青い眼をしたお人形   作:砂夜†

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第八話 愛宕との任務

 択捉(えとろふ)島。日本最北端に位置する細長い島で、単冠湾泊地はこの島の中部に存在する。

 かつては島の4ヶ所に村が点在していたが、現在では全ての村が統合され、人口約4000名の町となっている。

 町の名は、 亜四里(あしり)町。古くからこの地に住む先住民族の言葉で、『新しい』という意味なのだそうだ。

 

「しかしこんな僻地に人が住んでいるなんてな」

 

 九五式小型乗用車、通称くろがね四起が整備されていない荒地を軽快に走破していく。

 その車に、八神大佐と愛宕が乗っていた。

 

「提督は町に行ったことがないんですかぁ?」

 

 運転席に座る愛宕は、危なげないハンドル捌きを披露する。

 女性が運転するという姿に違和感を覚える八神大佐だが、愛宕の運転技術は申し分ない。

 

「行く機会が今までなくてな。君も行ったことがないらしいな」

「そうですねぇ。町までは距離がありますから」

 

 たしかに車で片道一時間は、気楽に行ける距離ではない。

 

「それに一人で行っても面白くないですしねぇ」

「高雄と一緒に行けばいいじゃないか」

「無理ですよぉ。深海棲艦の脅威が少ないと言っても、重巡を二隻同時に休ませるなんてできません」

 

 たしかに、愛宕の言うことはもっともだ。

 もし戦闘が起これば、この二人は戦闘の要となるだろう。

 高雄と愛宕の二人が動けなければ、残りは潮と島風と鳳翔の三人だけ。質的にも数的にも、不安は拭えない。

 今日も本来なら島風か潮を連れて行くべきなのだが、生憎と長距離練習航海の予定が入っていて無理だったのだ。

 

「一人で寂しいんだったら、今度俺が付き合おうか?」

「あら、逢引のお誘いですかぁ?」

「そういうわけではない。ただ、君のことが知りたいだけだ」

「!?」

「うぉ!?」

 

 ガタン! と車が大きく跳ねた。

 おそらく大きな石でも轢いてしまったのだろう。

 

「ごめんなさい、提督。不注意でした」

「気にするな。この辺は道が荒れているからな」

 

 大きな石は道のいたる所にあり、先ほどから愛宕はそれを見事に回避してきた。しかしそう何度も避けれるわけではないだろう。それに会話もしていたし、そのせいで集中力が削がれてしまったのかもしれない。

 こんな荒地を運転中に、話しかけるのはマズかったかもしれない。

 しかし流石の愛宕も今のアクシデントには驚いたのか、いつもの余裕のある表情が消えて真剣な顔つきになっている。

 

「あの……提督」

「なんだ?」

「……い、いえ、なんでもないです」

「そうか?」

 

 それっきり、愛宕は黙ってしまった。

 八神大佐も、愛宕の運転の邪魔をしないようにと、口を閉ざす。

 そして車内は走行音に満たされ、微細な振動が揺りかごとなり、八神大佐の意識はゆっくりと闇の中に沈んでいった。

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

「提督、つきましたよ」

「……ん」

 

 肩を揺すられて、意識が覚醒する。

 

「ここが、亜四里町か」

 

 車窓の外に見える町並みは、北の果ての島とは思えないほどの活気に満ち溢れていた。

 沿岸部の町らしく、港では魚の水揚げが行われている。

 通りには飲食店、食料品店、雑貨店、洋裁店など、多種多様な店がある。裏通りには、娼館や賭博場もあるかもしれない。

 

「車はここに置いて行くしかないみたいですねぇ」

「ここからは歩きか」

 

 通りは人通りが多く、車での通行は少し難しそうだ。

 端の方に駐車して、八神大佐と愛宕は車から降りる。

 

「色々お店がありますねぇ」

 

 愛宕はまるでお上りさんの様に、周囲に視線を走らせる。

 

「こんな町並みが珍しいのか?」

 

 たしかに賑わってはいるものの、それは北の果ての町にしてはだ。

 八神大佐が今までいた皇都の賑わいとは、比較にもならない。

 

「ん~珍しいというより、じっくり見ることって今までなかったからぁ」

「今までに、一度もないのか?」

 

 艦娘となってからは激務でそんな暇もなかったかもしれない。しかし艦娘になる前、普通の人間だった頃にもないのだろうか。

 

「……そうね。一度も、なかったわ」

 

 どこか遠くを見ながら、愛宕は呟いた。

 

「そうか」

 

 何か壁のようなものを愛宕から感じ、八神大佐は追及を避ける。

 人波の中を歩きながら、八神大佐は町の様子が気になった。

 活気はあれど、どこか人々に脅えが見られる。

 

「無理もない、か」

 

 深海棲艦の脅威は、沿岸部の人々にとっては身近な脅威だ。

 いつ襲われるかもしれない恐怖は、人々を苛む。

 しかし漁業で成り立っている町の住民が、海を離れては生計が立てられない。

 

「一日も早く、深海棲艦を一匹残らず撃滅しないとな……ん? 愛宕?」

 

 ふと気づくと、隣を歩いていた愛宕が消えていた。

 

「愛宕! 何をしている」

 

 しかしその姿はすぐに見つかった。青い軍服と、金色の髪は、人ごみの中でもすぐに見分けがつく。何よりも通りの人々の目線がチラチラと愛宕に注がれているので、すぐに探し出すことができる。

 そしてその愛宕は、タイヤキ屋の前にいた。

 

「あぁん。ちょっと待ってください」

 

 そして買い物を終えたのか、小走りで八神大佐の所まで戻ってくる。

 

「はい、どうぞぉ」

 

 愛宕から渡されたのは、当然ながらタイヤキである。

 

「なぜタイヤキを……」

「タイヤキはお嫌いですか?」

「嫌いではない。だが今は職務中だ」

「もぅ。高雄みたいなこと言って……じゃあいらないんですか?」

「いらないとは言っていない」

 

 食べ物を粗末にしてはならない。

 八神大佐はそのままタイヤキにかぶりつき、三口で食べ終える。

 餡子はこしあんで甘く、生地はカリっとしており、かなりの絶品と言える。

 

「もっと味わって食べたらどうですか? ん~美味しぃ」

 

 尻尾からかぶりつき、愛宕は頬を緩ませる。

 よほど美味しかったのか、あっというまに愛宕も完食してしまう。

 

「帰りにまた食べていきません?」

「食べ過ぎると余分な肉がつくぞ。それ以上肉がついたらどうする」

 

 別段愛宕は太っているというわけではない。むしろ均整の取れた身体だ。

 しかし愛宕はその豊満な胸部に加えて、身体全体の肉付きが良い。さらに170センチ程ある身長のせいで、やや大柄に見えてしまうのだ。

 

「つまり提督は、私が太っているとおっしゃりたいんですか?」

 

 愛宕はこれ以上ないほどの笑顔を浮かべているが、心中は別物だということは、八神大佐にもよくわかった。

 

「あ、いや。別にそういうつもりでは」

 失言だった。

 確かに「太る」という単語を言われて、喜ぶ女性は稀だろう。

 

「気分を害したなら、すまない。謝罪する」

「じゃあ、手を出してください」

「手?」

 

 言われるままに、右手を差し出す。

 そして愛宕は、八神大佐の手を優しく握り、

 

「ぬっ!?」

 

 瞬間、初めて愛宕と出会った日のことが脳裏で閃光のように思い浮かぶ。

 八神大佐は渾身の力を右腕に注ぎ込む。

 

「あらぁ?」

「そういう悪戯は止せ」

「悪戯?」

「ま、また……その、自分の胸に、押し付ける気だろ?」

 

 自分で言っていて、顔が熱くなってくるのがわかる。

 

「……えいっ」

「うぉ!?」

 

 突如凄まじい力で引っ張られて、八神大佐は愛宕に抱きつく格好になってしまう。

 

「何をする!」

 

 八神大佐は慌てて愛宕から離れる。

 周囲の人の視線が痛い。

 

「さっきのお返しです」

「だから、それはすまなかった。愛宕、お前は別に太ってない」

「……そっちじゃないです」

「そっちじゃない?」

「ふふ。すっきりしました。さ、行きましょ」

 

 愛宕は八神大佐の質問には答えずに、先を歩き出す。

 訳が分からず、八神大佐は首を傾げた。

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 目的の幼稚園は、お世辞にもあまり大きな施設ではなかった。

 木造の一階建て。園児が50名も入れば一杯になってしまうだろう。

 正直、軍からの命令で出向く規模の施設ではない。

 いや、だからこそ。慈善事業としては恰好の相手なのだろう。

 幼稚園に着いた八神大佐と愛宕は、職員や園長に挨拶をし、園児に何か話をして貰いたいと頼まれる。

 そこで八神大佐は、深海棲艦の話をすることにした。

 深海棲艦がいかに危険なのか、どれほどの害を人類に与えているのか。それを懇切丁寧に説明した。

 

「つまり深海棲艦は人類の共通の敵であり、すぐにでも滅ぼさなくてはならないのだ。わかったか?」

「「「「「「「わかんなーーーーーい!」」」」」」

 

 甲高い声が、八神大佐に叩きつけられる。

 できる限りわかりやすく説明したつもりだが、5歳に満たない園児には難しかったようだ。

 だがわからないと言ってくれるのはまだ良い方で、半数以上の子供は愛宕と遊んでいた。

 

「おねえちゃんのかみサラサラー!」

「おっぱいおっきー!」

「ねぇねぇだっこしてだっこ!」

 

 子供達は遠慮なく愛宕に抱きついたり、その髪を触ったりと、やりたい放題である。

 愛宕の方はそれほど嫌ではないらしく、苦笑しながらも子供達の相手をしていた。

 

「ねーねーおねーちゃん。しんかいせーかんってなに?」

 

 八神大佐の話を聞いた男の子が、不思議そうな顔で愛宕に質問をする。

 

「あらぁ。さっきお兄さんが言ってたでしょぉ?」

「よくわかんなかったー」

「あたしもわかんなかった。むずかしいことばっかりいうもん!」

 

 それを皮切りにして、あちこちから「わからなかったー」という声が上がる。

 

「ん~それじゃあ、お姉さんがもう一回教えてあげるわ。みんなこっちに集合~」

 

 愛宕の号令に、子供達は素直に従う。

 

「深海棲艦って言うのはね、人間を食べちゃうとっても怖~いお化けなの」

 

 なるほど。お化けときたか。たしかに子供にはそちらの方がわかりやすいかもしれない。

 

「私達は艦娘って言って、そんな怖~いお化けと戦ってるの」

「じゃあすっごく強いの~?」

「ええ。と~っても強いのよぉ」

 

 ほんわかと言う愛宕だが、その言葉に嘘はない。

 単純な身体能力一つとっても、愛宕は普通の人間よりも遥かに強い。武器を持っていなくても、素手で人間を簡単に殺せる力を持っている。

 

「なんでしんかいせーかんって、あたしたちをたべちゃうの?」

 

 実の所、深海棲艦がなぜ人類を襲うのかは明らかにされていない。

 増え過ぎた人類を消すために地球が遣わした使者。海を汚す人類への警告者。どこかの国が作り出した、生物兵器。

 様々な説はあるものの、未だに真相は不明だ。

 もっともどんな理由があろうとも、人類を襲ってくる限り深海棲艦は滅ぼさなければならないのだが。

 

「そうねぇ……」

 

 愛宕は少し考えて、

 

「ひょっとしたら、悪い人を食べに来てるのかもしれないわねぇ」

 

 がおーっと大口を開けて、愛宕はお道化て見せる。子供達はその様子を見て大笑いし、愛宕も笑う。

 その後、八神大佐と愛宕は1時間ほど子供と遊び、泊地へと車を走らせた。

 

「愛宕、さっきの幼稚園の話なんだが」 

「はい?」

「深海棲艦がなぜ人を襲うのかという話。本当はどう思ってるんだ?」

 

 先ほど子供に聞かせた話は、あくまでも子供向けに言った言葉だろう。八神大佐は、愛宕が本当はどう考えているのかを聞いてみたくなった。

 

「提督はどう考えてるんです?」

「俺か? 俺は……あの悪魔達が人を襲うのに、理由なんてないと思っている」

 

 人類が何をした。仲間が一体どんな罪を犯したというのか。

 海でもがき苦しみ、生きながら食われた仲間達。

 どんな理由があろうとも、絶対に許すことはできない。必ず一匹残らず、海から消してみせる。

 

「私はさっき子供に言った通りですよ。悪い人を殺して、世界を平和にしてるんじゃないですか?」

「悪い人……? 殺されている兵士や、沈められた艦娘、無辜の民が、悪い人だと言うのか?」

「あらぁ。人間に良い人なんていますか?」

「悪い人間ばかりでもないと思うが。俺も悪い人間に入るのか? さっきの子供も悪い人か?」

 

 少し意地悪な言い方だったかもしれない。

 案の定、愛宕は口を噤んでしまう。

 

「……やめましょう。何を言っても、想像でしかないんですから。深海棲艦のせいで私たちの仲が険悪になるのは、バカらしくないですか?」

「そうだな。その通りだ」

 

 しかし八神大佐と愛宕は、泊地に戻るまで一言も喋ることはなく、車内は気まずい沈黙で満たされてしまった。

 

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