青い眼をしたお人形   作:砂夜†

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第十四話 過去①

 ああ、これは夢だ。虚ろな意識の中で、自覚した。

 ふわふわとした妙な感覚。

 やがて虚ろな自意識は、ハッキリとした輪郭を持つ。

 

「ここは……」

 

 病院の一室だろうか。清潔な寝具の上で目を覚ました少女は、自分の身体とモニター類を繋ぐケーブルを見て、自分の置かれている状況を把握しようとする。

 少しずつ思い出してきた。

 薄汚い路地裏でドブネズミと同じように暮らしていた自分に訪れた、人生を変える転機。軍の行っている『艦娘適正試験』を受けたのだ。

 奇妙な試験だった。「神風」「朝凪」「松風」等、何かの名前が書かれた長方形の紙札を持たされるだけの試験。そのうちの一枚、「愛宕」と書かれた札が光ると合格となり、別室に通された。

 そこで様々な説明を受けた。艦娘となると、人間としての権利を一切剥奪され、人体を改造され、半永久的に軍に属することになる等といったことを。

 問題はなかった。どんな条件だろうと、今の生活よりは遥かにマシだ。

 

(改造されたのよね……)

 

 じっと手を見てみるが、特に目立った変化はない。体温もあるし、肉も柔らかい。子供の体格のままだ。大人の身体にされると思ったが、それは思い過ごしのようだった。

 何も変わっていないようだが、一つだけ違うことがある。それは、記憶だ。自分のモノではない記憶が頭にある。こことは違う世界の戦争の記憶が。幾多の敵と戦った戦場の記憶が。戦いに破れ、水底に墜ちて行った記憶が。

 

「目が覚めましたか?」

 

 優しく、凛とした声だった。

 横に目を向けると、そこには青い服を着た、黒髪のボブヘアーの少女が立っていた。歳は十歳前後、という所だろうか。

 

(同い年ぐらいかな?)

 

 ベッドの上の金髪の少女は、ぼんやりと黒髪の少女を見つめる。

 

「あなたは?」

「私は、重巡洋艦高雄。貴女の、お姉さんですね」

「……お姉さん?」

 

 高雄という名前は初耳だったが、記憶にはあった。高雄型重巡洋艦の一番艦。別の世界の、第二次世界大戦という戦争を最後まで生き抜いた艦だ。

 

「それで、そのお姉さんが何?」

「私に妹が出来たって聞いたから、顔を見たくて」

 

 はにかみながら、高雄は言った。

 

「ふ~ん」

 

 そんな姉への第一印象は、『気に食わない』だった。

 何も苦労をしてなさそうな、幸せな子ども。姉妹どころか、友達にだってなりたくない。

 

「よろしくぅ。二番艦、愛宕でぇ~す」

 

 愛宕は笑った。もっともそれは友好的な笑みではなく、嘲笑だったが。

 

「ええ。よろしくお願いね、愛宕」

 

 そんな愛宕の内心に気づいていないのか、高雄は笑顔で応じた。

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 それから八年ほど、愛宕と高雄は横須賀鎮守府に所属した。

 毎日が訓練の日々だった。水上を奔り、砲撃し、戦闘教義を叩きこまれた。深海棲艦と命を懸け、戦った。

 決して楽な生活とは言えないが、それでも愛宕にとっては天国のような暮らしだった。

 高雄との関係も、表面上はとても友好的で、問題は何も起きなかった。

 そしてある日、辞令が下る。内容は、高雄と愛宕の単冠湾泊地への転属であった。

 単冠湾は深海棲艦との戦闘も滅多になく、とても長閑な毎日だった。

 気が抜ける。初めての平和な毎日に、愛宕は戸惑っていた。命の心配をする必要の無い毎日に。

 

「どうしたんじゃ? 愛宕。ボケーっとして。ボケるにはまだ早いんじゃないのか?」

「お爺ちゃんはボケそうにないわねぇ~」

 

 ここは提督執務室。

 提督の椅子に座るのは、一人の老人。

 禿頭に、仙人のように長い真っ白な長い顎ヒゲ。どこにでもいる好々爺と言った雰囲気を纏っている。

 名を石田照明少将。今年六十五になる老提督だ。

 

「なんのまだまだ。老いたりとはいえ海の男。生涯現役じゃ!」

 

 言っていることはとても立派だ。しかしその手は愛宕の尻を撫でまわしており、愛宕としては年寄りの妄言にしか聞こえなかった。

 

「愛宕……もう少し反応してくれてもええじゃろ? 年頃の女子なら、尻の一つでも撫でられたら可愛らしい悲鳴でも上げるもんじゃぞ」

「老い先短いんだし、少しは良い思いをさせてあげようって提督孝行よぉ」

「つまらんの。高雄は顔を真っ赤にして睨みつけてくるから可愛げがあるぞ?」

「もぉ、お爺ちゃんったら。高雄は真面目なんだから、そういう悪戯しないでください。あ、まさか潮ちゃんに手を出してないでしょうね?」

「馬鹿にするでない。孫ほど歳も離れておる娘の尻を触って何が楽しい」

「あらぁ。私だって、お爺ちゃんから見たら孫と変わらない歳でしょ?」

「お前はええ身体しとるからのぉ。潮は乳はええが、尻はまだまだでつまらん」

 

 セクハラ発言にも程があるが、不思議と嫌悪感は無かった。

 

「じゃあ~鳳翔さんは?」

「鳳翔は死んだ女房によう似とってな。怒られそうでどうも……」

「鳳翔さんが聞いたら、どっちみち怒られそうですけどねぇ」

「やはり反応を楽しむなら高雄じゃな。触り心地も良いし」

「はいはい。触るのはちゃ~んと仕事した後でお願いしますね~。それじゃあ、私は秘書室の方にいるから、何かあったら呼んでくださいねぇ」

 

 愛宕は苦笑してその場から辞そうとする。

 

「ああ、そうじゃ愛宕。ワシの後任の件じゃがな」

「……やっぱり、軍を辞めちゃうの?」

「ワシは御国に尽くしたいが、どうも御国の方はお断りらしいの」

 

 苦笑しながら、老提督は自嘲気味に呟く。

 

「まぁ、もう歳だものねぇ。隠居してゆっくり暮らしたらぁ?」

「愛宕。介護してくれんか?」

「ごめんなさぁい。介護職に就く気はないのぉ」

「冷たいヤツじゃの。じゃが、心配事が色々あるし、引退はしたくないの」

「心配事?」

「お前と高雄のことじゃ」

「あらぁ。私と高雄ちゃんは仲良しこよしよぉ?」

「嘘つけ。爺の人生経験を馬鹿にするでない。お前が腹の中で高雄をどう見てるかぐらい解るわ」

「じゃあ私は高雄のこと、どう思ってるのかしらぁ?」

「嫌っとるじゃろ。なぜかまでは知らんが、妬んどる」

 

 大正解。伊達に歳はとっていないということか。

 

「それでどうするの? 仲良くしなさいってお説教でもする?」

「そんなことする気はないわい。初等部の児童じゃあるまいし」

 

 もっとも説教された所で、それを聞く愛宕ではないが。

 

「問題はな、それを隠して表面上で仲良く振る舞ってることじゃ」

「いいじゃない。作戦行動でも、私生活でも問題を起こしているわけじゃないんだし」

「今の所な。だが、無理をしとると、いつか絶対ボキっと折れるもんじゃ」

「そういうものかしらぁ?」

「そういうもんじゃよ」

 

 年長者の貫録だろうか。不思議とその言葉は愛宕の胸にすんなりと受け入れられた。

 もっとも、受け入れられたからと言って実行するかというと、それはまた違う話だ。

 

「まあ、考えとくわぁ」

「考えといてくれ」

 

 一礼して、愛宕は執務室を出た。

 

「……どうしようかしらねぇ」

 

 秘書室に戻った愛宕は、机に座って先ほどの石田少将の言葉を吟味した。

 まさか自分の気持ちを吐露して、取っ組み合いの喧嘩をするわけにはいくまい。

 そんな愛宕の思案を、『コンコン』とノックの音がかき消した。

 

「はぁ~い?」

「愛宕? 私よ。今いいかしら」

 

 高雄の声が、扉の向こうから聞こえてきた。

 

「どうぞ~」

「愛宕。この書類にサインを貰えるかしら?」

「ん~どれどれ~?」

 

 高雄の持ってきた書類は、泊地施設の備品の補充申請書だった。

 

「はいは~い」

 

 サラサラと、申請書にサインをする。

 

「……ねぇ、高雄。艦娘になる前って、覚えてる?」

「艦娘になる前? ええ、覚えてるけど、急にどうしたの?」

「ん~なんとなくかしらぁ。どんな子供だったのかな~って」

「私の子供時代? そんなに面白い話はないわよ。普通の家庭で、普通の学校に通って」

「そうなんだ~」

 

 普通の家庭、普通の学校。愛宕が欲しくて欲しくてたまらなかった物だ。

 愛宕は舌打ちをしたくなるのを、必死に堪えた。自然に握り拳になってしまい、その手を後ろに隠す。

 

「艦娘には、なんでなったの?」

「そうね。家族や友達を守りたかったからかしら」

「そうなんだ」

 

 恵まれている。欲しくて欲しくて持てなかった物を、全て持っている。

 愛宕は自分がなぜ高雄を憎く思っているのか、その根源をハッキリと自覚した。

 

「だから、愛宕のことも守るわ」

「え?」

「愛宕は私の妹で、友達だもの。それに提督も、鳳翔さんも、潮も、家族だもの。絶対に守るわ」

 

 高雄は優しく微笑んだ。

 奇妙な感覚だった。胸が締め付けられ、体中が痺れる。だが不快ではない。

 

「期待してるわ~」

 

 愛宕は高雄から顔を逸らした。その顔は笑っていたが、それが本心からの笑みなのか、愛宕本人にもわからなかった。

 

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