アオキ「……というのが妻との出会いです」   作:ホネホネ

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売店で各自夕食等を調達する。

その途中、アオキはミヤコの分もまとめて払おうかと思い声をかけようとしたのだが、彼女が代えの下着を買物カゴの中に入れているのを見て、何も見なかったふりをし身を引いた。

 

「あ、アオキさん」

が、気が付かれた。

 

「……はい」

「部屋でソース焼きそば食べていいですか?匂いが強いので気になるようでしたら控えますが」

「大丈夫です。自分も焼きそばにライス入れてそば飯にしようと思っていたので」

「……天才?」

いそいそとライスを取りに行った彼女の背を見送る。

社会人の脳死メシが引かれることなくあっさりと受容された。割と彼女もこういうジャンクな食事に抵抗がないらしい。親近感を覚えながら先にレジへ向かった。

 

「豆腐砕いて醤油かけて飲むとか」

「買ってきたサラダを袋からそのまま箸で食べたりとか」

「本当に限界だった時は冷凍しておいたパンをそのまま齧ってましたね」

「ああ、加熱や加工ができる時はまだ余裕がありますよね」

「ね」

 

売店での話の流れで、過去に経験した社会人限界メシあるあるで盛り上がりながら部屋に戻る。

なかなかに盛り上がったが、この話題は最終的に「手持ちの子に怒られてやめました」で終わった。

 

敢えてギリギリの限界状態を保つことで集中力を高めようとしているだけで別に自分を蔑ろにしているつもりはないが、手持ちのポケモンからしてみれば一緒に住んでいる人間が狂いだしたようにしか見えないのだろう。

ポケモンたちの世話はまともに行っているからなおさら余計に。

 

閑話休題。

本日宿泊する客室に戻った2人はようやく落ち着いた状態で部屋の内部を確認することができた。

 

客室は入り口を入るとすぐ右手にユニットバスがある。入り口からそのまま真っ直ぐに進むとワンルームが広がっており、正面の壁は全て大窓で、部屋の右手には大人が2人眠るには十分な大きさのダブルベッドがある。

窓辺には1人がけのソファが2つあり、向かい合ったソファの間に円卓があった。

 

新しくはないが、清潔感のある客室。

大人2人が眠るだけなら十分過ぎる広さだ。

……逆に言えば、眠るだけの広さくらいしかないとも言えるが。

(……なんか、思ってたより狭いな)というのが2人の感想だった。

 

「……とりあえずポケモン出しますか」

「そうですね」

 

あまり大きなポケモンは出せないので、アオキは手持ちの中でも比較的小柄なネッコアラを出した。

ボールから出てきたネッコアラはベッドの上でまくら木を抱いたまま転がっている。夢現なこの子は何もしないだろうが、見慣れない空間に見慣れた手持ちポケモンがいるだけで少し安堵する。

 

ミヤコが出したのはメタモンで、メタモンは辺りを見渡したかと思うとテーブルの上にあったランプに変身した。かと思うと、アメニティのスリッパに変化したりする。

 

「……メタモン、大丈夫ですか?」

「知らない場所でかなり興奮してますね」

「そうなんですか」

「満足するまで変身し続けるので、それまでは放っておいてあげてください」

「わかりました」

寝たり変身したりとポケモンが好きに過ごしているので、人間も好きに過ごすことにした。

 

雑談しながら食事をしたり、気を遣いながら互いに入浴したり、相手が入浴している間に自分の手持ちに食事をさせたり、それらが終わった後はいつでも寝れるように就寝の準備をしておく。

そんなことをしているうちに互いを空気のような、とはいかないながらも最初の頃の緊張感も無くなってきた。

 

「……なんか意外となんとかなりそうですね」

「そうですね、案外落ち着いている自分がいます」

「やはりアオキさんが提案してくれた手持ちの子を出す案がよかったですね。ありがとうございます」

「いえ、それを言うならミヤコさんが最初に話し合いの場を設けてくれたのが大きいと思います」

「えへー」

 

案外途切れることのなかった会話によって、2人は窓の外の雨音が少しずつ弱まり始めていることに少しも気が付かなかった。

 

この場に自分では無い他人がいることに違和感を抱かなくなってきた頃、「すみません、ちょっとだけ明日の確認をさせてください」とミヤコが切り出した。

 

「明日はチェックアウト後に空飛ぶタクシーでセルクルタウンまで移動し、周辺のオリーブ畑を見れたらと思ってます」

「はい、セルクルにはジムがありますのでそこのジムリーダーにも話を通しましょう」

「助かります。流石に明日には密猟組織への依頼対象ポケモン確定の連絡も来ると思うので。というか来なかったら流石に私の方からリマインド入れます」

 

ソファに腰掛けたミヤコの膝の上にメタモンが様々なポケモンのキメラのような状態になって寝転がっている。

イビキをかいているから多分眠っているのだろう、メタモンを抱き上げるとミヤコはそっとベッドの上に寝かせた。

 

アオキも足元に転がっていたネッコアラのまくら木を拾ってテーブルの上に置く。当のネッコアラはアオキの左腕にしがみついたまま離れない。腕の抱きつかれたところだけがやけに温くて心地よかった。

 

2人はそれからいくらか真面目な仕事の話をし、それがひと段落したあたりで、ミヤコがテーブルに肘をついたまま、アオキへやけに真剣な顔を向けた。

……かと思うとこんなことを言った。

 

「アオキさん……」

「はい」

「……恋バナしません?」

「ミヤコさん」

「夜になってテンションが上がってきましたね。私も探偵から女へと羽化する時間です」

「ミヤコさん」

「今日の仕事おーわり!ベッドでパジャマパーティしーましょ!」

「ミヤコさん」

 

ソファから立ち上がったかと思うと勢いよくベッドに飛び込んだミヤコに、アオキは(疲れてるんだな……)と思った。

こんな時間まで仕事相手と仕事の話をしたのだ、無理もない。アオキはソファに座ったまま、ベッドに飛び込んでは寝ているメタモンにちょっかいをかけているミヤコへ言った。

 

「ミヤコさん、こんな時間までお疲れ様でした。今日はもう休みましょうね」

「いや寝ませんよ。恋バナしてないですし」

「独身恋人なし同士で何の話をするんですか。もうSNSで同級生の結婚報告見て傷ついた系の話しかできないでしょう」

「……アオキさん、トレーナーは相手の手持ちも見ただけでその為人が何となくわかるでしょう?」

「はあ」

「探偵は他人の好みのタイプを聞くとその方の為人がわかります。なんだかんだで色恋沙汰が人間をおかしくさせますからね」

「急にそれっぽいこと言い出しましたね……」

 

起こされたメタモンに嫌がられているが一切気にせず抱きしめるミヤコ。素のままの姿のメタモンに顔を埋めているが、メタモンの小さな手でペシペシと頭を叩かれている。

 

「で、アオキさんの好みのタイプは?」

「……好きになった人がタイプです。お疲れ様でした。寝てください」

「あ!逃げましたね!」

「逃げてません。本当です」

「じゃあどういう人を好きになるんですか?」

「……何でそんなことを聞きたいんですか?」

「へ?あなたのことが知りたいからです」

 

なにをそんな当たり前のことを?とばかりに首を傾げるミヤコに、アオキはうっかりグッときてしまった。

好意を寄せている相手から、あなたのことが知りたいなどと言われたらそこに他意がなくとも意識してしまうだろう。

とはいえ、なんだか自分ばかり勝手に一喜一憂しているような感覚になって、アオキは目を瞑って米神に手を当てた。

 

「……逆にミヤコさんはどうなんですか?」

「私ですか?」

「はい。人に聞くのなら、ミヤコさんにも答えていただかないと割に合わないので」

「ほう、私に興味がある、と?」

「今、割に合わないから、と言ったのですが」

 

ミヤコはケラケラと笑ってから腕の中のメタモンをベッドの上に下ろした。

それから「好みのタイプ、ですか……」と呟いてから、穏やかな表情で静かにアオキを見つめる。

 

「こんな仕事に就いていると、人の悪意を見ることが多いですからね!」

数秒アオキを見つめたまま黙り込んだかと思うと、ぱっと笑って彼女は明るく言った。

それから少し声のトーンを抑えて言葉を紡ぐ。

 

「……大きな野心を抱かず、身の丈にあった自分を良しとし、それでいながら自分にできることを精一杯やろうとする理性的で善良な男性がいらっしゃったら……きっとすごく好きになってしまうと思います」

そう言って口元に指先を当てて柔らかく微笑んだ。

 

「……はあ、なるほど。ですが、そんな方はなかなかいなさそうですね」

男というものは大抵、野心家で向上心があるものだろう。まして理性的で善良な人間などそういない。

そんなことを思いながら、アオキはぼんやりとした返事をした。

もし彼女の理想のタイプが自分からかけ離れていたらショックだっただろうと思うが、少し想像していた好みのタイプの回答とは異なったのでダメージは受けなかった。むしろ言われてもちょっとピンと来なかった。

 

さて、そんなアオキの様子をやや観察するように伺っていたミヤコだったが、アオキの反応が微妙だったからか少しヤキモキするような、なんともいえなさそうな表情を見せた。

ミヤコは変わらずよくわかっていなさそうなアオキの表情を見ると、腕を組み少し考え込むような顔を見せた。

先ほどまで手持ちのメタモンを起こして怒られていたとは思えないほど真剣な顔だった。

 

「……なるほど、『効果今ひとつ』と」

「え?」

「いえ、お気になさらず。こちらの話です」

「はあ……」

「続いて、猥談とかします?」

「しません。寝てください」

「そういえば、アオキさんがどういう人を好きになるか教えてくれてなくないですか?」

「…………普通の人がいいです。普通に会話が成立し、食事の好みが合い、一緒にいて落ち着ける方なら」

「…………」

「……ミヤコさん?」

「……あ、いえ、素敵だと思います!やはりそういう方が理想的ですよね!」

「……はい、そう、ですね……?」

「あ、すみません、ちょっとお手洗いに行ってきます」

「はい」

 

バッと立ち上がったかと思うと、ユニットバスのほうへ歩いて行ったミヤコの背を見送って、アオキは首を傾げる。

 

……なんだか、普段と様子が違った気がする。

いや、出会ってまだ数日なのだから、普段の彼女なんて知らないようなものなのだが。

それでも、感じる違和感にやはり彼女も疲れていたのかもしれないと思う。2人でいると仕事の話ばかりになってしまうのを気遣って、こんな話題を振ってくれたのだろうし。

 

……もしかしたらアオキの回答が思っていたものと違ってつまらなかっただけかもしれないが。それはそれで心にくるものがある。

 

そんなことを考えながらふと視線を戻すと、ミヤコのメタモンがアオキのいるテーブルに登ろうとしていたところだった。

変身していない小さな体では大変だろうと両手で抱き上げてやると、突然彼の手の中でメタモンがぐんにゃりと体を変化させ始める。

 

そして瞬きのうちに手の中のメタモンはカジッチュに変身を遂げていた。

 

「メュー」

「……どうしましたか?」

「メュ、メュー」

残念ながらなにを言っているのかはわからなかったが、機嫌の良さそうな鳴き声でぴょんぴょんと跳ねているのだから、悪い意味ではなさそうだった。

 

 

「すみません、さきほどは話の途中に失礼し………ミ゛」

少しの間を置いてからユニットバスから出てきたミヤコはアオキと、アオキの手の中にいるカジッチュに変身したメタモンを見て、変な鳴き声を上げた。

そのまま固まる彼女を見て、アオキはやはり疲れているのだなと思った。

当然だろう、今日は砂漠を越えたり嵐にあったりスケジュールが狂ったりと、本当にたくさんのことがあったのだから。

 

アオキは立ち上がるとミヤコのそばへ近づき、彼女へメタモンを──カジッチュの姿をしたメタモンを手渡した。

 

「ミヤコさん」

「ひゃ、はい……」

「あなたの明るく優しいところに助けられています」

「……あ、え」

「ですが、そうやってずっと気を遣っていては疲れてしまいます。今日はもうゆっくり休みましょう。明日も仕事ですから」

「……あ、ああ、はい。そ、そうですね!」

 

ミヤコはメタモンを受け取ると、相変わらずどこかぎこちない動きのまま、枕元にメタモンを置いてあげる。

かと思うと、本人はすっ転ぶようにベッドの端っこへうつ伏せに倒れ込んだ。それからモゾモゾとシーツの中に潜り込んでいく。

 

「……ミヤコさん大丈夫ですか」

「ええ、何もかもが大丈夫です。完璧です」

「……そうですか」

疲れると逆にハイになる人なんだなとアオキは思った。

 

それからアオキは電気を消して、彼もベッドの中に潜り込む。大きな1つのシーツを2人で共有するから、奪いすぎないように気をつけようと思う。

ミヤコに体が当たらないようにできるだけ端の方へ、真ん中にもう一人眠れそうなくらいぎゅっと端に寄って、瞼を閉じる。

 

「おやすみなさい」

「……はい、おやすみなさい」

 

 

暗くて雨と風の音ばかりが聞こえる小さな部屋の中で、2人はシーツに包まったまま息を潜めるようにしていた。

 

今夜ばかりは自分が眠れるかわからなかった。

それと同じくらい、起きていられるかもわからなかった。

 

緊張と心地良さは両立していた。筆舌難い感情だった。

あらゆる感覚は過敏になっていて、それでいながら疲労のためか体も頭も鈍麻しているような気がする。

この暗闇の中で隣へ話しかけたいような気がするのに、このまま何も言葉を交わすことなく朝を迎えてみたい気もしている。

相反するのに矛盾のない、そんな感覚を2人とも同じように感じていた。

 

窓の外の嵐の音。

自分以外の他人の気配。

手持ちポケモンの寝息。

馴染みのない寝具の感触。

身動ぎする度に聞こえる布擦れ。

思考。感覚。意識。呼吸。

 

自分の輪郭が消えていくような、予感。

ピリピリとしていた警戒心が、やがてゆっくりと溶けて消えていく。

硬く握っていた拳が、無意識にほどける。それだけ。

 

あとには2人分の穏やかな寝息だけが残った。

 

 

 

 

 

 

 

差し込む朝の日差しに、ゆっくりと目を覚ました。

一瞬自分がどこにいるのかわからなくなるくらいぼんやりとしていたのに、隣に誰もいないことに気がついた瞬間にハッとして意識が覚醒する。

 

半身を起き上がらせる。

無意識に誰かを探す。

辺りを見渡す。

瞳に映る。

 

キラキラと朝日が差し込む窓辺を背に、逆光になりながら彼女がそこに立っていた。

 

「おはようございます」

昨晩のことが何もかも夢だったみたいに、目を覚ます。

 

「密猟組織『アール団』へのミニーブの密猟依頼が完了したとの連絡がありました」

彼女は何を考えているのかわからないくらい綺麗に冷たい声で笑った。

 

「絶対に捕まえましょうね」

 

 

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