アオキ「……というのが妻との出会いです」   作:ホネホネ

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「……ミヤコさん」

「はい」

「自分を訴える前にお話をさせていただきたいのですが、」

「いや訴えませんから!お気持ちはわかりますが、落ち着いてください。訴えるならお互いにお互いを訴えておあいこにしましょう!」

「ミヤコさんも落ち着いてください」

 

突然の嵐に見舞われた2人。

マリナードタウンのホテルになんとか泊まれたのだが、最大の問題が2人は1つの客室に泊まらないといけない上に、その客室がダブルルーム、つまりはダブルベッドの部屋であることだった。

 

フロントから渡されたキーを手に、2人は泊まる部屋へ行くためにエレベーターに乗っている。

これまでだって、2人隣に並んで歩いていたというのに、今は隣にいる互いの存在がやけに気になって仕方なくなっていた。隣の些細な身動ぎにやけに過敏に反応してしまう。

今の2人の間にあるのは、彼らがこれまでに培ってきた信頼関係や友愛を全部めちゃくちゃにするような妙な居心地の悪さだけだった。

 

2人はこの任務に関わってからそれなりに行動を共にしている。

コミュニケーションも取ったし、一緒にあちこち歩いたし、食事も共にしたし、深い意味はないが手も繋いだ。

しかし、同じ部屋で同じベッドで一夜を明かすのは流石に意味合いが変わってくる。

 

明らかに業務の範疇を越えていないか?

というか、いまこの時間を業務時間と捉えていいのか?

自分は別にいいが、相手はこの状況を本当は嫌がっているのではないか?

後々本当になんらかの何かで訴えられるのでは?

なんか昔見たAVがチラついて嫌すぎるな……。

 

2人はどちらも口にはしないながら、そんなことを考えてかなり困惑していた。

そしてなんとも言えない空気感のまま、やがて本日泊まる部屋のある階まで辿り着いた。

 

「行きましょうか……」

「はい、行きましょう……」

これからチャンピオンに挑むのか?というくらい神妙な顔で2人はエレベーターから降りた。

長い廊下を進む間も奇妙な沈黙は続いていたが、やがて今日泊まる部屋の前に2人が辿り着いた時、部屋の鍵を開ける前に意を決したようにミヤコが唇を開いた。

 

「……アオキさん、荷物を置いたら一度ひと気のある場所で落ち着いて話をしましょう」

彼女は隣に立つアオキの目を真っ直ぐに見ると言葉を続けた。

 

「私たちは一度互いの思考について腹を割って話をすべきかと思います。つまり、今の状況でどうあるべきか、どうしたいか、そしてなにをすべきか。その認識を合わせましょう」

「……そう、ですね。良いかと思います。……というより、有難い提案です。ぜひお願いします」

「あとちょっとお腹空いたので売店行きたいです。部屋に戻る時でいいので」

「あ、はい、それは同意します」

 

荷物を置いてから、2人はホテルのフロント階にある休憩スペースに向かうことにした。フロントならば常に誰かはいるし、環境音のために仮に沈黙が落ちてもそこまで気にならないはずだ。

 

閉じていた部屋の窓を開いたように、閉塞感のあった空気に変化が訪れたことによってそれまでの気まずさが薄れた感覚があった。

2人はそっと肩の力を抜いて、並んで歩き出す。

 

 

 

そうして、ひと気のあるフロント階の休憩スペースへやってきた2人は窓辺に置かれたカフェテーブルのそばの椅子に腰掛けた。テーブルを挟んで向かい合うように座って、それから2人顔を見合わせて黙り込む。

 

「…………」

「…………」

「まず何から話そうかと迷ってしまいますねえ」

「……そうですね。一体どこから進めていくべきか……」

「もしよかったら先に私がずっと確認したかったことから聞いてもいいでしょうか?」

「ああ、はい、構いません。助かります」

真正面から向き合ったまま、ミヤコは一度深く呼吸をすると覚悟を決めたような顔つきでアオキへ問いかけた。

 

「あの、アオキさん」

「はい」

「……ご結婚されていたりしますか?」

 

……ケッコン。ケッコン、血痕、けっこん?……結婚。

問われた言葉の意味をようやく理解したアオキは、けれど何故そんなことを聞かれたのかに思い至らないまま答える。

 

「……し、していません」

「婚約者や恋人は?」

「……それもいません」

吃るほど困惑したアオキがけれど素直に答えると、真面目な顔をしていたミヤコがホッとしたように胸を押さえて安堵の息をついた。

 

「ああ、それはよかったです。安心しました……。もしアオキさんがご結婚されていたりしたら、言葉通りの意味しかなくとも私と同じホテルに泊まることが不貞行為だと判断されかねませんから」

「ああ、なるほど……」

「すみません、探偵の視点としては同じホテルに入った時点で不貞の証拠になりかねないので、本来ならばホテルに入る前に確認すべきことでした。……私も少なからずパニックになっていたみたいです」

反省しつつも胸を撫で下ろす彼女へ、それこそとアオキは逆に問いかけた。

 

「ならば、むしろミヤコさんの方が大丈夫ですか?」

「え?」

「結婚や婚約をしていたり、恋人がいたりするのではないですか?」

問い掛ければ彼女は一瞬キョトンとした顔をすると、それならすぐにバッと顔を赤くして首を横にブンブンと振った。

 

「な、な、な、無いですそんなの全然。私はあの、昔から、そ、そういうのに縁はなくて、過去も現在も、全然恋人なんていたことないですから」

 

仕事として浮気調査の経験はあるらしいのに、そういった浮いた腫れたの話にはあまり耐性がないのか、ミヤコは露骨に赤面した。そんな彼女の言葉の一点が気になったアオキはふと呟くように繰り返した。

 

「……過去も、ですか?」

「はい、お、お恥ずかしながら……」

 

少し俯きつつうなづくミヤコに、アオキは反射的に肩を下げてホッとしてしまった。

……そうか、過去に恋人がいたことはないのか、と。

 

ロースト砂漠で話した時のあの儚げな笑顔は忘れられないが、断片的な情報で判断を出すのは早計だったのかもしれないと認識を改める。

……別に深い意味はない。元カレいなくてよかったとかそういうことじゃない。他人の過去など、無闇に詮索したり想像したりするものではないという自己反省の話だ。

 

「いえ、すみません、変なことを聞いて。ミヤコさんはお綺麗なので意外だなと思いまして」

安堵のあまりそんなことを口走ったアオキだったが、すぐに自分の発言に気がついてドッと冷や汗を流した。

ポカンとした顔でこちらを見ているミヤコと目が合う。咄嗟にテーブルにぶつけるのかというくらい深く勢いよく頭を下げた。

 

「申し訳ありません。訴えてください」

「いや訴えませんよ!じ、自分に厳しい方ですね……」

「……いえ、普通に不愉快だったと思います。失言でした」

「あ、あの、褒めてくださったんだと伝わってますからね。褒め言葉として、とても嬉しく受け取っていますから」

 

そういって彼女が嬉しそうに微笑むので、アオキはこの件についてはそれ以上は口を噤んだ。謝罪の結果、快く許されてしまったのだから、最早自分に何かを言う権利は無いだろう。

一度彼女へ感謝の言葉を伝えてから、アオキはアオキでミヤコに確認したかったことを言葉にする。

 

「自分の方からもひとつ確認したいことがあるのですが」

「はい、お願いします」

「現状、外は嵐でお互いテーブルシティにもチャンプルにも帰れません。泊まれる部屋は一室で、ましてやダブルベッドという状態です」

「そうですね」

「単刀直入に問わせてもらいますが、嫌ではありませんか?」

 

アオキは内心で渦巻く感情を隠したまま、普段通りの無表情でそんなことを問いかけた。微かに戸惑う色を瞳に見せたミヤコへ補足するようにアオキは続ける。

 

「もちろん、良いにしろ嫌にしろ、我々が同じ部屋に泊まることは避けられません。だとしても、お互いに出来る配慮はするべきですし、相互に譲り合わなくてはならないところはあるはずです」

せめて可能な限り、最善を尽くしましょう。

 

そう言ったアオキに、向かい合った彼女は驚いた顔をする。それから、ゆっくりと解けるように柔らかく微笑んだ。

 

「……アオキさんは良い人ですね」

「……そう、だといいのですが」

 

いつかも彼女にそう言われたような気がする。

己の本質がどうであれ、彼女にとってそう感じられたのならばアオキにとってはそれだけで十分な気がした。

優しさとは自分のためではなく他人のためのものだから。

 

「アオキさん、単刀直入に言いますと、」

「はい」

「私は少しも嫌ではありません」

 

彼女は微笑んでそう言った。

他人の嘘が見抜けるほどアオキは超人的な人間ではなかったし、ミヤコも単純で容易い人間ではない。けれど腹を割って話そうと言ったのは彼女だった。

だから彼女の言葉を信じる。

 

「ただ、一つだけ不安がありまして、」

「はい、なんでしょうか」

「多分、緊張はします。これは、その、アオキさんがどうこうというわけではなく、私が単に他人との同衾の経験が無いからだと思うのですが……」

 

(同衾……表現……)と思いながら「理解できます」とアオキは答えた。

 

「自分も同様の意見です。どれだけ理性的に信用していたとしても、睡眠中という無防備な姿を晒すことへ抵抗があるのは本能的なものでしょうし」

「そう、そうです。おっしゃる通りです」

ブンブンと首を縦に振る彼女へ、応えるようにうなづいてからひとつ提案をする。

 

「ですので、部屋の中でお互い1匹だけポケモンを出すというのはどうでしょうか。馴染みのポケモンがいれば緊張は薄れる気がします」

「いいですね、それでいきましょう」

 

グッと拳を握ったミヤコに力強く賛成される。

ふと目を向けた窓の外は、まだ夕方の筈なのに真夜中のように暗く、変わらず叩きつけるような雨が降り続いていた。止む様子はない。きっと当分この悪天候は続くだろう。

そんなことを考えていると、キュルルルとミヤコの方から腹の音らしい音が聞こえた。ミヤコはやや困った顔をしながら軽く会釈するみたいに頭を下げて、唇を開く。

 

「……失礼しました」

「いえ、お気になさらず。色々あって疲れましたから。夕食は売店で買ったものですかね」

「このホテルはレストランとかは無さそうですし、そうなりそうですね。売店で買って部屋で食べましょうか」

「そうですね。あと部屋に戻ってからですが、お風呂はどうしますか」

「え?別々に、では……?」

「ああ、すみません、入る順番のつもりで尋ねてました」

「……あ、あー……あー、アオキさん、私を訴えてください」

「いえ、しませんが……」

ミヤコは両手で顔を覆うと自身の勘違いを恥ずかしがっているのか、ゔゔゔゔ……と呻いた。

 

「お、お風呂ですが、アオキさん、お先にどうぞ」

「……つまり、ミヤコさんの後に自分が入る、ということですね」

「いえ、あの、ポケモンの技の方ではなくてですね……」

「はい、わかってましたが揶揄いました」

「……え?……へ?」

「自分の手持ちに毛繕いの必要な子がいるので、お風呂は後の方がありがたいです」

「え?あ、はい……」

「ほかにご相談はありますか?」

「だ、大丈夫です」

 

戸惑いながらも話の流れに釣られるようにうなづいたミヤコへアオキは「では、そろそろ売店に行きませんか?」と立ち上がって誘う。

すると彼女も慌てて椅子から立つ。それから動転していた心が少し落ち着いたのか、それまでの困惑の表情から少しムッとしたような表情に変えてジト目でアオキを見つめる。

 

「……アオキさんは存外悪いひとですね」

「ええ、あまり良い人間と思われるのも困りますので」

アオキがそう軽口を返すとミヤコは機嫌を悪くするどころか、むしろどうしてか嬉しそうな顔をした。

 

「……今のいいですね」

「え?」

「アオキさんのそういうところ、好きです」

「…………はあ、よくわかりませんが光栄です」

 

アオキには理由がよくわからないが、一転、機嫌を良くしたミヤコが「行きましょうか!」と軽快な足取りで同じ階にある売店へ向かって歩き出す。その小さな背中を見つめながら、アオキは自分の耳に触れる。

 

熱を持っていることが彼女に知られませんように。

内心でそう祈った。

 




あと数話ほどもだもだした動きの無い話が続きますが、それ以降は一気に崩れ落ちていく予定です。

全部で多くとも20話以内に完結予定です。
伏線回収忘れが無いかチェックのため更新がゆっくりめになるかと思いますが、よかったらもう少しお付き合いください。
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