青い眼をしたお人形   作:砂夜†

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第六話 島風の疑問

 島風の朝は早い。

 起床時間は通常5時だが、島風はいつも4時半には目を覚ましている。

 顔を洗い、歯を磨く。そして寝間着から、いつもの露出度の高い服に着替える。

 そしてそのまま外に出て、浜辺に行く。当然だが、この単冠湾泊地の周辺の砂浜は海軍の管轄区域であり、一般人の立ち入りは固く禁じられている。

 軽く準備体操をして、誰もいない砂浜を駆け出す。

 太陽が昇り、海面をキラキラと眩しく光らせる。

 景色が勢いよく流れていく。

 砂浜とはいえ、かなりの速さだ。整備されたグラウンドで走る陸上選手と、なんら遜色がない。

 

「おぅ?」

 

 目の前に、人影が見えた。

 この時間に砂浜に来る人はいない。島風は目を凝らし、目前の人影が誰なのかを見極める。

 八神大佐だ。

 向こうも島風に気付いたのか、手を振ってくる。

 

「やぁ、島風。こんな朝早くから、感心だな」

「提督? 何してるんですか?」

「訓練だよ。ここ最近、書類仕事ばかりで身体が訛ってしまったからね」

「でも、大佐って偉いんでしょ? 机にふんぞり返ってればいいんじゃないの?」

 

 事実、今までこの単冠湾泊地に赴任してきた司令官は、皆そうだった。

 偉そうに椅子に踏ん反り返り、偉そうに命令を下す。その上こんな僻地に飛ばされた腹いせなのか、艦娘にいつも罵詈雑言を浴びせかける。

 特に前司令官であった巌重蔵は酷いものだった。

 巌重蔵中将は、艦娘を人として扱わず完全に兵器として扱うという姿勢を取っていた。

 残酷なようだが、違法な行為ではない。

 艦娘というのは俗称であり、正式には『水上戦闘用人型兵器』であり、書類上の分類は戦車や航空機と同じく兵器の一つである。

 そのため艦娘は、艦娘となったその時点で、人間を守る法の枠外に置かれる。人権も、名前も、家族も、艦娘は持つことを許されない。

 そのため、人の姿をした艦娘を精神的にいたぶる提督も僅かではあるが存在する。

 

「大佐なんて、そんなに偉い身分じゃない。それにどうも、俺は偉ぶるのが苦手でな」

 

 しかしどうやら、目の前の大佐殿はそういった人種とは違うようだ。

 

「ふ~ん。変わってますね」

「よく言われる」

 

 苦笑しながら、八神大佐は言う。

 

「そうだ! ねぇねぇ提督、かけっこしませんか?」

「かけっこ?」

「はい。あそこの流木の所まで、どうです?」

 

 流木まで、およそ100メートルぐらいだろうか。短距離の競争としては丁度いい。

 

「いいだろう。子どもとはいえ、手加減はせんぞ」

 

 八神大佐は自信があるのか、不敵に笑う。

 

「はい。全力で走ってくださいね。それじゃあ、この木の枝を投げますから、それが砂浜に落ちたらスタートにしましょう」

「ああ」

 

 空高く、木の枝が投げられる。

 島風と八神大佐は、重心を低くし、スタートに備える。

 そして木の枝が落ちると同時に、二人は走り出す。

 

「な!?」

 

 直後、八神大佐の驚愕の声を背にし、島風は八神大佐の姿を見ることなくゴールの流木を駆け抜けた。

 

「あはっ! 私の勝ちですね、提督!」

「いや……スゴイな……8秒ぐらいでゴールしたんじゃないか?」

「えへへ。さすがの私でも、やっぱり砂浜だと遅くなっちゃいますね」

 

 整備されている場所ならば、100メートル5秒で駆け抜けることができるが、砂浜だとやはりそうもいかない。

 

「これでも、足の速さには自信があったんだがな」

「提督も結構速かったですよ」

「横にすら並べなかったのにか?」

「当然ですよ。だって私は速いんですもん」

「はは。速さに拘るな」

 

 八神大佐は軽い気持で言ったのだろうが、それは島風にとっては重要なことであった。

 

「……拘りますよ」

「島風?」

 

 八神大佐が、訝しそうな顔をする。

 

「知ってますか? 艦娘って、夢を見るんですよ」

「夢?」

 

 それは艦娘の核となる、元となった艦の記憶。

 その船は、何よりも速さを求められた。そしてそれは実現された。あらゆる艦を超える速度を持って、その艦は生まれた。

 だが時代は速さを求めていなかった。

 その結果、存在理由の速さを活かせない作戦行動を強いられることになる。

 皮肉なことにその速さを活かせたのは、最後の戦いだけであった。

 

「もっと走りたい。海の上を駆け出したい。そんな声が、聞こえるんです」

「なんとも摩訶不思議な話だな。だが、それなら君が速さに拘るのも納得できる」

「……信じるんですか?」

「ん? 嘘なのか?」

「あ、いえ。ここに赴任してきた提督で、今までこの話を信じた人はいなかったので」

 

 ある者は一笑に付し、ある者は馬鹿にされたと怒りを露わにする。

 もっとも、こんな話を信じろと言う方が無理なのだろう。

 当事者である島風も、これが本当に艦の記憶なのか、それとも自分の妄想なのかの判断がつかなくなる時がある。

 

「君達艦娘は、俺の部下だ。部下の言葉を疑うものじゃない」

「部下って……私達を人間扱いですか?」

「君達が書類上では兵器だということは知っている。だが君達には心があるだろう。人間と変わらんよ」

「変わってますね。前の巌提督とは大違いですね」

「……巌提督は、どんな人だったんだ?」

 

 それはどこか、慎重さを感じさせる物言いだった。

 

「どんな人、ですか?」

 

 だがその慎重さに島風は気づかずに、それをただの雑談と受け止めた。

 しばらく考え、島風は口を開く。

 

「ん~私はここに着任して日が浅くて、あんまり巌提督のことは知らないんですけど……嫌な人でした!」

「嫌な人?」

「私はあんまり会ったことないんですけど、よく私達艦娘の悪口言ったり、愛宕さんを殴ったりもして……あっ!」

「どうした?」

「私が巌提督のこと言ってたってことは、内緒にしてくださいね。悪口言ってたことがばれると、またお説教させそうですから」

 

 どんなに嫌な人物であろうと、相手は中将。悪し様に言うことは許されない。

 

「ああ。高雄の説教は長いからな」

「え? あ、違いますよ」

 

 いつも高雄がお説教をしているからか、八神大佐は勘違いをしてしまったようだ。

 

「愛宕さんですよ。巌提督のことは、聞かれても何も言わないようにって言われてるんです」

「愛宕が、か」

 

 その時、遠くからラッパが鳴り響く音がした。

 

「あー! もう5時!? 提督! 私先に戻ってますね!」

「あ、おい」

 

 八神大佐はまだ何か聞きたがっていたようだが、島風はそれを無視して駆け出す。

 のんびりしていたら、高雄の長いお説教を聞く破目になってしまう。

 

「あれ?」

 

 走りながら、島風は気付いた。

 言われてみれば、巌中将のことをよく知らない。嫌いだったし詳しく知りたいとも思わないが、よくよく思い返せば妙な部分がる。

 巌中将が死んだあの日。色々と変な部分が多い。あとで誰かに聞いてもらうのもいいかもしれない。

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 そしてその夜。

 島風は早朝の疑問を、同じ駆逐艦で歳も近い潮にすることにした。

 

「やっほー潮」

「島風ちゃん?」

 

 机に座って何やら書き物をしていた潮が、目を丸くして出迎えた。

 夕食後の僅かな自由時間に潮の部屋を訪問した島風は、部屋の主の返事を待たずにズカズカと部屋に上がり込む。そしてベッドに腰掛ける。

 軍事施設の一室とはいえ個人の私室。それも年若い娘の部屋だ。華美な装飾こそないが、きちんと整理整頓され、可愛らしい小物が数点机の上を飾っている。

 

「どうしたの? 私の部屋に来るなんて珍しいね」

「ちょっと気になることがあってさ。前の提督、巌提督のことなんだけどさ」

「巌提督?」

「うん。潮ってさ、結構前からここにいるでしょ? 巌提督のことも知ってるかな~って」

「あ、ごめんね。私もあんまり詳しく知らないの。巌提督はあんまり艦娘が好きじゃなかったみたいで、会うことなんて滅多になかったし」

「それじゃあさ、巌提督が死んだ最後の日のことって知ってる?」

「う、うん。少しだけなら」

 

 潮は思い出すように、ゆっくりと言葉を区切りながら喋りだす。

 

「たしか……凄い嵐の日だったよね」

「うん。それは知ってる」

 

 あの日は台風が接近しており、凄い嵐だった。海は荒れており、艦娘と言えども迂闊に海には出れない状況だったのを覚えている。

 

「それで、えっと……そんな日に限って深海棲艦が船を襲ってるって報告が入ったんだよね」

「その襲われてる船ってさ、国籍不明の不審船だっけ?」

「う、うん。そうだよ」

 

 深海棲艦も艦娘と同じく、荒れた海を苦手とする。基本的に海が激しく荒れていれば、深海棲艦は姿を見せない。

 しかしあの日は、人類が導き出した法則など無視して深海棲艦は現れた。

 久しく意味を成していない領海線付近で、国籍不明の船が深海棲艦に襲われているとの報告が入った。

 不審船とはいえ、無視を決め込むというわけにはいかない。

 皇国の大本営は、艦娘は人類の守護者と国内外に向けて発表している。その艦娘が人間を見捨てたとあっては、皇国の威信に傷がつきかねない。

 危険が伴う救助作業だったが、逆にチャンスでもあった。

 国籍不明の不審船であろうとも、皇国は平等に救う。深海棲艦を駆逐した後の世界を考えれば、損の無い話である。

 

「えと、それで、この嵐の中でも動ける重巡洋艦の高雄さんと愛宕さんが出撃したんだよね」

 

 駆逐艦や軽空母の艦娘ではまともに行動できないが、重巡洋艦ならば嵐の中でもある程度行動できる。

 そういった理由のため、あの日出撃した艦娘は高雄と愛宕の二人だけだ。

 

「そういやさ。なんで巌提督も出撃したの?」

「なんでって……艦娘が出撃する際は、提督も通常の軍艦に乗って出撃するって決まりだから、でしょ?」

「まあ、そうなんだけどさ。あの巌提督なら、あんな台風の日に出撃なんてしないような気もして」

「う~ん……そうかもしれないけど、やっぱり大本営の命令だったから、従わなきゃならなかったんじゃないかな?」

 

 島風の巌提督像は、傍若無人で身勝手で自分の利益を第一に考える男。そして臆病で慎重。部下の命よりも、自分の命を最優先に考える人種だ。

 そんな男が命令とはいえ、嵐の海に出て行くだろうか。

 嵐の海に出た結果は、巌提督と共に乗艦していた多くの乗組員は海の藻屑。単冠湾泊地に戻ってきたのは高雄と愛宕の二人だけだった。

 

「なんか変な感じ~……」

 

 どうにも腑に落ちないことが多い。

 後で高雄や愛宕に話を聞くべきだろうか。

 

「ありがとね、潮」

「ど、どういたしまして。でもどうして急に?」

「なんとなく~。色々ありがとね」

 

 ベッドから降りると、島風はさっさと部屋から出る。

 そして廊下を歩きながら、高雄と愛宕のどちらに話を聞くべきか悩む。

 

「ん~高雄に聞いたら、『そんなことは報告書を見ればわかるでしょ。それとも、あなたはそんなこともできないの!』ってネチネチ言われそうだしな~」

 

 あまり似ていない高雄の口真似をしながら、想像して憂鬱になってしまった。高雄は論外だ。

 

「愛宕は……やめとこ」

 

 実のところ、島風は愛宕が苦手だった。

 異国の血が混じってるから、というわけではない。

 雰囲気、というのだろうか。愛宕の纏っているほんわかした空気の奥に見える『何か』が怖いのだ。

 だとすると、残された方法は一つ。

 

「今度資料室行ってみよ~っと」

 

 大あくびをしながら、島風は自室に戻った。

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