青い眼をしたお人形   作:砂夜†

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第十五話 過去②

 単冠湾の食堂。そこに提督と、泊地の全艦娘、『愛宕』『高雄』『潮』『鳳翔』が集っていた。

 その手には新鮮なさやいんげんがあり、誰もが筋取りに精を出していた。

 

「ごめんなさいね。夕飯の支度を手伝わせちゃって」

「大丈夫ですよ、鳳翔さん。丁度手が空いてた所でしたし」

 

 と、高雄。

 

「私も、訓練が終わったから平気ですよ。でも、えへへ。筋取りって、なんだか楽しいですね」

 

 はにかみながら、潮が言う。

 

「さやいんげんの筋取りをする艦娘と少将なぞ、前代未聞じゃろうの」

 

 ぼやく老提督ではあるが、年の功かその手はよどみなく筋を取っていく。

 

「あらぁ。お上手ですよぉ、提督」

 

 愛宕はそう言いつつも、手元のさやいんげんから目を離さない。

 

(中々、上手く取れないわねぇ……)

 

 なぜか途中で筋が切れてしまう。

 

(うぐぐ……!)

 

 次第にイライラが募ってくる。実にストレスが溜まる作業だ。周囲が上手く筋を取っているのも、ストレスの溜まり具合に拍車をかける。

 

「ん? どうしたのぉ、高雄」

 

 気づくと、高雄がこちらを見ていた。

 

「愛宕って」

「はい?」

「髪、綺麗よね」

「はいぃ?」

 

 思わぬ一言に、目が点になってしまう。

 

「金色でキラキラ光って、凄く素敵」

 

 高雄のそんな言葉に、潮や鳳翔、石田少将も続く。

 

「愛宕さんって、髪だけじゃなくて肌もすっごく白いですよね」

「そうね。それに瞳も海のように青くて吸い込まれるよう」

「うむ。尻も胸もええしのぉ」

 

 最後の石田少将の言葉には、艦娘達の冷たい視線が飛ぶ。

 

「それは……ありがとぉ」

 

 自然に、顔が赤くなってしまう。

 髪も肌も瞳の色も、綺麗だと褒められたことは一度もなかった。蔑みの対象だった身体をこんな風に褒められると、妙に気恥ずかしい。

 

「愛宕ったら、照れてる?」

「照れてないわよぉ!」

 

 気恥ずかしさのせいか、つい大声が出てしまう。

 

「そんなに照れなくてもいいじゃない。綺麗なのは本当のことだし」

「もぅ……」

 

 真正面からそう言われると、何も言い返せないではないか。

 

「筋取りは終わったから、これで失礼しますぅ!」

 

 ここは戦術的撤退としよう。

 愛宕は席を立ち、早足で食堂から出る。

 

「あ、待って愛宕」

 

 慌てたように、高雄が後ろからついてくる。

 

「ごめんなさい。怒った?」

「別に怒ってはないけど……」

 

 怒ってはいないのは本当だ。ただ、あの場に居づらかったのだ。暖かくて、心がきゅーっと締め付けられる。今まで感じたことがない感覚だった。

 

「よかった。それでね、愛宕って明日は一日暇よね?」

「ええ。そうだけどぉ?」

 

 明日は久しぶりの休暇だ。

 とは言っても、艦娘という立場上あまり遠出はできないのだが。

 

「じゃあ、デートしましょ」

「はいぃ?」

 

 高雄に同性愛の気は無かったはずだが。知らないうちにレズビアンにでもなってしまったのだろうか?

 

「やだぁ……男の人に興味が持てないのぉ?」

「え? あ、ち、違うわよ! そういう意味じゃなくて! 付き合ってってこと!」

「付き合ってだなんて、やっぱりそういう意味じゃない」

 

 愛宕は両手を口に当て、一歩後ずさる。

 

「だから違うって!」

「冗談よぉ」

 

 愛宕はクスリと笑う。

 

「もぅ……」

「それで、どこかにお出かけするの?」

 

 たしか、高雄も明日は休日のはずだ。

 

「ええ。ついてきてくれる?」

「場所は?」

「内緒よ。場所がわからないと怖い?」

 

 さっきのお返しとばかりに、高雄は微笑んだ。

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 高雄に連れてこられたのは、単冠湾から小型船で一時間程の場所にある、三日月型をした離島であった。

 小型船を湾に停泊させ、高雄と愛宕はボートで島に上陸した。

 

「バカンスって場所でもなさそうだけどぉ?」

 

 砂浜には小舟が数隻打ち捨てられていた。ボロボロな投網も所々に捨てられており、とても遊べるような環境ではない。

 

「バカンスに誘うなら、私服で来てって言うわ」

 

 高雄の言葉通り、今の二人はいつもと同じ青い艦娘服を着ている。もっとも、艤装は外しているが。

 

「こっちよ、ついてきて」

「はいは~い」

 

 二人は獣道に入り、少し歩く。島の中央付近まで歩くと道は開け、二人の前に集落が姿を見せる。

 人口は、百人程だろうか。建っている家もボロボロの木造ばかりで、外に出ている人も老人が多い。

 

「過疎って言うのかしら。こういうの」

 

 単冠湾泊地がある択捉島の小さな町よりも、遥かに規模が小さい。あと数十年すれば、自然消滅してしまうのではないだろうか。

 

「それで、ここは?」

「そうね……まだ避難していない人達、かしら」

「ああ、離島避難令の」

 

 深海棲艦の出現により、世界の海上交通網は一時期絶望的なまでに破壊された。それは同時に、深海棲艦の活動範囲が拡張されているという意味も持つ。

 日本は深海棲艦の本土上陸を阻止してはいるが、本土から離れている島はその限りではない。

 離島避難令とは、護り切れない離島にいる住民に、軍が護れる場所に移動してもらうためのものだ。

 

「で、この島の人達はまだ逃げてない人達ってわけぇ?」

 

 死にたいのかしら、と愛宕は心の中で付け足した。

 

「それでぇ、なんで私達がここに来ないとダメなの?」

「勿論、避難勧告をするためよ」

「……幾つか聞きたいんだけど、いいかしら?」

「どうぞ?」

 

 笑顔で問う愛宕に、高雄も笑顔で返す。

 

「そういうのって、政府のお仕事じゃないの?」

「政府がやらないのよ。怠慢ね」

「あらぁ、それは大変。でも正式な任務としてそのようなものは無かったと記憶しているけどぉ?」

 

 愛宕は秘書艦だ。単冠湾泊地に関することは大体把握している。だが離島住民への避難勧告なんて聞いたこともない。

 

「正式な任務じゃないから、当然ね」

「あらぁ。つまりこれは……高雄の独断?」

「そういうこと、ね」

 

 気まずそうに高雄は言った。

 

「なるほどぉ。だから休日に」

 

 艦娘は軍所属の平気であると同時に、軍人でもある。それゆえに、自由意思で行動することはできない。例えそれが誰かを救うような行動であってもだ。

 だが休日ならば、ある程度は自由に出来る。勿論勝手に出撃することは出来ないが、避難勧告ぐらいであれば許される。

 

「それで、なんで私を連れてきたのぉ?」

 

 避難勧告であれば高雄一人でも十分なはずだ。愛宕を連れてくる必要性はない。

 

「私一人じゃもう無理なの……」

「無理?」

「詳しいことは後から話すわ。ついて来て」

 

 高雄は歩き出し、愛宕はその背に続く。

 

「なんだか嫌な感じねぇ」

 

 住人たちの視線が突き刺さる。少なくとも、友好的な雰囲気は微塵もない。

 

「住んでる場所から離れろって言われれば、無理もないわよねぇ」

 

 実際、離島避難令は政府への反発もかなり多いらしい。

 

「……ごめんなさい。半分は私のせいなの」

「どういうことかしらぁ?」

「その……以前にもここに来て避難勧告をしたのだけれど、聞いてもらえなく……ちょっと、怒っちゃったというか」

「ふぅん。具体的には?」

「売り言葉に買い言葉で集落長と口論になって、集落長の家の床板を踏み抜いちゃった……」

「高雄ってすぐカッとなるわよねぇ」

 

 一見理知的で冷静に見える高雄だが、中身は激情家だ。ちょっとしたことですぐに熱くなってしまう。

 

「なるほどぉ。で、私に交渉してほしいって?」

「お願いします……」

 

 愛宕は高雄と違って非常に冷静、いや冷徹だ。飄々としているが、それは表面だけのこと。感情を殺して、理論で動ける性格をしている。

 

「まあ、やるだけはやってみるけどぉ」

 

 これだけ敵対感情を向けられては、無理ではなかろうか。

 

「ここよ」

 

 集落長の家なのだろう。他の家よりは少しだけマシな家だった。

 

「単冠湾泊地の艦娘、高雄です。どなたかいらっしゃいませんか?」

 

 高雄は扉を叩きながら、訪問を告げる。

 だが誰も応答しない。

 

「変ね。留守かしら?」

「嫌われてるだけじゃないのぉ?」

「うっ……それを言わないで。気にしてるんだから」

 

 今の高雄は、意気消沈という言葉が実によく似合う。

 

「失せろ」

 

 背後から、皺がれた声がする。振り向くと、そこには険しい顔をした老翁が立っていた。

 

「あ、集落長。先日は失礼を……」

 

 高雄は深々と頭を下げる。どうやらこの人物が集落長のようだ。

 

「失せろと言った。言葉が通じんか?」

 

 集落長はそれだけ言うと、愛宕と高雄を一瞥もせず、家に入ってしまった。

 

「あらぁ~。嫌われてるわねぇ」

「ぐぬぬ! 何よあの態度!」

「はいはい。どーどー」

 

 頭に血が上った高雄を、おざなりに宥める。

 

「高雄、まずは誠意を見せたら?」

「誠意?」

「そうよぉ。家の前で正座して、相手が許してくれるまで待つの」

「…………わかったわ」

 

 高雄は愛宕の言う通り、その場で正座をする。

 

「頑張ってねぇ~。私はちょっと散歩してくるから」

「え? 一緒にいてくれないの?」

「高雄。こういうのは、一人でやるから意味があるのよぉ」

 

 などともっともらしく言ってみたが、本音としてはこんな面倒なことには関わりたくないとの思惑があった。

 許されればそれはそれでいいし、許されなければ高雄も諦めるだろう。

 

「そ、そうね。言われてみればそうかもしれないわね……」

「それじゃあねぇ。ちょっとしたら様子を見に戻るからぁ~」

 

 手をひらひら振りながら、愛宕はその場を離れる。

 

「さ~て、ちょっと観光でもしようかしらぁ」

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

「……何もないわねぇ」

 

 集落には木造の古びた家屋と、畑が幾つかあった。だがそれだけだ。観光施設なんて当然ないし、三十分もかからず集落の全てを見て回ることができた。

 高雄の様子を見に行ったが、何も進展は無かった。高雄が諦めるまで、もうしばらく時間を潰す必要がある。

 

(島の散策しても面白く無さそうだしぃ……)

 

 自然と、足は海に向かっていった。

 毎日見ているのに、見飽きるということはない。海は毎日その顔を変える。一度だって同じ海はない。それがとても面白い。艦娘としても、一人の人間としても、愛宕は海が好きだった。

 上陸した砂浜に到着した愛宕は流木に腰を下ろす。

 何も考えずにボーっと海を眺め、時間を無為に過ごす。こういう時に釣りでもできればいい暇つぶしになるのだろうが、生憎と愛宕は釣りに興味がなかった。

 

(…………見られてる。誰かしらぁ)

 

 この砂浜に来てから、誰かに見られている気配を感じる。

 気配をまるで消せていないから、艦娘の情報を盗もうとする他国の諜報員ではなさそうだ。

 だとすると、集落の人から監視されているのだろうか?

 神経を耳に集中させる。繁みの中から、小さな息遣い一つ。子供だろうか?

 

「っ!」

 

 戦場で培った勘が、愛宕に危険を知らせる。

 何かが飛んでくる気配。愛宕は軽く首を傾けて、その何かを回避する。

 その何かは、子どもの拳程の大きさの石だった。石はそのまま砂浜に墜落し、「ぽすっ」と気の抜けた音を出した。

 

「あら危ない」

 

 飛んできた石は速度もなく、大きくもなかったので、当たっても怪我はなかっただろう。だが子どもの悪戯にしても、度が過ぎている。

 

「……えいっ」

 

 愛宕は飛んできた石を掴むと、ほんの少しだけ力を入れて投げ返す。

 石はすさまじい勢いで飛び、大木にめり込む。

 

「出てきなさ~い。次は当てるわよぉ?」

 

 隠れている者達に声をかける。相手は子供かもしれないが、情け容赦は無用だ。

 

「ま、まって!」

 

 慌てたように、子どもが出てきた。女の子だ。歳は十を少し越えた辺りだろうか。

 驚かしすぎたか、涙目になっている。

 

「何でこんなことしたのぉ? 危ないでしょ?」

「だって……外人は悪者だもん」

 

 女の子は、しゃくりあげながら言う。

 

「あらぁ」

 

 愛宕は目を丸くする。こんな差別は子供の時以来だ。

 深海棲艦が現れ、諸外国との戦争も停止した昨今では、異国人を差別する風潮は減っている。だが田舎の方では、まだ差別的な風潮が残っているのが実情だ。

 

「こ、この島から出てけ! はやく!」

 

 半泣きではあるが、実に好戦的だ。

 

「あら、どうしてぇ?」

「ど、どうしてって……悪いヤツだから! 大人もゆってるもん。外人はしんかいせーかんと仲間だって!」

「ぷふっ」

 

 荒唐無稽な話に、思わず噴き出してしまった。

 以前に三流ゴシップ誌で、「政府は深海棲艦なる謎の生物をでっち上げて国家予算を横領している」「深海棲艦は某国が作り出した生物兵器である」「深海棲艦は鬼畜なる異国人の成れの果てである」等と言った記事を見たことがあるが、それと同じレベルだ。

 

「なにがおかしいの!」

「だってぇ、お姉ちゃんは艦娘よぉ?」

 

 その言葉に、女の子は目を見開いて驚いた。

 

「かんむす!? 本物!?」

「本物よぉ~」

 

 女の子は愛宕の下に来て、無遠慮に服を引っ張ったり身体を触ったりする。

 

「かんむすって人間なの?」

「そうねぇ……人間かしら」

 

 内臓と骨、筋肉はほとんど人工品で、脳ですら戦闘時の演算補助のため機械が埋め込まれている。

 子どもの手前、愛宕は自分のことを人間と言ったが、たまに自分が何なのかわからなくなることがある。他の艦娘も、同じ気持ちを持っているかもしれない。

 

「あとさあとさ! 海に立てるってホント!?」

 

 女の子は矢継ぎ早に質問する。

 

「ええ」

 

 愛宕は首肯する。

 艦娘は足に装着する海上推進器が無くても、自分の意思で海面に立つことは出来る。推進器はあくまでも補助具で、海をより早く移動するためのものにすぎない。

 

「じゃあ、お風呂に入れないの?」

「うふふ。入れるわよぉ」

 

 海面に立つのは自分の意思なので、入浴等に関しては何も問題ない。

 

「あなた、おなまえはなんてゆうの?」

「愛宕よぉ」

「じゃあ愛宕! 私の仲間にしたげる! 私のすっごくはやく投げた石もよけたし、なかなか見どころあるからね!」

「仲間?」

「ひみつきちに連れてったげる。はやくはやく!」

 

 女の子と男の子は、愛宕の手を引っ張る。

 

「あらぁ。それは楽しみ」

 

 愛宕は抵抗せずに、女の子についていく。高雄のことは後でも問題はないだろう。

 

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