アオキ「……というのが妻との出会いです」   作:ホネホネ

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初日の夜はアオキとミヤコの見立て通り、何の事件も起こることなく無事に朝を迎えた。

 

不審な人影はおろか、そもそも夜のオリーブ農園にはまず人が立ち寄らない。近くの道を旅のトレーナーらしき人が通ったり、朝方に農園関係者が倉庫を出入りしたことこそあったが、それ以上の出来事は何もなかった。

 

2日目の日中も問題なし。

2日目夜間は翌日の仕込みのあるカエデが午前3時まで見回りに協力してくれたものの、やはり問題なし。

3日目の日中も同様に問題なし。

 

そうやって何事もない夜を繰り返してなお見回りを続ける彼らは、この穏やかな夜にいずれヒビが入る予兆を感じていた。

 

そして、事件が起こったのは3日目の夜だった。

事件が発生するまでの流れを順に追っていく。

 

その夜は日が落ちた頃から、それまでの見回りと同じようにアオキとミヤコのツーマンセルでセルクルタウンを見回っていた。

 

見回り、といってもぐるぐると回ってばかりではむしろハンター側にこちらの存在がバレてしまう。

そのため、基本的には閉店後の『ムクロジ』のカフェ最上階を借りてそこから街の周囲を確認、定期的にカフェを降りて農園を実際に足で見て回る、というルーティンにしていた。

 

併せて、手持ちのポケモンに協力してもらう。

アオキのムクホークと、ムックルに変身したミヤコのメタモンに街を上空から見回りをしてもらい、アオキのノココッチには農園の地面の下で待機をしてもらっていた。

 

 

 

「ミヤコさん、どうかしましたか?」

日は暮れたもののまだ街は明るく、眠る者のほうが少ない頃、2人は店でテイクアウトしたサンドウィッチを手に外のテラスで夕食を摂る。

 

その最中、アオキはテーブルを挟んだ向かい側に座るミヤコがやけに周囲を気にしていることに気がついて声をかける。警戒中であることを差し引いても、彼女の様子は妙だった。

アオキに声をかけられたミヤコは眉を下げながら「大したことではないのですが、」とアオキにだけ聞こえるように声をひそめた。

 

「……誰かからの視線を感じます」

「ハンターでしょうか」

「だとしたら一緒にいるアオキさんも感じると思います。そうではなく、私個人に向いているような気が……」

 

その言葉にアオキは咄嗟にストーカーの可能性を考えた。ここ数日、身綺麗な格好をしたうら若く可憐な女性が出歩いているのだ。この辺りの住人など、何も知らない者がその姿に見惚れて……という可能性もある。

だとすれば、常にそばにいるはずの自分が抑止になっていない事実が悲しいが。

思わず微妙な顔をするアオキに、ミヤコは苦笑しながら言葉を続けた。

 

「大丈夫ですよ、なんとなく心当たりはありますので」

「……本当ですか?」

「ええ、ありがたいことに私は地面タイプの子に好かれやすいので、農園のディグダたちからのものだと思います。これまでの見回りの時に何匹かに挨拶もしましたのでその縁でしょう」

 

ミヤコはそう言って微笑む。アオキは少し気になるところが無かったわけではないが、それ以上は深堀せず「続くようでしたら相談してください」と口にした。

ミヤコは笑って「ありがとうございます」と言って、サンドウィッチを食べ進める。彼女の気にしていない様子にアオキも食事を再開した。

 

ふと、アオキからの視線が外れたタイミングで、ミヤコはさりげなく街の方へ視線を向けた。アオキへ向けていた柔らかな表情が抜け落ちた冷たい視線でザッと周囲を見渡す。

その中に心当たりのある顔がいないことに気がついて、ミヤコは一瞬険しい顔をする。変わらず体に刺さる視線を受けながらも、何事もなかったように表情を戻してアオキに向かい合った。

 

 

その後、2人は見回りのルーティンを再開。

それからカエデはパティスリーでの仕事を終えた後、仮眠をとってから2人に合流した。それが0時過ぎのことだ。

 

「手分けして回りましょうか〜。私が街の周辺を回りますから、アオキさんとミヤコさんは東の方をお願いしますね〜」

「わかりました」

「カエデちゃんも気をつけてね」

 

オリーブ農園はセルクルタウンを囲むようにして広がっている。

街の周辺の農園はまだ目が届きやすい。だが、セルクル東側にある、街から郊外のポケモンセンターまでの間にある農園は街からやや距離があり、人目が届きづらい。

それ故に東側は前述した通り、機動力のあるムクホークとムックルに変身した2匹が上空から、隠密のできるノココッチが地面から見てくれていた。何かあれば彼らが連絡してくれる。

 

大きな異変は感じないまま、アオキとミヤコは薄暗い夜の道を並んで歩きながら農園を見て回る。

姿は見えないながら聞こえるコロボーシの特徴的な鳴き声を聞いたり、時折遠くで浮かび上がるゴースの姿を視界に入れながら、ミニーブたちの様子を確認する。

肝心のミニーブは草ポケモンらしく、日光の無い夜間ともなれば木のそばでウトウトと眠りについている個体が多い。

 

「おや」

ふとミヤコは立ち止まると、農園の柵に近寄ってそばにしゃがみ込む。

 

「君とは先日もお会いしましたね」

ミヤコは農園に住処にしているディグダにそう声をかけた。するとディグダは応えるようにキュー!と鳴く。

 

地面タイプに懐かれやすいという話は本当だったらしく、基本的に地中で過ごすことの多いディグダが顔を出して、もっと撫でろとばかりにミヤコの掌に自分の頭を押し付けている。

ミヤコはディグダを見つめながら微笑んだ。

 

「ふふ、ディグダを見てると子供の頃を思い出します」

「なにか思い入れがあるんですか?」

「ええ、カントーにはディグダばかりが生息する洞窟があるのですが、そこに住んでいるディグダたちがあまりにも可愛いものですからよく引っこ抜いて遊んでいたんです」

「……引っこ抜く……?ディグダを……?」

「ええ、私があまりにも毎日毎日通って引っこ抜くものですから、ついにはダグトリオも含めて徒党を組んで抵抗されました。まあ、全員引っこ抜きましたが」

「暴挙……」

「ふふ、私が何度ボールを投げても頑なに捕まってくれなかったあの子達、元気かな……」

「懐かれてないですよ。ディグダに天敵として認定されてるじゃないですか」

「今でもディグダを見ると引っこ抜きたい衝動に駆られますが、理性で耐えていますよ」

「なんでディグダ相手だとそんなになるんですか?取って食うんですか?」

「あら、後ろの子はご友人ですか?」

 

アオキからのまあまあの暴言をスルーしたミヤコはディグダの背後に隠れていたミニーブに気がついた。そう背丈の変わらない2匹は種類は違いながらもまるで兄弟のようだった。

 

そんなミニーブへミヤコが挨拶代わりに手を差し出す。

しかし、ミニーブはピャッと素早くその掌から逃げると、ミヤコの隣に立っているアオキの足にくっついて隠れた。

 

「……もしかして、地面タイプ以外にはそんなに懐かれないんですか?」

「そんなに、ですね。見ての通り」

「まあ、自分もノーマルタイプとか以外はそんなにですが、挨拶レベルで逃げられたことはあまり……」

「いやでも毒タイプとかもめちゃくちゃ懐いてきますからね。海辺にいたら水タイプのポケモンは離れていきますけどベトベトンとかめっちゃ来ますからほんと」

「……あの、はい、そうですか」

 

何故か強く主張するミヤコに何か言うのも憚れたので、アオキは相槌を打つにとどめた。

草タイプだがノーマルタイプも複合しているミニーブはアオキの右足の革靴の上に乗るとぴょこぴょこと飛び跳ねている。懐かれた、と思っていいのだろうか。

少し羨ましそうにこちらを見るミヤコの視線に気がつかないふりをしながら、アオキはミニーブへ「何かあったら我々を呼んでくださいね」と声をかける。

 

そろそろ見回りを再開しようかと、ディグダを一撫でしてから立ち上がったミヤコは、ふと街の方を見てから訝しげに眉を寄せる。

 

「……アオキさん。なんだか街の向こうのほう、明る過ぎませんか?」

「え?」

アオキはミヤコの言葉に街の方を振り返る。

彼の目に映ったのは、日を跨いだために明かりの減った街と、その向こう側、曇り空に反射してゆらめく橙色の光。

その光の中に黒い煙が混ざっているのが見えた瞬間、2人は理解する。

 

……火事だ。

 

瞬間、素早く降下してきたムクホークへアオキは腕を差し出す。アオキの腕を止まり木としたムクホークが急かすように鳴いて、確信を深める。

 

ミヤコの元に戻ってきたムックルに変身したメタモンも彼女の頭の上に降りるとそのまますぐにメタモン本来の姿に戻った。

ミヤコとアイコンタクトを交わしたメタモンはすぐにミニーブの姿に変身して、近くの農園の中へ向かっていく。

 

「ミヤコさん」

「はい、向かいましょう」

 

先導するムクホークを追うように2人は走り出す。

これが長い夜の始まりだった。

 

 

 

 

 

街の北側の農園内部で発生していた火災は、2人が現場に辿り着いた時には想像よりも大きなものになっていた。

農園の中で並んで生えていたオリーブ木が2本、真っ赤な炎に包まれている。

5メートル以上はあるオリーブの木が炎に包まれる様はさながらウィッカーマンのようで、それを目の前にした人間を怯ませるには十分なものだった。

 

街近くで発生した火災ということもあって、深夜ながら不安を感じた住民たちが集まりつつある。近づくだけで感じる炎の熱に目を細めながらも、アオキは住民たちへ下がるよう声をかけた。

 

「カエデちゃん!」

「……!ミヤコちゃん……!」

ミヤコは先に現着して消火活動の指揮を取っていたカエデへ駆け寄る。それまで気丈に振る舞っていたカエデも、助けに来た友人の姿に安堵したように表情を緩めた。

 

「現場の状況は?」

「私が街の南側を回っていた時に「火事だ」って声が聞こえたの〜。私が来た時にはもう火の手は今くらいまで大きくなってたわ〜。今は農園の方達に協力してもらって、ホースでの放水をお願いしてるところよ〜」

「水ポケモンに協力をお願いできたりする?」

「土地柄この辺りにはいなくて、手持ちに持っている住民の方も少ないの〜。私の手持ちも虫ポケモンたちばかりだし……」

「炎は相性が悪いね……」

 

ミヤコはパチパチと音を立てて燃える炎を前に、ポケットの中でモンスターボールを転がしながら逡巡する。

 

(こんなことならソネザキ先輩に預けないで、手持ちの子みんな連れてくればよかった……)

正直嫌な予感しかしないが、何よりも優先すべきは消火活動だ。

相棒であるランちゃんは戦闘・制圧向きであって、このような状況で活躍できる子ではない。だが、水ポケモンがいない現状を打破するには彼女の力を借りるほかないだろう。

 

ミヤコがポケットから取り出したボールを構えようとした、その時、不意に彼女の足元に何かが当たった。

 

「……君は、」

 

反射的に足元を見たミヤコの目に映ったのは、先ほどまで東の農園で挨拶を交わしたあのディグダの姿だった。

いつから一緒にくっついてこの場所まで来ていたのかわからないが、ミヤコの靴へ向かってゴンゴンと頭をぶつけてアピールをする。

ミヤコの視線に気がついたディグダは顔を上げるとキュー!とやる気に満ちた声を上げた。

それだけでこの子が伝えたいことを察したミヤコは一瞬驚いたように目を丸くして、それから微笑んだ。

 

「……炎の苦手なミニーブは君の友人でしたね」

「キュ!」

「もう二度とディグダを引っこ抜くイタズラはしないと誓います。どうか、お仲間と共に力を貸してくれますか?」

「キュ!キュー!」

ディグダはやる気満々の声を上げると、これまで掘り進んできた地中の穴に潜り込む。そしてその穴の中で仲間たちへ向けてSOSの鳴き声を上げた。

 

次の瞬間、火災現場近くの地面から次々とたくさんのディグダたちが現れる。

ミヤコは彼らのそばに膝をつくと微笑んだ。

 

「皆さん、炎に向かってすなかけやどろかけをお願いします。火傷をしないように、炎からは距離をとってくださいね」

 

そう声をかけた途端、ディグダたちは一斉に炎へ向かって地面技を繰り出した。そこまでレベルの高くないディグダの攻撃は1匹だけならばそう効果はなかっただろう。

しかし何十匹ものディグダが一斉に繰り出す技は確かに木の根元の炎を弱まらせていた。

 

「カエデちゃん!放水した水がディグダたちに当たらないよう指揮をお願いしていい!?」

「任せて〜!」

「アオキさん!ノココッチの協力って頼めますか!?」

「はい、今呼び戻しています」

 

燃え盛るオリーブの木の向こう側で、農園の人々が放水の準備を進めているのも見える。

そのままいけば消火活動は問題なく進められるだろう。

 

ならばこの状況で探偵である彼女が考えなくてはならないのは「誰がどうしてこのタイミングで火事を起こしたのか」だ。

 

ミヤコは咄嗟に周囲を見渡した。

燃え盛るオリーブの木、現場の指揮を取るカエデの姿、ムクホークをそばにノココッチを呼び戻して指示を出すアオキ、放水を開始し始めた農園の人々、不安そうに火災を見つめる住民たち。

 

そしてそれを視界に入れた瞬間、ミヤコはこれまでに見聞きしてきた点が線で繋がるのを感じた。

 

そしてそれは彼女にとって、大きな失態に他ならなかった。

 

(やられた……!馬鹿か私は……!)

思わず叱咤するように自分の頬を叩いたミヤコはアオキへ向かって叫んだ。

 

「アオキさんはカエデさんと消火を!私は犯人を追います!」

焦りを滲ませた顔で駆け出すミヤコを見て、一抹の不安を感じたアオキは咄嗟に彼女の名前を呼んだ。

 

「……っ、待ってください!ミヤコさん!」

振り返ることなく背を向けて走っていくミヤコへ届かない手を伸ばしながらアオキは逡巡した。

 

彼女が言っていた犯人とはハンターのことなのか?一体どこへ向かったのか?何がわかったのか?

……彼女を、このまま1人にしていいのか?

 

迷い、惑い。

それが一瞬アオキの思考と足を止めた。

 

その瞬間だった。

足元のノココッチが尻尾でアオキの脛を叩き、ムクホークが嘴でアオキの側頭部をつつき、カエデが「アオキさん!」と大声で叱咤したのは。

 

「おぐぅッ……!」

ハイパードリルを繰り出すノココッチの立派な尻尾で脛を叩かれたアオキは思わず呻き声を上げて患部を押さえながらしゃがみこんだ。

 

え?いった。え?痛すぎる。なに?死?泣く。成人してから感じたことがないくらいの激痛だった。骨砕けた?

 

歯を食いしばって呻くアオキにカエデから更に声が飛んだ。アオキのそばに寄り添うノココッチもぴょんぴょんと跳ねる。

 

「アオキさん〜!なにを蹲ってるの〜!ミヤコちゃんを1人にしたらダメでしょう〜!」

「ノノココー!」

「エ゛、あ、いえ、好きで蹲ってるわけでは……」

「早く走って追うのよ〜!」

「ノッココー!」

「え、あ、はい、走りたいのは山々なんですが……」

 

走れ走れと急かすノココッチがしゃがみ込むアオキへ叱咤するように鳴き声を上げる。

 

……ノココッチ。いや、ノココッチがミヤコさんに懐いていて彼女が心配なのはわかっているが、今自分が蹲っているのは他でもないノココッチから受けた脛への叱咤のためだった。え、まだ痛い。骨捥げた?泣きそう。

 

流石に不憫がったムクホークに優しく羽根で背中を撫でられるが、しかしノココッチやカエデの言う通りではある。

 

アオキはミヤコがああ見えて冷静な人ではないことを知っている。彼女は意外と気が短くて、せっかちだ。

けれど同時に、それが彼女の正義感や真面目さから来ていることもわかっている。彼女の性質だ。悪いことじゃないし、構わない。

だから自分がフォローに入ろうと決めたのだ。

彼女が崩れ落ちないように支えたいと思ったのは他でもない自分だから。

 

激痛に耐えながらアオキは立ち上がる。ふらつく。

ノココッチの応援の鳴き声とムクホークの心配の目を受けながら、大地を踏み締める。

 

「ノココッチはここで消火活動の手助けを、ムクホークは上空からミヤコさんを探してください。追います」

炎の方へ向かうノココッチと飛び立つムクホーク。

それからアオキは顔を上げて、カエデを声をかける。

 

「カエデさん、ここはお願いします」

「ええ、任せて〜」

 

炎と相性が悪かろうが、彼女は『ムクロジ』という一国一城の主であり、この街を守るジムリーダーなのだ。

カエデは気丈に笑顔を見せて、駆け出すアオキを見送った。

 

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