かつては島の4ヶ所に村が点在していたが、現在では全ての村が統合され、人口約4000名の町となっている。
町の名は、
「しかしこんな僻地に人が住んでいるなんてな」
九五式小型乗用車、通称くろがね四起が整備されていない荒地を軽快に走破していく。
その車に、八神大佐と愛宕が乗っていた。
「提督は町に行ったことがないんですかぁ?」
運転席に座る愛宕は、危なげないハンドル捌きを披露する。
女性が運転するという姿に違和感を覚える八神大佐だが、愛宕の運転技術は申し分ない。
「行く機会が今までなくてな。君も行ったことがないらしいな」
「そうですねぇ。町までは距離がありますから」
たしかに車で片道一時間は、気楽に行ける距離ではない。
「それに一人で行っても面白くないですしねぇ」
「高雄と一緒に行けばいいじゃないか」
「無理ですよぉ。深海棲艦の脅威が少ないと言っても、重巡を二隻同時に休ませるなんてできません」
たしかに、愛宕の言うことはもっともだ。
もし戦闘が起これば、この二人は戦闘の要となるだろう。
高雄と愛宕の二人が動けなければ、残りは潮と島風と鳳翔の三人だけ。質的にも数的にも、不安は拭えない。
今日も本来なら島風か潮を連れて行くべきなのだが、生憎と長距離練習航海の予定が入っていて無理だったのだ。
「一人で寂しいんだったら、今度俺が付き合おうか?」
「あら、逢引のお誘いですかぁ?」
「そういうわけではない。ただ、君のことが知りたいだけだ」
「!?」
「うぉ!?」
ガタン! と車が大きく跳ねた。
おそらく大きな石でも轢いてしまったのだろう。
「ごめんなさい、提督。不注意でした」
「気にするな。この辺は道が荒れているからな」
大きな石は道のいたる所にあり、先ほどから愛宕はそれを見事に回避してきた。しかしそう何度も避けれるわけではないだろう。それに会話もしていたし、そのせいで集中力が削がれてしまったのかもしれない。
こんな荒地を運転中に、話しかけるのはマズかったかもしれない。
しかし流石の愛宕も今のアクシデントには驚いたのか、いつもの余裕のある表情が消えて真剣な顔つきになっている。
「あの……提督」
「なんだ?」
「……い、いえ、なんでもないです」
「そうか?」
それっきり、愛宕は黙ってしまった。
八神大佐も、愛宕の運転の邪魔をしないようにと、口を閉ざす。
そして車内は走行音に満たされ、微細な振動が揺りかごとなり、八神大佐の意識はゆっくりと闇の中に沈んでいった。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「提督、つきましたよ」
「……ん」
肩を揺すられて、意識が覚醒する。
「ここが、亜四里町か」
車窓の外に見える町並みは、北の果ての島とは思えないほどの活気に満ち溢れていた。
沿岸部の町らしく、港では魚の水揚げが行われている。
通りには飲食店、食料品店、雑貨店、洋裁店など、多種多様な店がある。裏通りには、娼館や賭博場もあるかもしれない。
「車はここに置いて行くしかないみたいですねぇ」
「ここからは歩きか」
通りは人通りが多く、車での通行は少し難しそうだ。
端の方に駐車して、八神大佐と愛宕は車から降りる。
「色々お店がありますねぇ」
愛宕はまるでお上りさんの様に、周囲に視線を走らせる。
「こんな町並みが珍しいのか?」
たしかに賑わってはいるものの、それは北の果ての町にしてはだ。
八神大佐が今までいた皇都の賑わいとは、比較にもならない。
「ん~珍しいというより、じっくり見ることって今までなかったからぁ」
「今までに、一度もないのか?」
艦娘となってからは激務でそんな暇もなかったかもしれない。しかし艦娘になる前、普通の人間だった頃にもないのだろうか。
「……そうね。一度も、なかったわ」
どこか遠くを見ながら、愛宕は呟いた。
「そうか」
何か壁のようなものを愛宕から感じ、八神大佐は追及を避ける。
人波の中を歩きながら、八神大佐は町の様子が気になった。
活気はあれど、どこか人々に脅えが見られる。
「無理もない、か」
深海棲艦の脅威は、沿岸部の人々にとっては身近な脅威だ。
いつ襲われるかもしれない恐怖は、人々を苛む。
しかし漁業で成り立っている町の住民が、海を離れては生計が立てられない。
「一日も早く、深海棲艦を一匹残らず撃滅しないとな……ん? 愛宕?」
ふと気づくと、隣を歩いていた愛宕が消えていた。
「愛宕! 何をしている」
しかしその姿はすぐに見つかった。青い軍服と、金色の髪は、人ごみの中でもすぐに見分けがつく。何よりも通りの人々の目線がチラチラと愛宕に注がれているので、すぐに探し出すことができる。
そしてその愛宕は、タイヤキ屋の前にいた。
「あぁん。ちょっと待ってください」
そして買い物を終えたのか、小走りで八神大佐の所まで戻ってくる。
「はい、どうぞぉ」
愛宕から渡されたのは、当然ながらタイヤキである。
「なぜタイヤキを……」
「タイヤキはお嫌いですか?」
「嫌いではない。だが今は職務中だ」
「もぅ。高雄みたいなこと言って……じゃあいらないんですか?」
「いらないとは言っていない」
食べ物を粗末にしてはならない。
八神大佐はそのままタイヤキにかぶりつき、三口で食べ終える。
餡子はこしあんで甘く、生地はカリっとしており、かなりの絶品と言える。
「もっと味わって食べたらどうですか? ん~美味しぃ」
尻尾からかぶりつき、愛宕は頬を緩ませる。
よほど美味しかったのか、あっというまに愛宕も完食してしまう。
「帰りにまた食べていきません?」
「食べ過ぎると余分な肉がつくぞ。それ以上肉がついたらどうする」
別段愛宕は太っているというわけではない。むしろ均整の取れた身体だ。
しかし愛宕はその豊満な胸部に加えて、身体全体の肉付きが良い。さらに170センチ程ある身長のせいで、やや大柄に見えてしまうのだ。
「つまり提督は、私が太っているとおっしゃりたいんですか?」
愛宕はこれ以上ないほどの笑顔を浮かべているが、心中は別物だということは、八神大佐にもよくわかった。
「あ、いや。別にそういうつもりでは」
失言だった。
確かに「太る」という単語を言われて、喜ぶ女性は稀だろう。
「気分を害したなら、すまない。謝罪する」
「じゃあ、手を出してください」
「手?」
言われるままに、右手を差し出す。
そして愛宕は、八神大佐の手を優しく握り、
「ぬっ!?」
瞬間、初めて愛宕と出会った日のことが脳裏で閃光のように思い浮かぶ。
八神大佐は渾身の力を右腕に注ぎ込む。
「あらぁ?」
「そういう悪戯は止せ」
「悪戯?」
「ま、また……その、自分の胸に、押し付ける気だろ?」
自分で言っていて、顔が熱くなってくるのがわかる。
「……えいっ」
「うぉ!?」
突如凄まじい力で引っ張られて、八神大佐は愛宕に抱きつく格好になってしまう。
「何をする!」
八神大佐は慌てて愛宕から離れる。
周囲の人の視線が痛い。
「さっきのお返しです」
「だから、それはすまなかった。愛宕、お前は別に太ってない」
「……そっちじゃないです」
「そっちじゃない?」
「ふふ。すっきりしました。さ、行きましょ」
愛宕は八神大佐の質問には答えずに、先を歩き出す。
訳が分からず、八神大佐は首を傾げた。
・ ・ ・ ・ ・ ・
目的の幼稚園は、お世辞にもあまり大きな施設ではなかった。
木造の一階建て。園児が50名も入れば一杯になってしまうだろう。
正直、軍からの命令で出向く規模の施設ではない。
いや、だからこそ。慈善事業としては恰好の相手なのだろう。
幼稚園に着いた八神大佐と愛宕は、職員や園長に挨拶をし、園児に何か話をして貰いたいと頼まれる。
そこで八神大佐は、深海棲艦の話をすることにした。
深海棲艦がいかに危険なのか、どれほどの害を人類に与えているのか。それを懇切丁寧に説明した。
「つまり深海棲艦は人類の共通の敵であり、すぐにでも滅ぼさなくてはならないのだ。わかったか?」
「「「「「「「わかんなーーーーーい!」」」」」」
甲高い声が、八神大佐に叩きつけられる。
できる限りわかりやすく説明したつもりだが、5歳に満たない園児には難しかったようだ。
だがわからないと言ってくれるのはまだ良い方で、半数以上の子供は愛宕と遊んでいた。
「おねえちゃんのかみサラサラー!」
「おっぱいおっきー!」
「ねぇねぇだっこしてだっこ!」
子供達は遠慮なく愛宕に抱きついたり、その髪を触ったりと、やりたい放題である。
愛宕の方はそれほど嫌ではないらしく、苦笑しながらも子供達の相手をしていた。
「ねーねーおねーちゃん。しんかいせーかんってなに?」
八神大佐の話を聞いた男の子が、不思議そうな顔で愛宕に質問をする。
「あらぁ。さっきお兄さんが言ってたでしょぉ?」
「よくわかんなかったー」
「あたしもわかんなかった。むずかしいことばっかりいうもん!」
それを皮切りにして、あちこちから「わからなかったー」という声が上がる。
「ん~それじゃあ、お姉さんがもう一回教えてあげるわ。みんなこっちに集合~」
愛宕の号令に、子供達は素直に従う。
「深海棲艦って言うのはね、人間を食べちゃうとっても怖~いお化けなの」
なるほど。お化けときたか。たしかに子供にはそちらの方がわかりやすいかもしれない。
「私達は艦娘って言って、そんな怖~いお化けと戦ってるの」
「じゃあすっごく強いの~?」
「ええ。と~っても強いのよぉ」
ほんわかと言う愛宕だが、その言葉に嘘はない。
単純な身体能力一つとっても、愛宕は普通の人間よりも遥かに強い。武器を持っていなくても、素手で人間を簡単に殺せる力を持っている。
「なんでしんかいせーかんって、あたしたちをたべちゃうの?」
実の所、深海棲艦がなぜ人類を襲うのかは明らかにされていない。
増え過ぎた人類を消すために地球が遣わした使者。海を汚す人類への警告者。どこかの国が作り出した、生物兵器。
様々な説はあるものの、未だに真相は不明だ。
もっともどんな理由があろうとも、人類を襲ってくる限り深海棲艦は滅ぼさなければならないのだが。
「そうねぇ……」
愛宕は少し考えて、
「ひょっとしたら、悪い人を食べに来てるのかもしれないわねぇ」
がおーっと大口を開けて、愛宕はお道化て見せる。子供達はその様子を見て大笑いし、愛宕も笑う。
その後、八神大佐と愛宕は1時間ほど子供と遊び、泊地へと車を走らせた。
「愛宕、さっきの幼稚園の話なんだが」
「はい?」
「深海棲艦がなぜ人を襲うのかという話。本当はどう思ってるんだ?」
先ほど子供に聞かせた話は、あくまでも子供向けに言った言葉だろう。八神大佐は、愛宕が本当はどう考えているのかを聞いてみたくなった。
「提督はどう考えてるんです?」
「俺か? 俺は……あの悪魔達が人を襲うのに、理由なんてないと思っている」
人類が何をした。仲間が一体どんな罪を犯したというのか。
海でもがき苦しみ、生きながら食われた仲間達。
どんな理由があろうとも、絶対に許すことはできない。必ず一匹残らず、海から消してみせる。
「私はさっき子供に言った通りですよ。悪い人を殺して、世界を平和にしてるんじゃないですか?」
「悪い人……? 殺されている兵士や、沈められた艦娘、無辜の民が、悪い人だと言うのか?」
「あらぁ。人間に良い人なんていますか?」
「悪い人間ばかりでもないと思うが。俺も悪い人間に入るのか? さっきの子供も悪い人か?」
少し意地悪な言い方だったかもしれない。
案の定、愛宕は口を噤んでしまう。
「……やめましょう。何を言っても、想像でしかないんですから。深海棲艦のせいで私たちの仲が険悪になるのは、バカらしくないですか?」
「そうだな。その通りだ」
しかし八神大佐と愛宕は、泊地に戻るまで一言も喋ることはなく、車内は気まずい沈黙で満たされてしまった。