「島風? 何をしているんだ?」
「あ、提督。おはようございます」
早朝。
八神大佐は資料室に出向き、足の踏み場もないほどに散らかった資料室の惨状を目にした。
その惨状を作り出している原因は、島風だろう。
今も島風は資料を手にとっては少しめくり、「これじゃな~い」と言って放り投げるという蛮行を繰り広げている。
「おはようじゃないだろ。散らかしすぎだ」
「だって片づけてると遅くなるじゃないですか」
全く反省をしていない島風は、話しながら部屋を散らかしていく。
「しかし、君がここにいるなんて珍しいな」
「前の巌提督って人のこと知りたくて、ちょっと色々探してるんです」
巌提督。その名前を聞いて、内心八神大佐の心臓は飛び上がった。
「島風は、巌提督のことをあまり知らないのか?」
「はい。私、着任してからまだ1年も経ってませんから」
島風の口ぶりからは、彼女が嘘をついているという雰囲気はしない。
だとするなら、巌提督の死の真相もまた知らないのではないだろうか。
「巌提督は、深海棲艦との戦いで名誉の戦死を遂げられた……と聞いているが?」
「私もなんかそう聞いてますけど、なんか変だな~って思って」
「変?」
慎重に、探りを入れていく。
「はい。えっとですね」
島風は一つずつ、自分が知っている情報を八神大佐に教えていく。
巌提督がどういう人物だったのか、艦娘が彼をどう思っていたのか。そして巌提督が海の藻屑となった、当日の事。
「なるほど。それは確かに変だな……」
「でしょう?」
どうにも怪しい。
あの日出撃した愛宕と高雄がではない。巌提督がだ。
軍上層部に進言し、本格的にこの件を調査した方がいいかもしれない。
「ん? なんだこの写真は?」
「どれです?」
一枚の写真が、八神大佐の眼に留まる。
そこに写っているのは、水着姿の愛宕と高雄だった。普通のワンピース型の水着ではない。上半身と下半身が独立した、肌の露出が極めて高い水着だ。
写真の中の高雄は顔を赤面させて、胸部と股間部をその両手で隠しているが、それがかえって性的な魅力を引き上げていることに本人は気づいていないようだ。
逆に愛宕は開放的な雰囲気で、両の手を頭の後ろで組み、健康的な色気を存分に押し出している。
随分際どい部分まで見えている水着だが、しっかりと処理をされているようで毛の一本も見えない。それとも艦娘は頭髪や眉毛、まつ毛以外は生えないのだろうか?
単純な、そう極めて純粋な学術的な興味だが、日本男児として断じてこの疑問を口に出すわけにはいかない。
「多分、広報用の写真じゃないですか? この水着で私も写真撮りましたもん」
艦娘は何も深海棲艦と戦うだけが仕事ではない。
国内の士気を高める、いわゆるアイドルとしての仕事もしている。
被災地や孤児院への慰問、学校などの公共施設等で深海棲艦の脅威や艦娘の活躍を語ったり。最近では謳ったり踊ったりと、アイドルのような活動をする艦娘もいるらしい。
「しかし……随分と破廉恥な水着だな。最近よく見るが、何なんだ?」
休暇で湖に行くと、よくこのような水着姿の女性を見かけることがある。
「最近の流行りですよ。広報でこの水着を着たら、一般に広がったらしいですよ」
「嘆かわしい……」
自分の着る水着ぐらい、自分で選べばいいだろうに。有名な女性が着ているからと言って、それをありがたがって着るという神経が、八神大佐にはわからなかった。
「軽量化されてて速そうですよね!」
「いや、それは分からんが……」
相変わらず島風は、速さ以外のことにまるで興味がないらしい。
「な、なんですかこれは!?」
その時、驚愕一色の声が資料室に飛び込んできた。
「た、高雄」
「げぇ……高雄」
八神大佐と島風が振り向くと、そこには高雄が立っていた。その顔から今の高雄の心情が、怒りと呆れが絶妙にブレンドされたものであることが知れる。
「いったい何ですかこの散らかり様は! 資料室はあれだけ整理整頓を心がけるようにといつも言っているでしょう!」
ギロリと、高雄が島風を睨む。
「だ、だって……」
「だってじゃありません!」
島風が反論しようとするが、高雄はそれを許さない。
「島風! あなたはいつもいつも大ざっぱなんです。速くしよう速くしようとそればかりで、それ以外のことを見落としてるんです」
「うぅ……」
正論をズバズバ言う高雄に、島風はぐうの音も出ない。
「まあ、高雄。島風も反省している。なあ、島風?」
「うんうん! 凄くしてるしてる!」
「……本当にしているの?」
高雄の疑いの眼差しに、島風は首をぶんぶんと縦に振って答える。
「後でちゃんと片づけておきなさいよ」
「大丈夫。ちゃんと片づけるって」
「ふむ?」
どうも一時期に比べて、高雄の島風に対する態度が軟化したように思える。
今までなら、「今すぐ片付けなさい!」ぐらいは言っていたはずだが、心境の変化でもあったのだろうか。
「あ! そうだ高雄! さっき高雄と愛宕の写真見つけたよ」
「写真?」
島風は先ほどの写真を、高雄に差し出す。
「ひぁ!?」
素っ頓狂な声を上げて、高雄は固まった。
「な、なんでこんなものが……」
「資料室にあったんだ」
「こっちに渡しなさい!」
高雄は眼にもとまらぬ速さで腕を伸ばして、島風から写真を奪い取る。
「おぅ!?」
その速さは島風の予想を遥かに上回ったらしく、島風はなんの反応もできていなかった。
「全部処分したと思ったのに、まだ残ってるなんて」
高雄は眉間に皺を寄せて、奪い取った写真を乱雑に青い軍服のポケットにしまいこむ。
「何もそんなに動揺することはないだろ。広報で、よく撮っているんだろう?」
「私はこんな水着は着ません! この写真は、愛宕に無理やり着せられたものです」
「そう言えば高雄の広報写真って、いっつも面白くないのばっかだよね。服もいつものだし、敬礼して全然笑ってないのばっかだし」
「そうなのか?」
「提督って、広報写真とかは見ないんですか?」
「ああ。そういうのには疎くてな」
「じゃあ今見せてあげますよ。たしか広報誌がどこかにあったはずですよ」
「ちょ、ちょっと島風……」
高雄の困った顔を尻目に、島風は棚や足元に山積みとなった書類や本を漁り、数冊の本を手に取る。
「ありました!」
「どれどれ」
「あの、あんまり見ないでくださいね。恥ずかしいです」
高雄は顔を赤らめて、雑誌から逃げるように顔を逸らす。
なるほど。島風が言うように、面白味の無い写真が雑誌のページを埋めている。
どの写真の高雄も、少しも笑っていない。堅苦しく敬礼をしており、頁の下には達筆な字で『来たれ! 皇国海軍は君を待っている!』と書かれている。
「この字は、高雄が?」
書類などで、同じ筆跡を見た覚えがある。
「はい。自筆というのが、若い殿方には好まれると広報部の人から頼まれまして」
「それにしても……」
どうにも、高雄の写真だけ浮いている。
他の頁をめくってみるが、どの艦娘も太陽のような眩しい笑顔を振りまいている。
「高雄。どうして君は笑わないんだ?」
「どうしてと言われましても、この方が喜ばれると言われましたので。それに私も、人前で笑うのが苦手で……」
言われてみれば、高雄は人前で愛想良く笑うタイプではない。
「勿体ないな。笑った方が君は可愛いだろう」
「はひゃ!?」
瞬間、高雄の顔は耳まで赤くなった。
「ど、どうした? 調子でも悪いか?」
「な、なんでもありません……」
高雄は八神大佐から逃げるように、背中を向ける。
不可解なその行動に八神大佐は首を傾げるが、島風はニヤニヤと笑いその光景を眺めていた。
と、その時。
泊地の各所に設置されているマイクから、軽快な木琴の音が流れてきた。
『ぱんぱかぱーん! 提督と高雄にお知らせします。すぐに秘書艦室まで来てください。非常に重大な案件があります。放送お終い!』
再び軽快な木琴の音が流れる。
だがその軽快な音とは裏腹に、八神大佐と高雄は真剣な表情になっていた。
「どうしたの? 二人とも」
島風は不思議そうに両者の顔を見る。
「どうしたのではないだろう。非常に重大な案件、だぞ」
「あの愛宕がそんなことを言うなんて、ひょっとしたら大規模な作戦が展開されるのかもしれません……急ぎましょう提督!」
「ああ」
二人は島風を残して、早足で秘書艦室へと向かう。
「そうかな? なんだか楽しそうな声だったけど」
という島風のつぶやきは、二人の耳には届かなかった。
・ ・ ・ ・ ・ ・
秘書艦室に到着した八神大佐と高雄を出迎えたのは、満面の笑みの愛宕だった。
「見てくださいこの水着! 今年の新作水着です!」
愛宕が嬉々として見せてきたのは、V字型の水着であった。余計な装飾など一切なく、ただ肌を露出させ見せつけることだけが目的のデザインと言える。
「……愛宕。それで、非常に重大な案件というのはなんなんだ?」
「まさかとは思うけど、その水着未満の布切れを見せること?」
「いいえ、本題はこれからです。実は……」
愛宕は間を置いて、口を開いた。
「広報の任務が来ました! この水着を着て、広報用の写真を撮れとのことです」
八神大佐は思わず、この過激な水着を付けた高雄と愛宕を想像してしまう。
二人とも起伏の激しいスタイルだから、水着はあまり肌に密着せず、ほとんど裸のような状態になりはしないだろうか。
「提督、どうしたんですか? 想像しちゃいましたぁ?」
からかうように愛宕が聞いて来るが、八神大佐は無言で対応する以外の術しか思い浮かばなかった。
「そんな頭のおかしい水着で写真って……冗談よね?」
高雄はまさに、絶望という言葉が相応しい顔をしていた。
無理もない。真面目一辺倒な高雄からしてみれば、あんな水着を着ること自体拷問に等しい行為に違いない。
「冗談よぉ」
とてもにこやかに、愛宕は答えた。
「なっ……!」
「でも広報任務は嘘じゃないわ」
高雄はこめかみに青筋を立てて怒りをはき出そうとするが、愛宕はそれを遮る。
「でも、どうせまた写真撮影なんでしょ?」
「残念でした。今回はちょっと違います」
「なんなのよ。勿体つけないで言いなさい」
「うふふ。広報活動の場所は幼稚園で~す」
「幼稚園とは随分と年齢層の低い場所だな」
およそ軍事とは縁遠い場所のはずだ。艦娘の広報任務で、このような場所に行ったという話は聞いたことがない。
それとも、この泊地に何か関係があるのだろうか?
「幼稚園? 初めて行く場所ね」
どうも違うらしい。
「ところで、なんで俺と高雄を呼んだんだ?」
「そうそう。それなんですよぉ。実はこの任務、現地の司令官が実行するかどうかを決めていいらしいんです」
「つまり俺か」
「私はなんで呼ばれたの?」
「秘書艦の経験が長い高雄がいたら、提督の考えの助けになるかな~って」
頭が軽そうに見えて、愛宕はこういう所がある。物事の先を見通す眼、慎重さを持っている艦娘だ。
「ふむ……」
八神大佐は考える。
やって何か損がある任務、というわけではない。
だからこそ大本営も、こちらの裁量で任務を受けるかどうかを決める権限をくれたのだろう。
つまりこの任務の真意は、暇があれば現地住民の感情を良い方向に導いておけ、ということだ。
「愛宕と高雄の考えは?」
「私も提督に賛成で~す」
と、愛宕。
「そうですね。幼い子供達に、私たちのことを知ってもらうのは悪いことではないと思います」
高雄が続く。
「よし。決まりだな」
「では提督、こちらの書類にサインをお願いしますねぇ」
八神大佐は書類にサインをして、正式に任務を受けた。
いつも任務を受けるときは緊張する八神大佐であったが、今回はむしろ気楽であった。
所詮は子ども相手の任務。戦場で敵と戦うことを考えれば、むしろ休日に等しい。
艦娘達も、良い気分転換になるだろう。