アオキ「……というのが妻との出会いです」   作:ホネホネ

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初投稿しゃす


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社会人としてそれなりの年月を生きていくと、基本的に大きな事件や変化を望まなくなる。

少なくとも自分はだが、とアオキは付け足すように思った。

 

年齢を重ねていけば否応なしに変化はやってくるのだから、せめてその変化がやってくるまでは変わらない生活を維持していきたい。

そんな思考はアオキの中に常にあって、それゆえに彼の生活は基本的にルーチンの中で完結する。

 

起床、仕事、就寝。

サラリーマンとしての仕事、ジムリーダーとしての仕事、四天王としての仕事。

どれも無理のない範囲で三足の草鞋を履いている。履きこなしている、とまでは自分でも思ってはいないが。

 

とかく、そんなルーチンの中での生活を基盤としているとストレス発散も同時に衣食住の中で解消されるようになる。

それは例えば日々のファッションだったり、グルメだったり、インテリアだったりと身近なものに向けられることが多い。

 

アオキの場合はグルメだった。

とはいってもそこまで強いこだわりがあるわけではない。ただ日々の食事にかける比重が他のものよりやや高いというだけ。

せっかく食べるのなら美味しいものがいい。

たったそれだけの、誰でも思うようなことを同じように思っているだけなのだ。

 

それがどうにも、周囲からは食へのこだわりが強くてその点に関してのみ異様に偏屈だと思われているようだ。そんなことは決して無いのだけれど。

人を無理に付き合わせるのを好まないから結果的に一人で食事をすることが多いだけで、タイミングが合えば他人との食事だって嫌いじゃない。

 

少し話が逸れた。

とかく、少なからずグルメを趣味兼ストレス発散法としていることもあって新しい店を開拓することも好きだが、いつもいつも挑戦心を持っていられるわけではない。

そんなわけで、週の大半は行きつけの店である大衆料理屋『宝食堂』に向かう。

 

今日も今日とて営業の仕事を終えて、すっかり夜になった頃、アオキは『宝食堂』へやってきたのだった。

 

「いらっしゃい!アオキさん!」

肝っ玉という言葉が似合いそうな女将がキマワリのような笑顔でアオキを迎えた。疲れ切ったアオキに彼女の元気な笑顔は眩しすぎる。

 

目を細めながら、カウンターの左端、いつもの席に腰掛けた。

アオキが来ることが多い夜は、混雑していなければ大抵この席を空けておいてくれる。有難いことだ。

 

「今日はどうするんだい?」

「そうですね……かけ蕎麦で」

「はいよ!」

見ずともメニューは把握している。

席についてすぐに注文を終えると、店の中を軽く見渡した。

平日の夜ということもあってか、満席というほどではない。とはいえ『宝食堂』は元々団体旅行客を受け入れられるほどのキャパシティがあるため、完全に満席になるということ自体そう無いことではある。

 

ふと一人分席を空けた右隣に座る客に意識が向く。

端正な顔立ちの女性が眉間に皺を寄せてメニューを手に悩んでいる様子だった。その人はアオキが来店するより先にすでに座っていたが、その時からずっとメニューと睨めっこをしている。

 

『宝食堂』に通い詰めるうちに、会話をすることはなくともある程度他の常連客の顔はわかるようになってきているが、その女性は初めて見る人のように思う。この辺りの人ではなく旅行者だろうか、日常使いにしては大きいトランクケースが椅子のそばに置かれており、その上で彼女のポケモンなのだろう、小さなパモが体を丸くしていた。

 

「そちらのお客さんは注文決まりました?」

女将に声をかけられた彼女は「む、むむ、そうですね……」と言って顔を上げた。栗毛色の髪が肩口でさらりと揺れる。

 

「……では、焼き魚定食でお願いします」

「はいよ!」

相手が旅行者だろうが常連だろうが、こちらから気軽に声をかけるような質ではないから口にはしなかったが、アオキは彼女の選択を内心で(いいものを選びましたね……)と評価していた。

流通の要であるチャンプルタウンにはカラフ経由でマリナートタウンから新鮮な海鮮類が届くのだ。この店は本当に魚が美味い。

まあ、実際のところは肉も野菜もなんでも美味いのだが。

 

料理を待つ間、手持ち無沙汰にメニューを眺める。

その時ふと足元に何かが当たる感覚があって視線をそちらへ向けた。

 

「パメ」

「…………」

足元の違和感。

その正体はアオキの足首のあたりにグイグイと頭を押し付けてくるパモだった。

ふと見ると、隣の女性の鞄の上からパモが消えている。

なるほど、先ほどまでそこにいたパモがこの子なのだろう。

 

パモはアオキの視線に気がつくと、顔を上げてニパーッと輝く笑顔を見せてから再び「パメ!」と鳴き声を上げた。

頬をすり寄せたり、アオキの足の周りをくるくる歩いたりと懐いた様子を見せる足元の小さなポケモン。

珍しい……と思いながらされるがままグイグイされていると、右隣の彼女が気がついたのか、慌ててそのパモの首根っこをむんずと捕まえると抱き上げた。それから彼女はアオキへ体を向けると深々と頭を下げた。

 

「申し訳ありません。うちのポケモンがご無礼を……」

「いえ、お気になさらず。人懐こい子なのでしょう」

「……普段はむしろ見知らぬ人に近づくような子では無いのですが」

抱き上げたパモをうろんげに見つめる彼女に、アオキは自分が思っていたことを口にした。

 

「自分も普段はパモのようなタイプのポケモンに寄られることはありませんね」

「そうなのですか?」

「はい、ノーマルタイプ以外の初対面のポケモンにこうも懐かれたのは初めてかもしれません」

「……なるほど。それは多分、」

彼女が何かを言いかけた時、カウンターの向こうの女将が「お待たせ!」と元気な声でアオキのかけ蕎麦と、隣の女性の定食を置いた。

テーブルの上に置かれた暖かいご飯が目に映る。

 

その瞬間にアオキと女性は軽く会釈をすると、それまでの会話を打ち切ってすぐさま食事に向き合った。

出来立ての料理の前にするとそれ以外の全ては些事になるのがグルメのとくせいだ。

 

「いただきます」

「いただきます」

手をあわせてすぐに箸を手に取る。

冷めないうちに何者にも邪魔されることなく自分のペースで食事ができることこそが何よりの幸福だ。

明日が平日でなければ、一人酒でもしていたのに。

 

そうやって無言で食べ進める時間がいくらか経ち、食事も半分以上を終えたあたりの頃、隣の女性が女将へ声をかけるのが聞こえた。

 

「あの、すみません。追加の注文、いいでしょうか」

「はいよ」

横目に見た彼女の定食はほとんど食べ終えられていて、残りはいくらかの副菜と汁物が残っている程度だった。

デザートか、あるいはそれこそ酒でも頼むのだろうかと思いながら自分の食事を進めていると、彼女はメニューを手に女将へ言った。

 

「追加でステーキ定食をひとつ。あと、辛子おにぎりも二つ」

「パメ!パメパメ!」

「貴方も食べたいんですか?……すみません、辛子おにぎりは三つでお願いします」

「……ええっと、追加でステーキ定食……かい?」

「はい、あと辛子おにぎりを三つ」

指を3本立てた彼女に女将は目を丸くして、それからすぐに快活な笑顔を見せて「任せな!」と笑った。

彼女の膝の上のパモはぴょんぴょんと跳ねて喜びを見せる。

焼き魚定食を食べた後にステーキ定食、それからおにぎり二つ。

細身な見かけによらず健啖家らしい。

 

運ばれてきたステーキ定食もまたそれまで変わらないペースで美味しそうに食べ続ける隣の女性に、アオキは不思議と元気をもらえた……というと少し違うが、なんとなく気分が明るくなるような心地があった。

食べっぷりがいい人の食事を見るのが楽しいのはどういう心理なのだろう。

よくわからないけれど、彼女に倣ってアオキも定食を追加注文……とは流石に行かなかったが焼きおにぎりはいくつか注文した。

 

まあ、アオキが焼きおにぎりを食べている間に彼女はステーキ定食と辛子おにぎりを食べ終え、さらにカツ丼を追加注文していたが。

流石にそこまでは付き合えないので、焼きおにぎりを〆にアオキは席を立った。

 

「ごちそうさまでした」

「ありがとねえ!」

元気の良い女将の声を全身に浴びながら、レジへ向かう。

その最中、なんとなく振り返ってそれまで座っていたカウンターの方を見た。

 

視界に映ったのは、こちらのことなど一切気にすることなくカツ丼に向き合う女性と、彼女の頭のてっぺんに立ったままアオキに向かって「パメパメ〜」と笑顔で手を振るパモ。

パモと一瞬だけ交差した女性に向けて軽く会釈をしてから、アオキは今度こそレジへ歩き出した。

 

ただそれだけ。それだけの夜があった。

人生の中にはそういう他者に語るほどでも無いけれどなんとなく覚えておきたい心地の良い夜もあるものだ。

 

今はわからずとも、きっと大人になればわかるだろう。

 

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