めましたね」

「そうねぇ。相手の動きを二手三手先まで完全に読んでないと無理な作戦だったわ~」

「でも、私は正直驚いてるわ。鳳翔さんがここまでの戦術を立てられるなんて」

「あらぁ、高雄ったら嫉妬?」

「違うわよ。純粋に凄いと思ってるのよ。鳳翔さん、今まで作戦立案には全く口を出さなかったから、ここまでの戦術眼を持ってるなんて思わなかったから」

「うふふ。弟子入りでもするぅ?」

「真剣に考えるわ。愛宕、作戦通りにお願いね」

「りょうか~い」

 

 鳳翔の作戦はこうだ。まずは輸送艇ではなく、駆逐艦娘の白露、村雨の方へ進撃する。直情型の長門は駆逐艦娘と合流してこちらを攻撃しようとするだろうが、足の遅い長門なら両者が合流する前に各個撃破できる。

 しかし問題なのは、長門が輸送艇に残っていた場合だ。そうすると足の速い駆逐艦娘が輸送艇へ移動するので、合流前に各個撃破という戦法は取れない。おまけに輸送艇を直接狙おうにも、長門が守備についているので簡単にはいかないだろう。

 そこで、鳳翔が立てた作戦はこうだ。まずは二手に分かれる。高雄と潮が駆逐艦娘がいる場所へと向かい、愛宕が輸送艇の方へと向かう。もし横須賀の駆逐艦が移動しているならすぐに愛宕と合流、愛宕は横須賀の艦娘が合流しているならそのまま撤退する。

 これなら、どのような状況でも対応できる。

 

「ふんふ~ん♪」

 

 愛宕は一人、波しぶきを上げながら横須賀の輸送艇を目指す。

 周囲には誰もいない。そういえば、あの日もこんな風に一人だった。あの嵐の夜、巌提督が水底に沈んだ日。

 

「やあねぇ……思い出しちゃった」

 

 全てを無かったことにして、捨て去ったはずの記憶。だがふとした切っ掛けで思い出された記憶は、どれだけ忘れようとしても溢れ出てくる。

 嵐の中、たった一人で出撃した。絶対に守ると決意し、殺意を胸に。

 

「うふふ、はっけ~ん」

 

 愛宕の前方に、戦艦長門が見えた。まだ駆逐艦は合流していない。今なら一対一の勝負に持ち込める。

 艤装の主砲を動かし、照準を長門に合わせる。長門もこちらに気付いたのか、主砲を動かしている。

 

「主砲、撃てぇーいっ♪」

 

 愛宕の主砲が火を噴く。爆炎が長門を包む。

 

「やったかしら?」

 

 初弾は確実に命中した。相手の損害は、黒煙に隠されて見えない。

 

「!?」

 

 黒煙の中から、何かが飛び出してきた。

 それが長門の主砲だと判断したときには、すでに砲弾は愛宕の背後に着弾し、大きな水柱を上げた。完全に外れたのに、衝撃が愛宕の身体を叩く。

 

「わぉ……これが戦艦の力……」

 

 やはり驚異的。一対一では勝ち目は少ない。

 愛宕はジクザクに動きながら、少しずつ距離を詰める。

 狙うは長門ではなく、輸送艇。輸送艇に攻撃して着弾すれば、その時点で演習は勝ちとなる。

 

「ここっ!」

 

 輸送艇に照準を定めたその瞬間、

 

「……うっ」

 

 脳裏に蘇る、忌まわしい記憶。人が乗った船に向け砲撃をして、そして……。

 全身を不快感が包み込み、意思とは無関係に体から力が抜けていく。頭が割れるように痛み、吐き気までしてくる。

 愛宕は海に膝をつき、完全に戦意を喪失してしまう。

 

「……やだなぁ。こんなに脆かったかしらぁ、私」

 

 自嘲気味に笑った愛宕に、長門の砲撃が降り注いだ。

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

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