アオキ「……というのが妻との出会いです」   作:ホネホネ

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エピローグに至るための助走

 

「アオキくん、さっきチリさんが来てミーティングの時間を今日の午後に変更したって」

「あ、そうですか」

 

昼休憩から戻り、自分のデスクに座ろうとしたところで部長にそう声をかけられた。

それくらいの連絡なら普通に社内チャットでしてくれれば良かったのではないかと思いつつ、何も言わずにうなづく。

席に戻ってPCでスケジュールを確認すれば確かに午後にミーティングが入っていた。面子が四天王の4人のみであるところから、そっち方面の定例だろう。

そんなことを考えていると、ふとデスクの上に書類が置かれていることに気がつく。書類の表題を目で追った。

 

『備品貸出管理表』

 

貸出物欄に「アオキ」、借用代表者欄に「チリ」、許可欄に部長のサインが記載されている。

 

人権……と思った。

 

 

 

 

あの夜から早くも数日が経った。

まず何から説明すべきかと考えた時、真っ先に話さなければならないのは事の顛末だろう。

 

……あの後、つまりはハンターを捕縛してすったもんだした後、やってきた警察にハンターたちは引き渡された。

彼らのその後の処遇についてはあまり詳しくない。まだパルデアにいるのかもしれないし、すでにカントーに移送されたのかもしれない。

以降のことを把握すべきはリーグの上層部やGメンや警察であり、アオキではなかった。彼としてもさほど興味はない。

 

それから、ミヤコについて。

彼女はあの後、アオキの腕の中で昏睡状態になり、救急用の空飛ぶタクシーでパルデアで最も大きなテーブルシティ病院へ運び込まれることになった。

 

その際にアオキが付き添ったのだが、その間彼女はずっと魘されたように呻いていて「くそ、あの女ほんとはどくどくのきばだったんじゃねーか……」とか「う……川の向こうにサカキおじさんが……え?死んだのあの人……?」といったことをぶつぶつと呟いていた。

 

救急隊員に彼女がタクシー内で応急処置を受けている間、アオキはミヤコが意識を完全に飛ばさないよう声をかけ続けてほしいと言われてその指示の通りにしていた。

 

そうしてアオキが声をかけていた際に、彼女が呻いて言った「え、ア、アオキさんの胸鎖乳突筋食べ放題バイキング……?」というワードに思うところがなかったわけではないが、恐らく彼女の尊厳に関わる部分だったと思うので蒸し返すようなことはしないでおく。

きっと彼女自身覚えてもいないだろう。

……できれば覚えていないでほしい。

 

案外元気そうだな……と思っていたのは彼女の呟きを聞いていたアオキくらいで、病院に到着した途端彼女は真剣な顔つきをした医療従事者たちに囲まれて即座に集中治療室に運び込まれた。

結局深夜から朝方まで治療室のランプは点きっぱなしだった。アオキはそれが消えるのを病院で待ちながら関係各所に片っ端から連絡した。

 

カエデに連絡をした時はまだ良かったのだが、オモダカへ連絡する前は流石に深呼吸を8回した。

深夜だから出ないかもしれない、出なかったらメッセージでの連絡にしようという淡い期待をしつつ、かけた電話にワンコールでトップが出た時は複数の意味で怖かった。

事の顛末を聞いたオモダカが「では私もこれから病院へ向かいます」と言った時は(えー……)と思った。

えー……ではないのだが、えー……と思った。

 

「アオキ」

「トップ……お疲れ様です……」

 

来ると言ったその数十分後にはオモダカがいつものピシッとした服装でアオキの前に現れた。

この人いつ寝てるんだろうと思う部下を前にしたオモダカは、ジャケットもネクタイもせず、前髪も下ろして、汗や土でくたくたの格好をしたアオキを見て一度何か言いたげな顔をしたが、口にはしなかった。

 

説明を求められて、アオキは簡易的にこれまでの状況を話す。

セルクルでの火事のこと、ミニーブが捕まったこと、ハンターの逃走先の入江まで追いかけたこと、ハンターらを負かしてミニーブたちも保護したこと。

それから、外部協力者がハンターのポケモンから攻撃を受けたこと。

 

多少省いたところはあるが、この長かった夜の話をすれば、オモダカは人差し指を自身の眉間に当てて困ったような顔で「……そうでしたか」と呟いた。

 

「……カントーから来て下さった協力者に怪我をさせてしまい申し訳ありません」

「そうですね。しかし密猟者の対応がここまでシビアなものだと理解できていなかった私の落ち度でもあります。今後の課題としますので、後日詳細な報告書を出すように」

「はい……」

「……ミヤコさんの容態は?」

「まだ手術中で詳しいことは何も」

「なるほど。しかしどちらにせよ彼女の上司にあたる方へ連絡をしなくてはなりません。アオキ、あなたは戻って体を休めなさい」

 

その指示は少なからずオモダカの労りだった。連日夜間の見回りを行い、今夜は深夜まで大捕物をしたのだから疲労も激しいだろう、と。

アオキもそれくらい分かっていたが、肩を下げて首を横に振った。

 

「いえ、ご厚意は有難いのですが、ここに残らせてください」

「……訳を聞いても?」

「ミヤコさんとは短期間ですが共に同じ目的のために働いたバディです。……彼女の状況がわからないうちは、休養するにできない気がします」

 

表面上には出さないながらオモダカは内心で珍しい、と思っていた。

営業がうまくいかなかろうがバトルで敗北しようが、意識の切り替えが早いのがある意味ではアオキの良さであるからだ。……もちろん、良くないところでもあるのだが。

とかくそんな彼がまるで合理的でない判断をしたこと、そして上司の指示に反する行動を選んだことは本当に珍しいことだった。オモダカはいくらか逡巡して、それから軽く息を吐いた。

 

「わかりました。関係者との連絡のためにリーグへ戻ります。状況が進展次第、連絡を」

「はい」

 

そう告げるとピンと張った背筋のまま戻っていくオモダカの背をアオキはぼんやり眺めながら(私もここに残ります、とか言い出さなくて良かった……)とじんわりと思っていた。

いつまで続くかわからない時間を上司と2人っきりで、というのはいくらオモダカとそれなりに付き合いがあっても気まずい。

 

アオキは再度廊下のベンチに腰掛けると、彼にとってはまだなお続く長い夜を1人で越え続けた。

疲労を抱えていながら眠りにもつかずただ座り続ける時間は無為と呼んでも良かったのかもしれないが、彼にとっては意味があることだった。それが誰に理解されずとも。

 

夜が明けるより前に手術室のランプは消え、関係者としてアオキは担当の医師から彼女の容態を聞いたり、また彼の方から当時の状況を話したりした。

それを終えて、東の空が明るくなり始めた頃にアオキはオモダカへ再度連絡を入れる。

 

「ミヤコさんの容態ですが、命に別状はないとのことです」

「そうですか」

「しかし彼女はポケモンからどくどくのきばという技を受けたそうで、その後遺症として左腕の麻痺が残りそうだ、と」

「そうですか……」

「ただ医師が言うには「最悪全身に毒が回り死亡、良くて左腕の壊死のため切断」というところが麻痺で済んだので、事象に反してかなり良い結果ではあったとのことです。恐らく彼女の手持ちに毒タイプがいて日常的に触れ合うことが多かったから比較的軽症で済んだだろうとの見解だそうで」

「そう……ですか…………」

 

電話口の向こうで上司が数度溜息と深呼吸をするのが聞こえた。

協力者として来てもらった人物がこのようなことになったのを、向こうの上司に連絡しなければならないというのは流石のオモダカにとっても精神的に負担なのだろう。場違いながら、親近感が湧いた。

 

電話を終えてから、アオキは無菌室のガラス越しであるが一度だけ彼女の顔を見ることができた。

麻酔で眠りについている彼女の表情は穏やかで、治療時に拭われたのか、涙の跡は見えなかった。

 

 

 

 

 

リスケされた四天王ミーティングの前に、アオキには仕事の一環としてある人物と会う用事があった。

 

約束の時間より早くリーグの応接室へ向かったのだが、その時にはすでに客人は中で待っていた。

ミヤコのGメンとしての上司の代理人として来たというその青年と、アオキは挨拶を交わしてから互いに向き合うようにソファに腰をかける。

 

「カントージョウトチャンピオンの代理人がこんな若造で悪かったな…………です」

「いえ、むしろこちらこそパルデアまで御足労いただく事態になってしまい申し訳ございません。……それと、余計な世話かもしれませんが、喋りやすいように普段のように話していただいて構いません」

「……そうか、悪い。正直助かる。こっちも人は足りてねえわオレも今回急に任された話だわで、こういう場に慣れてないんだ」

 

ミヤコの上司にあたる人物がカントーとジョウトの兼任チャンピオンのドラゴン使いであることはアオキも把握していた。複数の立場を持つ以上、気軽に遠方にいける立場ではないのだろう。

 

代理としてやってきた青年はどこか人慣れしきれていないような雰囲気があり、彼の言っていた通り確かにまだ若いとアオキも感じた。年齢的な部分でもあるし、社会的な経験という部分でもだ。

 

けれど、基本的にGメンや警察に人手不足な側面があることは知っていたし、青年に粗野な部分があっても性根が卑ではないことは感じられたからアオキとしても気にはならなかった。

 

「大体のことは報告書で確認してるよ。アイツの怪我のこともな」

「はい、謝罪が遅くなり申し訳ありません。この度は遠方より本地方の犯罪阻止協力のために来ていただいたミヤコさんに大変なお怪我をさせてしまい大変申し訳ございませんでした」

「さっき話したリーグのトップにも伝えたけど、気にしないでくれ。報告書にはそう書いてなかったけど、どうせアイツが自分からハンターを煽るかしてわざと攻撃させたとかだろ」

「……わかるものなんですね」

「……あの人とは無駄に付き合いだけは長いからな」

 

青年はややゲンナリしたような顔をして、それからむしろアオキを慮るような表情さえ浮かべた。

 

「むしろ一緒に仕事させられたアンタのほうが大変だっただろ」

「そんなことは……」

「……」

「……なくもないですが」

「はっ、苦労しただろ」

「……いえ、彼女の真面目さや懸命さの現れだということもわかっていますから苦労とは感じていません」

 

アオキがそう返すと、彼は呆れたような目をしつつも口角を上げて笑う。笑うと少し幼なげな表情を見せる彼はすぐに真面目な表情に戻して口を開いた。

 

「さっきも言ったが、ポケモンGメンってのも人が足りてなくてな、今回の件は関係なく、今後も何かあるたびにカントーの人員をパルデアに割くってのはなかなか難しい」

「はい、理解しています」

「つまるところ、他地方との連携はしつつも今後パルデアで起こった事件はパルデア内で解決してほしいというのが本音のところだ」

「こちらとしても同様の認識です。……以前ミヤコさんともお話をしたことがあることですが、この土地の問題はこの土地に住む者が解決すべきと思っていますので」

 

アオキがそう返すと、青年は少しアオキを見つめ返して、それから「もう少しごねろよ。人が良いな」とまた笑った。その言葉にアオキは言葉を返す。

 

「あ、いえ、これからごねるつもりでした」

「……なんか、変なところ素直だな、アンタ」

「結局、問題を自分たちで解決するにも、パルデアはリーグ自体も歴史が浅いものですから、人手と共に知識や経験も足りていません」

「欲しいのはその辺りってわけか」

「はい、書面上のルール整備はともかく、実践的な部分においてはまだ機転が効かないのが実情でしょう。今回の一件だけではそれらを得たとは言えない。欲しいのは実践的な部分の整備ができるまでの継続的な協力者です」

 

アオキがそこまで言うと、青年は少し考え込むような顔をした。それから不意に何かに気がついたような顔をしてアオキを見る。

 

「……失礼だってわかってて言うけど……アンタ、正気か?」

最近よく正気を問われるな、と思いながらアオキはうなづいた。その反応に青年は半目でアオキを見る。

 

「アンタなあ、わざわざ苦労を買うなよ……」

「あなたからはそう見えないかもしれませんが、社内ではまだ苦労を買ってでもすべき年齢ですので」

「その発言については突っ込まねえけど……。まあ、パルデア側としてはむしろゼロスタートじゃないだけそっちのほうが楽なのか……」

 

青年はソファに深く腰をかけてから息を吐く。

軽く天井の方へ視線を向けて、少し考えているような顔を見せた。

 

「Gメンは、あー、もちろん職業なんだが、明け透けに言えば基本的には兼業みたいなもんなんだよ。組織としてはあるが、Gメン専門の人間は少ないっていうか、非営利法人っつーか、ボランティアとまでは言わねえけど、イメージとしてはそっちに近いところがある……って言わなくても知ってるだろうけど」

「はい、知っていて話しましたので」

「だよな……だから結局、するもしないも本人次第なんだよ。そういうわけで人手が足りねえんだけどな。とにかく、」

青年は頭を掻いてから、肩を落として口を開いた。

 

「……あー、なんつーか、本人次第だよ」

「はい、なので自分の方で頑張って口説こうと思います」

「……なんだよ、勝算あっての発言ってわけか」

「いえ、そういうつもりでもなかったのですが……」

「……おかしいと思ったんだよ。今回のアイツの件についての説明はもうそっちのトップから受けてんのに、さらに会ってほしい人がいる、なんてよ……」

 

ハメられたようなもんじゃねえかと肩を落とす青年は、けれどどこか安堵したようにも見える。その様子に一応自分のすべきことは果たしたと思っていいのだろう、とアオキは思った。彼は勝算と言ったが、多分先に負けたのは自分のほうだろうから。

 

肩を落として俯いていた青年は、顔を上げてから眉を下げて笑う。彼から差し出された手を、アオキは握り返す。

 

男性にしては長くて赤い髪をしたその青年は「もうなんて言ったらわかんねえけど、……あの人のことよろしくな」と言った。

 

「……オレにとったら姉貴みたいなもんなんだよ」

 

 






タイトルを「義兄と義弟のブルース」にするか10秒くらい迷った
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