走る。走る。走る。
私はひと気のないセルクルタウンの中を、前を走る人物を追って走る。
あともうちょっとでわかりそうだった問題が結局わからなくて、答えを見てしまった時のような感覚だった。つまりは自分への落胆。
思えばヒントはあちらこちらに散乱していて、あとは組み立てるだけだったのに。
安楽椅子、とはいかないのが人生だ。
そもそも探偵といったって、近所の迷子になったニャースを探すくらいのそんなごく普通の探偵でいられたらそれでよかったのに。変わり映えのない退屈な日々を消費し続けるだけでよかったのに。
なんでこんなところまで来て、放火魔を追ってるんだろう。
なんでこんなところまで来て、アール団とかいうダサい名前の犯罪組織を捕まえようとしてるんだろう。
私の人生、どこで狂ったんだろう。
Gメンになった時?ラジオ塔の事件のせい?コガネシティの探偵事務所にお世話になったから?そもそも探偵なんかになろうとしたから?8個目のバッジを手に入れられなかったから?レッドくんとシルフカンパニーに乗り込んだから?そもそもトキワシティから旅に出たところ?初めてランちゃんを抱きしめた時?おじさんと出会った瞬間?それとも私が生まれた時点で?
多分どの地点でもなくて、どの地点でもある。
どこか一点で過ちを犯したんじゃなくて、きっとこれが正しいと、きっとより良い明日が来ると信じて選んだ選択の結果結果の積み重ねの果てに今があるだけ。だから何一つとして間違いじゃなくて、何もかもが全部間違いだったんだろう。人生は結果論だから。
硬い地面を踏み締めて走る。速度は出ない割に息が上がる。じわりと脇腹が痛んできて、年齢を感じる。年齢というか、運動不足か。日々の堕落した生活を反省。
しかし足を止めることなく私の数十メートル前を走る人影を追いながら、見つめる。
思えば確かに、犯人はあなたしかいないよね。
……まあこれも結果論なんだけど。
アオキさんがいなければ私が『ハイダイ倶楽部』で食事をしようとしなかったように、カントー地方から来ているアール団がまともにパルデアの地理やポケモンの生息地を把握できるわけもないのだ。
アール団にはパルデアでの協力者がいた。
いざという時に容易く切り捨てられるような協力者を利用することで、ゴホっ、ゲホ、グェ……。咽せる。体力のなさが骨身に沁みた。若い頃のように駆け回るのはもう難しい。馬鹿みたいにディグダを引っこ抜いていた頃の体力を分けて欲しい。
とにかくもう体力が限界だった。追いかけっこはもうやめよう。負けるかもしれない。それは困る。私1人だけの問題ではないから。
ポケットの中のモンスターボールを手に取る。
そしてそれを前を走る人影の向こう側へ思いっきり全力で投げる。逃走者を背後の私と正面のランちゃんで挟み撃ちにできるように。
投げたボールはなんとか想定通り、人影の前に落下して開く。
前を走る人影は突然現れた怪獣のようなポケモンに怯んで思わず立ち止まった。
走り続けて、場所はいつしか街を抜けて、東側の農園まで来ていた。
……目立つランちゃんが出ても、メタモンが私の元に戻ってこない。つまり、そういうことだろう。
ふらつく脚を叱咤しつつ、歩きながら息を整える。
「……こんばんは、今日も夜のお散歩ですか?」
私はちっとも疲れてません、これからバトルもいくらでもできますよ、という顔で人影へ近づく。
こういうのは虚仮おどしでいい。相手からまるで余裕そうに見えてればいいのだ。
鋭い牙や爪、ツノを持った大きく見慣れないポケモンを前に人影は怯えてここから逃げる意志を失っている。
ランちゃんは他の個体より大きいし、見た目でわかりやすくタイプが判断できる子でもないから、初見だと足がすくむだろう。
立ち止まった人影へ向かって私はゆっくりと歩いて近づく。
「対組織犯罪捜査官のミヤコと申します。……身分証と手持ちのポケモン、見せていただいてもいいですか?」
そう声をかけた私に、前の人影は振り向いた。瞬間、目が合う。
点々と置かれた街灯の灯りに照らされたその顔はやはり見知った人のものだ。
……目の前にいたのは、カラフシティの『ハイダイ倶楽部』で出会ったあの従業員の男性。
カラフシティで起こった火災を初期の段階で見つけて、大規模になる前にハイダイさんを呼んだ立役者。
それも今回同様に、自作自演だったのだろう。
振り返った男性の瞳には恐怖と焦燥が映っている。捕まる前の犯人は大体こんな顔をしているが、たまに違う色の感情があると面倒だ。
例えば、抵抗、とか。
「くそッ!いけっ!ヒノヤコマ!」
男が投げたボールから出てきたのは炎タイプのポケモン、ヒノヤコマ。放火はこの子に指示したのだろう。放火の罪と、犯罪にポケモンを利用した罪。眉間に皺が寄る。
ボールから出てきたヒノヤコマは私の方を向いていて、トレーナーである従業員が指差す先は私だった。
つまり、攻撃先は私だ。
バトルをランちゃんに任せるべきか考えたが、下手に指示するとランちゃんはヒノヤコマより先にトレーナーの方へ攻撃しそうだった。
あの子はいつだって私を守ろうとしてくれるから。けれど、同時にあの子は何かを守ろうとする時の方が危ういことも知っている。
「ヒノヤコマ!ニトロチャージ!」
「ランちゃんステイ!ステイだからね!ステイ!」
人間に向かって攻撃をするのに、ヒノヤコマは一瞬戸惑うような動きを見せたが、トレーナーの指示ということもあってやがて炎を身に纏い始める。
そして、強く威嚇するような鳴き声を上げたかと思うと、炎を纏ったまま私に向かって突進してきた。
ので、素早く地面に向かって前転をするようにして避ける。避けた動きの勢いのまま、足で地面を蹴って起き上がり駆け出した。
私の背後に飛んでいったヒノヤコマは無視して、正面に立つトレーナーに向かって全力で走る。
そしてフィニッシュとばかりに全力疾走の勢いのまま、握った右の拳で男の頬を撃ち抜いた。
「ゴヘッ」
「ランちゃん!ヒノヤコマにいわなだれ!」
男の背後にいたランちゃんと合流して、そのままバトンタッチ。崩れ落ちる男を慌てて支えた私の横を通り過ぎたランちゃんは私の背中を守るように立つとヒノヤコマへ向かって攻撃をした。
ただでさえ練度が違う上に相性の悪い攻撃を受けて、ヒノヤコマは一発でダウンする。一度大きく羽を羽ばたかせたかと思うと、ゆっくりと地に落ちるヒノヤコマを確認してからランちゃんに声をかける。
「ランちゃんナイス最高大好きごめん後ですごい撫でる」
素早く相棒をボールに戻した。この土地ではあの子は少し目立ちすぎるのだ。
私はトレーナーをうつ伏せに地面に倒すと手首を強く掴んだ。
「意識はありますね。これから私がする質問に嘘偽りなく答えてください」
トレーナーを地面にうつ伏せにし、彼の両腕を背中に回した状態で押さえつけた。呻き声が聞こえるが、油断することなく腕を固める。
本気で抵抗されたら女の私など容易く逆転される。そうするとランちゃんを出すしかなく、ランちゃんを出すとこのトレーナーがグチャとかメキッとかそういう感じになってしまう。
フーと一度息を整えてから、口を開いた。
「あなたは密猟組織アール団の協力者ですね?」
男は地面に片頬をつけたまま、焦りを滲ませた顔で体をばたつかせた。押さえつける私の手にも力が入る。
「抵抗はしないでください。料理人の手を傷付けるのは本意ではありませんが、指を折るくらいのことはしますよ」
「……ちがうぅ」
男は呻くようにそう言って首を振った。その顔をじっと見つめながら再度問いかける。
「……アール団の協力者ではない、という意味ですか?」
男は答えなかった。否定したいのはその問いかけではないようだ。……だろうな、と思った。
私は自分が導き出した結論を男へ話しかけるように伝える。
「……理由はわかりませんが、あなたはアール団の協力者となったのでしょう。そして奴らへパルデアの地理やポケモンの生息地などの情報を提供した。今回の火事も協力行為ですね。街の近くで火災を起こすことでジムリーダーをはじめとした住民の目をそちらへ向けて、その隙にアール団が悠々と密猟を行った、と」
溜息をついた。
野次馬の中にカラフシティの従業員を見た瞬間にようやくこの繋がりを理解したのだから、私も頭の回転が遅い。
まったく、まんまとしてやられたというわけだ。
実際このあたりを見回してもミニーブをはじめとしたポケモンたちの姿が見えない。鳴き声さえ聞こえない静かすぎる夜。
ミニーブは捕まり、他のポケモンたちも怯えて逃げてしまったのだろう。まして、ミニーブたちの友人であるディグダまで私が火災現場まで連れてきてしまった。ハンターに捕まる時、ミニーブを守るものは何もなかったのだ。
認識を違えたこと。
判断を誤ったこと。
……すべて、私のせいだ。
今すぐ脳内反省会を開いて自分をボコボコにしたいところだったが、事件はまだ続いている。目の前の事象に集中しなくては。
そう思っていた時、押さえつけていた男が震える声で言った。
「ち、ちがう、し、仕方なかったんだ……」
「……私は裁判官ではないのですが、聞くだけ聞きましょう」
男の言葉に視線を下げる。今すぐ首根っこを掴んでアール団のハンターがどこへ逃げていったか聞きたいところだったが、焦燥するその様子からしてこちらが聞いて答えてくれるか微妙なところだった。聞くよりも相手に話させた方が早いかもしれない。そう思って話を促す。
「こ、子供がいるんだ。病気で、治療に大金がいる」
「……なるほど、アール団から取引を持ち込まれたんですね。協力すれば大金を渡す、と」
目を強く瞑る。深く息を吐く。自分の心を落ち着かせる。探偵たるもの、感情のコントロールくらいできないとダメだ。
自分の短気さは理解しているつもりだったから、今すぐこの男を殴りつけたくなる気持ちを必死に抑えて冷静な声を出そうと努力する。
「そ、そうだ……だから仕方なく……」
「……そう、仕方なく。仕方ないですよね、お子さんを助けるためですもんね」
「ああ!そうなんだ!だから、何も悪いことなんて……」
していない、と言えなかったのが男の良心だろう。
わかっている。この人は追い詰められていて、そんな人に話を持ちかけた犯罪者のほうが悪いんだって、わかっていて、わかっているのに腹が立って仕方なかった。脳裏にフラッシュバックする。檻の中で糞尿に塗れたまま痩せ細って死んでいた子の姿や、研究室で放置された死体の腐臭が蘇る。嘔吐する私の声に気がついて研究室に入ってきたロケット団の人間から私のことを匿おうとポケモンの死体に変身してくれたボロボロのメタモンのこと。死体の中に埋もれて吐瀉物に汚れた手で必死に声を出さないように口を押さえていた時のこと。
……見てきた残酷なものすべてが、大好きだった人によるものだったと知った時のこと。
「……でも、あなたは大人、でしょう?こんな悪い方法で、子供を助けて、それでいいんですか?」
引き攣る喉で言葉を発した。
「本当に、自分は悪くないって、仕方なかったって言えるんですか……?」
「やめろ!……おねがいだ、やめてくれ……だって、大事な、たった1人の息子なんだ!助けるためだから、仕方なかった!仕方なかったんだ……!」
……悪いことをするくらいなら、優しい顔を見せないで欲しかった。あなたのすべてを知った子供が何を思うのか考えて欲しかった。ねえ、私はそれにさえ値しなかったの。どうして信じさせたの。どうして優しくしたの。あなたみたいになりたかった。なにも知りたくなかった。あなたが私にくれた優しさも期待も言葉もポケモンも、そのすべてを疑った。いずれ辿り着くだろう己の未来に怯えた。あなたみたいになりたいと憧れた私はいつかあなたみたいに成り果てるの?違う、そんなことを望んだんじゃない。あなたみたいに強くて優しくてかっこいいトレーナーになりたかった。ただ、それだけなのに。
大好き。大嫌い。
今も心の底から大好きで、殺したいくらい大嫌い。
……だからきっといつかあなたの息子も全てを知った時にそうなるだろう。
あなたを憎み、自分を呪う。私のように、成り果てる。
だから、震えながら言葉を紡いだ。
「……なら、いつかその汚れた金で元気になったお子さんにあなたは言えばいい。何も悪いことなんてしてない。お前のためにたくさんのポケモンが酷い目にあって、自分もたくさん犯罪を犯して、たくさんの人を騙して嘘をついたけど、全部全部お前のためだったから仕方ないって!だから何も悪くないって!お前のためだって!お前のせいだって!そう言ってやればいい!できるものなら言ってみろ!!」
怒りに体が震える。頭の中が熱くなる。全身が熱を持って、目の前の男をめちゃくちゃに殴りつけてやりたくて仕方なかった。
怒りで頭がおかしくなりそうだった。怒気をもった瞳で男を射抜く私を、つられて同じ熱を帯びたような瞳で男が私を睨み返す。人には一人一人立場と苦しみと悲しみと絶望があってそんなの他人にわかるわけがなくてそんなこと全部わかっててなにもかもどうしようもないんだってわかってるのに私たちはお互いを憎悪するみたいに口を開いた。
どうせ何も知らないくせに!
何も解ろうとなんかしないくせに!
「お前なんかに!」
お前なんかに!
「俺の!」
私の!
「なにがわか、」
なにがわか、
「2人とも、そこまでにしましょう」
その時、場違いなくらい平熱な声が聞こえて、私たちは急に冷や水をかけられたような心地になった。
まるで猫騙しされたみたいにひるんで、言葉は喉の奥に引っ込んで何も言えなくなる。
いつのまにかすぐそばまでやってきていたその人は、男を押さえつける私の手に自分の掌を重ねてゆっくりと離させた。それから私を男から遠ざけて、彼は私たちの間に入る。
その人が誰か、なんてわからないはずもなくて、力の抜けた体で私はその人の名前を呼んだ。
「……ア、アオキ、さん」
男のそばに膝をつく彼の、アオキさんの背中を見つめて、私は地べたに崩れるように座り込む。
いつのまに、いつから、どこまで、なにを、聞いていたのか。背中に冷や汗が流れる。……激昂する姿を見られた。乱暴な物言いで、心無く他人の悲しみに踏み込んでめちゃくちゃに荒らしたところを、見られてしまった。冷静になった頭が何もかも取り返しがつかなくなったことを教える。
どうして、ここに来たの。なんで、いま、他の誰でも何でもどうでもいいのに、あなたには、あなたにだけはこんな嫌な自分を見られたくなかったのに。
「ミヤコさん」
名前を呼ばれて、肩が跳ねる。指先が震える。
どうしよう、もしもこちらを振り返ったあの人が私を失望の目で見ていたら。咄嗟に悲しみに耐えられるように体を硬くする。
けれど、そうして私の方へ振り返ったアオキさんは拍子抜けするくらい普段通りの彼だった。
過剰に笑うことも、気をつかうような仕草もなく、ただ今まで私が見てきた彼のままで私を見つめて「大丈夫です。少し待ってください」とだけ言った、から、私は、そうか、大丈夫なのか、と思って、うなづいた。
それ、だけで、無性に安堵してしまった。
◇
美人が怒ると怖いな、というのがアオキの感想だった。
ムクホークの手助けも借りてミヤコに追いかけたアオキ。
ようやく辿り着いた彼が見たのは、瀕死になって地面に倒れたヒノヤコマと、トレーナーらしき男性を1人で押さえ込んで正論で叩き潰そうとしているミヤコの姿だ。
その景色を見た瞬間(え、ミヤコさん、もしかして素手でヒノヤコマ倒した?)と思った。
その現場を見ていないから何とも言えないのだが、内心で(まあ、ミヤコさんはカントー人だしな……)と確信を深めた。彼女へ言ったら多分「偏見!」と怒るだろうが。
とかく彼女の正論パンチで相手が打ち負かされればいいのだが、見たところそういう様子でもなかったので、仕切り直すためにも自分が間に入ることにした。
ヒートアップすると人は攻撃的になりやすく、そうなると女性であるミヤコが危険になる……多分。彼女が素手でヒノヤコマを倒す猛者なら、むしろ危ないのは男性の方ではあるが。
走ったせいで上がった息を整えている間に聞こえた会話で状況はある程度理解できている。肩で息をしつつ、少し咳き込みながら2人の間に入って、ミヤコを下がらせる。
アオキが急に間に入ったことで驚いて気が抜けたのか地べたに座り込んだ彼女へ声をかけてから、アオキはミヤコに押さえつけられていた男を起き上がらせた。
急にチェンジとばかりに男が出てきたからか、困惑を顔に見せたまま地面に座り込んだ男性へ視線を合わせて膝をつきながら、アオキは持っていた仕事用の鞄から資料冊子を取り出した。それをそのまま男性に差し出す。
「ではまずはこちらの資料をご確認ください」
「え?あ、はい」
男性は困惑しながらもそれを受け取る。
彼が資料に目を落としたのを確認して、アオキは普段通りのボソボソとした話し声で喋り出した。
「まず1枚目の資料なのですが、これはパルデア地方ポケモンリーグのトレーナー支援制度についてのものです。この支援制度の条件はポケモンを保有していることだけです。ご子息はトレーナー資格かポケモン保持資格は持っていますでしょうか。ああ、最悪無くていいです。あなたが捕獲したポケモンをご子息へ正規の手順で譲るだけで問題ありません。……現在リーグのトップが特に若いトレーナーの育成に力を入れていることもあって条件がかなり緩いんです。それもどうかと思いますが……こっちの仕事も増えますし……すみません、話が逸れました。そういうわけでポケモンを保有しているトレーナーは、年齢やバッジの所持数にもよりますが金銭的支援を受けられ、その中には医療支援もあります。詳しい内容は資料をご確認ください」
「え、あ、はい」
「続いて2枚目……こちらがアカデミーの学生支援についてです。リーグと提携している関係で説明させてもらうのですが、こちらはアカデミーの学生もしくはアカデミーへの入学希望者への支援制度です。希望者がこの制度を利用した場合は特別な理由がなければそのままアカデミーに入ることになりますし、希望者より入学者の方が支援は手厚いです。内容としてはポケモンの育成や制服や教科書や寮などにかかる金銭の補助など幅広くありますが、詳しいことは後で確認してください。WEBでも確認可能です。とにかくいろいろすっ飛ばすとつまりはこの学生支援にも医療的な補助制度があるということです」
「え、あ、はい………」
「リーグとアカデミーだけでも支援はそこそこあります。行政的なものを含めたらより一層でしょう。……行政的なほうは自分も専門外なので別部署に話を通さないとわからんのですが」
「は、はあ……あの、これは、つまり……」
資料を両手に持った男性は混乱しながらもアオキを顔を見つめて答えを求めるような顔をした。だから、アオキもうなづいて答える。
短気でせっかちで苛烈なところのある彼女が言いたかったのは多分結論ここだろうから。
「……ご子息を助けたいという気持ちは間違ってないので、なるべく手段も間違ってないものを使う方がいいです。そういう人たちを取りこぼさないためのセーフティネットが社会や組織なので」
アオキはそこまで言ってから、念のため釘を刺した。
「ただし、あなたがあまり道を外れるとセーフティ側も助けられないことがあるのでそこだけは気をつけてください。残念ながら、社会が救えるのは社会の中で生きる人たちだけですので」
一瞬ぽかんとした顔をしてから、その男性は己の行いを悔いるように俯いた。それから泣き出しそうな声で「ごめんなさい……ありがとうございます……」と呟く。
肩を落として落ち着いた様子を見せる男性の姿を見たアオキはこれで一旦この場は収まったと見ていいだろうと判断した。
まあ遅れてきた割にはやれることはやったか、と息を吐く。
(結局自分も正論で叩いただけなので、ミヤコさんの代わりにトドメを刺しただけな気がしますが……まあいいか)
などと、実は彼があのタイミングで間に入っていなかったら男性トレーナーとミヤコのやり取りがヒートアップして物凄く面倒なことになっていただろうことを知らないアオキはぽけっとした顔でそんなことを思った。
そんなアオキは一仕事終えた顔で立ち上がろうとして、……それからすぐにあることを思い出して再度腰を落とした。
「……あ、それと、本件についてなにか相談があったらこちらに連絡をください」
アオキは再度鞄の中をガチャガチャと漁ると奥から名刺を取り出す。
そしてその名刺を慣れた手つきで男性へ差し出した。
「ご挨拶が遅れました。パルデア地方ポケモンリーグ営業本部営業2課配属のアオキです。営業時間内であれば対応できます。……たぶん、はい」